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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
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79.領主ヴォルタリス

 標的が目の前にいる。

 テラスに衛兵の姿は無く、左右と後ろは建物で視界を遮られている。暗殺するには絶好のロケーションである。

 だが、あまりの突然の事に、ペルーシャの思考は停止していた。


『誰だ?』


 燃えるような赤い髪の男、領主ヴォルタリスは欄干にもたれ掛かったまま、振り向きもせずにそう声を出した。

 ヴォルタリスの問い掛けにペルーシャが我に返る。

 今この男を殺すのはまずい。自分一人であれば迷う必要は無かった。

 横目に学人を見る。あの男が誰なのかわかっていないだろう。ヴォルタリスを殺したあと、学人を連れて逃げ出すのは不可能だ。

 ペルーシャには、学人を見殺しにしてまで任務を遂行する事などできなかった。


『誰だと訊いている。聖堂は立入禁止にすると言ったはずだが?』


 その声に感情は無い。なのに、骨の髄まで重く圧し掛かってくる。

 何とか言い逃れを考える。

 清掃に来ました。……無理がある。立入禁止にしているのだ。さすがに清掃が行われていないという事はないだろうが、今この時に清掃が無い事くらいは把握しているだろう。

 新人で迷子になりました。これも苦しい。新人であるなら尚更、禁止区域については口を酸っぱくして言い聞かされているはずだ。

 言い逃れができない。


 結局残された道はひとつ、殺して逃げる。たぶん逃げ切れないだろうが、決断をしなければならない。


『申し訳ありません。私、登城して間もなく、ここが立入禁止だとは存じませんでした』


 必死に考えるペルーシャをよそに、返事をしたのは学人だった。

 言い訳としては最悪の部類に入る。たとえこの場をやり過ごせたとしても、何らかの罰が与えられる事だろう。

 つまり、どこの誰だと調べられるわけだ。侵入者であるとバレてしまう。

 こうなれば破れかぶれだ。とりあえずは今、この場を切り抜ける。後の事は後で考えればいい。


『申し訳ありません、ヴォルタリス様。この新人が入って行くのを見て、慌てて追いかけて来たのですが……』


 ペルーシャも頭を下げる。

 ここでペルーシャは大きなミスを犯した。学人に目の前の男が領主だと教えてしまったのだ。


『ヴォルタリス……? 貴方が領主ヴォルタリスですか?』


 ペルーシャが青ざめる。ヴォルタリスとの対峙が予想外なら、学人の行動も予想外だった。

 アルテリオスは任せておけと言っていたが、自分で対話ができるのならそれに越した事はないと学人は考えていた。

 周囲には誰もいない。こんな状況で領主と会える機会はもう無いかもしれない。

 アルテリオスでは又聞きの又聞きになってしまうし、当事者ではない分、どうしても他人事になってしまう。何より、学人自身が彼の事を信用しきれていなかった。

 このまま無為に時を過ごすよりは、駄目で元々、一石を投じる……そう思い、学人は腹を括った。


『……何者だ?』


 ヴォルタリスが学人に向く。


『僕は山田学人。貴方に話があってここまで来た』

『ヤマダガクト?』

『貴方たちの言う、異人です』


 鋭い眼光が学人を射抜く。完全に敵を見る眼だ。

 思わず目を伏せてしまいそうになるが、ここで怯んでしまってはいけない。

 学人は真っ直ぐに視線をぶつける。


『異人が何の用だ?』


 どうやら聞く耳はあるらしい。

 ヴォルタリスは考える。目の前にいる男女がどこから来たのか。

 中継都市が軍隊に気付いているはずがない。時間的にも、都市にいる異人がその事で交渉に来るとは思えない。となれば中継都市以外にも異人がいるのだろうか。


『いや、まずはこれから問おう、お前はどこから来た?』

『リスモア……中継都市から来ました』


 学人は敢えて中継都市を口にする。後出しでそれを口にして話がこじれるのは避けたいし、話も持って行きやすい。

 学人が特別な立ち位置にある事を察し、ヴォルタリスは耳を傾ける。

 どのような経緯で軍隊の動きを知ったのか、どうやって城に忍び込んだのか。疑問はあるがそんなものは瑣末な事だ。後で取り調べればすぐに吐くだろう。


 ヴォルタリスの読み通りなら、話の内容は聞かずともわかる。どうせ命乞いにでも来たのだ。

 そう思ったのだが、


『ノットは危険です。彼はヒルデンノース領の壊滅を目論んでいます!』

『ほう……』


 面白い男だ。学人に対するヴォルタリスの評価はそれだった。

 軍隊の事を知ってか知らずか……。それによって評価は大きく左右するが、学人に興味を抱くには十分だった。


『いいだろう、付いて来い』


 ヴォルタリスが二人の間をすり抜けて城内へと戻って行く。

 ペルーシャはこの間、気が気ではなかった。ヴォルタリスがどう出るのか、最悪の場合どうやって学人を連れて逃げるのか。その事で頭がいっぱいだった。

 額を伝う汗を拭って、学人とヴォルタリスの後に続く。


 正直なところ、ペルーシャから見たヴォルタリスの対応は意外だった。侵入者であるとわかっても尚、話を聞こうとしている。それも自分が敵と見なした側の人間の話をだ。

 人々や国王から絶大の信頼を得られている理由がわかった気がした。あらゆる角度から冷静に物事を見る事のできる柔軟な人物らしい。

 果たしてヴォルタリスの暗殺が正しい事なのか、ペルーシャの中に少し迷いが生じた。


 五階への階段を警戒する兵が直立不動の姿勢を取る。

 学人とペルーシャが兵の前を横切ると、ヴォルタリスが尻目に一言、命令した。


『捕らえよ』


 すっかり油断させられていた。


『ニャんやねん、触んニャやハゲッ!』


 ペルーシャが畳み掛ける近衛兵に悪態をつくが、抵抗らしい抵抗もできないまま捕縛される。


『ヴォルタリスさん! 僕の話を聞いてくれ!』

『言われなくても洗いざらい聞き出してやる。連れて行け』

『ヴォルタリスッ!』


 学人の懸命な声は、虚しく城内に響くだけだった。




……。




 守護の塔。

 攻城戦の際に領主が立て籠もる塔で、そのままの名前が付いている。

 特殊な石材で造られた円形の塔は大規模な魔法を受け流してしまう。故に、領主を討ち取るには中へ突入するしかない。

 中は空洞。円の壁に沿って螺旋階段が頂上まで続いている。

 階段を昇り切ると今度は鋼鉄の扉が出迎える。かなり分厚い扉で、並大抵の事では破る事は叶わない。

 強固な扉をくぐるとようやく天守の間に到達する。部屋には壁を一周する窓が設けられており、一目で戦況を見下ろす事ができる。


 普段は誰も立ち入る事はできないが、魔力嵐の観測という名目で特別に許可をもらっていた。

 鋼鉄の扉を抜けてノットが天守の間へと足を踏み入れる。

 部屋の中には魔力嵐の観測データが広げられている。内容はでたらめ。ヴォルタリスが様子を見に来た時のためのカモフラージュだ。どうせ彼にわかるはずがない。

 立ち入り許可があるのはノットだけで、ヴォルタリス以外に誰かが来る事はありえない。そのヴォルタリスも暗殺を警戒して城に引き篭もっている。つまり、ここには誰も来ない。

 だが、部屋に入ったノットの目には、窓から外を眺める人物の姿が飛び込んできた。


『なんだ、随分早いね。もしかして近くにいたの?』


 その人物はノットを一瞥し、素っ気なく返した。


『あいつはどこにいる?』

『領都内にいるはずだよ。酒場で暴れてから姿を晦ましてるけどね。待ってたら向こうから乗り込んで来るんじゃないかな』

『どうして?』

『彼に話しちゃったんだよね。そしたらさ、なんか知らないけど異人に肩入れしててさ、ほんと殺されるかと思ったよ』


 ノットはヘラヘラとする。


『でさ、情報料として生命の魔力もらっちゃったけど、いいよね?』


 その人物は心底呆れたように嘆息した。


『どうやって結界に入ったのだ。好きに使えばいい、わたしはジェイクがいればそれでいい』

『さっすがシャモやん、話がわかる! 怒りを買って殺されたらどうしようかと思ったよ』

『でもジェイクの怒りは買ったのだろう? 高く付かないといいな』


 ノットは窓から領都を覗くと、満足気に頷いた。


『ううん、大丈夫だよ。あと少しだからね』

『領都壊滅なんて正気の沙汰とは思えないな。領主はお前の弟子みたいなものなんだろう?』

『だからこそだよ。可愛い弟子が道を誤ったら、罰を与えてあげるのは師の役目だ』

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