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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
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78.暗殺者

 ペルーシャが指定された建物に着くと、そこには既に三人の姿があった。

 囲んだ円卓の上には、調べ上げた情報の書き込まれた地図が広げられている。


『遅いぞ、ハーネス』


 人間族(ヒト)の男が苛ついた様子でペルーシャを一瞥する。

 今回の暗殺で動くのはペルーシャを含めて五人。あと一人はまだ来ていないようだ。


『これで全員が揃った、これより本格的な作戦会議に入る』

『全員? ベリテルんとこのお坊ちゃんは?』

『奴は死んだ』


 単独行動を起こして早くも一人が脱落したらしい。地下水道から忍び込もうとして、あっさりとやられてしまったとの事だ。

 円卓には二枚の地図が広げられている。

 平常時の警備と、今現在の警備を比較しやすいようにだ。

 城門、それから城壁の上の警備が大幅に強化され、周辺の見回りも数が増えている。壁を登ろうものなら一瞬で見つかってしまうだろう。

 地下水道の入口は誰かさんがドジを踏んだおかげで閉鎖。おまけに見張りまで付いている。


『ここはあかんの?』


 一点だけ、変化のない箇所があった。荷物搬入用の裏口だ。

 ただし門を抜けて庭園を回り、城の裏側まで行かなければならない。見つからずに辿り着けるのは透明人間くらいなものだろう。


『そこか……もちろん俺達も考えた』


 運ばれる荷物に紛れての侵入。警備状況を見れば誰でも一度は考える。

 普段であれば荷物のチェックは搬入前の一度だけだ。

 警備の強化以降、貴族の登城も禁止されてしまっている。つまり、城内の様子に関しては何の情報も無い。

 運良く入れたとしても、荷物の一時置き場でもう一度チェックが入らないとも限らない。既に城内だ、外よりも入念なチェックが入るだろう。そう考えると、荷物に紛れての侵入はリスクが高かった。


『次の搬入は?』

『明日だ。魔力嵐に備えて量は多い。嵐が去るまで搬入はもう無いかもな』

『荷物の情報とかあらへんの?』


 渡されたリストに目を通す。

 食料品が主で、特別大きな荷物は無い。しかもご丁寧にわざわざ小分けにして、一つ一つができる限り小さくされている。チェック云々の前に無理だ。


『ええわ、アタシが荷車の底に張り付くわ』


 裏口の警備は荷物のチェック兼運び役が二人、指揮官が一人、扉の警戒に二人の計五人。隙があればそのまま侵入、無理だと判断すればそのまま帰って来ればいい。

 身の軽いペルーシャならうってつけだ。そう提案する。


『できるのか?』

『さあ、やってみんとニャあ……最悪捕まっても、アタシやったら投獄で済むんちゃう?』


 跡取りでもない貴族の子を知っている者はそうそういない。特に暗殺者ともなればその存在は隠される。

 盗賊として有名なペルーシャならば、城に盗みに入ろうとしたマヌケな盗賊として見られるかもしれない。上手くいけば殺されずに投獄だけで済む。それでも今の状況を考えれば殺される可能性は高いが。


『なるほど、やたら名前を売って歩いてたのはこういう時のためか?』

『阿呆か、ちゃうわ。誰が領主暗殺の命令が来るとか思ってんねん。自分らは城壁の兵を引き付けといて』


 城壁からの目は当然、内側にも向けられる。増員された城壁警備の事もあって、裏口の警備は据え置きなのだろう。引き付け役が必要だ。

 他に良い手もなく、結局ペルーシャの案が採用される事になった。




 翌日、予定通りに城へ向かう荷車に潜り込む。気温はさらに下がり、息が少し白くなっている。早ければ明日にでも本格的な魔力嵐が来るだろう。

 魔法具で底に張り付いているとはいえ、かなりきつい体勢だ。


『よーし、止まれー』


 声が聞こえて荷車が停止する。ようやく裏口に到着したらしい。

 声と物音から様子を窺う。

 すぐ側にいるのは三人。前方を覗き込むと、扉の前にも二人の足が見えた。


『今日はやっぱり多いな。おい、荷物を確認しろ』


 指揮官の言葉を受けて荷物の検査が始まる。

 扉前の兵はやはり動かない。ここからの侵入は諦めた方がよさそうだ。帰り際にどこかで途中下車して、暗くなるまで身を潜めるのがいいだろう。


『おい、その木箱は何だ? リストに無いぞ!』

『あ、いえ、これは』


 突然、指揮官が語気を荒げる。商人は動揺した声でそれに応えている。

 これはチャンスがあるかもしれない。ペルーシャは懐から魔法結晶を取り出すと魔力を込めた。

 これは色が変化する、ただそれだけの物だ。いくつかに砕いていて、あまり離れ過ぎていなければ他の欠片も共鳴して同時に変色する。


『おい、なんだあの光は?』

『向こうでも光ってるぞ』


 合図を受けた他の三人が上手くやってくれているようだ。城壁からの目が外側に向けられた。


『なんじゃ、随分と早かったのう。それは儂が頼んでおいた物じゃ』


 今までに無かった人物の声がした。

 声色からして老齢の男だ。


『アルテリオス様、またですか』


 アルテリオス。資料として渡された役職者名簿の中にその名前があった。たしか宮廷魔術師で、無色の魔法を極め、空間を操る事に成功した有名なウィザードだ。

 その一方で相当な変わり者だとも聞く。少し前にも無許可で荷物を運び込もうとして、検査の際にちょっとした騒動を起こしていた。

 内容は何だっただろうか――。


(そうや、植物や)


 食人植物だ。指揮官がぱくりといかれ、あわや消化される寸前までいった騒ぎだ。


『すまんすまん、申請が間に合わなくてのう。ほれ、何をしておる? さっさと中身を確認せんか』

『い、いえ、大丈夫です。おい、開けるな! 絶対に開けるんじゃないぞ!』


 指揮官の声は焦りと恐怖を孕んでいた。それもそうだろう、死にかけたのだから。


『なんじゃ、つまらんの。悪いが儂の部屋まで運んでおいてくれ』

『はっ! おい、早く運んで差し上げろ! お前達も手伝え! 絶対に落とすなよ、責任は持てんからな!』


 扉前の兵士が動いた。四人がかりで丁重に運ぶらしい。兵士達の足に注目する。

 四人の足が視界から消え、指揮官も扉の方を向いた。今しかない。

 商人に催眠の結晶を浴びせつつ、柱の陰に隠れる。


『お、おい、どうした』


 荷物を崩して昏倒する商人を見て、指揮官が駆け寄る。


『畜生! やっぱり開けなくて正解だった。絶対にあの箱のせいだ!』




 思っていたよりも簡単に侵入は成功した。

 指揮官が気を取られているうちに城内へ滑り込む。

 一階は人の動きも多く、うろうろしていても見咎められる心配はあまりないだろう。

 二階は用事が無いのでどうでもいい。三階も同様。問題はそれよりも上だった。

 四階の役職者居住区域は厳しい。歩いているところを見付かれば、とりあえず尋問されるに決まっている。……が、用事があるのはそこだ。


 ペルーシャは準備のために三階へ向かった。

 使用人の居住区になら掃いて捨てるくらいにある物を確保しに行く。一着くらいなら無くなっても誰も気付かないだろう。

 フリルの付いた女中服を拝借して着替えると、適当に果物を詰めた袋を手に四階への階段を上がる。


『止まれ、何の用だ?』


 案の定、階段上を警戒していた兵士に呼び止められた。


『お疲れ様です。アルテリオス様に言い付けられまして、部屋にこれをお持ちするようにと』


 言って、果物の入った袋を見せる。

 用が済んだらすぐに戻るようにと念を押され、すんなりと通る事ができた。強化された外の警備もあって、中は油断しているのだろう。ちょろい。

 丈の長いエプロンスカートを靡かせて深紅の絨毯を歩く。ヒラヒラとしていて落ち着かない。女中たちはこんな物を着て、よく仕事をするものだとペルーシャは思う。

 目的の場所は聖堂だ。

 凹型の四階には聖堂があり、その奥は広いテラスになっている。警備が厳重でそこからしか五階に侵入する手立てが見付からない。

 標的を始末できたらどこかに身を隠して、それから脱出方法を考えるしかないだろう。騒ぎでも起こらない限り抜け穴は無い。


 脇道に逸れて開放されたままの聖堂に立ち入る。奉られていた女神像は既に無く、台座が残されているだけだった。

 祭壇から横に視線を走らせると扉が見えた。テラスへの扉だ。


 祭壇に差し掛かろうかとした時、ふと入口付近に人の気配を感じた。

 見付かっても女中服のおかげでなんとか誤魔化せるだろうが、できれば誰にも見られたくはない。台座に身を隠す。

 抜け殻の聖堂に用のある人間なんて限られている。大方掃除にでも来た使用人だろう。

 だとすると、五階の情報を何か知っているかもしれない。役職者居住区の、ましてやかつての聖域へ掃除に来るくらいの使用人だ。三人くらいまでなら一瞬でねじ伏せてみせる。


 耳を澄ませて足音から様子を探る。

 幸運な事に入って来たのは一人、少し立ち止まったあと、一直線に祭壇へ近付いて来る。

 情報を聞き出したら可哀想だが始末する。誰も来ない聖堂なら、死体を隠してもすぐには発見される事もないだろう。

 気の毒だとは思うが、こちらも命が懸かっているのだ。運が悪かった。そう思ってもらうしかない。


 足音は祭壇の前で止まり、しばらくすると踵を返した。どうやら清掃ではないらしい。ペルーシャにとってはどうでもいい事だが。

 無音で忍び寄り、口を塞ぐ。


『動くな……』


 声色を変え、耳元でそう囁いてからようやく気付いた。覚えのある匂いだ。


『って、ガクトやニャいかっ!』

『ペルーシャ?!』


 学人も驚いて声を出す。


『ニャにしてんねん、ていうかどニャいして入ってん!』


『おい、そこに誰かいるのか!』


 思わず大きな声を出してしまった。近衛兵に気付かれてしまったようだ。


『あかん、こっちや』

『え、ちょ』


 学人の手を引いてテラスに出る。

 ここまで見に来ない事を祈るしかない。結局、近衛兵は入口から中を見渡しただけで戻って行ってしまった。

 壁に背を預けて腹から深い嘆息をする。


 視界に入った欄干には、外套を靡かせて佇む一人の男の姿があった。

 偉そうな外套、後ろ姿からでもその覇気が伝わってくる。

 なぜこんな所にいるのだろうか、完全に予想外だ。


(……ヴォルタリスッ! ニャんでやねん!)

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