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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
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77.侵入者

 荷車の振動が体に響く。

 隙間からわずかな光が零れているのものの、狭い木箱の中は真っ暗だ。

 荷物に紛れて城に侵入する。使い古された手だが、手筈さえしっかりとしていればこれほど有効な手は無い。



『若造、この中に入れ』


 これはアルテリオスの案だ。昨夜、答えの出ない話し合いのあと、藪から棒にそう言い出した。

 強化された城の警備は完璧で、地下水道にすら兵が立っている。貴族の差し向ける暗殺者対策で、鼠一匹潜り込む隙がない。

 アルテリオスの持つ権限であれば客人として城に招く事もできる。しかし今はそれすらもできない状態だ。

 アルテリオスが持ち出した木箱は小さな物で、子供がギリギリ入れるかどうかの大きさしかなかった。


『いや、絶対に無理ですよ』

『見ておれ』


 アルテリオスが木箱を中心に何かを描いていく。

 この世界に来てそれなりの月日が経ったが、話に聞くだけで実際に目にするのは初めてだ。

 魔方陣による魔法の生成。

 時間をかけて入念にチェックしたあと、アルテリオスの詠唱が始まる。


『――真理の壁を打ち砕け、小人の部屋ハビタシオン・デ・ニーニョ


 魔方陣をぼんやりとした光が走り、中心に収束する。


『ほれ、入ってみよ』


 アルテリオスはそう言うが、木箱に変化は見られない。

 やれやれと思いながらも木箱に足を突っ込む。大人の体格で入れるわけがない。


『あれ?』


 学人の体がすっぽりと収まった。


『空間魔法で中を広げてやった。魔方陣を必要とするものが多いのが欠点じゃがのう』


 自慢気にケタケタと笑う。

 さすが宮廷魔術師というだけあって特殊な魔法を持っている。アシュレーたちも初めて見るらしく、目を丸くしていた。


『行商には金を掴ませる。後の事は儂に任せよ』



 まさか小さな木箱に侵入者が潜んでいるだなんて、誰も夢にも思わないだろう。

 搬入の際、荷物のチェックが入るはずだが、そこはアルテリオスの事を信じるしかない。


『よーし、止まれー』


 揺れがなくなった。ようやく裏口に到着したらしい。


『今日はやっぱり多いな。おい、荷物を確認しろ』


 荷物の検査が始まる。知らない声ばかりで、アルテリオスはこの場にいないようだ。

 品目を読み上げる声と荷物をまさぐる音が近付いて来る。一体どういった話を付けているのか、その内容は知らされていない。


『おい、その木箱は何だ? リストに無いぞ!』

『あ、いえ、これは』


 心臓が波打つ。

 兵士は木箱の事を知らされていないかったらしく、不審に思ったようだ。商人も明らかに動揺した声をあげている。


『おい、調べろ!』


 非常にまずい。見つかってしまう。

 こうなれば蓋が開いた瞬間、飛び出して逃げるしかない。捕まってしまって、異人である事がバレれば処刑される可能性が高い。運良く命が助かっても監禁でもされれば意味が無い。

 蓋を留めている釘が鈍い音を鳴らし、わずかに光が差し込んだ。


『なんじゃ、随分と早かったのう。それは儂が頼んでおいた物じゃ』


 アルテリオスの声だ。蓋を開ける手が止まる。


『アルテリオス様、またですか』

『すまんすまん、申請が間に合わなくてのう。ほれ、何をしておる? さっさと中身を確認せんか』

『い、いえ、大丈夫です。おい、開けるな! 絶対に開けるんじゃないぞ!』


 蓋が閉じられて、箱の中に暗闇が戻る。


『なんじゃ、つまらんの。悪いが儂の部屋まで運んでおいてくれ』

『はっ! おい、早く運んで差し上げろ! お前達も手伝え! 絶対に落とすなよ、責任は持てんからな!』


 兵士の声には恐怖が滲んでいる。アルテリオスは城内では恐れられている人物なのだろうか。


『おい、どうした。畜生! やっぱり開けな――』


 兵士の声が遠くなる。危機は脱したようだ。




『もうよいぞ』


 アルテリオスの声を受けて箱から飛び出す。いくら空間を広げたからと言っても窮屈だ。体の節々が痛い。

 周囲を見回す。

 宮廷魔術師の部屋なのだから、何か研究室のような場所なのだと思っていた。しかし予想に反して、そこは小奇麗に片付いた普通の部屋だった。


『思ったより普通の部屋なんですね』


 人並みの感想を述べる。普通と言っても城の部屋だ。豪華である事には変わりないのだが。


『ふむ、研究室も見てみるかの? あやつらのようにトラウマになっても知らんぞい』


 あやつらとはさっきの兵士の事だろう。

 彼は一体何を見たというのだろうか。


『若造、これを肌身離さず持っておれ』


 そう言って渡されたのは紋章が刻印されたプレートだ。


『それが儂の助手である証となる。身分の提示を求められたらそれを見せよ。……まぁ、多少は同情的な目で見られるかもしれんがの』


 城で働く人の数は多い。多少はうろうろしていても大丈夫との事だ。

 無事潜入できたのはいいが、問題はこれからだ。具体的にどうするといった案も無いまま、結局アルテリオスに言われるがままにここまで来てしまった。城に入ったからといって都合よく何かがひらめくわけでもない。時間だけがただただ過ぎていく。


 窓から外を覗く。

 城はもちろん城壁に護られている。美しい市壁とは違い、こちらは少し息苦しさを感じる威圧感のある壁だ。

 手前には庭園というには少し寂しい空間が広がっており、中央には塔が立っている。あれが話に聞いていた、攻城戦の際に領主が立て籠もる塔だろう。

 想像していたよりも高く、強固な造りになっているようだ。今いる部屋もそれなりの高さがあるが、塔はそれよりも高い。


『城の見取り図とかは無いんですか?』

『あるわけなかろう。ここは居館の四階じゃ、これより上には行かんようにな』

『居館?』

『城の本体じゃ。二階は近衛兵の居住区や詰所、三階は使用人、ここ四階が役職者の居住区になっておる』

『じゃあここより上は?』

『領主の間じゃ。ノットもそこにおる』


 大まかな城の構造を聞いておく。特に聞いておくべきは立ち入り禁止区域だ。知らずに立ち入って捕まったのでは洒落にならない。

 アルテリオスはどこかへ出掛けてしまい、一人部屋に取り残される。

 じっとしているよりは、と学人も部屋を出た。いざという時に、どこに何があるかわかりませんでは話にならない。


 役職者の居住区だけあって廊下に人気は無い。左右を見渡す。

 豪華絢爛というよりは落ち着いた趣だ。石像が点々と並び、壁や柱には精密な彫刻が施されている。

 右方向の奥は行き止まりで、突き当たり付近には窓があって日が差し込んでいる。

 左方向に進む。


 敷かれた赤い絨毯は見事な物で、厚く柔らかく、踏みしめる度に反発力が足に伝わってきた。

 扉の連なる廊下を進むと右手に脇道が出てきた。どうやら並行に走る向こう側の廊下に繋がっているらしい。遠くに見える廊下から、この城の広さが窺える。

 奥よりもその途中に目が留まった。中央付近にある大きな扉が開け放たれたままになっているのだ。丁度誰かが入って行ったようで、白いフリルの付いた黒いスカートの端が中へ消えて行った。

 そういえば扉があるのは片面だけで、こちら側の壁には無かった。何か大きな部屋でもあるのだろうか。

 興味をそそられて脇道に逸れる。


 扉の先は聖堂だった。学人はあまり入った事はないが、キリスト教の教会といったイメージだろうか。拝廊を抜けると長椅子の並ぶ身廊が伸びていて、奥の内陣には祭壇がある。

 祭壇には台座が残されているだけで何も奉られていない。おそらく創世の女神を奉っていたに違いない。先の女神大戦で信仰が失われてしまい、石像か何かが撤去されてしまったのだろう。

 天井は高く、吹き抜けになっているらしい。祭壇前では身廊が十字になっていて、一際明るくなっている。そこから見上げると、窓が光を取り入れていた。

 色とりどりのステンドグラス、魅惑的な石像。本当にこれがこの世界の技術なのかと疑ってしまうほどの、見事な芸術品に学人は息を呑む。


 誰かが入って行ったと思ったのだが、誰もいない。気のせいだったようだ。


「んんッ?!」


 戻ろうと踵を返したところで背後から突然口を塞がれてしまった。同時に喉元には冷たいナイフが光る。


『動くな……』


 くぐもった声が耳元で囁いた。

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