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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
58/145

58.爪痕

 ラファスト。

 ドラゴン科恐竜属の草食魔獣で、人間に対して敵意を持たない。

 乗り物として扱われる恐竜の中では最高速度を誇る。ただし、市場にはあまり出回っていない。

 ヒイロナが一体どうやって買い付けて来たのか、甚だ疑問である。ジェイクもこの種に乗るのは初めてだ。

 たしかに足は速い。しかし長距離の移動には、あまり向いていないように思えた。

 長く移動するにはスタミナが足りないのだ。一日に何度も長めの休憩を挟み、エルフの森に到着するまでに思ったより時間が掛かった。

 結局、長旅に使われる最もポピュラーな種と大差が無かった。違うところといえば、魔獣から逃げやすいとか、多く休憩を取れるところだろうか。

 途中で立ち寄った村では学人に関する情報が無かった。ジェイク達と同じ最短のルートを行っているのだとばかり思っていたが、どうやら別のルートを使っているようだ。

 となると、学人はまだ森に到着してはいないだろう。

 何も知らずに森へ足を踏み入れてしまう心配はしなくてよさそうだった。

 大陸の人間、ペルーシャと行動を共にしているのだ。そもそもそんな心配は必要無かったのかもしれないが。


 懐かしい故郷の森を歩き、エルフの里を目指す。

 森に変わった様子は無く、生命の樹が枯れてきているという話が信じられないくらいだ。

 ふと、守護者の姿がジェイクの目に映った。

 一応確認を取ろうと、呼び止める。


『よー、ごくろうさん』


 背中に透明の羽が生えた、手乗りサイズの妖精だ。人の形をしていて、性別は無い。

 守護者はジェイクに気付くと、ふよふよと近付いてきた。


『こんにちは。何かご用?』

『最近怪しい奴が来なかったか? 背丈は俺くらいで……黒髪のヒト族みたいな奴だ』

『いいえ、最近来たと言えば許可の受けた魔術研究者くらい』


 それはノットの事だろう。既に到着しているようだ。

 ジェイクとしては、あの男とは顔を合わせたくなかった。向こうは覚えているのか知らないが、ジェイクはよく覚えている。

 気に食わないのだ。


 ジェイクがノットと会ったのは一度きり。花火を打ち上げた日だ。

 表向きは“祝い事”だったが、本当のところは軍議の為のカモフラージュだった。

 普段はバラバラに行動している騎士団の主要人物が集まるとなると、領主や敵対している騎士団の間諜(スパイ)もやって来る。一気に勢力を拡大し、目立っているなら尚更だ。

 情報が戦局を左右する。アイゼル王国での戦争の七割は、情報戦だと言ってもいいだろう。

 情報をくれてやるわけにはいかない。


 四ヶ月に一度、領主の座をめぐって攻城戦が行われる。

 様々な騎士団が領主に対して宣戦布告を出し、城に攻め込む。

 領主は庭園に建てられた塔の上で待ち構えなければならない。日が落ちて、再び昇って来るまでに領主の首を獲った騎士団が、次の領主となる。

 領主が白旗を挙げると、今度は共に攻めていた騎士団同士での戦いが始まる。勝った者が領主だ。

 もちろん毎度争いが起きるわけではなく、何らかの話し合いが行われる事もある。

 これが、戦乱が吹き荒れて自滅への道を突っ走っていた大陸をまとめ上げた、初代国王の作ったルールだ。

 これは六百年以上経った今でも守られ続けている。再び無差別な戦乱の時代が訪れてしまうと、大陸は確実に滅びてしまうだろう。


 初代国王と各地の領主は最初、城内の玉座で待ち構えていた。しかし竜人族(ドラゴニア)最後の生き残りが暴れ過ぎた為に、塔というルールが追加された。

 何度も食卓を食い散らかされ、これにはさすがの初代国王も涙目だったらしい。

 攻めるよりは守る方が有利だ。領主の交代はそうそう起きる事ではない。


 攻城戦までの間、騎士団は各地に散らばり、資金調達や情報収集、人材の確保に追われる。敵対する騎士団同士のいざこざ、つまり場外戦もあるが、これはまた別の話だ。

 人数の穴埋めに傭兵を雇う事も多々あり、戦争には金がかかる。

 そういった事情があって、騎士団の主要人物全員が終結するのは、軍議か攻城戦の時だけという事になる。


 祝い事に皆が集まるのは当然の事だ。ただ、これだけではカモフラージュになどならない。

 結局は集まるのだ。当然、間蝶たちも動きを見せる。


 花火を打ち上げる。これは前もって大々的に宣伝をしていたので、色々な場所から物珍しがった人々が集まって来た。それこそブルータスの町がパンクしてしまったくらいだ。

 この、人の多さが隠れ蓑になる。


 王国暦680年。初めて見る花火に沸く、ブルータスの町で軍議は行われた。


 会議も終盤に差し掛かった頃、固く閉ざされた扉の向こうから、何か言い争う声が聞こえた。

 その場にいた全員が、武器に手を掛けて扉に視線を注ぐ。

 声が止んだと思ったらしばらくして、そっと扉が開かれた。

 皆が武器を抜いて立ち上がったところで、アリスティアの凛とした声が部屋に響いた。


『皆、武器を収めなさい!』


 その言葉に、ざわめきが走る。

 そんな中でヴォルタリスとユージーンの二人だけが、片膝をついていた。


『お久しぶりです、ノット先生』


 アリスティアが笑顔を浮かべて、乱入者に会釈をする。

 部屋に押し入って来たのは無精髭を生やし、単眼鏡を掛けて気だるい目付きをした人間族(ヒト)の男だった。

 ノット・マーシレス。魔法図書館の魔術研究者だ。

 彼はヘラヘラと笑い、喋り始めた。


『いやぁ、ごめんごめん。見張りの人が話を聞いてくれなくってさ、無理矢理通っちゃった。ほんとにゴメン』


 謝ってはいるが、悪びれた様子など微塵も無い。その言葉に、ジェイクはハッとした。

 見張りを任せていたのは、ジェイクの部隊の半森族(ハーフエルフ)だったのだ。


『おい、シャーウッド! ノア!』


 慌てて部屋の外を見ると、全身が麻痺したかのように、立ったまま動けなくなっている二人の部下の姿があった。

 頭に血が上り、ノットに剣を向ける。


『てめえ誰だ! 何しやがった!』

『彼らの体内の魔力を操作して縛り付けただけだよ。安心して、しばらくしたら動けるし、もちろん怪我も無いから』


 ジェイクの殺気を受けてもなお、ノットはヘラヘラとしたままだった。


『ジェイク、もう一度だけ言うわ。剣を下ろしなさい。この人は先代の時に参謀を務めた人よ』

『そそ、言ってみればキミタチの先輩ってわけ。敵じゃないから鎮めてくれるかな?』


 アリスティアに鋭い口調で言われ、しぶしぶ剣を下ろす。

 ノットはヘラヘラしたまま部屋にいる全員を見回し、アリスティアの前に立った。


『先代の時とは……随分と雰囲気が変わっちゃったんだね。でも、ヴォルタリスもユージーンも元気そうで嬉しいよ』

『ノット先生もお変わり無さそうで。あと、ここはもうアリス姫の騎士団です。先代の時とは違って当然です』


 急に話を振られたヴォルタリスは、恭しい態度で返していた。


『そうかー。なんだか古巣が無くなっちゃったみたいで、ちょっと寂しいなぁ。ははは』

『それで、ノット先生。今日はどういったご用件ですか? 来られるのなら、事前に連絡をくださればよかったのに』

『ちょっと、妙な噂を耳にしてね。アリス、ルーレンシアじゃなくってヒルデンノースを攻めるって話は本当なのかな?』


 これは意図的に流した、嘘の情報だ。龍の血族が攻めるのはただひとつ、ルーレンシアだ。ルーレンシア領主だった先代の雪辱を果たす為にも、変更は有り得ない。

 ノットはこの嘘の情報に踊らされて、わざわざ真偽を確かめに来たらしい。

 ノットに問われたアリスティアの瞳には、復讐の炎が宿っていた。


『いいえ、ノット先生。それは嘘の情報です。我々の敵はルーレンシア。これが変わる事はありません』


 アリスティアの言葉に、皆が絶句した。

 昔は参謀だったのかもしれない。しかし、今は部外者だ。

 先代の頃から騎士団にいる人間は信頼を寄せているのかもしれない。しかし、今ここにいる者の多くは、ノットの事など知りもしないし、得体の知れない部外者なのだ。

 そんな部外者にあっさりと情報を流してしまった。

 それを聞いたノットは、こう言葉を残して立ち去ってしまった。


『ふうん……なら、まあいいだろう。頑張りなさい』




…………。




(突然現れて、何様のつもりだ)


 ジェイクは未だにあの時の事を思い出すと、はらわたが煮えくり返る。

 ノットのあの目。

 他に気付いた者がいたのか、今となってはわからない。終始ヘラヘラとしていたノットだったが、その奥には得体の知れない思惑が隠されていたようにジェイクは感じた。

 あの男は値踏みをしていたのだ。もし、本当に攻める先が変更されていたのなら、あの男はどうするつもりだったのだろうか。


『ジェイク……どうしたの?』


 過去の事を思い出して恐い顔になっていたのだろう。

 ヒイロナがジェイクの顔色を窺う。


『なんでもねえ。家出て来る前に、煙草の火消したかなって思っただけだ』

『なにそれ』


 里が見えた。

 奥には巨木、生命の樹が見える。

 ただ、頭上を覆う木々に視界を遮られ、ここから確認できるのは幹の部分だけだ。

 それでも異変が起きているのは一目瞭然だった。

 以前は満ちる魔力できらきらと輝きを見せる生命の樹だったが、今ここから見える樹に、その輝きは無い。

 不安が膨れ上がったのか、ヒイロナは自分でも気が付かないうちにジェイクの袖を掴んでいた。


『そんな……』


 里に到着して樹の全貌が明らかになると、ヒイロナの口から蚊の鳴くような声が漏れた。

 青々しく茂っていた葉は全て褐色に染まり、枝を残して散ってしまった部分もある。思っていた以上に枯死が進んでいた。


『ロナ……? ロナか! それにジェイクも!』


 二人が樹を見上げていると、聞き覚えのある声が飛んできた。

 声のした方に目を向けたヒイロナが、その声の主に歓喜の声を上げた。


『お父さん!』


 ヒイロナの父親だ。

 ヒイロナは父親の胸に飛び込んで、再開を喜び合っていた。


『生きていたのか、死んだのだとばかり……今までどこで、どうしていた? いや、違うな、それよりも』


 父親も娘の元気な姿を見て、興奮を隠せずにはいられない様子だ。言いたい事が次々に浮かんで来ているのか、混乱したようにしどろもどろになっている。

 それも束の間、父親の中であらかじめ優先順位を決めていたのだろう。

 ヒイロナの両肩に手を置き、深呼吸をひとつ。


『シノに会って来てあげなさい。自分の家にいるはずだ』

『シノ? シノが帰って来てるの?』


 女神の宮殿でゲートを死守する為に残ったうちの一人、シノ。

 ジェイクとヒイロナの幼馴染だ。

 特にヒイロナは森を出てからも、ずっとシノと一緒だった。

 女神大戦のあと、無事にこの森に帰って来ていたようだ。


『ジェイク、はやく!』


 はやる気持ちを抑えきれずに、ヒイロナがジェイクの腕を引いて駆け出す。

 シノの家に着くと、シノの母親に出迎えられた。二人の無事を泣いて喜んだあと、二人を家の中へ通す。

 案内されたのはシノの部屋だ。

 ノックの返事を待たないまま、ゆっくりと部屋の扉が押し開けられた。


『シノ、ロナちゃんとジェイクが帰って来たよ』


 木漏れ日の差し込む部屋の中には、ベッドから身を起こして窓の外を眺める、幼馴染の姿があった。


『あ……あぁ……』


 二人の姿を見たシノは、言葉にならない声を漏らす。

 左手を二人に伸ばして、見開かれた左目からは涙がこぼれていた。

 驚いた表情はすぐに笑顔に変わった。


『シ……ノ……』


 ヒイロナが失意の声で、幼馴染の名前を呼ぶ。

 右目が潰れていた。

 右腕が無かった。

 右脚が無かった。

 右半身には酷い火傷の痕があった。

 それに沿って髪が無かった。

 喉が焼かれたのか、呻くだけで言葉が出てきていない。


『いや……いや……』


 壊れたようにそう繰り返し、両手で頭を抱えたヒイロナはその場で泣き崩れてしまった。

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