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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
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76.兵隊

 国境都市バタフライゲートは異質な都市だ。王国にもリスモアにも属さない、ここはあくまでも中立な場所であり、旅人や商人が羽を休める場所だ。

 善人、悪人、平民、貴族、誰であろうと関係ない。来る者は拒まないし、干渉もしない。

 たとえそれが軍隊であったとしても、都市は知らん振りを決め込む。興味も無い。


 もし王国とリスモアが争いを始めたとしたら、国境都市は甚大な被害を被るだろう。

 両大陸を繋ぐ唯一の陸路にあるのだ。ここが重要な拠点になる事は間違いない。

 今までに王国とリスモアが争った事は一度もなかったし、これからもそれは考えられない。王国の軍隊が何の連絡も寄越さずに来ても、都市で暴れさえしなければ一切関与しない。

 これが都市の取った態度だった。


 ここまで来れば軍隊もこそこそする必要はない。今この時点で国王や他の領主の耳に入ったとしても、もはや進軍を止める手立てなど無いのだから。

 都市が興味を示さなくても人々は違う。

 国境都市に軍隊が来るのは初めての事だ。当然好奇の目が向けられた。


『おじさん、ミルワームサラダ持って帰れる?』


 ヒルデンノースの兵士たちが喉を潤す酒場で、旅人の森林族(エルフ)が注文する。本当は急ぐ旅でそんな事をしている暇は無いのだが、せっかく立ち寄ったのだ。少しだけ、と思い足を運んだ。

 しかし生憎席は兵隊で埋まっている。仕方ないので持ち帰りで我慢する事にする。


『あれヒルデンノースの正規兵だよね? 何かあったの?』


 旅人の森林族(エルフ)が興味を示す。


『さあな、でも多分あれだろ。中継都市にできたっていう迷宮』

『迷宮?』

『なんだねーちゃん、知らねえのか。なんでもヤバいらしくってよ、中継都市が救援でも求めたんじゃねーか?』


 奇しくも誕生した迷宮により、人々はそういう結論に達する。だとすれば納得がいく。それ以上勘繰る者はいなかった。

 もっとも、既にジータによって叩き潰されているのだが、その情報が回って来るのはまだ先の話だろう。


『迷宮ねぇ……』

『あいよ、ミルワームサラダ。今日はあの泥酔兄ちゃんは一緒じゃないのか?』


 一度立ち寄っただけなのに店主は覚えていたらしい。

 サラダを受け取ったヒイロナは兵士たちに怪訝な目を向けて、酒場を出た。


 ヒルデンノースの兵はそこらじゅうにいる。酒場、広場、市場。数が多いので都市の外でも待機している。

 救援だとしたら先を急ぐだろう。だというのに、都市でのんびりとしている。ヒイロナはそこに違和感を感じた。

 彼らはおそらく救援などではない。何かを待っているように見受けられる。

 ここを発つ前に、少し探りを入れた方がいいかもしれない。


――俺達は領都に行く。ロナは万が一に備えて中継都市に向かえ。


 ジェイクは勝手だ。ヒイロナの意思も聞かずに一方的にそう決めた。

 自分達が森を出て、一日が経ったらヒイロナも出発するようにと言い付けられた。念の為、敵の目を欺けるようにとの事だ。ヒイロナが動いている事は、学人にも言っていない。

 そもそもノット以外の誰が敵なのだろうか。自分一人が行ったところで何ができるというのだろうか。事情を聞けば尚更その疑問は大きくなる。

 敵の数も、手段もあやふやでよくわからない。はっきりとしているのは目的だけだ。


 目的。それはヒルデンノースの壊滅と、異人の殲滅。

 ここではっとする。

 軍隊は異人殲滅が目的で中継都市に向かっているのではないだろうか。

 ノットの言葉通り、異世界をぶつけたとしよう。中継都市は一度異世界に呑み込まれている。被害は大きかったものの、大勢の人間が生き残った。

 確実に皆殺しにするとすれば、自分ならどうするだろう。

 簡単だ。

 人海戦術で虱潰しに殺して回ればいい。その方が絶対に確実だ。


 少し考えれば探りを入れるまでもなかった。

 ヒイロナにできる唯一の事。それは迫りつつある危機を伝える事だ。事前に知ってさえいれば、逃げるなり何なりいくらでも方法はある。

 これを知った異人たちはどういう対応を取るのか。中継都市はどういった反応を見せるのか。


 不安を抱えて、ヒイロナは恐竜(ラファスト)に跨る。




…………。




 酒場の惨劇から一夜が明け、学人の部屋に一同が集まった。

 偵察の報告を受ける。

 ますひとつ目に、領都としては兵士の姿がいやに少ない。

 これにはアルテリオスがすぐさま答えを出した。


『出払っとるんじゃ。残りは城の警備に回されておる』

『出払っているんですか? 一体どこに……』

『リスモアの中継都市。異人の殲滅じゃ』


 その言葉に学人の顔色が変わる。

 全く想定していなかった。てっきり、領都の次に中継都市なのだとばかり思い込んでいた。まさか同時進行だったとは。


『なんとかしないと!』

『落ち着け、ガクト。ほっとけ。』


 狼狽える学人にジェイクが冷たい視線を向ける。


『何言ってるんだ! ほっとけるわけがないだろう!』

『勘違いするな。向こうは向こうに任せろって言ってんだ。なんでもかんでも抱え込もうとするな。ここまで来たんだ、今は目の前の事に集中しろ』


 正論を返され、言葉に詰まる。

 たしかにここで今騒いだところで何もならない。学人は頭を振ると気持ちを落ち着かせた。


 ふたつ目。

 領都内に、ノットが何かをしようとしている形跡が無い。

 亜空間に漂う異世界をぶつけると言っているのだ。かなり大掛かりな魔法を使う事が予想される。

 一人の人間がどうにかできるものだとは到底思えない。巨大な魔方陣、そして複数のウィザードが必要であると考えられる。

 アシュレーはそういった魔方陣の類を探してみたが、それらしい物は一切発見できなかったという事だ。

 同時にカイルが名のあるウィザードが複数、領都に滞在していないか探った。こちらも結果は空振りだった。

 まだ準備に入っていないのだろうか。

 しかしあまり人目に付く事を堂々とするとも思えない。水面下で何かしらの準備を進めていると見た方がいいだろう。

 アルテリオスも、この辺りについては心当たりが無い。


 みっつ目。

 ザットの言い残した言葉だ。鵜呑みに信じてもいいものなのだろうか。

 もし全てを報告されているとすれば、アルテリオスの立場が危うい。


『あやつがそう言ったなら、まあそうなんじゃろう。あの犬っころは仁義を重んじて絶対に自分を曲げぬ。馬は合わんがあやつのそういったところには儂も好感を持っていたぞい』


 信じていい、という事らしい。

 ここからが本題だ。

 自分達は一体どうすればいいのか。何をすべきなのか。


『ヴォルタリスの説得だな。ノットの本性を知りゃあ、あいつも一旦剣を収めるしかない。あいつを説得できたら敵はノットだけだ。今のところはな』


 ジェイクがすぐに指針を示す。ノットを止めるのも、軍隊を止めるのもまずはそこからだ。


『テリー、ノットは何て言ってたんだ?』

『異人が魔力を喰い潰す。生命の樹が枯れたのも、彼らのせいじゃと。それとジェイクが彼らを利用して、世界から魔法を消滅させようとしていると』


 馬鹿馬鹿しい。そんな事をしてジェイクに何の利益があるというのだろうか。

 ノットは虚実を上手く織り交ぜて説明したらしい。樹が枯れた本当の原因は女神の創世の魔力に干渉するために、樹の持つ魔力をほとんど使い切ったからだ。学人たちは全く関係ない。

 信頼を置く人間にそう言われれば信憑性は増す。事実枯れているのだし、ノットに調査を依頼したのは他ならぬヴォルタリスだ。


『大陸の未来を憂いたヴォルタリスが、自分の判断だけで兵を送り込んだというわけじゃ』


 学人がノットを信用して自分たちの事を喋ってしまったのは失敗だった。話さなければ今この時に中継都市が狙われる事もなかったはずだ。

 事態は思っていたよりも悪い。

 調査結果を鵜呑みにしているのであれば、ヴォルタリスからすれば結局異人は敵でしかない。ノットの企みを知ったところで、それは変わらない。


『ノットが異人についても口からでまかせを言っている可能性はないのかい?』


 アシュレーが疑問を口にする。

 ノットの言い分を信じるのは愚の骨頂だ。


『軍隊を動かすメリットと言えば……領都全体が手薄になるくらいじゃろうか。あと、貴族による領主暗殺じゃ』

『領主暗殺? 何ですかそれは?』


 突然出てきた物騒な単語に学人が首をかしげる。


『お主らの世界にはおらんのか? 領主の監視役じゃ。普段は領主を陰から支えとるがの、国王の意に反すると問答無用で暗殺される』


 国王の意に反する。リスモアへの出兵がそれに当たる。

 つまり、ヴォルタリスは死を覚悟の上での行動らしい。自分の地位や命を投げ出してでも、世界のために戦う。そこだけ聞くと理想的な君主のように見える。


『ヴォルタリスの説得は儂が引き受けよう。お主らはノットを仕留めよ』


 どうやって?

 最大の壁にぶち当たる。

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