クリスマスイブのプレゼント
*クリスマスにやや遅れましたが。ちょこっとほっこりの短編です。
――クリスマス。それは恋人たちの聖なる夜。きらきらと輝くイルミネーション。吐く息の白ささえ特別な夜を彩るアクセサリーとなる。
幸せの象徴の一夜。この日だけは、愛する人と過ごすべき……なのだけれど。私にとっては、毎年忍耐を強いられる日なのであった……ここ数年は。
「……ったく、どうして年末に仕様変更なんかっ……!」
私はぶつぶつ言いながら、クリスマスの時期としては暖かい夜中に駅を目指して歩いていた。白いダウンジャケットの襟元はふわふわもこもこの豹柄生地。ぶ厚めタイツのおかげで、ひざ下タイトスカートでも寒くなかった。今夜はクリスマスイブ。ライトが飾られた街路樹の下、笑いあうカップルと何組もすれ違った。石畳に響く自分のヒールの音が空しく聞こえる。
(どうせ、今年も残業でしたよっ!)
私はシステムエンジニアという職についている。そしてその職が最も忙しくなる時期――それが年末。何だかんだと開発案件が入り、ここ数年クリスマスイブに定時に帰った覚えがない。
都会で一人暮らしの私が帰るのは、冷たく冷えたワンルームマンション。残業続きでロクに買い物も出来ず、今家の中は食糧難状態だった。かといって、この夜に外食って。
(……絶対、あてられる……)
どこに行っても、恋人だらけに決まってる。そこに仕事でよれよれになった女一人、入る勇気はさすがになかった。
「コンビニで買って帰ろう……」
さすがにスーパーはもう閉まってる時間。私は駅前のコンビニに足を踏み入れた。
***
……が。ここでも恋人インフレ状態が起きていた。一緒に買い物して帰るんだよね、へーへーいいよねーキミタチは。若干拗ね気味の私は、目についたおにぎりやサンドウィッチを物色していた。
(うわー品薄……)
ちょっとくらい、寂しい一人モンに残しておこうって優しさはないの!? あーっ、お気に入りのたまご入りクラブサンドもないー!
がくっと肩を落としつつ、私はパンやケーキが並べられているコーナーへと向かった。せめてケーキだけは死守しないとっ!
(ケーキも買えないクリスマスイブなんて、嫌だあああ)
アイスボックスの近く、一際明るい照明の棚に……あああああ!
「な、ないっ!?」
いつもはワンサイズのケーキが所狭しと並んでるのに! 全然ないじゃない!
「あ」
棚の端っこに、ぽつんとベイクドチーズケーキがっ! 生クリームとかは載ってないけれど、この際これでも!
私がケーキに向かって手を伸ばした瞬間、別の手がにゅっと横から出てきた。
「えっ」
大きな手に私の手が重なった。一瞬ほけっとしてしまった私は、「す、すみませんっ!」と慌てて手を引っ込めた。冷たい手に角ばった手の温かさが残って、少しどきどきした。
「あ、いえ、こちらこそすみません。最後の一個だなあって思って、つい」
私が隣を見ると、そこにいたのは灰色のトレンチコートを着た曇った眼鏡をかけた男の人だった。私よりも少し年上かなあ。この人も寒い中歩いてたんだな、と思った。
「そうなんですよね、何となく今晩ケーキ食べないとって思っちゃって」
はははと私が笑うと、彼もうっすらと笑みを浮かべた。薄い唇がなんだか色っぽくて。こら、さっきからうるさいぞ、心臓。
「そうですよね、なんだか仕事で一日を終えるのも味気なくて……あ、よかったらどうぞ」
彼はすっとケーキの容器を持ち、私に差し出した。私は慌てて手を横に振った。
「そ、そんないいですよ。だって、貴方の方が先に」
あわあわしている私に、彼は優しい声で言った。
「僕が食べるよりも、貴女のように可愛い女性に食べてもらった方がケーキも嬉しいでしょう」
「!?」
かああっと頬が熱くなった。髪もぼさぼさだし社交辞令だって判ってるけど、心臓に悪いよそんなセリフ! 徐々に眼鏡の曇りが取れてきた。うわ、切れ長のすっとした瞳なんだ。結構イケメンだよね……。
(……って、何考えているの、私!?)
思わずふるふると首を横に振った私に、彼は困った様な笑顔を見せた。
「このままでは埒が明きませんね……そうだ」
彼がケーキの容器を自分の買い物かごの中に入れた。それから、私をじっと見下ろしてから、こう言った。
「じゃあ、これは僕が貰います。……そのお礼に、コーヒーでもおごりますよ?」
「え」
私が目を丸くすると、彼がくすりと笑った。
「コンビニの反対側に、コーヒーショップがあったでしょう? そこでコーヒーに付き合ってもらえませんか?」
「え、でも」
そんなの悪いし……躊躇する私に、彼が重ねて言う。
「実はコーヒー飲みたかったんですが……一人だとどうも入りにくくて。ほら、今日クリスマスイブでしょう?」
「あ」
そうだ、私もそう思ってコンビニに来たんだった。目の前の彼もそうだったのか。
「だから、貴女が一緒に入ってくれると助かります。冷たい部屋でコーヒーを飲みたくなくて」
うっ。その気持ちわかるなあ……そうよね、少しでも身体温かくして帰りたいよね……。
「ああ、そうだ。僕の名前は、石井 悟と言います。これが名刺です」
「あ、私は、今野 あゆみです」
つられて鞄から名刺を出して交換した私は、受け取った名刺を見て目を丸くした。あれ? この会社って……
「今野さんって、隣のビルなんだ。偶然だね」
「そ、そうですね」
隣って言っても、石井さんの会社は全国規模の大会社だ。うちはそこそこの中堅企業。しかもそこの課長!? この若さで!?
(万年主任クラスの私とは違う……)
やや引き攣った笑いを浮かべながらも名刺を仕舞った私は、知らず知らず及び腰になっていた。そんな私に石井さんがにこやかに言った。
「身元も確認できたことだし、これで問題ないですよね?」
「へ」
さっきから一言しか発言出来てない、私。だって頭がついていかないんだもの、この急展開に……!
「さあ、行きましょうか。あ、ここの会計も持ちますよ?」
「いえ、あの、ちょっと」
私のかごも取り上げてしまった石井さんが、レジの方に歩いていく。私は慌てて広い背中を追いかけた。
「あの、そんな事までしていただかなくても」
「いいんですよ、無理に付き合って頂くのですから。そのささやかなお礼です」
言い方は優しいけれど、絶対に引かないって気配が漂ってる。仕方ないなあ、ここは引くか。はあ、と溜息をついてる間に、石井さんはさっさと支払いを終えてしまっていた。
「じゃあ、今野さん」
「え、えと!?」
左の二の腕を軽く掴まれた私は、そのまま引き摺られるように歩き出した。大幅な今井さんの歩幅に自然と早足になる。
「い、石井さん!?」
「ほら、もうすぐですよ」
コーヒーショップは駅の反対側だから、確かに駅を抜ければすぐだけれど。どうして私はこの人に腕を引っ張られているのだろう。
頭の中を???マークが飛び交う中、あっと言う間にコーヒーショップに着いてしまった。そのまま今井さんはコーヒーと私の飲み物を注文してくれた。私達は、窓際の二人掛けの席に座った。コートを脱いだ今井さんは明るいグレーのスーツを着ていて。あ、また眼鏡曇っちゃったけど……背も高いし、きっと優良物件なんだろうなあ。
(まあ、私には縁のない人だよね……)
今日はたまたまこうなったけれど、もうこれっきり会う事もないと思うし。クリスマスにイケメンとコーヒーなんだから、ラッキーと思うべきよね。もう開き直って奢ってもらっちゃおう、うん。そう決めた私は、ふーふーしながら熱いカフェオレを飲んだ。
「ふう……温かい……」
じんわりと温もりに浸っていた私は、石井さんがぽつりとこぼした言葉を聞き逃してしまった。
「……やっと捕まえたんだから、もう逃さないよ?」
「? 何か言いましたか、今井さん?」
「いいや、なんでも」
「そうですか」
――そうして迂闊な私は、そのクリスマスイブをきっかけに猛攻攻撃を受け、なんだかよく判らないうちに……彼のホントの彼女になってしまったのだった。
まあ、これもクリスマスプレゼントなのかも? と思った私だった。
「あの時、石井さんに会ったのって、神様からのクリスマスプレゼントだったのかなあ?」
「そうだね、そう思うよ」
(会社から後を付けて、わざとケーキ取るのを邪魔した事は黙っておこう)