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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
65/145

65.自意識過剰

 家に入った瞬間、嫌な雰囲気があった。

 月明かりも差さない、真っ暗な家の中にランタンを向ける。埃が外から吹き込んだ微風に巻かれていた。

 もちろん誰かがいる気配は無い。

 ノットと対峙していた時に誰も顔を覗かせなかったので、誰もいない事はわかっていた。

 埃の溜まり具合から見て、年単位で誰も入って来ていない様子だ。そんなに長い期間、全員が出かけて家を空ける事はありえない。

 誰も帰って来る事ができなかったのかもしれない。

 そう思い、ジェイクは無警戒に奥へ進む。


『ジェイク、もしかして泥棒が……』

『阿呆か。住んでるのは俺だけじゃあねえ。他に三人いた』


 違う。少なくとも誰か一人は帰って来ていた。

 入ってすぐの大部屋は、明らかに争った形跡が見受けられた。


『チ……ッ!』


 ジェイクが視線を下に向けて動きを止めた。

 帰って来られなかったよりも質が悪い。

 ジェイクの背中から覗き込んだ学人が、震えた声を出した。


『ジェイク、これは……?』

『知るか、俺が訊きてえ』


 目線の先に転がっていたのは、白骨化した死体だった。

 着ている衣服や骨は埃を被っている。死んでからかなりの時間が経過しているようだ。

 死体の服装にジェイクは見覚えがあった。


『……こいつは、ヴァリハだ』

『……誰?』

『俺と同じ、お伽噺の住人だよ』

『ここはその……生命の魔力で満たされていたんだよね? なのに、どうして……』


 ジェイクの昔話を聞いた限りでは、生命の魔力とは歳を取る事がなければ死ぬ事もない、夢のような魔力だったはずだ。

 ノットに奪われるまでは、まだ魔力は残っていた。話が食い違う。


『違う。ここの魔力は浮遊大陸にあった魔力とは違うものだ。女神の持つ生命の魔力を模して生み出された、全く別の性質を持つ魔力だった』


 ジェイクの話とお伽噺を比べると、納得のいかない点がいくつもある。お伽噺は所詮お伽噺という事だろう。

 そもそも学人の読んだ本は、たった数ページの簡単な物だ。


『ジェイク、あれ』


 学人が見つけたのは割れた窓だった。丁度裏側にある窓で、表からは気が付かなかった。


『もしかして、犯人はここから侵入を……』

『いや、違うな。散乱してる破片が少ない。これは内側から割られた物だ』


 死体は窓に背を向けて横たわっている。それから見ても、窓が侵入経路だとは考えにくい。

 少なくとも女神の宮殿で別れてから、ヴァリハは無事に帰って来ていたようだ。気になるのは残りの二人、シャルーモとサンポーニャだ。

 ヴァリハと一緒に何者かに殺されたのだろうか。

 だとすると、犯人の目的は何だったのか。一番考えられるとすれば、天使族の残党だ。

 ジェイクは亜空間に入った後の事を何も知らない。



 結局、家の中を調べても他に死体は出て来なかった。犯人に関する手掛かりも無い。

 捜索は諦め、最上階へと移動する。


『ジェイク、もっとよく探せばきっと手掛かりが……』

『いいんだよ、どうせ何も出てこねえ。下手に探してうっかり誰かのポエム集でも掘り当ててみろ、気まずくて仕方ねえ』


 最上階の部屋は狭く、窓も付いていない。部屋というよりは物置だ。

 ジェイクはその中に飾られていた小振りの剣を手に取ると、学人に寄越した。


『目的はそれだ。イーストウッド家に受け継がれる魔法剣だ』

『……魔法剣?』

『魔力が無くても使える。肉体を活性化させて身体能力の向上と、怪我をしても治癒力を高める力がある』

『そんな大事な物をなんで僕に……』


 剣を見つめる。何かの紋章が刻まれた装飾剣だ。

 見た目よりも軽く感じるのは、魔法剣の効果だろうか。


『これからは自分の身はできる限り自分で守れ。お前、あの変なやつ(シャベル)も自動車に置きっぱなしだろ。今後は肌身離さずそいつを持ってるんだ』


 続く言葉に不安がよぎる。

 これではまるで……。


『お前はジータを探せ。俺は中継都市に行く』


 別れの言葉だ。

 生命の魔力を持ったノットの力がどれ程のものなのか、それは学人にはわからない。

 ただ、ジェイクの言葉から、今生の別れにも似た何かを感じ取っていた。おそらく命を賭けなければならないほどの相手なのだろう。


『嫌だ、僕も行く』


 学人は反射的にそう返していた。

 ジェイクの怒鳴り声が飛ぶ。


『馬鹿かテメーは! 肉親を探すんだろうが! 大体、一緒に来たところで何ができる!』


 返す言葉が無い。学人にできる事と言えば、足手まといにならないようにするのが精々だ。正直に言って、それすらもできるかどうか怪しい。

 だが、ノットの話を聞かされて、何もせずにはいられない。放っておけば大勢が死ぬのだ。手は多い方がいいに決まっている。

 学人も簡単には引き下がらない。


『ジェイク、中継都市に戻るって言ったよな? 領都の人々はどうなる?』

『そっちは俺の知ったこっちゃねえ。勝手に死ねばいい』


 学人の中ではっきりした。ジェイクは本気で自分に責任があると思い込んでいる。

 異人がこの世界に来た元凶は自分であると。


『わかった。じゃあ僕は領都へ行く。もちろんジータを探しにだ。そこでたまたまノットと出くわして、僕なりの方法で彼を止めてしまうかもしれないけど』


 ジェイクが学人の胸倉を掴んで壁に叩き付けた。

 奥歯を噛んで睨むが、学人も目を逸らさずに真っ直ぐ見据える。

 押し黙ったまま睨み合いが続く。

 先に沈黙を破ったのは学人だった。


『僕の家族がこっちに来てるって、まだ決まったわけじゃない。もしかしたら、ノットの言う亜空間にまだ取り残されているのかもしれない』


 ジェイクは何も言わない。


『領都でノットと戦えば、きっと大騒ぎになる。そうしたらジータの耳にも入るんじゃないか? ジェイクがそこにいるって。つまり、向こうから来てもらうんだ』


 何かを言いかけたジェイクを制し、一気に畳み掛ける。


『君は馬鹿なんじゃないのか、自惚れるなジェイク! 君のせいなんかじゃない! 僕たちが来た、そもそもの原因が君にあるだって? 自意識過剰もここまで来たら大したもんだよ! 笑えない冗談だ!』


 言い切ると、胸倉を掴んだままのジェイクの手から力が抜けた。


『明日だ。明朝、領都に向けて出発する。テメーに口喧嘩で勝てる気がしねえ』


 ジェイクは静かにそう言うと、踵を返した。

 乱暴に閉められたドアが、部屋の空気を震わせた。


 部屋に一人残された学人は、興奮に乱れた息を落ち着かせる。

 色々な想いが頭の中を渦巻いている。

 未だにどこか現実味に欠ける様に感じるのは、やはり学人の常識から大きく外れている話だからだろう。

 ジェイクは何百年も生きている事になる。

 となれば、ヒイロナとシノが幼馴染とは、一体どういう事なのだろうか。この話にはまだまだ裏があるようだ。


 少しすると、にわかに部屋の外が騒がしくなった。慌てて下階へ降りる。

 ジェイクが誰かと言い争っている。対する相手の声には聞き覚えがある。


『テメエ! いつから居た!』

『最初っからやハゲ! 話は聞かせてもろたで!』


 全く気が付かなかった。

 学人はともかく、ジェイクですら気付かなかったようだ。

 隠密行動が得意であると豪語するだけの事はある。


『ペルーシャ?! なんでここに?』


 ペルーシャは学人の姿を認めると、満面の笑みを見せた。


『あ、ガクト。アタシも一緒に連れてってもらうで! 実家が領都にあんねん』




……。




 結局、生命の樹が枯れた原因は、女神が死んだ事による魔力の枯渇という事にされた。

 やや強引だが、不思議に思う者はいても疑う者は一人としていなかった。

 本当の原因は、女神の魔力に干渉した際に、そのほとんどを使い果たしてしまったからだ。魔力の枯渇という点では違い無い。

 樹は生命の魔力を貯蔵しておく為の、タンクの様な役割を果たしていたというわけだ。それが二年の歳月をかけて枯れた。それだけの話だ。

 これが造られた経緯についても学人は尋ねてみたが、ジェイクは口を閉ざして語られる事は無かった。


 真実を知るのはジェイク、学人、ペルーシャ、三人の里の長。

 それからパンプキンフォースの面々だ。


 学人が協力を仰ぐと、ソラネ達は快く承諾した。

 協力を仰ぐに至った理由は、女神大戦時にジェイクと行動を共にしていた事もあり、信頼できるという点だった。

 特別に許可を取り、乗り入れた馬車に旅の物資を詰め込んでいく。

 準備を整えていると、学人はヒイロナの姿が見えない事に気が付いた。


『ジェイク、ヒイロナは?』

『ロナはここに置いて行く』

『そっか……』


 理由は深く聞かなかった。

 心当たりがあった。ジェイクから聞いた、半身を失った幼馴染の事だ。

 側にいてあげた方がいいと判断したのだろう。


『忘れ物は無いね?』


 アシュレーが確認を取る。

 全員が頷くと、馬車が動き始めた。


 本来の目的から道を外れて、どんどん妙な方向へ巻き込まれていく。

 今日も天気がいい。絶好の旅日和だ。

 澄んだ森の空気に名残を惜しみ、学人達は別れを告げた。

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