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世界混合  作者: あふろ
第一章 幻想の現実
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7.成れの果て

 空っぽのザックを背負い、シャベルを片手に外出の準備をする。

 二人にも同行してもらいたいところだが、ジェイクはあの怪我だ。無理はさせられない。

 なので、今回は周囲の偵察だけに止めておく。学人一人で図書館まで行くのはあまりに危険だ。

 近くで食料などを調達できればいいが、それすらも難しいかもしれない。最悪の場合は他に鍵の開いている部屋が無いか探すしかない。

 二人にはここで待つように伝える。


『うん、わかった。準備するね』


 学人のジェスチャーに頷いたヒイロナが、パタパタと寝室へ走って行った。

 頷いたのだから上手く伝わったのだろう。そう思い、玄関に手をかけたところで、寝室から二人が出てきた。

 振り返った学人は愕然とする。

 ジェイクは腰に剣を携え、弓を背負っている。ヒイロナは特に荷物が無いものの、かなりやる気に満ちた目をしていた。

 完全に外出する気だ。付いて来る気だ。

 二人の間で何らかの話し合いが行われていたのだろう。学人が行くのなら、自分達も一緒に行って当然という顔をしている。


「いや、そうじゃなくて……」


 待ってて、というジェスチャーをどう受け止めたら、一体そんな事になるのか。

 ジェイクが学人の肩に手を置いて、脇をすり抜ける。


『行くんだろ? ボヤボヤしてると置いて行くぞ』


 ジェイクは昨日と比べて調子がいいようだ。少し脇腹を気にしているものの、足取りは軽い。

 今回はあくまで周囲の偵察だ。無茶な事をしなければ大丈夫だろう。

 そう考え、結局三人揃ってマンションを出た。




 外は妙な臭いが漂っていた。

 今までに嗅いだ事の無い、僅かに酸っぱさの混じった嫌な臭いだ。

 この暑さで放置された死体の腐敗の進行が早いのだろう。


「あッ!」


 道路に視線を巡らせた学人は、思わず声を上げた。

 乗り捨てられた車の向こうに人の姿があった。

 まだらに血で赤く染まっているが、白いワイシャツ姿の中年男性だ。こちらには気付いておらず、背を向けてよたよたと歩いている。

 両手を振り、その人物に呼びかける。


「おーい、そこの人! 大丈夫ですか?」


 中年男性は歩みを止めたあと、ゆっくりとこちらへ振り返る。どこか怪我をしているのか、返事をしないまま近付き始めた。

 すると、ジェイクは不機嫌そうに舌打ちをし、ヒイロナには口を塞がれた。

 人差し指を口に当て、しぃーっとジェスチャーをしている。この仕草はどこの世界でも共通らしい。

 そこで我に返る。

 生存者を見つけた事に興奮してしまい、大声を出してしまった。当然、近くを徘徊する怪物を呼び寄せてしまうだろう。

 学人はそういった意味での“静かに”だと、そう思った。

 おもむろにジェイクが弓を構える。狙いは中年男性に向けられていた。


「おい、何する気だよ!」


 慌てて止めさせようとする。

 ジェイクの腕に掴み掛かろうとすると、ヒイロナに腕を引かれてしまった。険しい顔で首を横に振り、ジェイクは呆れた眼で学人の事を見ている。


『お前、あいつらとお友達か? 顔が広いな』


 ジェイクは薄い笑いを浮かべると、気を取り直して狙いを定めた。

 張り詰められた弦から指が離れる。

 風を切る音が聞こえ、次の瞬間には中年男性の額を正確に射抜いていた。

 中年男性は呻き声を上げる事も無く、静かにその場で崩れ落ちる。


「あ……」


 学人は力なく膝をつき、中年男性のいた空虚を見つめていた。


 殺されてしまった。

 この男は躊躇する事も無く弓を引いた。結局は森林族(エルフ)も怪物と同じ、人類にとって敵でしかないのだろうか。

 ならば自分はなぜ生かされているのか。都合のいい様に使われ、用が済めば殺されてしまうのか。

 そう考えると、怒りが込み上げてきた。

 気が付くと学人はジェイクに掴み掛かっていた。


「お前……ッ!」


 怒りのあまり言葉が続かない。

 ジェイクは怒気を孕んだ学人の表情に驚いた顔を見せた。それも一瞬、何かを察したらしく、学人の首根っこを掴んだ。

 そのまま中年男性の元へ引きずって行く。


『ジェイク! 乱暴は……っ!』

『ロナは黙ってろ。こいつは何もわかっちゃあいねえ』


 学人を浮遊感が襲った。

 背中から地面に叩き付けられて、アスファルトに擦れた部分から熱を感じる。どうやら放り投げられたらしい。

 同時に、激臭が鼻に突き刺さった。

 思わずその場から離れるも、込み上げる嘔吐感に抵抗できず胃の中をぶちまける。

 こぼれる涙を拭って臭いの発生源を探ると、それはすぐに見つかった。


「そんな……」


 言葉を失う。

 発生源は中年男性だ。

 土色に変色した肌には水泡の様なものがいくつも浮かび、紫色の筋がいくつも走っている。

 混濁した瞳の目は虚ろ気に開かれたままになっていた。

 死体だ。

 矢で射抜かれるよりも、もっと前から死体であった事が一目瞭然だった。

 つまり、死体が動いていた事になる。


『大丈夫? 立てる?』


 ヒイロナが呆然する学人に、優しく手を差し伸べる。

 その手を取って立ち上がっても、学人は死体から目を離せずにいた。




「ごめん、ありがとう」


 無言のまま歩き始めると、学人はぽつりとそう口にした。

 また助けられてしまった。

 まさか死体が歩いているなんて誰も思わない。仕方ないと言えば仕方ない。

 言葉は通じないが、学人はそれでもお礼を言っておきたかった。

 雰囲気で伝わったのか、ジェイクは軽く手を挙げてそれに応える。



 ふと、一軒の建物に目が留まった。コンビニだ。

 確保できるうちに物資を確保しておきたい。

 コンビニを指さして、中に入る事を伝える。小さめの駐車場を抜けて割れた硝子から様子を窺う。店内からは腐敗臭が漏れていた。

 死体か、または屍人(ゾンビ)か……。

 どちらにせよ、入るには相応の覚悟が要りそうだ。


 学人が中に入ろうとするのを腕で制し、ジェイクが先陣を切る。

 学人とヒイロナはその後に続く。入店時の軽快な音楽は鳴らない。

 バックヤードから物音がすると、剣を抜いたジェイクが中へ入って行った。

 少し遅れて何かが倒れる音が店内に響く。従業員の死体が動いていたのだろう。

 そちらはジェイクに任せて、学人は手早く必要な物を見繕っていく。


 缶詰、ナッツ類、ミネラルウォーターを適当にさらい、ジッポーオイルも数本。それから酒だ。

 飲む為ではなく、何かに使えるかもしれないのでアルコールとして、度数の高い物を持って行く。

 消毒液、包帯、ガーゼも忘れない。ジェイクの傷は完治していないのだ。それにこれから怪我をしないとも限らない。

 大きな登山用ザックはすぐに満杯になってしまった。


『おい、これは煙草だよな? 色々あるが……どう違うんだ?』


 バックヤードから出て来たジェイクが、カウンター奥のショーケースに連列された煙草を見て、学人に声をかけてきた。

 大方お薦めの銘柄を訊いているのだと解釈し、学人は自分の吸っている銘柄を手渡してやる。

 ついでなので、自分の分も確保しておいた。


「ちょ! ヒイロナ!」


 学人がヒイロナに目をやると、ヒイロナは手に取った商品を開け、中身を見て首をかしげていた。

 学人は慌てて商品をヒイロナから取り上げ、投げ捨てた。

 キョトンとした顔をするヒイロナに首を横に振り、両腕でバツマークを作って見せる。

 カラダに優しく、従来の三倍の強度と、まるで付けていない様な感覚で温もりを感じさせる薄さ。それは現代科学の結晶と言える。

 ヒイロナが不思議そうに見ていたのはコンドームだった。



 “買い物”が終わり、店内を出ようとした学人は二の足を踏んだ。

 どこから湧いて出たのか、道路には屍人が群れを成してゾロゾロと歩いていたのだ。正確にはわからないが、ざっと見ただけでも十体以上はいる。

 コンビニに立ち寄っていなければ、ぶつかっていただろう。

 身を隠して様子を見る。

 屍人達はこちらには気付いていない。こちらには目もくれず、ある一点を目指しているかのように見受けられる。


 屍人の向かう先から獣の咆哮がした。まるで、それに誘われているかのようだ。

 視界から屍人が消えたところで、彼らとは逆の方向へ飛び出す。

 振り返ると人狼の怪物が数匹、屍人の群れに囲まれていた。鋭い爪で必死に薙ぎ払っているが多勢に無勢だ。

 人狼の抵抗も虚しく、とうとう押し倒されてしまった。倒れた人狼に屍人が一斉に群がる。

 それは、殺された怨みを晴らしているかの様にも見えた。

 人狼の断末魔を背に、学人達は駆け出した。

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