84.空気の読めない女
二日後。
予定通り、鉱山都市から山のように武器が届けられた。内容は主にリーチのあるパイクの類、それから追加で完成させたマスケットだ。
パイクは満足に武器を取った事のない者でも扱いやすい。なにせ剣とは違って、ただ突き出すだけでも効果が期待できるからだ。
銃器は基本的に日本人が持つ事となる。触った事はないとはいえ、それがどういった代物なのか、どうやって使うのかくらいは知っている。全く初めて見る大陸の人間が使うよりは良いと判断した。
傭兵をまとめる者や、自衛隊の人間を中心に、具体的な戦術が練られていく。
十中八九、南側が戦場となる。だからと言って、門の防衛を空にするわけにもいかない。必要最小限の防衛線が張られる事になった。
ますは西門。軍隊はこちらから姿を現す事になる。
偵察の報告によると、その数はおよそ千。対してこちらは傭兵が約五百人、一般人を含めた全体の数は五千にものぼる。数だけであればこちらが遥かに上回っている。
しかしながら相手は統制の取れたプロの戦闘集団だ。力関係で言えば劣勢、防衛側が有利とはいえ少し厳しいだろう。
『幸いな事に、周りには廃墟があるのだ。それを利用しよう』
青木が提案する。
平常時は厄介でしかなかった廃墟だが、防衛戦となるとそれはこちらに味方した。
まずガソリンを満載したタンクローリーをあちこちに配置、並行して手付かずの廃墟を手当たり次第に破壊していく。有害物質がどうだなんて気にしてなんかいられない。むしろ出てきてくれた方が好都合だ。
そうしてできた瓦礫を重機で運び、門の付近にばら撒く。足場は悪ければ悪いほど良い。
門上には弓兵と自衛隊員の他に、火を扱うウィザードも配置する事になった。
地上には部隊を置かない。恐ろしいのは、ウィザード部隊による攻城砲である。百を超えるウィザードたちが魔力を一点に集中して放つ、城門を破壊するための合成魔法だ。
膨大なエネルギーが巨大な砲弾となり、巻き込まれれば人間など塵も残らない。戦力は南側に集中配備されるため、攻城砲を阻止するだけの兵力を回す余裕は無かった。
南側も同様にタンクローリーを配置する。こちらは建設途中の建物が多く並んでいたので、瓦礫には困らなかった。
傭兵のほとんどがこちらの前線に投入される。相手が疲弊するまでの二日、三日、守り切れればそれでいいのだ。迎撃というよりも、守備に特化した陣形が採用された。一般人は後方からの援護となる。
北と東は平常通りの警備だけを置く。北方向はタンバニアとアクアニア、東方向は鉱山都市に繋がっている。援軍が向かっている事を匂わせておけば、挟み撃ちになる事を警戒して、そこから攻めて来る事はないだろう。
ここでひとつ、青木に疑問が浮かんだ。
『軍隊は何か兵器を使って来ないのかね?』
配備の仕方を見ていると、明らかに歩兵だけしか意識していない。王国での戦争は攻城戦が主である。となると、投石器や櫓などの攻城兵器が発達しているのでは、と考えた。
しかし、返ってきた答えは意外なものだった。
エルゼリスモア大陸では、攻城兵器など一切使われる事がない。一応存在はするものの、とてもではないが運用ができないのだ。
城は領都の中にある。つまり、攻め込むためには入場料を払って中に入らなければならない。騎士団が金を支払うために列を作る、その姿を想像すると、なんとも滑稽な光景である。
金を余分に積めばもちろん兵器を持ち込む事もできる。だが、城まで運ぶには周辺街と領都を通らなければならない。巨大で重量のある物を持って、街中を行くのは想像以上の労力を要する。
やっとの思いで戦場に兵器を投入したとしよう。大活躍するどころか、そんな物は魔法で真っ先に破壊されてしまう。破壊した時の爽快感は何物にも変え難く、戦場は瞬く間に射的大会へと変貌してしまう事だろう。
そういった事から、金と労力に見合わない。
ついでに言うと、騎馬兵ならぬ騎竜兵もあまり使われる事がない。騎乗用の生き物は意外と貴重である。攻城戦の度に多くの恐竜を失っていては、大陸からその姿を消してしまう事だろう。
ここぞ、という時に投入される以外は、基本的に歩兵同士の戦いとなる。
軍議が終わり、約五十人の自衛隊の面々は、結局全員が西門の防衛に回される事になった。地上に部隊を置かない以上、城壁からの遠距離攻撃が必要になる。
とは言っても、弾薬はもうほとんど残されていない。銃による攻撃は威嚇射撃が精々だろう。
基地が魔獣に襲われた時、備蓄されていた弾薬を全て持ち出したものの、元々大した量は無かった。それも病院で籠城していた時にかなり消費してしまっていた。
「青木二尉、どうなりましたか?」
警備隊の詰所に戻ると、軍議の結果報告を待ち侘びていた隊員たちが詰め寄る。
青木たちは都市の警備隊として働いていた。基本的には平和なので、都市内の見回り以外の時間は、剣や槍での戦闘訓練が仕事となっている。
銃にあまり頼れない以上、この世界の武器で戦えるようにならねばならない。
「我々は西門の防衛に回る。上からの牽制が役目だ」
「そうですか……」
それを聞いた隊員たちは意気消沈した様子を見せた。
今回の戦いは都市全体が一丸となって参加する。それはもちろん、日本人も例外ではない。
一般人が戦場に身を晒す可能性がある中で、自分たちは安全な城壁の上だ。やり切れない気持ちでいっぱいなのだろう。
「銃は我々にしか扱えない。つまり、我々にしかできない事なのだ。それに、まだ争いになると決まったわけでもないだろう」
隊員の心中を察し、なんとか言い包める。
「私は岩代一佐殿の様子を見てくる」
簡単に概要だけを伝えると、青木はそそくさと退室した。
向かうのは教会だ。
この世界に病院という施設は無く、教会がその役割を担っている。女神の信仰が失われた今では、特にその色が濃くなっていた。
聖堂はそのままの形で残されており、上階が病室代わりになっている。信仰が無いとはいえ、やはり神聖な場所であるのに変わりはなく、撤去してしまう事に抵抗があるのだろう。
修道女に会釈をし、岩代のいる部屋に入る。
病院で指揮を執っていた時から少し体調を崩していたのだが、都市に移動してからも徐々に衰弱していき、とうとう寝たきりになってしまっていた。
教会には何人かのウィザードが常駐している。彼らはアイゼル王国国王から派遣された、再生魔法のエキスパートだ。その彼らが必死に究明に当たっても、原因を特定するには至らなかった。わかっているのは、これが疫病の類ではないという事だけだ。
青木に気付いた岩代は、力無い笑みを浮かべた。
「どうだった?」
「我々は西門の防衛に当たる事になりました」
「そうか……それで」
「市民はマスケットと槍を持って、南側後方で待機です。突破されない限りは安全かと」
「そうか」
その言葉に、岩代は少し安心した表情を見せた。同時に、悔しさも滲んでいるように青木は感じた。
皆が戦いの準備を進めている中で、一人のうのうと寝ている事が許せなかったのだろう。
「青木……」
「はい」
「我々はもう、自衛隊ではなく、この都市の一員だ」
「はい」
「なら、我らの使命は何だ?」
「この都市の人間、全員を守る事です」
青木の返答に満足したのか、岩代はそれっきり口を開かなかった。
……。
『おい、見えたぞ!』
廃墟の西側を警戒していた警備兵の一人が怒声を上げた。平原に伸びる道の向こう側、隊列を組んだ軍隊が迫って来ていた。
大所帯なので進行速度は遅い。恐竜に跨った伝令が、落ち着いた様子で都市へと駆けて行く。
報告を受けた都市の警備兵が警鐘を鳴らし、皆が思い思いに準備を整える。都市は一気に物々しい雰囲気となり、緊張が渦巻いていた。
『ジータ、お客さん来たって』
『ふーん、わかった』
椅子に腰掛けて天使族を眺めていたジータが立ち上がる。
ヒイロナも不安を押し殺し、同じく立ち上がった。
『ここは、どこだ……』
三人が出ようとした時、部屋に四人目の声が上がった。
状況を把握できておらず、不思議そうな顔でキョロキョロと見回す。その声に振り返ったジータは、重いため息を吐いた。
『貴女、どうしてこんな時に起きるのかな? 空気読みなよ』
天使族が目覚めたのは、クレランスの演説から四日後。軍隊が目前まで迫った時だった。




