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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
73/145

73.領都ヒルデン

 太陽の光を所狭しと並ぶ建物が遮っている。ほとんど日か当たらないので、雨で出来た水たまりは乾きにくく、悪臭を放つ事もしばしばだ。

 獣人族(ウォルフ)は靴を履く習慣のない者が多い。動物の足に靴など邪魔なだけだ。ペルーシャも生まれてから一度も靴を履いた事がない。いつも裸足だ。

 裸足で濁った水たまりを踏むのは気持ちが悪い。足元をちらちらと気にしながら細い路地を行く。


 突き当たりに見えた人影は右へ曲がった。残された匂いを嗅ぎ取ると、ペルーシャは反対の左へ曲がる。

 入り組んで迷路になった路地を適当に進む。

 しばらく歩き回って追跡の無い事を確認すると、一軒の古びた建物に身を隠した。

 扉が微かな音を立てて閉まる。

 窓という窓は全て雨戸で塞がれていて、中は真っ暗闇だ。夜目の利くペルーシャには問題ない。

 汚い外観とは違い中は小奇麗で、先ほどの人物の匂いが残されていた。


『おかえりなさいませ、お嬢様』


 蝋燭の火が灯る。

 闇に浮かぶ侍女が恭しく(こうべ)を垂れた。


『誰や』


 これは侍女に向けた言葉ではない。

 彼女の事はよく知っている。ペルーシャのお世話係、エヴリーヌだ。

 匂いを嗅いだ時、執事のジーニアスでなかった事に内心ほっとしていた。エヴリーヌが持って来るのは縁談ではなく、任務だ。

 おそらく今回は暗殺命令だろう。

 このタイミングとなると、対象はジェイクか。

 領主のヴォルタリスが抱き込まれているのだ、彼以外に心当たりは無い。


『標的は領主、ヴォルタリス様でございます』


 予想だにしていなかった人物の名が挙がる。


『ニャんやて?』


 領主暗殺の命など尋常ではない。最後の領主暗殺は百年以上も前、バアムクーヘン領だったと記憶している。

 まさか自分の代で当たるとは、夢にも思っていなかった。


『それで?』

『ヴォルタリス様も我々が動く事は想定の内でございます。当然、警備も厳重なものになる事が予想されます。今回はお嬢様の他に、四人が動きます。詳細は――』

『ちゃうちゃう、理由や』


 ヴォルタリスは良い領主だ。いつも民の事を、王国の事を第一に考え、女神大戦での功績も大きい。民だけでなく、現国王からの信頼も厚い。

 それがなぜ突然の暗殺なのだろうか。

 普段ならば特に理由を聞く事もなく、ただ与えられた任務をこなすだけだ。


『領内に点在する兵が秘密裏にリスモアへ向かっております。見事なまでに自然な動きで、私共も気が付くのに遅れてしまいました。昨夜、龍の影本隊も地下道より出立した模様でございます』

『ニャんやそれ、ニャんでや?』

『はっきりとした目的は未だ掴めておりません。しかしながら、民や国王様に隠れてのリスモア出兵は反逆罪とみなされます』


 アイゼル王国とリスモアは良き隣人でなければならない。リスモアには国は存在しないが、各都市が団結して争いになると、下手をすればその力は王国をも凌駕するとも言われている。

 いきなり王国の軍隊がリスモアに押し寄せたとなると、戦争の火種にならないとも限らない。国王への連絡が間に合うとは思えず、この暗殺計画はヒルデンノースの貴族たちが独断で推し進めているのだろう。

 他に動く四人の詳細を聞き、踵を返す。領主暗殺……生きて帰れる気がしない。

 ペルーシャは大きくため息を吐いて扉に手をかけた。


『お嬢様』

『ニャんや、まだニャんかあんの?』

『旦那様が大変お怒りでございます。任務が終わり次第、屋敷に戻るようにと』


 ふん、と鼻を鳴らす。

 生きて帰れたらニャと言い捨てて、ペルーシャはその場を後にした。



……。



 学人達は周辺街を真っ直ぐに抜けて領都の門へ向かう。一旦ジェイクと別れ、中を偵察するためだ。

 門前は少し混雑している。伸びた列の後ろに並んでいると、アシュレーが財布を取り出した。


『銀二だっけ?』

『たしかそのはずですわ。五人なので十枚ですわね』


 急にお金の話を始めた。

 まさか領都でのお小遣いの話ではないだろう。

 列が前に進むと、その意味がわかった。入場料だ。

 出入する人間の把握と、余計な者が入り込まないようにしているのだろう。今までに見た一番安い宿で一泊銀貨一枚だ、なかなかにボロい商売をする。


『そういえばさ』


 学人にふと、疑問が浮かんだ。ペルーシャの事だ。

 彼女は名の通った盗賊だ。手配書が出ていてもおかしくはない。


『それが、あの猫の手配書は見た事がありませんの』

『え? そうなの?』

『なんと言ったらいいのか……。何か被害があったという話も聞きませんし、名前だけが一人歩きをしているような。そもそも、なぜ黄金の爪と呼ばれているのかもわかりませんわ』


 不思議だ。ペルーシャの身の上話は聞いた事がない。

 とりあえず、今は手配書が出ていない事が確認できればそれでいい。



 門を抜けると景色は一変した。

 家々が整然と立ち並んでいて、周辺街よりも空気が澄んでいる。

 石畳ひとつとっても上等な物で、清掃が行き届いていて清潔感にあふれている。道行く人々も身なりが良く、要するに裕福層なのだろう。


『とりあえず、宿かな?』


 アシュレーが提案する。

 これからの相談をしたり、腰を落ち着ける場所は必要だ。宿もやはり高級感の漂う、高そうな所しかない。

 ペルーシャからかなりの金額を預かっているので、懐の心配はない。適当に目に付いた宿を確保する事にした。

 手荷物を置くと、学人の部屋に全員が集合した。


『ガクト様、それは?』


 学人が手に持った紙の筒を見て、ソラネが訊ねる。

 これはジェイクに持たされた手紙だ。どこか安酒場で、アルテリオスという人物を探して渡すように言い付けられている。

 この高級な街のどこに安酒場などあるというのか、甚だ疑問だ。


『兵士御用達の酒場じゃないか?』


 ワッツには心当たりがあるようだ。

 領都は日が落ちると門が閉ざされてしまう。そうなれば城の兵士と言えど出入りする事ができない。

 そういった兵士のために、どこの領都にも一軒は安価の大衆酒場があるそうだ。もちろん兵士専用というわけではないので、一般の客も入る事ができる。

 それぞれの役割分担を決めていく。と言っても、誰がどの辺りを見て回るかというだけだが。

 学人は自由行動、酒場探しだ。




 学人達が領都に入ってしばらく、ジェイクは周辺街をぶらついていた。

 街の構造を調べておくためだが、他に用事は無い。ただの時間潰し、つまり退屈だ。

 警備兵に喧嘩でも吹っ掛けてみようか、などと考える。さすがに騒ぎを起こすにはまだ早い、冗談にならないのでぐっと堪える。


『おっと』


 肩に軽い衝撃があった。余所見をしていたら人とぶつかってしまった。

 一部が金属で補強された、革鎧を着た兵士だ。


『失礼しました』


 巡回中の警備兵なのだろう。頭を下げるとまではいかないが、事を荒立てないようにとすぐさま謝罪の言葉を口にしてくる。

 目が合ってしまった。

 目立たないようにフードローブを被っていても、この至近距離では何の意味も無い。


『良い一日を』


 警備兵はそう言うと通り過ぎて行った。

 周辺街の兵は見習いや正規兵ではない三流の者たちだ。単に気付かれなかっただけなのか。

 その後も正規兵とおぼしき者とすれ違うが、至近距離であっても全く気にされない。

 領主が直々に発行する賞金首など滅多に出ない。普通は最重要人物として、出ればすぐに周知される。まさか知らないというわけはないだろう。

 妙だ。

 ジェイクの足は門に向けられた。


 フードを取り、堂々と門に差し掛かる。

 門前に十人以上、両脇にある監視塔の出窓にも複数いる。

 門の警備だ、周知されていないはずがない。普通に考えれば、いや、考えなくてもバレて騒ぎになるのは明らかだ。

 そうなると後で学人に文句を言われるだろうが、それでも確かめてみたくなった。

 警備兵の視線がジェイクに注がれる。


『一人か?』

『俺の隣にボインのおねーちゃんでも見えるか? 見えたら重症だ、休暇でももらえ』

『銀貨二枚だ』


 予想に反して警備兵は事務的な態度を取る。

 入場料を払うと、すんなりと通る事ができてしまった。一体何の為の警備なのか。

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