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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
64/145

64.トラジェディ・ボーン

――その日、宮殿は物々しい雰囲気だった。

 いや、その日もと言った方が正しい。三日に一回くらいのペースで侵入者がやってくる。


 宮殿は一応警備されていたが、平和を絵に描いた様なこの土地には必要の無いもので、それは形だけのものだった。

 いつの頃からか侵入者が現れるようになり、日に日に警備が厳重になるものの、侵入者は容易く警備の目を掻い潜る。


「おい、いたか!」

「いえ、こちらには……」

「くそっ! お前は向こうを、私は庭園を見に行く!」

「ハッ!」


 兵士の足音が庭園へ近付いて来る。

 駆け足で庭園に出てきたのは、蒼い装飾鎧姿の女性兵士だった。美しさだけを追求した装飾鎧は、鎧本来の機能など二の次で、実戦として使うにはあまりに不向きの様に見える。

 背からは大きな白い翼が伸びている。

 これは鎧の装飾ではなく、兵士の身体の一部だ。


 兵士が庭園を見回す。

 そこにはいつもと変わらない、広い庭園の姿が広がっていた。


 草花の咲き乱れる庭園へ一歩出ると、爽やかな風が頬を撫でる。同時に花の甘い香りが鼻をくすぐった。

 丁寧な手入れが隅々まで行き届いており、中には生け垣が迷路を作っている場所もある。

 広く死角の多いこの庭園は、身を隠すのに丁度良い場所だ。過去にも何度かこの庭園で侵入者を発見している。

 宮殿内はほとんど捜索済みだ。

 となると、今日は庭園内に潜んでいる可能性が高い。


 兵士はゆっくりとした歩幅で捜索を始める。

 庭園は仕える主の聖域だ。みだりに飛んだり走ったりして荒らすわけにはいかない。


「宮殿が騒々しいですね、どうしましたか? メルティアーナ」


 噴水にいた庭園の主が兵士に声をかけた。

 一点の穢れも受け付けない様な純白のドレスに身を包み、慎ましやかで慈愛に満ちた表情をしている。

 その背にはやはり兵士と同じく、大きな白い翼があった。


「ハッ! 女神様、こちらにおいででしたか」


 メルティアーナと呼ばれた兵士は、その声に踵を鳴らして直立不動の姿勢を取る。


「侵入者です。またあの森精族(ハイエルフ)獣人族(ウォルフ)でしょう」


 女神の宮殿へ侵入してくるなど、この二人組しかいない。

 どれだけ警備を強化しても、いつもその一枚上手を行き侵入を阻む事ができずにいた。


「そう。でも、ここは捜す必要はありません。宮殿をもっとよく捜してごらんなさい」


 目を細め、小さく笑ってメルティアーナにそう告げる。


「女神様、しかし……」


 宮殿は隈なく捜したのだ。庭園以外には考えられない。

 メルティアーナは食い下がろうとして、やめた。主が捜さなくて良いと言っているのだ。

 だが、ここには来ていないとは言っていない。おそらく、女神は侵入者の事を匿っている。

 メルティアーナの負けだ。

 女神はメルティアーナの背を見送ると、噴水の四方にある彫像の一つに目を遣った。


「もう大丈夫ですよ。出ていらっしゃい」


 女神に言われ、二人がそっと顔を覗かせる。

 一人はまだ少しあどけなさの残る森精族(ハイエルフ)の少年。

 一人は背が低く、ぽっちゃりとした体形の犬の獣人族(ウォルフ)だ。


「あなた達は本当にもう。いつかメルティアーナに雷を落とされてしまいますよ、ジェイク、ロンダドール」

「捕まらなかったらいいんだよ。それに、どうせみんな暇してんだろ?」


 ジェイクは悪びれた様子も無く、噴水に腰を掛ける。

 女神も別に二人を咎める気は無いらしく、ふわりと笑みをこぼした。


「でも今日はヤバかったけどな。ロンのせいで」

「オイラかよ?! 隠れてる時にこそばしてきたのはジェイクだろ!」


 言い合いを始めた二人を、女神はあたたかい目で見守る。

 静かだった庭園に、似つかわしくない元気な声が響く。その声は庭園を越えて、眼下に広がる雲の大海へと溶けていった。


 浮遊大陸、女神の庭園ではする事が無い。

 正確には何もしなくて良い。生命の魔力で満たされたこの土地では、歳を取る事がなければ死ぬ事もない。

 食事を摂る必要さえないのだ。楽園と言えば楽園だ。

 ただ、やはり何もする事が無いと、どうしても暇を持て余してしまう。

 融通の利かない性格の副隊長メルティアーナは別として、隊長やその他兵士達はジェイクが侵入して来たとなると、どこか生き生きとした表情を見せていた。


 結局は庭園の住人だけでなく、兵士たちも暇だったのだ。

 二人と兵士たちの間には、まるでゲームを楽しむかの様に暗黙のルールが出来上がっていた。

 捕まえる事ができれば兵士たちの勝ち。

 捕まらずに宮殿のどこかにいる女神と接触する事ができればジェイク達の勝ちだ。




「なあ、女神様って強いのか?」


 ジェイクの出し抜けに発せられた問い掛けに、女神とロンダドールは目を丸くした。

 世界を創った神なのだから、戦えば当然強いだろう。ロンダドールだけでなく、この世界に生きる者全てがそう思っている。

 肯定の返事がすぐに返ってくるものだと思っていたが、女神はジェイクの予想に反して思案顔になっていた。


「ジェイク、あなたの言う強さとは何ですか?」


 逆に質問されてしまい閉口する。

 ジェイクは純粋に力の強さを訊いたのだ。それ以外の意味での強さなど考えた事も無かった。


「強さというものは、何も相手をひれ伏せるだけが強さではありません。強さとは人によって姿を変えるものなのですよ」


 このまま話を続けると堅苦しくて難しい話になってしまいそうだ。藪蛇だったかもしれない。

 女神の質問から逃げるように言い切る。


「もちろん力の強さだ! それ以外の強さなんて必要無いよ」


 女神の思案顔が一層深いものになる。

 女神自身、戦うという行為をした事が無かったのでわからなかったのだ。

 そもそも、こんな事を訊かれたのは初めての経験だった。

 返答に困る女神にジェイクが続ける。


「女神様、俺と勝負しよう! 俺が女神様の力を見てやるよ!」

「おい、ジェイク! お前何言ってんだよ! 女神様すみません」

「かまいませんよ。ロンダドール」


 女神としてはあまり気が乗らない。

 合意の上とはいえ、女神の視点からすれば暴力である事に変わりなかった。

 自信満々なジェイクの眼を見ると、女神は顔を綻ばせた。可愛い“我が子”が遊ぼう(・・・)と言っているのだ。

 少しじゃれ合うだけ……そう思い、女神は許可した。



 ジェイクが正眼に剣を構える。

 少し小振りの剣は、ジェイクが元々好き好んで選んだ物ではなかった。

 これしか無かったのだ。

 女神の庭園において、武器は貴重な物だ。女神のお気に入りの種族が地上から移住する際に、持ち込まれた武器の数は少ない。

 持ち込める物に制限があった、というわけではなく、危険な魔獣のいない浮遊大陸では必要が無かった為に持ち込まれなかったのだ。

 何もせずとも生きていけるので、当然誰も働かない。つまり、武器の供給は一切無い。

 ジェイクは仕方なく家が代々引き継いでいたこの剣を、常に持ち歩いていた。


「はああッ!」


 大味な動きで剣を振るう。

 気付いた時には、柔らかい土の上に転がっていた。

 繰り出された剣撃は女神に到達する事なく、差し出された指の手前で動きを止めていた。

 女神がその指で小さく円を描くと、ジェイクの視界が反転していた。

 何が起こったのか、理解する暇も無かった。


 この日を境に、ジェイクは毎日の様に女神に挑むようになった。




………………。




『つまりだ、お伽噺の女神に挑んだ森精族(ハイエルフ)ってのは、俺の事だ』

『へえ、そうなんだ』


 前を行くジェイクの背中を、学人が追いかける。

 ジェイクと再会した学人は森の中へと連れ出されていた。

 ノットの凶行を知らされ、続いてはジェイクの昔話だ。突拍子も無い話をされて反応に困る。どこか現実味に欠けるのだ。

 ……が、ジェイクが妄想虚言を言うとは思えない。おそらく事実なのだろう。


『どうしてその話を僕に?』

『事の発端は俺だ。当事者のお前にはいつか話さないと、とは思っていた。俺があの時馬鹿な事をしてなかったら今は無かった。お前らがこんな目に遭う事は無かったはずだ』


 これは懺悔なのか。ジェイクが学人に拘る理由がそこにあった。

 全ての責任が自分にあると思っているのだ。一度は冷たく突き放した病院の人々も、ジェイクは結局先頭に立って救出に向かっていた。

 あの時学人が何もしなくても、ジェイクは何らかの方法で救出に向かっていたのかもしれない。

 実際のところはわからないが、ジェイクが一晩姿を眩ませていた事が思い出される。あれは何か策があって、準備に奔走していたのではないか。

 学人は問いただそうとして、口を結んだ。ジェイクの事だ、言下に否定するに決まっている。

 ジェイクの話は、ここで終わった。


『ジェイク、ここは?』

『俺の家だ』


 連れて来られたのは、大木をくり貫いて造られた家だった。


『この何百年の中で、客なんてお前が初めてだ。まあ自分ちだと思って寛いでくれ』


 ジェイクがゆっくりと扉を開く。

 扉に溜まった埃が舞う。家は長く使われていない様子だった。

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