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世界混合  作者: あふろ
第一章 幻想の現実
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8.国道にて

 一刻も早く町を出た方がいい。学人はそう判断した。

 怪物に加えて屍人が死臭を撒き散らせて徘徊している。町を充満する腐敗臭もそうだが、衛生の面で考えても長居するべきではない。

 屋上から草原を見た時は唖然としたが、逆によかったのかもしれない。どこの町も、きっと似た様な状態だろうから。

 車を見つけて少し図書館に寄ったら、そのまま草原に抜けるのがいいだろう。場合によっては図書館も諦めないといけないかもしれないが。

 気になっていたジェイクはというと、本当に怪我をしているのかと疑ってしまう動きを見せている。

 目の前に飛び出す怪物や屍人を軽々と蹴散らしていた。


 学人はまず、警察署のあった国道を目指した。狭い道にある車はどれも損傷していて使えそうにない。

 あの広い国道であれば車の量も多かった。一台くらいは使える物が残っているはずだ。

 懸念されるのは怪物と屍人だ。あの時、国道には沢山の怪物と死体が転がっていた。


 少し道に迷いながらも国道に到着する。

 陰に隠れて様子を窺うと、怪物も屍人の姿も無い。持ち主を失った車達だけが寂しく残されていた。

 アスファルトにこびり付いた血痕や肉片が目立つ。彼らは立ち上がり、怪物に襲い掛かっていったのだろうか。所々に食い散らかされた怪物の死体があった。


 使えそうな車を探す。

 しかし、どれも事故車であったり、怪物に破壊されてしまった物ばかりだ。


「お、あれは壊れてないよな?」


 綺麗な車を見つけて駆け寄る。覗き込むと、中に隠れていた屍人が暴れ始めた。

 さすがに腐敗臭の染み付いた車を使おうという気にはなれない。諦めて他を当たる。

 中々良い物を見つける事ができずにどんどん進んでいると、ふと、景色が記憶に引っ掛かった。

 あの建物は知っている。警察署だ。

 駐車場の鉄柵は破られ、付近には盾やヘルメットなどが転がっている。やはり怪物の猛攻に耐える事ができずにやられてしまったようだ。

 壁には何台も車が突っ込んでいる。正面からではなく向きはバラバラで、ひしゃげて壁にもたれ掛かっている物もある。まるで、投げられたかのようだ。


 警察署から一体の屍人が顔を出した。

 制服姿で下顎が欠損している。丸見えになった喉から隙間風の様な音を漏らしながら、学人を見据えていた。


『おいッ!』


 学人の背後で怒鳴る声がした。

 急に腕を掴まれて、後ろに引きずり込まれる。

 突然の事に踏ん張る事ができず、バランスを崩してたたらを踏んだ。

 刹那、耳を突き抜ける衝突音と硝子の砕ける音。

 乗用車が飛んで来た。

 それは目の前にあった車とぶつかって、高く跳ね上がる。飛び散った硝子片が肌に当たり、チクチクとした痛みを感じた。

 間一髪だった。腕を引かれていなければ学人を直撃していた。


『ジェイク、ヤマダガクト!』


 ヒイロナが焦った声を上げている。

 車が飛んで来た方向に目をやる。


『おいおい、こんな奴までいたのか! 逃げるぞ、走れ!』


 路地から姿を見せたのは、単眼で三角頭を持つ、巨漢の怪物だった。

 背丈は三メートルほどはあるだろうか。人間と同じ形をしてはいるが、白っぽい肌に無駄の削ぎ落とされた筋肉が剥き出しになっている。手には石柱にも見える棍棒が握られていた。

 巨人だ。

 巨人は咆哮を上げると、こちらへ向かって走り出してきた。


「うわああああ!」


 来た道を全力で逃げる。

 巨人の動きは鈍く見える。しかし、一歩の歩幅が大きい上に、道路上にある車を踏み潰して迫って来る。障害物を避けながら走る三人より少し速い。


 ふと、背中に聞こえていた足音が止まった。

 諦めてくれたのだろうか。振り返って確認している余裕など無い。

 学人が不思議に思ったのも一瞬、自分の体が日陰に入った。

 目の前に日陰など無かった。つまり……。

 慌てて横ざまに跳ぶ。

 一瞬遅れて、ワゴン車が地面に叩き付けられた。

 ワゴン車は勢い余って転がりを見せ、屋根を向けてようやく止まる。


『ロナ!』


 ジェイクが叫ぶと、ヒイロナが両手をかざして早口に喋り始めた。

 これが会話の言葉でない事は学人にもわかった。魔法の詠唱だ。

 巨人は余裕を見せ付けるかの様に、歩いて迫って来ている。それは、ヒイロナが詠唱を終えるのに十分な時間だった。


咲き乱れる氷花(イエロ・フロラシオン)!』


 詠唱が終わると巨人の足元に棘を持つ氷の塊が出現し、その場に縫い付ける。

 巨人の歩みが止まった事を確認すると、ヒイロナは続けて次の詠唱に入った。


『おい、ロナの護衛は任せたぞ』

「え? なに? なんて?」


 足を覆う氷は、巨人が足掻く度に亀裂を見せていく。動きを完全に封じるには強度が足りないようだ。

 それを見たジェイクが剣を抜いて巨人に飛び込んで行った。

 大振りの棍棒を潜り抜けて一閃。皮膚を斬ったとは思えない、細い金属音が鳴る。

 懐に入られた巨人はジェイクを捕まえようと腕を伸ばすが、それを躱して腕を踏み台に跳び上がる。


『はあああッ!』


 喉元まで跳躍したジェイクが素早い剣撃を繰り出す。巨人が怯んだ瞬間、それとはまた別の音が鳴り響いた。

 太陽の光を反射させながら、刃が弧を描いて宙に舞う。剣が砕け折れた。


『チッ!』


 剣が折れるや否や、ジェイクは巨人の胸を足蹴にする。武器を失ってしまってはどうする事もできない。

 蹴った反動でその場から離脱しようとするも、間に合わずに脚を掴まれてしまった。


「ジェイク!」


 学人の血の気が引く。

 相手は車を軽々と投げる筋力を持っている。攻撃を受ければただでは済まないだろう。

 ジェイクの背中に強い衝撃が走った。投げ飛ばされて、ワゴン車に叩き付けられたのだ。

 巨人の皮膚はかなり硬いらしく、かすり傷ひとつ付いてはいなかった。足元の氷も砕ける寸前で、もうもちそうにない。


『クソが……』


 ジェイクに駆け寄った学人が少し安堵した顔を見せた。無事とは言い難いが、意識ははっきりとしている。

 ただ、今ので脇腹の傷が開いてしまったようだ。赤く染まった包帯が服の隙間から顔を覗かせていた。

 ジェイクの腕を肩に回して立ち上がらせる。

 ヒイロナはというと、まだ詠唱を行っていた。難しい魔法なのか、さっきよりもかなり長い。頭上を見上げると、いつの間にか巨大な水の塊が宙に浮いていた。

 詠唱と共に膨れ上がり軽自動車ほどの大きさになると、今度はうねりを見せて円錐型に形を変えていく。


 詠唱が終わった。

 それと同時に水の塊が一瞬にして凍り付く。それは、氷でできた巨大な槍だった。

 一呼吸を置いて、最後の言葉が叫ばれる。


『――射貫け、氷結の突撃槍ランス・コンヘラシオン!』


 静止していた槍が天を翔ける。あまりの速度に、学人の目には槍が消えてしまったかの様に映った。

 氷の砕ける音と共に巨体が宙に浮く。直撃した槍に吹き飛ばされた後、アスファルトに体を擦り付ける。鋼の様に硬い皮膚は盛大に火花を散らせた。

 巨人は横たわったまま動きを見せない。


「やったか!」


 学人の期待とは裏腹に、大きな腕が高く突き上げられる。

 脇にある車を叩き潰して、巨人は立ち上がった。流石に無傷ではいられず、胸には抉れた様な傷を負っていた。


『大丈夫?』


 駆け寄ったヒイロナも手伝って再び逃げ始める。

 しかし、巨人はふらつきながらもしつこく追い掛けて来ていた。今の状況でまた車を投げられては、とてもではないが躱せない。


(なんとか……なんとかしないとッ!)


 ここで死んで屍人の仲間入りはゴメンだ。必死に思考を巡らせる。

 投げられて大破したワゴン車に目が留まった。

 学人にできる事と言えばこれしかない。


「ヒイロナ! ジェイクを連れて先に行って!」


 学人は背負ったザックを降ろし、酒を取り出して栓を開ける。

 次にジッポーオイルを染み込ませたガーゼで栓をする。即席の火炎瓶だ。

 燃料がアルコールだけなので、火はすぐに消えてしまうだろう。しかしそれでも問題は無い。火が点きさえすればそれでいいのだ。


『ヤマダガクト! 何をしてるの!』


 背中にヒイロナの声を受ける。おそらく逃げろと言っているのだろう。逃げるわけにはいかない。

 ミネラルウォーターで手を洗い流すと、火炎瓶を点火してタイミングを計る。外してしまえば後が無い。

 巨人がワゴン車を踏み潰そうと足を上げた。


「わああああ!」


 投擲するとすぐに踵を返す。

 狙いはワゴン車から漏れ出ている液体だ。

 爆発音が轟く。

 爆風で転けた学人が目をやると、巨体が車体と一緒に舞い上がっていた。

 両脚を吹き飛ばされた上に、胸の傷口から体内を焼かれた巨人は、今度こそ動く事は無かった。

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