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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
62/145

62.迷宮のノット 2

 日本の事を根掘り葉掘りと訊かれ、この日はお開きとなった。

 黙って話を聞いていたペルーシャとソラネの二人は、どこか上の空だった。

 地下を自走する連なった金属の箱。

 天を翔ける金属の鳥。

 遠く離れた人間との会話。

 世界を繋ぐ情報の海。

 この世界では考えられない事ばかりの話だ。与太話として聞いていたのかもしれない。

 それでも、ノットは学人の話を鵜呑みにして、一生懸命に記録を取っていた。


 三人揃ってノットの家を出る。

 話し込んでいる間に、里にはすっかり夜のとばりが落ちていた。

 そこで学人は初めて、里の景色に目を奪われた。

 明るい内に見る里はごく平凡な田舎の村だった。だが暗くなると、里は同じ場所だとは思えないくらいに装いを変えていた。


 赤、青、緑……多彩な色の小さな光が、まるで蛍の様に飛び交っているのだ。それは学人が今までに見た、どんなイルミネーションよりも幻想的だった。

 歩く事も忘れ、ただただその景色に見惚れる。


『……ガクト様? どうかされましたか?』

『すごい。こんな綺麗なものを見たのは初めてだよ……』


 ソラネにとっては、幼い頃から見てきた変わり無い故郷の景色だ。なので学人が何の事を言っているのか、一瞬わからなかった。

 茫然とする学人に合点がいったソラネは微笑を浮かべ、


『遅くなりましたけど、ガクト様。ようこそ、エルフの里へ』




……。




 これで何本目だろうか。

 ジェイクはずっと木の上で煙草をふかしていた。

 見られている様な、嫌な感じはとっくに無い。それでも警戒を解く事ができなかった。


(……もういいか)


 木から降りて森の奥へと歩き始める。

 念には念を入れて、警戒は怠らない。

 ジェイクが向かっているのは自分達の家だ。家と言ってもかなり特殊な家で、知っているのはごく一部の人間のみ。一応の幼馴染であるヒイロナやシノですらその存在を知らない。


 大木を目印にある程度進んだら、魔力を操作して結界の扉を開く。


 一歩足を踏み入れると、漂う空気に変化を感じ、同時に視界が明るくなった。

 目の前に現れたのは、輝きを持つ巨木だ。

 結界の中は巨木の持つ生命の魔力に優しく照らされ、常に昼間の様に明るい。

 その木は異様な形をしている。

 まず根が無い。枝にも見える幹には扉と窓が付いている。この巨木そのものが、中をくり貫いて作られた家なのだ。

 家を守る堅牢な結界は外部からの侵入を防ぐどころか、その存在さえ気付かせる事は無い。


 この“生命の樹の枝”を誰かに知られるわけにはいかない。扱える者がいるとは思えないが、この枝から放出される“生命の魔力”に、何人たりとも触れさせるわけにはいかない。

 真実を知る者は少ないが、森林族(エルフ)が何百年と守って来た本当の物がこれだ。

 だから、細心の注意を払っているつもりだった。


『おい、出て来い』


 立ち止まって独り言のように声を出す。

 やはり尾行されていたらしい。

 全く気配を感じさせなかった。国境都市でのマヌケな追跡者とは格が違う。


『気配は完璧に消してたはずなんだけど? やっぱり結界の中だと感覚が研ぎ澄まされるの?』


 観念したかの様子で、木の陰から追跡者が姿を見せた。

 単眼鏡にヘラヘラとした表情。ジェイクの嫌いな男だ。返答する代わりに殺意だけを向ける。


『やだなぁ。嫌われているとは思っていたけど、そんなにあからさまじゃなくってもいいんじゃないかな』


 ここまで尾行されてしまった事も問題だが、もっと問題なのはなぜ尾行されてしまったのかだ。

 この男、ノットはなぜ自分を尾けて来たのか。ジェイクの中で答えは出ていた。

 この結界とその中身の存在を知っていなければ、尾行する理由が無い。

 無言で睨み付けてくるだけで口を開こうとしないジェイクに、追跡者であるノットが困惑の色を浮かべた。


『共に世界を救った仲じゃないか。それに私は君の事を同志だと思っているんだ。少し歩み寄りを見せてくれてもいいんじゃないかな』


 ジェイクは応えない。

 言っている意味がわからない。

 おそらく女神大戦の事を言っているのだろうが、この男と会うのはこれで二度目だ。肩を並べて戦った記憶など無い。

 王国がひとつになって女神と戦ったのだ。そういう意味での言葉なら、王国の人間全員が同志だという事になる。


 反吐が出る。


『何言ってるのかわからねえな。友達が欲しかったら斡旋所で募集でもしてみろ』

『酷いなぁ。私がいなかったら王国は全滅していたんだよ?』


 ジェイクの表情が一層険しくなった。

 大戦でこの男が何かをしたという話は聞いていない。もしノットの言葉が本当なら、今頃は英雄として祭り上げられているはずだ。

 ジェイクの目には、戯れ言を抜かす頭のイカれた男にしか見えなかった。


『……おかしいな、彼女から何も知らされてなかったのかい? だとしたらマズかったのかなぁ』


 この男は隙を窺っているに違いない。

 その為に適当な事を並べているだけだ。


 ジェイクは剣に手をかけた。


 一気に斬り伏せる。何が起こったのか理解する時間すら与えてはやらない。

 ジェイクの鋭い殺意がノットを射抜いた。


『とりあえず落ち着こう、ジェイ君(・・・・)


 ジェイ君。アリスティアがジェイクの事をそう呼んでいた。

 ジェイクが特別な人にだけ許した、特別な愛称だ。その呼び方に怒りが爆発する。


『その名で俺を呼ぶんじゃあねえ!』


 一閃。

 言い終わるのが後か先か。

 ジェイクは地面を蹴っていた。身を低くし、電光石火の如くノットを斬り抜ける。


 ……手応えがまるで無かった。

 剣は確実にノットを捉えていた。もちろん、躱した素振りもない。

 なのに斬った感触が無いのだ。水を斬った方がまだ感触がある。


『驚いた? 水と光の混合魔法だよ』


 ノットの姿が雲散する。幻影だ。

 怒りに任せて正面からやりあっても無駄だろう。大きく深呼吸をして平常心を取り戻す。


『一応訊いておく、何の用だ。次第によっては殺す』

『よく言うよ。人の話も聞かずに斬り掛かっておいて。次第によらなくても殺す気だろう?』


 ノットの声には含み笑いがある。

 ジェイクがどういった行動に出るのか、見当が付いていたのだろう。


『先に言っておく。私は君の敵じゃない』


 言葉と同時に気配を感じた。

 今、ジェイクの目の前に出てきたノットはおそらく本体だ。

 冷徹な顔付きでジェイクを見据えていた。


『それが素顔か? 前に会った時とは大違いだな』

『君が用心深くて助かったよ。ちょっと来客があって席を外していたんだ』


 途中から見られている感覚が無いと思っていたら、本当にいなかったらしい。

 用心に用心を重ねて、日没を待ったのが裏目に出てしまったようだ。


『単刀直入に言おう。君の協力が欲しいんだ』

『断る』


 沈黙が流れる。

 これは想定していなかったようで、さすがにノットも苦笑いを浮かべる。

 ノットは少し考える風な素振りを見せて、ゆっくりと口を開いた。


『アリスから聞いてはいたけど、君って本当に好き嫌いが激しいね。惚れ込んだ相手にはとことん世話を焼くけど、嫌いな相手には躊躇無く牙を向く』

『それを知っててなぜ俺の前に姿を現した?』

『話聞いてた? 君に協力して欲しいんだよ。同志である君にね』


 嫌いな人間にわけもわからず同志呼ばわりされるのは癪だ。

 斬り捨てたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。

 隙を窺いつつ、質問をする。


『訊きたい事は山ほどあるが……なぜこの結界の事を知っている?』

『シャルーモだよ。彼女から聞いていたんだ。でも入り方がわからなくってね。困っていたところに君が帰って来たんだよ』


 さっきも言っていた“彼女”とはシャルーモの事か。

 彼女が教えるに至った経緯も訊きたいところだが、後回しにして次の質問に移る。どの道生かして帰すつもりは無い。

 聞き出さなければならないのは、ノットの目的と仲間の有無。ノットの他にも知る者がいるのなら、全員始末しなければならない。

 結界の存在を知る者が居てはならないのだ。


『同志っていうのは何だ?』

『ヴォルタリスだよ。あいつは裏切り者だ。だから君も喧嘩別れをしたんだろう?』


 先代とアリスティアの意志を棄て、ヒルデンノースの領主に収まった事を言っているのだろう。

 黙ったまま続きを促す。


『君は独りになっても意志を継いだ。単騎でルーレンシアに攻め込んだのがその証拠だ。普通に考えて、できる事じゃない。たとえ生命の魔力を使っていたとしても。君は敬意を表するに値する』


 ジェイクは察した。

 この男、ノット・マーシレスはおそらく全てを知っている。

 ジェイクたち、そして生命の樹の歴史を全て知っている。


『……で、何をする気だ?』


 ノットは不気味な笑顔に顔を歪ませた。


『皆殺しだよ。ヴォルタリスも、龍の影も。裏切り者にはその血で償ってもらう。もちろん領地民もだ。統治されている奴らも同罪だ!』


 言っている事が滅茶苦茶だ。

 ジェイクには関係の無い事だし、興味も無い事だが、領地民はとんだとばっちりだ。

 ノットは本気で言っている。それも、それが当然であると一片の迷いも無く。

 つまり、皆殺しの手段として生命の魔力に頼りたい。そういう事だ。


 正気の沙汰とは思えない。だからと言って、完全に狂っているわけでもない。

 呂律が回っていないだとか、焦点が合っていないだとか、そういう事は一切無い。その瞳には自分の信念を宿している。


 これがノット・マーシレスという男の本性。

 正気の上で、狂っていた。

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