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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
88/145

88.鉄砲隊

 キラキラと光を反射する甲冑がひしめく。剣と剣が火花を散らせる。

 聞こえるのは数多の金属音、雄叫び、悲鳴、呻き声。

 中世ヨーロッパ映画のワンシーンだ。

 一体この中の誰が、そんな騎士たちと対峙する日が来ると予想できただろうか。迫る小隊を前に、淳平はなんとなくそんな事を考えていた。

 人というのはすぐに忘れてしまう生き物だ。この世界に来てから、死が身近なものになった。死の臭いを間近で嗅ぎ、自分もその一部になりそうになった経験をしたのに、目の前の光景はこの期に及んでどこか他人事に思えた。

 それは淳平だけでなく、その場にいた日本人全員がそうだったように思える。先ほどまでの不安げな表情はどこにもない。いざ死の危険が迫ると、誰も彼もが上の空といった様子だった。

 これが甲冑を着込んだ騎士ではなく、銃を携えた迷彩の軍人だったなら、きっとパニックになっていた事だろう。


 精神を保つための危機回避なのか、現実味が無かった。


『見知った顔がいる。切り込み隊だ』


 小隊の姿を見たドグが口走る。

 龍の影には“龍の血族”だった者が多く所属している。現役兵の中にはドグの戦友もいるのだ。

 だが、彼らに向けられた眼差しは当然、旧友を懐かしむものではなかった。


『やれるか? 無理ならオレがやる』


 淳平はドグの言葉に応えるどころか、目を合わせる事すらしなかった。ただじっと、これから戦場となる場所を見つめていた。

 ドグには迷いが無い。かつて同じ釜の飯を食べた者がいるにもかかわらず、刃を向ける事に一片の迷いも無かった。それは淳平には理解の及ばないところだ。もしこの中に淳平の旧友がいたとすれば、今この時点でも衝突を回避しようと奔走しているだろう。


『お前はトロンボの人間だ。無理にここで戦う必要はない』

『いや……同郷の仲間がピンチなんっす。戦わないと』


 淳平はメガホンを構える。

 目標を定める必要はない。どうせ狙ったところで当たりはしないのだ。だから、号令はシンプルなものでいい。


「構えて!」


 皆がマスケットを構える。

 集団心理なのか、それとも直接手を下すわけではないからか、不思議と躊躇いは無かった。殺人に対する抵抗や恐怖など、微塵も無かった。


「撃てぇー!」


 爆音が耳をつんざいたかと思うと、痛いほどの耳鳴りに襲われた。もう手遅れだが反射的に耳を塞ぐ。

 ただでさえ大きな発砲音が何十と一斉に鳴ったのだ。見れば音に驚いてパイクを手放してしまった者や、発砲の反動で転んでしまった者が続出していた。


(あぁ……音もなんとかしないとな)


 暢気にそんな事を考えたのも束の間、早く次を撃たないと雪崩れ込まれてしまう。

 前方は硝煙が立ち込め煙幕になり、焦げた臭いが漂っていた。火薬についても改良の余地があるだろう。


「持ち替えて!」


 射手の後ろで待機していた者が、装填済みの銃を手渡す。撃つ者、銃を取り替える者、弾を込める者。それぞれ明確な役割を決めていた。

 ローテーションを組むよりも、それぞれがひとつの事を重点的に練習した。もし射手が殺されてしまうと一巻の終わりだが、あまり時間のない状況ではそうするしかなかった。

 交換が終わったのを見計らって、また号令を出す。


「構えて!」


 初射では悲鳴も何も聞こえなかった。発砲音に掻き消されたのか、それとも一発も命中しなかったのか。煙幕が思っていたよりも濃く、状況が把握しづらい。


「撃てぇー!」


 どうであれ、とにかく撃つ。一秒でも早く、一発でも多く。自分たちにできるのはただそれだけだ。



 三射目。

 今までとは違った反応があった。視界が真っ赤に染まり、焼けつくような熱風に煽られた。

 次に金属片や黒焦げの何かが飛来した。正面から勢いよく、或いは頭上から。撃った弾がタンクローリーに命中し、引火したのだ。

 どうやら配置した距離が近過ぎたらしく、爆風で人が薙ぎ倒され、死者こそ出なかったものの多くの負傷者を出してしまったようだ。

 飛んで来た物を認めると、幻想の世界(ファンタジー)の登場人物たちが現実に引き摺り出される。


 飛来物は甲冑の破片や、人間の部品だった。

 人々は、自分たちのした事が何か、本当の意味でようやく理解する。

 これは生きるための正当防衛だ、仕方ない。頭でそう思っているのとは裏腹に、絶望にも似た感情が去来する。


 自分は殺人を犯した。


 アメリカのような銃社会であれば、また違っていたのだろうか。歓声を上げ、ハグやハイタッチのひとつでもしてみせたのだろうか。

 ただ呆然とする者、腰を抜かす者、嘔吐する者、涙を流す者、絶叫する者。淳平も足元に転がってきた焼けた頭部と視線がぶつかり、嘔吐を禁じえなかった。

 逆に、都市民からは歓喜の声が上がっていた。悲鳴と歓声が入り乱れる、異様な空間だった。


『よくやった、下がれ! 怪我をした者はすぐに手当てを受けろ! 無事な者は手を貸してやれッ!』


 これでまだ終わりではない。

 鉄砲隊と入れ替わって巨躯の集団が前線に出る。レベッカ率いる鉱山都市守備隊だ。

 未だ晴れない煙幕の向こうから、爆発から逃れた敵兵が飛び出して来る。瞬く間に血煙が上がった。


 運良く命があっただけで無事なはずがない。負傷した身体では、屈強な鉱石族(ドワーフ)の敵ではなかった。

 しばしの小競り合いのあと、剣戟の音は消えた。




……。




 轟音を伴って大きな火柱が立ち上る。南側で戦闘があったのだと、西門からでも容易に想像できた。

 城壁の上にいる者は一様にそちらを見やるが、地上にいる者はそれどころではない。一瞬の隙が命取りとなる。


 ジータがユージーンを見下ろす。

 戦争も一騎打ちも、どちらも合意の上だ。恨みを持つのはお門違いだが、友達を傷付けられて黙っているわけにもいかない。

 ジータは城壁から身を投げると、音も無く地上に降り立った。


『ミッキー、大丈夫?』

『んー……ちょっとわずかに痛い……かも』


 虚ろな目をしているものの、案外しっかりとした返答があった。その様子に安堵のため息を漏らす。

 ジータが殺気を纏った。

 ユージーンから見れば小さな少女なのに、その目にはとてつもなく大きく映る。肌を刺すような緊張感に包まれ、背中に汗を感じる。しかしそれをおくびにも出すまいと自らを奮い立たせた。


『暑いね、服を脱ぎたくなるような蒸し暑さ……あなたのせい?』


 ジータが流し目を送る。すると、わずかにうねりを見せていた景色が落ち着きを取り戻す。何の前触れもなくユージーンの魔力が霧散し、気温が下がった。

 虹姫に小細工は通用しない。大剣に炎が宿る。


 火炎を引き連れた剣が走った。それはいなせるレベルではない、目にも留まらぬ剣撃。

 ユージーンの剣は岩をも溶かし、鍾乳迷宮の主“クリスタルゴーレム”すら両断する。たとえ鋼鉄の盾を持ってしても、豆腐の如くそれは役に立たない。

 剣を交えた者の大半は初撃の時点で後悔をする。しかし、今回に限って後悔が押し寄せたのはユージーンの方だった。

 ほんの一瞬、剣が敵に到達するのは一瞬の事だ。全神経を集中させたユージーンには、それが数瞬にも感じられる。

 そのわずかな時の中で、剣の行く末が見えた。

 ……届かない。


 速度を緩めるでもなく、弾かれるでもなく、ピタリと腕が止まる。

 魔法障壁が剣を優しく包み込み、がっしりと掴んでいた。いくら力を込めようとも動く気配はない。筋力ではどうしようもない事を悟り、手を離す。

 時間を稼ぐどころか相手にもならない。人には越える事のできない壁がそこにあった。

 それでも怯まない。

 ユージーンの左拳に魔力が集中した。

 耐熱に特化した素材のアームガードが真っ赤に染まる。

 それは魔力を暴走させただけの、魔法とは到底呼べない代物だが、ユージーンの切り札のひとつである。

 あまりの高温ゆえに己を保護する魔力さえ焼き、その腕をも焦がす。肉の焼ける臭いが鼻をついた。


『おおおおおおおおッ!』


 灼熱の豪腕が唸る。

 ジータは新たに障壁を張るが意味がなかった。魔力の薄い剣とは違い、受け止める事ができなかった。

 これは厳密に言うと正しくない表現だが、障壁が溶けた。

 刹那、ジータの姿が消えた。空を切った拳が地を叩くと魔力を放出し、マグマ溜まりを作り上げる。


『ユージーン様、お下がりくださいッ!』


 都市の前衛部隊が必死に喰らい付こうとするも、奮闘虚しく遊撃部隊に阻まれ、ついに魔法が完成した。

 数百人からなる破壊の魔法、破城砲デストルクシオン・デ・カスティージョ

 規模としては前代未聞のもので、未だかつて戦場においてこれほどまでのものは見た事がない。門どころか、都市の一部まで消し飛ばしてしまうだろう。


『やばいぞ、退避だ! 退避ーッ!』


 城壁が蜂の巣を突いたような騒ぎになる。

 目視できる範囲の人間が退避した事を見届けると、破城砲が放たれた。

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