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世界混合  作者: あふろ
第一章 幻想の現実
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9.図書館

「あった!」


 ようやく使えそうな車を発見した。

 燃え盛るワゴン車を抜けてからしばらく、交差点で信号待ちをしていたのだろう。停止線で停められていた黒い軽自動車には損傷が無く、キーも刺さったままになっていた。

 ドアを開けてキーを回してみる。すると、何の問題も無く軽い振動と共にエンジンが掛かった。ガソリンも八分目まで入っている。

 振り返ると、目を真ん丸にしたヒイロナが一歩後退っていた。急に唸り始めた車に警戒しているようだ。

 後部ドアを開けて乗車を促す。少し逡巡した様子を見せたが、学人の顔を見て微笑むと、素直にそれに従った。

 ある程度の信用は得られているらしい。


 後部ドアを閉めて、学人も乗り込もうとする。

 ワゴン車の方を見ると爆発の音に誘われたのか、屍人が集まり始めていた。次々に炎の中へ飛び込んで行き、火葬されていく。

 そちらに気を取られていて接近に気が付かなかった。目の前を一体の屍人が通り過ぎた。


「あ……」


 学人には一切の興味を示さずに、折れた足を引きずりながらただ真っ直ぐに歩いて行く。

 夢に見た姿そのままだ。


「かざ……」


 学人は首を振ると車に乗り込み、ゆっくりとアクセルを沈めた。




 転がる死体や事故車を避けながら進む。道が塞がっていたりして、思う様に進む事ができなかった。

 動き出す様子の無い死体も多くある。動くものとそうでないものと、一体何が違うのだろうか。

 大きく迂回をしながら、マンションから見えた裏道を目指す。


『あの野郎、思いっきりぶん投げやがって! 月まで飛んで行くかと思ったぜ!』


 ヒイロナの手当てを受けているジェイクが喚いている。

 学人から見ると思いのほか元気そうだ。だが、ジェイクとの付き合いが長いヒイロナは異変に気付いていた。

 いつも通りに振舞ってはいるが、心なしか声に力が無い。それは、ヒイロナでなければ気が付かないほどに僅かなものだ。

 心当たりがあるとすれば、折れてしまったあの剣だ。


(姫から授かった、大切な剣だったもんね……)


 元々は双剣で、もう片方はここに来る前に失ってしまった。回収できたはずなのに、ジェイクは敢えて置いて来る事を選んだ。

 何か感慨深いものがあったのかもしれない。


(落ち込むくらいなら格好つけてないで持って帰ればよかったのに)


 それはヒイロナにはあまり理解できない感情だった。


 ジェイクは傷口が開いてしまった以外は、あまり大した事が無さそうだ。今は止血をするに止めておくのがいいだろう。

 これから何が起こるかわからない。既に上級魔法を放って、大量の魔力を消費している。いざという時のために、ある程度の余力は残しておきたかった。

 とりあえずの止血を終えて、前に座る学人を一瞥する。思考は既に別の事に移っていた。


 学人の事だ。

 ヒイロナの目には、緑小鬼(ゴブリン)にすら勝てない、たかが腐った死体を見て嘔吐する、弱い男にしか見えていなかった。

 それがどうだ、何か魔法具を使っていた様だが、全くの詠唱無しで爆発の魔法を使っていた。

 爆発魔法と言えば火の上級魔法だ。それを無詠唱で放つなどありえない。

 他にそれができそうな人間と言えば、天才ウィザードのジータくらいなものだ。

 彼女はウィザードとして一番有名な人物だ。ヒイロナも自身をかなりの腕を持つウィザードだと自負している。だが、ジータには遠く及ばない。

 規格外という言葉は彼女の為に存在していると言っても過言ではないだろう。

 そのジータですら、あの規模の爆発魔法を無詠唱で行えるとは思えない。

 学人のした事は、ヒイロナからすれば神の所業だったのだ。


(本当は凄いウィザードなのかな……)


 そう考えれば、屍人に手を振る様な馬鹿な行動にも納得がいく。

 全ては自分達を警戒して、手の内を隠す演技だったのかもしれない。

 一体どういった魔法を使えば、この金属の箱を軽々と動かす事ができるのだろうか。学人からは魔力を操作している気配など感じられない。

 この崩壊した町といい、謎は深まるばかりだ。



 なんとか裏道に入り、朝まで居たマンションを通り過ぎる。

 ここまでくれば目的地はあと一息だ。図書館に立ち寄ったら、あとはそのまま草原へ抜けるのがいいだろう。

 たまに緑の怪物を見かけるが、車の音に驚いて一目散に逃げて行く。思っていたよりも臆病な性格の様だ。

 交差点に差し掛かり、つい癖でウィンカーを出してしまう。知らせる相手がいないのだ、もう必要無いだろうに。




 図書館に到着した。

 五階ほどはあろうかという建物で、図書館以外にも色々な施設が入っている様だ。

 少し崩れてはいるが頑丈な造りになっているらしく、崩壊の危険は無さそうに見える。

 エンジンを切る前に周囲を確認する。近くに怪物や屍人がいる気配は無い。

 学人が車から降りると、続いて二人も降りてきた。

 ジェイクの容態が気に掛かるが、一緒に来てもらった方がいいだろう。全ての窓にブラインドシャッターが下りていて中は薄暗い。何が潜んでいるかわかったものではない。


 辺りを警戒しながら進入する。

 ここもやはり腐敗臭が充満していた。見ると、入ってすぐの場所はホールになっており、何体もの死体が転がっている。

 皆怪物にやられたのだろう。頭部を損傷した死体が目立つ。


 案内板を見る。

 どうやら図書館は一階と二階に分かれているらしい。入口はすぐに見つける事ができた。

 図書館に入るなり、中にいた屍人が二体こちらを向いた。学人がシャベルを構える。


『どけ』


 学人を押し退けてジェイクが進む。

 襲い掛かって来る屍人を蹴り倒すと、そのまま頭を踏み潰してしまった。黒に近い液体が床に広がる。

 学人は動きを止めた屍人に軽く黙祷を捧げた。

 元は学人と同じ、何の罪も無い一般人だったのだ。怪物に変わり果てたその姿に心が痛む。


(それにしても……)


 ジェイクはためらいも無く、屍人の頭を踏み潰した。まるで虫でも踏むかのように。

 彼らの世界では日常茶飯事な事なのだろうか。それとも、ただ単に彼が冷酷な男なのだろうか。

 意思疎通が取れる様になったら、彼がどんな人物なのか確かめなくてはならない。助けてくれている事には感謝するが、もし彼が悪人であったなら、いつまでも一緒に居ようとは思わない。


『暗いね、わたし達はともかく、ヤマダガクトは人間族(ヒト)だよね。明かりいるかな?』

『わざわざランタン点けるくらいだ。あった方がいいんじゃあないか?』


 少し言葉を交わすと、ヒイロナが光を放つ球を召喚した。

 薄暗かった図書館が昼間の様な明るさを取り戻す。球体はヒイロナの後を付いて浮遊していた。

 このくらいの事では学人ももう驚かない。むしろ便利でいいな、と思ったくらいだ。



 図書館内は本が散乱する、酷い荒れようだった。踏んだ本でバランスを崩さない様、ゆっくりと物色する。

 動物図鑑と植物図鑑は本格的な分厚い物を持って行く。

 いい物を見つけた。ファンタジー辞典だ。彼らの事を知るのにおあつらえ向きだ。

 乗り物図鑑などは小さな子供向けの、簡単な物にしておく。

 ふと、児童書のコーナーが目に入った。絵本がお互いの言語の勉強に役立つかもしれない。適当に何冊かさらう。

 これだけでも結構な量だ。特に図鑑が重い。


 ヒイロナは興味深そうに本を手に取っていた。内容よりも、本そのものに興味を示している様だ。くるくると回してみては、開いて撫でてみたりしている。


『ねえ、魔法の本はどこにあるの? あなた達の魔法の事が知りたいんだけど』


 本を棚に戻しながら、学人に尋ねた。

 同時に光の球と本を交互に指さす。


「えっと……魔法の、本……かな? 残念だけどそんな物無いよ」


 学人が首を振って答えると、ヒイロナは露骨に落胆していた。


 目当ての物を確保し、トランクに積み込む。

 他にも着替えなども調達しておきたかったが贅沢は言っていられない。欲をかかずに素直に立ち去った方がいいだろう。


(あ……そうか)


 マンションの屋上で感じた違和感の正体に気付く。

 学人の視線の先では黒煙が上がっていた。距離と方向から考えて、爆発のあった国道だ。

 車の炎が何かに引火したのか、それとも屍人が炎に包まれたまま歩き回ったのか。

 町が崩れるほどの大地震だったのにも関わらず、どこからも火の手が上がっていなかった。これが違和感の正体だ。


(まるで奇跡だな……)


 学人は車を発進させると、一目散に町を抜けた。

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