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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
74/145

74.反逆者 1

 日が完全に落ちると、魔法結晶の嵌め込まれた街灯が街並みを浮かび上がらせた。

 濁りのない光が粛然とした街を彩り、高い城壁が外界の雑音を遮って静まり返っている。針の落ちる音ですら聞こえてきそうだ。

 その中で一点だけ、雑音を垂れ流している建物がある。大衆酒場だ。

 外観は周囲に溶け込んでいるものの、漏れる音が似つかわしくない雰囲気を漂わせていた。


 酒場は探すまでもなかった。宿の主人に訊くとすぐに教えてくれた。

 領都ヒルデンにある大衆酒場はここ一軒だけ。人を探してはしごをする必要はなさそうだ。

 もっとも、目的の人物が今日、来ていればの話だが。

 また少し気温が下がったようだ。学人が身震いをしながら足早に道を行く。


『おい』


 突然横合いから声をかけられた。ここにいるはずのない男の声だ。

 フードを脱いだジェイクがそこにいた。


『ジェイク! 何してんだよ、なんでいるんだよ!』

『あー、うるせえ。俺が悪かった。外であんまり無視されるもんだから、試しに入ってみたら入れたんだ』

『え?』


 信じられない。

 領都の警備とは金を取るだけの、ずさんなものなのか。

 騒ぎとは全く無縁の静寂に包まれたこの街を見れば、その言葉が本当である事がわかる。


『なんで?』

『知るかよ。それより安酒場は見つかったのか?』

『あぁ、これから行くところだよ』

『そうか、なら俺も一緒に行こう。その方が話が早い』


 ここで学人の脳裏にあの夜の記憶が蘇る。ジェイクの姿をした魔獣に殺されかけた夜だ。

 今目の前にいるジェイクは偽者ではないのか。だとすれば、騒ぎになっていないこの現状も納得できる。


『君は本物なのか?』

『あぁ?』


 仮に偽者だったとしても、判断材料が無い。合言葉でも決めておけばよかったと後悔する。

 流暢に喋っている事から、ドッペルゲンガーでない事は確かだ。あれは言葉を発する事ができない。


『お前馬鹿か? 本物かって訊かれて、偽者ですって答えるマヌケがどこにいるんだ』


 それもそうだ。

 結局、学人の持ち歩いていたメモ帳に名前を書いてもらい、手紙の筆跡と比べて判断する事にした。

 筆跡は全く同じ、本物だ。

 面倒臭そうにしていたジェイクだが、


『何でも鵜呑みにするよりゃ、一度疑ってみるのも大事だ。ちょっとは成長したな』


 少し機嫌が良さそうだった。



 酒場が見えた。

 扉を開くと何も無い狭い空間があり、奥にはもう一枚扉がある。防音対策なのだろうが、それでも喧騒は外に漏れ出していた。

 ジェイクは店に入るなり、カウンターへと向かう。


『この店で一番上等な酒を』


 学人の目には、店主が少し面食らった表情をしたように見えた。ジェイクは気が付かなかったのか、気にする素振りを見せない。

 そもそも、領都に着いてからおかしい。何事もなくすんなり入れた事自体、普通に考えてありえないのだ。

 なのに、ジェイクはそんな事などどこ吹く風だ。


『ガクト、お前はママのおっぱいでいいか?』


 ジェイクが大声で言う。店内から注目を浴びてしまった。

 酒場でこんなベタな事を言われるとは、逆に貴重な体験をした。

 ジェイクは学人にミルクを渡すと、酒の入ったグラスを二つ持って、奥の席へと歩いて行った。

 酒場はほぼ埋まっていて、奥に空いている席など無い。

 断りもなしに椅子に腰を下ろすと、先客がゆっくりと顔を上げた。


『ほう、儂にもとうとうお迎えが来たのか。婆さんや、今逝くぞい』

『独り身のお前に待ってる婆さんがいるとは知らなかったぜ。今度紹介してくれ』


 白髪の老人だ。

 鋭い眼光の持ち主で、どことなくジェイクと雰囲気が似ている。


『お前さん、死んだと聞いていたが……。手配書通りに生きておったのか』


 この老人は手配書の事を知っている。

 つまり、ジェイクが領都に入る事ができたのは、罠だとしか考えられない。

 ジェイクの差し出した酒に手を伸ばし、


『それで、そっちの若造は?』


 老人が学人に目を向ける。


『こいつはガクトだ。ガクト、この爺さんがアルテリオスだ』

『はじめまして。儂はアルテリオス、宮廷魔術師をしておる』


 アルテリオスが握手を求める。学人も自己紹介をしてそれに応えた。

 宮廷魔術師。間違いなく“龍の影”の者だ。言い方は悪いが、敵側の人間という事になる。

 ジェイクは一体何を考えているのか。とても協力を仰げる立場にある人物だとは、学人には思えなかった。


『テリー、お前の力を借りたい』

『どうせノットじゃろ? かまわんぞい』


 アルテリオスが全てを見透かしたように言う。


『知っているんですか?』

『いんや、何も知らん。だがあれほど胡散臭い奴もおらんだろうよ。あやつの言う事を信じて軍隊が動いておる。ヴォルタリスは絶大の信頼を寄せておるようじゃが、儂にはどうも臭うんじゃ』

『軍隊が? なぜです?』

『ふむ、お喋りもよいが、その前にパーティーじゃな』


 そう言って立ち上がる。すると、店内の陽気が殺気に変わった。

 客たちが全員、テーブルの下に隠していた剣を手に立ち上がったのだ。


『おいテリー、どういう事だ』

『今、門の警備を任されている奴とは馬が合わなくてのう。儂とお前さんの仲をどこで聞き付けたのやら……。大方、儂と接触する事を見越しておったんじゃろ』


 やはり泳がされていた。解せない。一体何の意味があるのだろうか。賞金首を狩るだけなら、他にももっと良い方法はいくらでもあるだろうに。

 その理由はアルテリオスにあった。


『前に大衆の面前で恥をかかせてやってのう。恨まれとるんじゃ、儂。はっはっは』


 豪快に笑う。

 こっちは笑い事ではない。飛んで火に入る夏の虫になってしまった。

 ここは兵士御用達の酒場、今いる客は全員兵士、それも待ち伏せをしていた者たちだ。

 窓はどこにも見当たらないし、出口も当然塞がれている。


『やっと尻尾を掴んでやったぜ、アルテリオス! 反逆罪だ!』


 アルテリオスの笑い声を遮らんばかりに、犬の獣人族(ウォルフ)が乱暴にカウンター奥の扉から出て来た。

 漆黒の毛並みを揺らして、獣人族(ウォルフ)は実に愉快そうな笑みを浮かべている。


『あいつか?』

『うむ、あいつが領都の番犬ザットじゃ』


 なんとなく、自然な流れで罠に嵌ったように見える。しかし、よく考えると不自然極まりない。

 あの犬、ザットはアルテリオスが反逆の罪に問われてでも、ジェイクに手を貸すと踏んでいたらしい。

 アルテリオスもアルテリオスだ。大した理由を聞く事もせず、二つ返事でオーケーを出した。

 普段からそういった素行のある人物だったのだろうか。もしかすると、ここで仕留め損ねた時のための、二重の罠かもしれない。

 この老人、アルテリオスがどういった人柄なのかを知る必要がある。それまではジェイクの友人と言えど信用する事はできない。


『ジェイク、お前さん儂の事なんて説明したんじゃ?』

『いいや、何も言ってねえ』

『そこの若造、儂の事を疑っておるぞ』


 学人の心の内を見抜かれてしまった。


『まあ、それも含めて後じゃな。どれ、ここはひとつ信頼の証として皆殺しと洒落込もうかの。口封じにもなるし丁度よい』


 とんでもない言葉が飛び出した。

 アルテリオスからすれば、彼らは仲間だ。正確にはついさっきまでの話だが。

 それを軽々しく皆殺しだと言ってのける。ありえない。

 いや、だからこその信頼の証なのだろう。


『これ、若造』

『……学人です』

『そうか。若造、今から大切な事を教えてしんぜよう。生きている以上、誰もがぶち当たる問題じゃ。心して聞け』


 名前を覚えてくれる気はないらしい。

 今のこの状況で何を教えてくれるというのか。続きを待つ。


『よいか、若さの秘訣とは、感動と興奮じゃ。儂がジェイクに手を貸す理由なぞ、それだけでよい』


 ジェイクと雰囲気が似ているといった印象は間違いだった。ジェイクそのもの、下手をすればもっと質が悪い。

 その感動と興奮とやらのために、仲間を敵に回そうとしているのだから。

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