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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
83/145

83.存在意義

――時は少し遡る。

 中継都市に、思わず耳を塞ぎたくなるような、高音のノイズが響き渡った。続いて、男の声が通り抜ける。


『これでいいのか?』


 突然聞こえた大きな声に、都市は水を打ったように静まり返った。誰もが声の出所を探って周囲を見回す。


『おお、本当に風に関係無く声を届ける事ができるなんて! 君たちの魔法はすごいな!』


 最初は懐疑的だった声が、弾んだものに変わる。音源は街のあちこちに設置されたスピーカーだった。

 小鳥が提案した物で、先日になってようやく設置が終わった。テストをする時間が無かったため、ちゃんと動作するのかが心配だったが、声はきちんと隅々まで行き届いている。

 咳払いのあと、話が始まった。


『ランダルの皆さん、議会委員のクレランスです。今から言う話を、落ち着いて聞いてください』


 皆がスピーカーを見上げる。これが異人の技術であるとすぐに察し、パニックに陥る事はなかった。


『中継都市ランダルはまた、危機に直面しています。アイゼル王国、ヒルデンノースの軍隊が迫っているのです』


 ヒイロナによって伝えられた事を淡々と喋っていく。クレランスは初め、この話が信じられずに一蹴した。

 しかし小鳥が念のためにと、ジータに日本人の魔力がどのようになっているのか調査を依頼。結果はヒイロナの言葉通り、魔力が吸収され、消滅しているとの事だった。

 ただし、それは微々たるもので、直ちに影響があるものではなかった。結果報告と共にクレランスを説得、偵察が出される事となった。

 偵察者が見たものは、国境都市を出て進軍する龍の影の姿だった。そして、その報告を受けて現在に至る。


『まだ確定したわけではありませんが、彼らの狙いはおそらく異人たちの命です』


 話を受けた小鳥たちは、都市に迷惑はかけられないと、素直に出て行く事を告げた。

 しかし、クレランスはその申し出を一旦保留とした。


『彼らはデマに踊らされ、我々の良き友人に手をかけようとしています。私個人の意見としては、渡すわけにはいかない。もし強硬手段に出たとしたら、戦うべきであると考えています』


 都市中がどよめく。

 主要人物だからといって、方針を独断で決める事はできない。最終的には都市全体で決める事となる。

 今回の件は非常に難しい。戦えば多くの死傷者が出る事は免れないし、下手をすれば滅びてしまう可能性も大いにある。王国とリスモアの戦争に発展しかねないだろう。

 逆に見捨ててしまえば……それは、都市が都市である意義を失ってしまう。きっと近隣の都市からの信用も失墜してしまう事だろう。


 第一、本当に異人だけが狙いである保証はどこにもない。

 何の告知も無い、目的もはっきりとしない進軍は大問題だ。たとえ道を逸れて通り過ぎようとしたとしても、黙って見過ごすわけにはいかない。

 民衆が耳を傾ける中で、クレランスの演説が続く。


『無理強いをするつもりはない。旅の途中で立ち寄っただけの者や、命の惜しい者はすぐに避難してもらって構わない』


 一呼吸の間が空く。


『住人を見捨てておいて、何が都市だろうか! 私はたとえ一人であっても戦う! 賛同する者は鬨を上げよ!』


――静寂。


 クレランスの演説のあと、訪れたものは静寂だった。ある者は顔を見合わせ、ある者は俯いたまま一言も発さない。

 命に関わる問題だ。何の考えもなく賛同する事などできない、


『俺は戦うぞ! 王国の好きにさせてたまるかッ!』


 しばらくして、誰ともなく声を上げた。

 それを皮切りにざわめきが広がり、それは咆哮へと変わって波及した。都市は瞬く間に熱気と咆哮に包まれた。

 中継都市ランダルは、戦う道を選んだ。




『クレランスさん、考え直してみては……私たちは大丈夫ですので……』


 マイクを手にするクレランスを、後ろから見守っていた小鳥が恐る恐るそう進言する。


『駄目だ、見てみなさい。もう決まったのだ』


 斡旋所の二階から外を覗く。その目に映ったのは、拳を掲げて鼓舞する人々の姿だ。気分を高揚させて、従うべき指示を待っている。

 予め呼び出しておいた警備隊の代表たちにクレランスが指示を出すと、それを受けた彼らは街中へと散って行った。

 烏合の衆では戦う事などできない。何十もの部隊に分けて、個々に指揮官を置く必要がある。

 問題は武器だ。警備隊や傭兵ならともかく、一般の住民が大規模な戦闘に使えるような物を持っているはずがない。護身用の短剣が精々だろう。

 これにはオサがいち早く対応した。


『既に伝令を飛ばしている。早ければ二日後にも武器が届くであろう』


 鉱山都市は演説前から協力を表明していた。中継都市に何かがあって困るのは、鉱山都市も同じだ。そしてそれは、他の近隣都市にも言える。

 援軍を要請する使いを出してはいるものの、まず間違いなく間に合わないだろう。実質、二つの都市で対応する事になる。

 鉱山都市はワンマンだ。オサの一存で都市の方針が決まる。こういった時のフットワークの軽さが利点だった。


 方針が決まると、すぐさま作戦会議が開かれた。少しの時間も無駄にするわけにはいかない。

 都市にある出入口は三箇所。西、北、東だ。そして今は都市拡張のため、南側の城壁の一部が切り崩されている。危険が迫ったからと言って、すぐに塞げるものではない。合計で四箇所の防衛が必要になる。

 この弱点とも言える穴は逆に好都合だった。まだ確定したわけではないが、もし攻め込んで来るとしたらここ以外に無いだろう。わざわざ鋼鉄の落とし格子を突破して来るとは考えられない。南側に戦力を集中する方向で話が進められていく。



 作戦会議の合間を見て、クレランスがジータの元を訪れた。見張りをするアルガンに労いの声をかけつつ、ノックのあとに入室する。

 そこにはジータとミクシード、今回の一件を伝えに来たヒイロナ。そして未だ目を覚ます事のない天使族(エンジェル)の姿があった。


『じゃあ、ジェイクは領都にいるのね?』


 ヒイロナと話をするジータの顔が明るい。何か嬉しい事があったのだとクレランスは察した。


『ジータさん、ひとつ頼まれて欲しい事があるのだが』


 一瞥もくれないジータに対して、改まって声をかける。


『なに?』

『その天使族(エンジェル)を連れて、どこか人目の無い場所へ避難してもらえないだろうか』


 もし防衛を突破されて都市を隈なく調べられれば、到底隠しきれるものではない。天使族(エンジェル)を匿っている事を知られれば、彼らに大義名分を与えてしまう事になってしまう。もちろん、この事が漏れた可能性も疑った。

 口止めをしているとはいえ、所詮は口約束だ。王国に行った誰かが、つい漏らしてしまったのかもしれない。

 しかし、それならば使者を先行させて、引き渡し要求があってもいいはずだ。いきなり軍隊を派遣してくるとは考え難い。

 この事から、天使族(エンジェル)の存在が漏れたという線は、限りなく薄いと思われた。


 ジータも旅人である。都市とは何の関係もない人間で、避難させるべき対象であるとクレランスは考えていた。

 しかしながら、強大な力を持ちながら逃げ出したとなれば、彼女の沽券にも関わってしまう。何か理由を付けておけば、何も後ろめたい事もなく避難ができる。それに、天使族(エンジェル)を護衛するのに彼女以外に適任はいないと思っての提案だった。

 こんなお願いをされてしまっては、ジータも都市を出て行かざるえないだろう。


『逃げろっていう事? 嫌よ』


 ジータは表情を不機嫌なものへと一変させ、そう答えた。

 思惑が外れて面食らうクレランスに構わず続ける。


『あたしは、たとえ相手が女神であっても道を譲らない。進む先に軍隊が立ちはだかってるなら、叩き潰して先に進むわ』


 よくわからない理屈に、クレランスは首をかしげるしかなかった。ただ、ジータも防衛に参加してくれるという意思だけは伝わった。

 感謝の意を述べていると、突然、扉が乱暴に開かれた。


『おい、クレランス! 傭兵どもの報酬の件なんだがッ!』


 五月蝿い鳥野郎がやって来た。ドナルドだ。

 都市の防衛のためとはいえ、フリーの傭兵をただ働きさせるわけにはいかない。普段の警備や護衛とは違い、軍隊を相手にするわけなのだから、当然危険な仕事になる。

 平和なリスモアではこういった経験に乏しく、一体どのくらいの報酬を渡せばいいのかがわからない。そこで会計役として、ドナルドに白羽の矢が立ったというわけだ。


『お、ヒイロナじゃねえか、戻って来たのか! ジェイクはどこだ? あのヤローに銀貨十五枚、耳揃えて払えって伝えててくんねーかな!』


 ピーチクパーチクと喋るドナルドに、殺気を孕んだ影が忍び寄る。


『いででででっ! 誰だ、何だ、おいッ!』


 首根っこを掴まれ、金切り声を上げる。ドナルドが首を捻って何者かを確認すると、それは禍々しい魔力を垂れ流すジータだった。

 魔力を帯びた小さな手が、首をキリキリと絞め付ける。


『言ったよね……あたし、タンバニアに行くって……』

『く、苦しい……。そうだっけ? そうだったっけ?』

『ミッキー、今日の晩ご飯、鳥肉だから』

『え、やだよ。美味しくなさそう』

『わ、悪かった! 話せばわかる! おいヒイロナ、見てないで助けろ!』


 これが、学人が領都に到着する前日の出来事だった。

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ツギクルバナー
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