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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
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96.煙草吸いたい

 受け取った持ち物を改める。侵入の際に邪魔になるので元々大きな物は持ち込んでいない。

 煙草、ジッポー、スマホ。この世界の人間からすると珍しい物なので、特にスマホが変にいじられて壊されていないかが心配だった。見た目には傷ひとつ付いてない。

 念の為に落としていた電源を入れてみると問題なく起動できた。もうあまり使い道のない物だが、家族の写真など色々と思い出の詰まったデバイスなので失うわけにはいかない。

 スマホを操作しながら煙草を一本取り出す。


『一服だけさせてもらっても大丈夫かな?』

『は? 状況わかってるのか?』

『シャーウッドさん、あなたは煙草は?』

『いや』

『だったらわからないかもしれないですけど、これは中毒性があって吸ってないと気が狂いそうなんですよ。捕まってからずっと吸っていなかったもので』

『あー……、ジェイクもたしかそんな事言ってたなぁ。わかった、先に上に行ってるから早く済ませてくれよ。ノア、行こう』


 煙草に火を点けて二人が階段の上に消えるのを見届ける。扉の重い音が聞こえると、学人は煙草を差し出した。


『はい、ペルーシャ』

『ニャんや?』


 煙草を受け取ったペルーシャが火を点けつつ、そう尋ねる。


『わざわざ人払いしたんや、何かあんねやろ?』

『鋭いね』

『こんニャ時に煙草とか言うてる阿呆がおるか! ……まあ吸いたかったけど』

『体は本当に何ともないの?』

『見ての通りや、何ともあらへん』


 ペルーシャが即答する。だが見た感じ、少し火照っている風な印象を受けた。

 本当に? 学人はそう繰り返そうとしてやめた。たしかに熱も無かったのだし、何より本人がそう言うのだから信じるしかない。

 学人が知りたかったのは、もうひとつの疑問だった。


『なんで(ここ)にいたの?』


 囚われていた三日間、ずっと訊きたかった事だ。看守の目もあったし、体調の悪そうなペルーシャを気遣って訊くに訊けなかった。


『城があったら忍び込む、それが盗賊や』

『ペルーシャ!』


 そんな言い分に騙されるほど学人も愚かではない。真実を告げるよう、懇願を含んだ眼差しを向ける。

 真っ直ぐに見つめられたペルーシャは思わず目を逸らしてしまい、


『今は言われへん』


 絞り出すような声でそう言った。


『どうして……』

『こっちにも都合ってモンがあんねん。でもあれや、アタシはガクトの味方や』


 一度は逸らした視線を戻し、そう言いきる。


『わかった』


 別に何かを疑っているわけではない。

 最後に肺いっぱいに煙を吸い込んだ学人は煙草を揉み消した。これ以上のんびりとしているわけにもいかない。

 螺旋になった階段を登って行くと、途中にある扉が開かれていた。外に出ると冷たい強風が容赦なく吹き付けた。毛皮の外套が無ければすぐに回れ右をしていただろう。

 入る時は目隠しをされていたので、牢獄がどういった場所にあるのか把握できなかった。学人は自分の目でどこに監禁されていたのかを確かめる。

 すぐ背と右手には高い城壁がそびえていて、出てきた扉は角の城壁塔に付いている。ここが敷地内の隅である事がすぐにわかった。あの伝声管はこの塔の上に繋がっていて、監視部屋か何かになっているのだろう。

 目の前には四角い大きな台のような物が鎮座している。これが牢獄の天井なのだろう、少しばかりの側面には檻の中にあった小さな窓が確認できる。

 あまり目立たない場所に作られた牢獄は、まるで臭い物に蓋でもしているかのようだった。


『こんなに堂々と出ても大丈夫なの?』


 学人が城壁を見上げて不安気な声を出す。ここからは居館とは別にいくつかの建物が見える。きっと城で働く者たちの居住区なのだろう。しかしどれも少し距離があってここら一体には遮蔽物など無い。

 暗いとはいえこんな見通しの良い場所では見つかってしまう危険が高い。


『大丈夫だ。今日はもう回廊巡回は中止して塔の中からの監視だけになってる。それもほとんど外に向けられてるからそうそう見つかるまいよ』


 たしかにシャーウッドの言う通り、城壁の回廊に人の姿は無い。城の内側にも塔の監視窓が設けられているが、こちらにも人影のようなものは見当たらなかった。

 聞こえてくるのは風の音だけで、他は不気味なくらい静まり返っている。


『って言ってもあまり堂々としてもいられないか。ノア、頼んだ』

『どうして……ワタシ……』


 小さな声の不満は風の音に掻き消される。少しふくれた様子でノアが人の目が無い事を確認しに行く。

 ノアは背が低く、言って悪いが見た目も地味で存在感が薄い。前髪に隠れた瞳が一層地味さに拍車をかけていた。見つからないに越した事はないが、もし誰かに見咎められてもいくらでも言い逃れができる。この中では偵察に適任である。


『でも脱獄が発覚するのは時間の問題だ。何か計画でもあるのか?』


 シャーウッドが尋ねた。

 監禁されている間も学人はずっと考え続けていたが、領主の説得ができなかった今、どうすればいいのかなんて見当も付かない。直接ノットを探し出して何とかする以外にないだろう。

 説得? 応じるわけがない。なら捕まえて身動きが取れないようにするしか考えられない。


『とりあえずノットに会います。彼がどこにいるのか知ってしますか?』

『ノットねぇ……その辺をブラついてたりするけど、今は最上階じゃないか』

『最上階……領主の間ですね?』

『詳しいね、そこに行くとなると骨だな』


 領主の間の警備が緩められる事はまずないだろう。

 話をしていると、居館にある扉のひとつに到達したノアが手を振っている。どうやら誰もいないらしい。会話を中断して足早にそちらへ向かう。

 中を覗くと明かりは無く真っ暗である。シャーウッドとノアも明かりになりそうな物は持っていない。牢獄に取りに戻ろうか、学人は一瞬そう考えてやめた。すぐに消す事ができない松明では足枷にしかならない。そう考えて二人も持ち出さなかったのだろう。

 電池が勿体無い気もするが仕方がない。学人はスマホのライトを点灯させて中を照らす。

 浮かび上がった内部を見て真っ暗な理由が判明した。ここは調理場だ。

 日が完全に落ちてしまう前に皆夕食を済ませたのか、誰もいないそこには物寂しい雰囲気が漂っていた。城内の人間の食卓を支えるに相応しい、かなりの規模の厨房である。


『この嵐の中でも魔法が使えるのか?』


 光を見たシャーウッドが驚いている。こういったやりとりは面倒だ。学人は自分の世界の松明のような物だと適当に説明する。スマホが何なのか、彼らに理解できるはずもない。

 厨房を抜けて出口に向かう。こちらには扉が無く、だだっ広い食堂へと繋がっている。

 ここもやはり明かりは無く真っ暗闇で、当然誰の気配も無い。スマホの光では照らしきる事ができず、かなりの広さを持っている事が容易に想像できた。

 暗闇だからといって誰もいないと決め付けるのは早計である。この世界には夜目の利く人種がいる事を忘れてはいけない。


『誰もおらんニャ』

『今日はもう召使いも仕事を切り上げて自室待機を命じられている。誰もいないはずだ』


 暗闇を見通したペルーシャが誰もいない事を告げる。もっとも、スマホで照らした後なので、誰かがいれば既に騒ぎになっているだろうが。


『どうしました? 行きましょう』

『あ、あぁ……』


 学人が促すと何か考え事でもしていたのか、シャーウッドが気の抜けた返事をする。


『何かあったんですか?』

『いや……俺たちを簡単に信用したお前を不思議に思っただけだ』

『どうして? ジェイクとアルテリオスの友達なんでしょう?』

『それだよ、俺が嘘を吐いているとか……そう考えないのか? そっちの獣人族(ウォルフ)はちょくちょく殺気を向けてくるぜ?』


 ペルーシャを見る。そう言われれば常に一番後ろを歩いていた。付いて行くしかなかったとはいえ、領主に騙されたのだから必要以上に用心深くなっているのだろう。

 下手な真似を見せればその場で殺す、そう言わんばかりの目で睨みを利かせている。


『大丈夫です。僕はジェイクを信じてますから』


 学人の返答にペルーシャだけでなく、シャーウッドとノアも呆れていた。答えになっていない。

 考える事を放棄しただけの、救いようのない馬鹿なのではないか。シャーウッドはそう思わざるえなかった。


 乱雑に並ぶ椅子にぶつかってしまわないよう、慎重に進む。先に廊下へ出たノアが先ほどと同じく、手を挙げて安全である事を知らせてくれる。

 廊下からは火の揺らめきが漏れている。恐る恐る覗くと、誰もいない廊下の壁には等間隔で灯火がかけられていた。

 近衛兵も自室待機なのだろうか、人の気配が全く無い。さすがにおかしいと感じたペルーシャが学人の袖を引っ張る。


『へん……誰もいない……』


 ペルーシャの言葉を代弁するかのように、ノアが眉根を寄せる。


『なんで誰もいないんだ?』


 二人の呟きが冷たい廊下に吸い込まれていく。凍て付く寒さとはいえ警備が完全に無くなるはずがない。困惑するシャーウッドとノアを見るに、本来であればここに誰かがいるはずだったのだろう。


『少し様子を見て来る』


 シャーウッドはそう言って、誰もいない廊下に出た。今死亡フラグが立ったような気もしたが、ここは堅牢な城の中で、誰もシャーウッドの裏切り行為に気付いていないはずである。危険は無いだろうと学人はその背を見送る。


『一応……警戒してて……』


 ノアが腰から下げていた小型の(いしゆみ)をいつでも放てるよう準備する。

 再び学人の袖を引っ張ったペルーシャが厳しい目付きで目配せをしてきた。この二人にあまり気を許すなという事だろう。

 それに対し、学人はやれやれといった顔を返す。果たして彼らが今更、自分たちを嵌める理由があるだろうか。それもわざわざ脱獄させてまで、だ。


 視線を廊下の向こうに戻す。

 するとシャーウッドが立ち止まり、途中にある部屋を凝視したまま固まっていた。

 手招きをされたので従ってそちらへ向かう。部屋は狭いもので、中には井戸といくつかの水桶が置かれている。

 その中で倒れているものを見て、学人が息を飲む。兵士が二人、倒れていた。


『なんだこれ……死んで……』

『いや、気を失っているだけだ。誰かに襲われたらしい、見てみろ』


 兵士の首元に注目する。そこには縄のような跡がくっきりと巻き付いていた。首を絞められて落とされたのだろう。

 凶器となったであろう縄は見当たらない。井戸の縄でというのは現実的ではない。となると、これをやったのは鞭のような物を扱う人物である可能性が高い。


(ソラネさんが……?)


 学人の頭には真っ先にその顔が浮かんだ。

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