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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
61/145

61.迷宮のノット 1

――里から少し離れた場所にその木はある。

 生命の樹と比べてしまうとちっぽけなものだが、樹齢何百年のその木は十分に大木だと言える。

 異様にうねりを見せる木で、誰でも簡単に登る事ができる。幹から伸びる枝は太く強固で、たとえ上に家を建てても折れる事はないだろう。


 枝に寝そべり煙草に火を点ける。


 木を覆い被さる葉といくつもの太い枝のおかげで、下からこちらの様子を見る事はできない。

 普段から誰も寄り付かないこの場所は、ジェイクのお気に入りだ。

 ここでなら、煙草を吸っていても誰にも文句を言われない。ゆっくりと考え事をするには持ってこいの場所だ。

 ジェイクの他にこの秘密の場所を知っているのはシノだけだった。


 風に揺れる木々をぼんやりと眺めながら、煙を吐き出す。


 思いに耽るジェイクの目の前に、突然水の球が現れた。

 パンという破裂音と共に弾けて飛び散り、逃げる暇も無く水をかぶる。

 服がびしょ濡れになり、煙草の火も消えてしまった。犯人は見なくてもわかる。

 こんな事をするのはヒイロナしかいない。


『森で煙草を吸うなって何回言ったらわかるの!』


 案の定、下から怒鳴り声が飛んできた。

 枝から顔を覗かせると、頬を膨らませてご立腹のヒイロナがいた。隣には申し訳無さそうに両手を合わせるシノの姿もある。

 シノがヒイロナにこの場所の事を吐いてしまったらしい。



 今日はヒイロナに見つかって、水をかけられる心配は無い。

 シノがここへ来て、一緒になって煙草を吸う事も無い。

 浮かんでは消えていく思い出。森の中には煙草の匂いが漂っていた。

 別に感傷に当てられたわけではない。

 かつては戦場に出ていたのだ。仲間の死を嫌というほど見てきた。

 幼馴染の無残な姿を見ても、心が動く事は少しも無かった。

 傍から見れば薄情に思われるかもしれない。

 ジェイクにとっては今更な事だった。


 ゆっくりと煙を吐きながら、瞑目して神経を研ぎ澄ます。

 風の音。なびく木々のざわめき。鳥の囀り。

 近くに人間の気配は無い。

 しかし、直感が警鐘を鳴らしていた。

 長の建物を出てから、何者かに尾けられている。


……。


 生命の樹を囲むエルフの里を見渡す。学人は少し落胆していた。

 森と一緒で、里もやはり普通なのだ。山間の村という言葉がしっくり来る、丸太造りの家が点々としたのどかな場所だ。

 学人の勝手な想像だったのだが、幻想的なイメージはことごとく潰されてしまった。


 エルフの子供だちが、遠目に学人とペルーシャの様子を窺っている。

 閉鎖的な空間で来客など殆ど無いのだ。他種族が珍しいのだろう。

 学人が子供たちに手を振ってみせた。少し戸惑った仕草をしたあと、飛び跳ねながら両手を振り返してくれた。思わず学人の頬が緩む。


 生命の樹を見上げてみる。里は普通だったが、これには感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。

 学人の知る世界最大級の木は高さ百メートル強、直径は約五メートルくらいだっただろうか。それとは比べ物にならないほど大きい。

 天を突き刺さんばかりに佇むその巨木は、枯れていてもどこか神々しさを感じさせる。


――生命の樹は、元は生き残って赦しを乞うた人間たちなのです。


 ふいに、以前読んだ本の一節が脳裏をよぎった。

 仮にそれが事実だとしたら、人間たちが赦しを得た結果が今のこの姿なのだろうか。

 この世界のお伽噺だ。馬鹿馬鹿しい。


 再び樹を見上げると先ほど感じた神々しさは無く、どこか禍々しいものにも見えた。


『ガクト様、どうかなされましたか?』


 身震いをした学人を見て、ソラネが首をかしげていた。


『いや、なんでもないよ……』




 長に挨拶を済ませた学人は、ペルーシャ、ソラネと共に樹の近くにある、一軒の家を訪ねた。

 里には宿が無い。ノットは原因究明の間、この家に仮住まいをしているらしい。

 開きっぱなしの扉の奥には、机に向かって唸る白いローブを着た男の姿があった。


『ノット、アタシや』


 ペルーシャが背中から声をかけると、男は生気の無い顔をこちらに向けた。


『あぁ、ペルやん。早かったねー』


 ペルーシャに向けられた視線がソラネ、学人の順に移る。


『えーと? ミケとシーマンもいたの? ひさしぶりー』


 眠たい目をしたノットが抑揚の無い声で何か言っている。


『初対面ですわ、ノット様』

『あぁ、そう。はじめましてー』


 それだけ言うと、机に向かい直してしまった。

 その姿に学人は拍子抜けしてしまった。身構えて来てみれば、そこにいたのはなんともやる気の無さそうな男だった。

 それどころか学人に何の興味も示さない。完全に目の前が見えていないかのようだった。

 痩せ細っていて顔色も少し悪い。


『途中で知り合った森林族(エルフ)のタコと、それから異人のガクトや』

『あぁ、そう。タコさん、ガクトさんはじめましてー……異人?!』


 今度は勢い良く振り向いた。

 さっきまでの態度が嘘のように椅子を蹴って立ち上がり、凄い勢いで学人の両手を取る。


『さすがペルやん、仕事早いね! はじめましてガクト。ノット・マーシレスだ! 会えて嬉しいよ』


 急に血色が良くなり、弾んだ声で挨拶をする。生気の無い顔はヘラヘラとした表情に変わっていた。

 悪そうな人間には見えない。

 これが学人の持った第一印象だった。


「えっと。こ、こんにちは」


 少し戸惑った様子を見せつつ挨拶を返す。日本語で。

 ノットがどんな人物なのか見極めるまで、気を許すわけにはいかない。

 まず、学人が言葉のわかる事を悟られてはいけない。言葉が通じないと思わせれば、何かボロを出してくれるかもしれないからだ。

 これは二人とも打ち合わせ済みだ。


『えーと、ペルやん? もしかして言葉通じない……とか?』

『せやで』

『ううん……そうかぁ。彼らを元の世界に帰してあげる方法を探りたかったんだけど、言葉が通じないとなると骨が折れそうだ』


 帰る方法。

 さらっと出てきたその単語に、思わず反応してしまう。

 果たしてそんな事が可能なのだろうか。考えた事も無かった。

 仮にできたとして、帰りたいと願う者がどれだけいるだろうか。

 中継都市ランダルに居るのは、その大半が全てを失ってしまった人々だ。

 その悲しみを乗り越えて、やっとこの世界での新しい生活を手にした。もう何も残されていない元の世界に帰って、一体どうしようというのだろうか。


 帰る事が本当に正しいのだろうか。


『君……今、動揺したね?』


 学人の思考は、ノットによって遮られた。

 表に出さない様にしたにもかかわらず、一瞬で見破られてしまった。

 ヘラヘラとした笑みは既に無い。

 学人を映す黒い瞳は、まるで何か穴の様な入り口を彷彿とさせた。

 その眼を前に、背筋を冷たいものが通る。


『ぺルやん……どうやって彼をここまで連れて来たの? まさか誘拐して来たわけじゃないよね? ものすごく警戒されちゃってるんだけど』


 ノットの問い掛けに、ペルーシャは舌を出しておどけて見せた。


『はぁ……ごめんねー。ペルやんはちょっと短絡的なところがあるけど、根は良い娘だから嫌いにならないであげてね』


 そう言うノットは柔らかい物腰で、ヘラヘラとした表情に戻っていた。


……。


『まずはお互いの事を知る事から始めよう。誘拐されて来たなら、そりゃ身構えちゃうよねー』


 学人の座るテーブルには、紅茶と茶菓子にワッフルが出されていた。

 爽やかな香りの後に少し甘い匂いが鼻に届く。


『改めまして、ノットだ。魔力の流れを主に研究している。ペルやんとは干し肉を奪い合――』

『ちょ……っ! その話はええやろ今は!』


 ペルーシャが顔を真っ赤にしてノットの口を塞ぐ。余程恥ずかしい話なのだろう。

 二人のやりとりが可笑しくて、学人に思わず笑みがこぼれた。


『学人です。山田学人。ペルーシャとは誘拐された仲です』

『やっと笑ってくれたね。ホントにごめんね、怖い思いをさせちゃって。ほら、ペルやんも謝って』


 自己紹介をする学人に、ノットは優しい笑顔を浮かべた。

 ノットに対する学人の警戒は、誘拐によるものだと勘違いしているらしい。

 それはそれで好都合かもしれないので、勝手に勘違いをさせておく。

 敵意や悪意は全く感じられない。それどころか学人たちに対して同情的な感情さえ窺える。

 しかし、さっきの異様な眼つき。脳を突くかの様な声色。

 何を考えているのか全く読める気がしない。


 学人はノットという名の迷宮に迷い込んでしまいそうな気がした。


『その、僕らが帰れるかもしれないという話は……』


 恐る恐る尋ねる。

 真意がわかるまでは、元の世界に帰りたいとただ願っている風に装う。これが一番無難だろう。

 わけもわからずに異世界へ連れて来られた。普通なら帰りたいと願うのはごく自然な事だ。


『可能性は十分にあると思うよ。その為には、君たちの世界の事を教えて欲しいんだ。……あと、君の魔力も調べさせて欲しい』

『魔力を? 僕たちは魔法を使えませんけど』

『使える使えないは関係無いよ。この世界に生きるものは皆魔力を宿している。動物ですらね。それは君たちも例外じゃないはずだ』


 魔力が宿っていないわけではない。前にヒイロナも同じ事を言っていた気がする。

 ノットは学人の手を取ると、目を細めて動かない。

 僅かに眉をひそめたかと思うと、白い魔法結晶を手にした。


『ちょっとサンプルをもらうよ』


 学人の手が白い輝きを発する。

 いきなり発光しだした自分の手を見て驚愕した。有り得ない。どれだけ頑張っても何の反応も無かったのに。

 少し熱を感じ、頭がぼうっとする。それは長時間熱い風呂に浸かった後に来る、のぼせた時の感覚に似ていた。


 光は結晶に纏わり付いたあと、音も無く吸い込まれる様に集束して消えた。


『魔法が使えない……と言うよりは魔力の操作ができない、と言った方が正しいかもね』


 言っている意味がよくわからない。

 首をかしげる学人に構わず、ノットが話を続けた。


『詳しく調べてみないとはっきりとは言えない。でも、たぶん君の中で魔力は変異している』

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