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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
75/145

75.反逆者 2

 酒場の時間が凍り付く。

 張り詰めた殺気が渦を巻き、一人が動いたのを合図に弾けた。

 正面から斬りかかってきた男の剣をいなし、ジェイクが逆袈裟に斬り上げる。

 何の躊躇もない一太刀だ。腹から斬り裂かれた男は上半身を仰け反らせて崩れ落ちた。


『ジェイク!』


 学人が怒鳴り声を上げる。

 彼らには何の罪もない。ただ、兵士としての責務を果たそうとしているだけだ。

 殺す必要があるのか。考えるまでもない。ノットのせいで敵対する形になっているが、本来なら味方であるべきなのだ。

 領都の人々を救いに来た。それはもちろん、彼ら兵士も含まれる。


『いいか、ガクト。こいつらは剣を向けた。殺されても文句は言えねえ。大体、甘めえ事言ってたら何もできずにこっちが死ぬ』

『だけどッ!』


 ジェイクはもう学人の言う事に耳を傾けようとしない。そう言っている間にもジェイクの剣が煌めく。一人、また一人と床に伏せて、瞬く間に死の臭いが酒場に立ちこめた。


『なんじゃ、お主は戦わんのか? 若造』


 アルテリオスを見ると、一体どうすればそんな死体ができあがるのか。体の至る部分を失った死体が転がっていた。

 その背後では飛び散った内臓が博物館を展開している。何か強い衝撃で吹き飛ばされたらしい。

 私服の兵士たちはたじろぐ。何人束になっても敵わない。むしろ逆効果だ。

 限られた空間の中では、悪戯に標的を増やしてしまう結果にしかならない。


 乱戦も束の間、酒場は再び静まり返った。


『どうしたんじゃ犬っころ。合法に儂を始末するチャンスだぞい?』

『うぐ……』

『お主、話に聞くだけで実際に見た事はないじゃろ? 冥土の土産に空間魔法を見せてやろう。ほれ、かかって来んかい』


 アルテリオスが挑発的な態度を取る。


『下がれお前ら! 野郎、ぶっ殺してやる!』


 激昂したザットが波打った刀身の剣を抜く。

 あの犬はアルテリオスに勝てない。余裕の無い姿勢を見れば、戦闘に疎い学人にもそれがわかった。

 周囲にいる兵たちの恐怖心がザットをも呑み込んでいる。待っているのは全滅だ。


『なんじゃ若造?』


 対峙する二人の間に割って入ったのは学人だった。

 震える腕で剣をアルテリオスに突きつける。


『もういい! 貴方の勝ちだ、殺さなくても縛り上げるなりなんなりすればいいだろう!』


 泣きたいわけでもないのに、別に悲しいわけでもないのに、涙が止まらない。脳がストレスに耐えきれずあふれ出してくる。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった学人の顔は、誰から見ても無様なものだった。しかも、震えで歯がカチカチと音を鳴らしている。


『君たちもだ、逃げるなら今のうちに逃げたらいい! 命を粗末にするんじゃない!』


 アルテリオスを睨んだまま、背後に声を飛ばす。

 この世界の人間は命を何だと思っているのか。これはペルーシャやソラネにも思った事だ。

 これ以上、死人は出させない。

 アルテリオスの目が虫けらを見る目に変わる。


『ジェイク。この坊や(・・)、本気で言っとるぞ。なぜこんな愚か者とつるんでおる?』


 ジェイクは答えない。

 扉が勢い良く開け放たれた。

 及び腰になった兵たちが雪崩れ込むようにして、酒場から飛び出して行った。


『お主は逃げんのか?』


 ザットが剣を構えたまま硬直していた。

 ただ、それは恐怖で動けないのではないようだ。鋭い眼光をアルテリオスに向け、隙さえあれば瞬時に斬りかかる事ができるだろう。

 視線を逸らさずに、ゆっくりと一歩にじり寄る。


『俺が逃げたら誰が部下のケツを守る?』

『部下想いじゃな。考えが甘くなかったら良い線を行っていたぞい。さすが犬っころなだけあって鼻が利く』


 ザットが剣から片手を離した。

 機敏な動きで学人の首に絡みつき、そのまま絞め上げる。


「カッ! ……ハッ!」


 学人の喉に残っていた僅かな空気が漏れた。


『動くんじゃねえ! 少しでも動けば首をへし折る!』

『かまわんぞい?』

『テリー!』


 構わずに動こうとするアルテリオスをジェイクが制止する。

 全身を覆う毛でわからなかったが、腕には鍛え抜かれた鋼のような筋肉が付いている。門の防衛を任されるほどの者なのだから、そのくらいは当たり前だろう。

 学人の力では絶対に振りほどく事は叶わない。


『覚えてやがれ!』


 負け犬の遠吠えを吐き捨て、ザットは学人を抱えたまま飛び出してしまった。

 後に残されたのはいくつもの死体と、ジェイクとアルテリオスの二人だけだ。


『まさかあの坊やのお守りを押し付ける気ではあるまいな?!』


 ジェイクはテーブルに腰掛け、煙草に火を点ける。


『そのまさかだよ、ボケ』


 ジェイクもまさか、この状況で学人があんな事を言い出すとは思わなかった。

 殺さなければ殺されている状況だ。誰でも大抵は我が身を最優先にする。

 なのに、学人は自分を殺そうとしている相手を優先した。とても正気の沙汰だとは思えない。


『あいつはあれでいいんだよ。ともかく、追いかけてやるか』


 理解できない反面、ジェイクはどこか安堵していた。

 学人がああいう行動に出るのを期待していたかのように。




 冷たい風を切り裂いて、ザットが街を駆け抜ける。

 学人の目には星空しか見えない。だが、体にぶつかる風圧から、物凄い速度で移動している事がわかった。

 ふいに風が止む。

 重力を感じると、ようやく解放された事に気が付いた。


『てめえ、何のつもりだ』


 うずくまって咳き込む学人に声を投げかける。

 学人の行動はザットにも理解できなかった。はっきり言って、ただの阿呆にしか見えない。

 敵を庇っておいて楯にされたのでは世話が無い。下手をすれば自分だけでなく、仲間を危険に晒す結果になる。


『けほッ……君たちは敵なんかじゃない』


 学人の目を見据えたザットが鼻を鳴らす。

 匂いを嗅いでいるのだ。視線、仕草、呼吸、体臭。全てを観察する。

 視線は真っ直ぐで少しも泳がない。むせている以外に不自然な仕草もない。首を絞められたせいで呼吸は荒いが、それだけだ。嘘吐き特有の、ストレスの匂いが感じられない。

 つまり、目の前の男は本気で言っている。


『……お前とアルテリオスは酒場にいなかった。いたのは器用貧乏だけだ』


 ザットが急に頓珍漢な事を言い出す。


『これで貸し借りは無しだ。部下を救ってくれた事には感謝する』


 そう言うと、背中を向けてあっという間に闇夜へ消えて行った。

 律儀な性格らしい。命を助けてもらったお返しに、見逃してくれると言っていたのだ。

 ジェイクが含まれていなかったのは、死んだ者の説明が付かなくなってしまうからだろう。罪を全部擦り付けてしまう形になるが、元々賞金首だ。他に落とし所が無かったというところか。


 主への忠誠心よりも、自分の我を通してしまう事に疑問を抱く。

 彼の目からすれば、アルテリオスは立派な反逆罪、間違いなく重罪だろう。縛り首になっても不思議ではない大罪を見逃してしまう。

 警備兵として、兵士としてそれは失格なのではないだろうか。


 それも全部、ザットの言葉に偽りがなければの話だが。

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