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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
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98.冒険家と岩

 人を傷付けてはいけません。

 人に迷惑をかけてはいけません。

 困っている人がいたら助けなさい。


 日本人なら、大抵の人がそう教えられて育ったのだと思う。もちろん僕の主観なのかもしれないけど、少なくとも僕はそう教えられて育った。

 要するに、自分がされて嫌な事は他人にするな、という事だ。


 僕はまだまだ短い人生の中で、忠実にそれを守ってきたと自負している。


 ある日、コンビニで会計を済ませた時、僕はいつものように「ありがとう」と返した。学生時代にコンビニでバイトをしていた時に、自分が言われて嬉しかったからだ。


「ありがとうって何だよ? こっちは金払ってる客なんだから当たり前だろ?」


 一緒にいた同僚にそうつっこみを入れられた。接客業の経験が無かったり、こうやって言葉を返す習慣の無い人にはとても奇妙に映るのだろう。

 この「ありがとう」はお礼ではなく、どちらかと言うと「お疲れさま、頑張ってね」といった労いの意味合いが強い。客がお疲れさま、だとかご苦労さま、なんて言うのはどこか違和感がある。言われた方は「いや、誰だよあんた」ってなるかもしれない。

 つまり、他に良い言葉が見つからず、「ありがとう」とお礼の言葉に落ち着いた。

 これも主観でしかないので、人によって意見は様々だと思う。


 人を思いやれる人間になれ。両親が僕に教えたかったのはこれだ。

 僕はいつでも他人を思いやる気持ちを、自分なりに大切にして生きてきたつもりだ。独りが好きだったので友達と呼べる人間はいなかったが、そのおかげでどこに行っても周りの人たちは良くしてくれたし、日本人としての自分の誇りでもあった。


 僕は転移した先の世界でも、たとえどんな目に遭おうとも、自分らしく、日本人らしく振舞おうと努力をした。自分を見失ってしまわないよう、誇りを失わないようにするためだ。


 でも……そんなものは何の役にも立たなかった。


 もし海外旅行でもして、色んな世界を見て回っていたら、あの時僕はもっと違った行動を取っていたのかもしれない。もっと違う結末が待っていたのかもしれない。

 例えば、子供が銃を振り回していないと生きていけないような、治安の悪い国では日本の道徳なんて通用するはずがない。他の観光地として人気の国でも、日本の常識なんてあまり通用しないだろう。

 日本の常識は世界の非常識。正にその通りだと思う。

 どれだけ譲れなくても、郷に入っては郷に従うべき時というものがある。


 今から思えば本当に馬鹿だった。僕には、それがわかっていなかった。



――山田学人の手記より、一部抜粋。






 鐘が鳴り止むと、遠くから剣戟の音や悲鳴、魔獣のものと思われる奇声が届いた。

 城ひとつが丸ごと戦場と化すのも時間の問題だろう。内部に切り込まれているとはいえ、そう簡単に落城するとも思えない。出現した数にもよるが、いずれは鎮圧されるだろう。

 そう考えると迷っている暇なんてなかった。学人はシャーウッドの案を採用し、混乱に紛れて上階へ上がる決断をした。

 それに、こんな場所でだらだらとしていれば、こっちまで魔獣に襲われる羽目になってしまう。


『シャーウッドさん、行きましょう。案内してください』


 死骸に目を落としたままそう告げる。

 シャーウッドたちは先に出てしまったが、学人はなぜか気味の悪い死骸から目を離せずにいた。

 死骸を見て名案を思い付いたわけではないし、どうにかしようと考えたわけでもなかった。なんとなくだ。

 皆の後を追おうと立ち上がったその時、廊下から差し込んでいた火の明かりが一瞬消えた。

 風でも通り抜けて火が大きく揺らいだのだろうか、そう思った。


「え――」


 学人は目を疑うしかなかった。

 先に出たはずのシャーウッドたちの姿は無く、廊下だったはずの視線の先には階段が伸びていた。


「なんで?」


 周囲を見回す。

 ここは掃除用具の置かれた物置で、死骸もそのままの姿で横たわっている。間違いなく今までいた場所と同じだ。

 なのに、扉の向こうは全く別の場所になっている。

 自分の身に一体何が起こったのか。思考を巡らせるも、答えを導き出せるはずがなかった。


『516年、とある冒険家が山賊が隠した財宝を求めて旅をしていたんだ』


 階段の上から足音が降りて来ると共に、何者かの声がする。聞いた事のある声だ。

 足音は一段一段を踏みしめるように、ゆっくりとした歩調でこちらに向かって来る。


『彼は山賊が遺した地図を持っていてね。リスモアの海辺に財宝があるという事までは掴んだんだ』


 階段を照らす明かりで、影だけが先に学人の足元まで到達した。次に足が姿を現し、一段降りる度にその姿が確かなものになっていく。


『でも、どれだけ探しても、地図の示す海辺を見つける事ができなかった』

『ノット……マーシレス!』


 ようやく全貌が明らかになったその人物を見て、学人は言葉を失った。目の前に現れたのは渦中の男、ノットである。

 ノットは動揺する学人を意に介さず、言葉を紡ぎ続ける。


『地図に描かれている、目印としての岩がとても特徴的でね。海に浮かぶ岩だったから、長い歳月で波に削られてしまったのか……あるいは財宝を守るためのフェイクなのか。どっちにしろその冒険家は最後まで諦めなかった。そして別の視点から、ついにその場所を割り出したんだ』

『……何の話だ?』


 この怪現象はノットの仕業だ。ジェイクから聞いた話だと、彼は幻の魔法を使う。

 自分は幻を見せられているのだろうか。しかしそれにしては……。


『目印の岩は確かにあったんだ。なのに、ずっと気付けなかった。不思議な話だよね、君はどうしてだと思う?』

『さあ、単に見落としてただけなんじゃないの?』

『……岩は成長して、倍以上の大きさに形を変えていたんだよ。魔力も何も持たない、ただの岩が』


 どこかで聞いたような話だ。たしか、オーストラリアだかどこかで、成長する岩の話があった気がする。バクテリアがどうとかいうメカニズムだったはずだ。

 ノットは階段を少し残し、立ち止まった。


『これは研究者たちの頭を長年悩ませ続けたんだ。この岩はなぜ成長しているのか、無かった部分はどこから来たのか。正式に記録を録り始めてからも、今でも徐々に成長を続けている。まあ、未だに解明されてないんだけどね』


 なおも関係のない話をペラペラと垂れ流し続ける。何かの時間稼ぎだとは思えない、研究者とは皆こう(・・)なのだろうか。

 学人にとっては好都合だった。さり気なく懐に手を伸ばす。外套で隠れているので気付かれる心配はないと思うが、それでも慎重に動く。


『前置きが長くなったね。私が今疑問に思ってるのは、この実体化した幻影の壁や階段が、一体どこから来てどこに行くのかってね。なんだか成長する岩と似てない?』


 言いながら壁を小突く。

 これはノットの幻影魔法で間違いないようだ。なぜ嵐の中で魔法が使えるのか、しかもそれがなぜ実体化しているのか。そんな疑問が生じるがそこは些末な事だ。実際に使っているのだから、ありのままに受け止めるしかない。

 重要なのは、なぜ自ら姿を見せたのかだ。何か目的が無ければ、絶対にこんな事はしない。それも、ノットから見れば虫けら同然であろう学人に対して。


『僕を騙したなッ!』


 我に返ったかのように学人は声を荒げる。顔に張り付いたヘラヘラとした笑みが癪に障る。

 日本人を元の世界に還す。そのために日本の事が知りたいだなんて真っ赤な嘘だった。素直に信じた学人を見て、裏で嘲笑っていたに違いない。

 学人の怒りは爆発寸前だった。

 なぜ騙してまで日本について聞いたり、学人の魔力をサンプルとして採取したのか。その理由についてはどうでもいい。大方、召喚の際に必要だったのだろう。


『そうそう、君はジェイクと友達だったんだね。知らなかったよ。彼はヴォルタリスと仲が悪いしさ、まさかこっちに来るとは思ってなかったんだ。君が説得して連れて来たんだろう? どうやったの? もちろん私を殺しに来たんだよね?』


 何か障害があれば殺す。これがこの世界の感覚だ。ノットもそれが当然であると、学人にそう尋ねる。


『違う、お前を止めに来たんだ。然るべき罰を受けるべきだ』

『ふふ、君の世界ではそうだったね。ちょっとした危害を加えるだけでも罰が与えられる。平和って言えば聞こえはいいけど、窮屈そうな世界だ』

『ノット、お前は何をするつもりだ!』


 わかりきっている事をあえて訊く。ノット本人の口から聞く事が、学人にとって最大の剣となり、場合によっては最大の盾ともなりうる。

 何も物理的に戦うだけが、勝利への道ではない。


『君は頭が弱いのかな? ジェイクから聞いているんだろう?』


 果たして言葉を引き出す事ができるのか。


『異世界を召喚して、領都にぶつけようって言ってるの。あ、ついでに中継都市も今頃は壊滅してるはずだよ。馬鹿な領主様が軍を差し向けたからね』


 期待以上の成果だ。これでもう、ノットに用は無い。

 嵐の間には召喚は無いという考えは間違いである。おそらく前兆と思える魔獣の出現、そして平気で魔法を使うノット。これらを見て、準備が最終段階にあると見て間違いない。

 つまり、あまり猶予は残されていない。そんな中でノットとの対話の時間を短縮できたのは非常に大きかった。

 あとはこの場を切り抜けるだけだ。懐から手を離して剣を取る。


『ふうん、抜くんだ? 他人に危害を加えるのは禁止されているんじゃないのかい?』

『“正当防衛”だ。さすがに自分に危害が及びそうだったら、話が違う』


 魔法の使えない状態ならともかく、まともにやり合ったところで学人に到底勝ち目は無い。ジェイクが手を焼くほどの相手なのだから。

 視線を階段の奥へ移す。あの階段を昇るのが、この物置から脱出する唯一の方法だ。きっと城の上階まで続いているのだろう。

 ペルーシャやシャーウッドの助けは期待できそうにない。

 

(いや……)


 いつまでも誰かに縋っていては、この先生き残るなんてできない。ましてや自分はこれから、大勢の人間を守ろうというのだ。

 自分の身も守れない男が、どうしてそれを成し得ようか。

 この危機を乗り切ったあとは?

 家族を見つけたあとは?

 寿命を迎えて、死ぬまでジェイクやペルーシャに守ってもらうのか。馬鹿な、自分のために他人にその人生を捧げろとでも言うつもりか。


――道くらい自分の手で切り開く。


『へぇ、そんな目もできるんだね。実力はともかく、己の剣に覚悟を誓った戦士の目だ』


 ノットの笑みが消えて、眼光に冷たいものが纏った。

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