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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
57/145

57.たとえ神にでも、道は譲らない

 中継都市ランダルまでの最短のルートを進む。それがとても危険で、誰もが避けてしまう道筋でもお構いなしだ。

 ジータが今突き進んでいるのは、農業都市跡を通り抜ける道だ。

 昔は豊満な土壌に恵まれ、様々な作物を栽培する事で栄えた都市だった。

 だが、治療のできない疫病が蔓延し、追い討ちを掛ける様に魔獣の大群から襲撃を受けて滅亡した都市だ。今では死霊の蠢く巨大な廃墟と化している。

 これまでに幾度となく浄化と供養が試みられたが、都市に充満する瘴気の魔力が薄れる気配はなく、死霊も際限なく湧き出してくる。

 いつしか浄化をする事も諦められ、完全に放棄されてしまった。迷宮とは違って得られる物が何も無いので、探検者も寄り付きはしない。滅んだのは十五年ほど前で、街の地図すらも残されてはいない。

 崩れた城壁の周りには、畑だったであろう痕跡が認められるが、背の高い雑草が覆い茂っていて元の姿は見る影も無い。


『うっわー……なにこれ、これにはさすがのミクシードさんもドン引きなんですけど』


 開け放たれたままの門を前に、ミクシードがひきつったような声を上げる。

 別に天気が悪いわけでも、日が傾いているわけでもない。だが、瘴気の魔力の濃度が高すぎるせいで辺りは薄暗く、霧のようなモヤが掛かっている。

 さらに都市から漏れる冷たい空気がいかにも、といった雰囲気を引き立てていた。

 大抵の人間はここで足が竦んで、これ以上進む事ができなくなってしまうだろう。……が、ミクシードにはそういった様子が見られない。むしろその足取りは軽い。


『おばけにはやっぱり火? 燃えやすいよね?』

『んー、なんかジメジメしてるからね……光の方がいいっぽい?』


 能天気な声でやりとりをしながら、ミクシードが背中のマスケットを手に取り、撃鉄を起こしておく。火薬と弾丸を込める必要は無い。

 一見、引き金を引くと撃鉄が当り金に突っ込み、散った火花で点火をするフリントロック式の銃に見える。

 しかし当り金は無く、代わりに円柱のような、美しく加工された魔法結晶がはめ込まれていた。


『光かぁ……無いから火でいいや』


 少し残念そうに言いながら、紫色の魔法結晶を外す。撃鉄が当たる部分には窪みがあり、その窪みを中心にして何か幾何学的な装飾が施されている。窪みはひとつではなく、水平にいくつか並んでいた。

 外した結晶の代わりに、今度は紅い結晶を装填する。こちらにも同じような加工がされていて、やはり窪みがいくつか並んでいる。


 門をくぐり街へ一歩踏み入れると、死霊たちの声が頭の中に流れ込んできた。

 助けを求める声、怨みの声、断末魔。悲痛な叫びが一斉に雪崩込み、こんな場所にいれば一時間と経たないうちに、誰であろうと気が狂ってしまいそうだ。


『……五月蝿い』


 ジータが苛立った声色で、一言だけ言葉を発する。するとジータを中心に光が渦巻いたように膨らみ、波紋となって広がった。

 魔法の名前を呼ぶ事すらない、完全な詠唱破棄だ。

 死霊だちの声がぴたりと止み、風に遊ばれる廃墟の音だけが響く。

 少しすると、どこからともなくカタカタという乾いた音が聞こえてきた。

 その音はひとつではなく、二人を取り囲むように至る所から鳴っている。この音はスケルトンが動く音だ。

 甲冑のぶつかり合う音も混じっているところから、スピリットスケルトンだと思われる。おそらく警備兵だったのだろう、状況を見た上での集団的な動き方をしている。


『ミッキー、うえー』


 ジータの少し間延びした声に、ミクシードが城壁の上へ銃口を向ける。霧の中に薄く影が浮かんでいるだけで、様子を窺い知る事はできない。

 弓音のあと、微かに風を切る音が聞こえ、霧の中から矢が降り注いだ。

 ジータが両腕を広げて一回転すると、二人の頭上にドーナツ状の火炎が渦巻き、降り注ぐ矢を焼き払う。それと同時に、辺りを包む霧をもかき消してしまった。

 熱風で晴れた一瞬を、ミクシードは見逃さない。

 城壁にいたのは、甲冑姿で矢をつがえる白骨の兵が五体。少し距離を空けて等間隔に並んでいて、一撃で複数を攻撃する事はできそうにない。


『はい! いっち、にぃ、さーん、よーん!』


 ミクシードは引き金を引くとすぐに撃鉄を起こし、また引き金を引く。

 銃撃音は直後に轟く爆発音で埋もれる。ミクシードの撃つ銃からは弾丸など飛び出していないにもかかわらず、標的を次々に爆破していった。

 魔力を込めて引き金を引く事により、魔法を発射する魔法銃だ。

 撃鉄から装飾された結晶に魔力が伝わり、中で何百回と反射を繰り返して魔法を生成する。結晶の角度を変える事で反射が変化し、色々な魔法を放つ事ができる。

 使われている結晶は魔力を増幅させる為だけの物で、結晶の種類も銃の技術も、この大陸には存在しないものだ。

 四体目のスケルトンが粉々になったところで、再び濃霧が戻ってきてしまった。


『ジータ、一個逃がしちゃった』

『どうでもいい、囲まれてるから走ろっか?』


 包囲されているとわかっても、二人には緊張感がまるで無い。視界が悪く、転がる残骸で足場の悪い廃墟の中を駆け抜ける。

 建物の陰から甲冑を着込んだ白骨の兵たちが二人に襲い掛かるが、ジータが腕を振るうだけで簡単にあしらわれてしまう。

 息をつく暇も与えまいと畳み掛けても、走る二人の足取りを緩める事すらできなかった。

 スケルトンたちの戦い方には、街を護ろうとする警備兵のような動きは微塵も無い。あるのは、温かい血肉への渇望だけだ。


『もー! なんでこんなに骨がいるわけ? おかしくない? 数的に』


 倒しても倒しても新しく現れ続けるスケルトンに、うんざりした様子でミクシードが声を上げる。大きな都市だったようだが、それにしても数が多過ぎる。どう考えても実際に居たであろう兵の数よりも多い気がする。

 スケルトンは大きく二種類に分類される。

 死者の遺骨そのものがアンデッド化したもの。瘴気の魔力を身に纏っていて、強大な力を持っている。

 瘴気と怨念から生まれる魔力体のもの。こちらはスピリットスケルトンと呼ばれ、死者の遺骨本体ではない。

 前者のスケルトンとは違って武装している事が多く、一概には言えないが裏を返せば、武装しなければならないほど脆いという事になる。

 スピリットスケルトンはあまり強くはない。ただ、瘴気が晴れない限りは無限に湧いて出るので厄介だ。


 二人の前方に、こちらに向かって歩いて来る男の姿が見えた。コットを重ね着した、一般人の姿だ。ミクシードがその人物に銃口を向ける。

 こんな所でフラフラとしている人間などいるはずがない。そもそも透けていて、後ろの景色が見えている。


『んん? あっれぇー』


 発砲したミクシードが素っ頓狂な声を出した。狙いを外したわけでもないのに、魔法が素通りして背後の建物を破壊したのだ。


『レイスね。光の魔法以外は通用しないわ』


 無表情だったレイスの顔が、不気味な笑顔に歪んだ。そこらに散らばる残骸が独りでに動き出し、二人に吸い寄せられるかのように飛来する。

 ミクシードが結晶を回転させて、足元に向けて発砲した。着弾した場所を中心に炎の防壁が二人を囲んで出現し、飛んで来る残骸を焼き尽くす。


『くらえー、じゃすてぃすはんまー』


 これは詠唱でも何でも無い。ジータがノリでただ適当に棒読みしただけだ。

 だが、生成された光の大槌がレイスを叩き潰している。槌はそのまま大きく回転し、物体をすり抜けて物陰に潜む死霊を叩き飛ばして行った。


『ジータ、ちょっとヤバくない?』


 猛攻が激しさを増し、二人の足が止まってしまった。このまま良い運動を続ければ、お腹が空いてしまう。

 このあと満腹になるまでご飯を食べると、絶対にすぐベッドに転がってしまうだろう。

 食べてすぐ寝る。つまり太る。

 二人にとっては大きな問題で、幽霊よりも恐ろしい事だ。

 太る自分の姿を想像し、その恐怖に身を震わせる二人の耳に人の声が届いた。


『そこのお二人! こちらへ!』


 見ると、神父らしき男が壊れた建物の扉から手招きをしている。もちろん生きた人間では無い。透けている。

 建物は教会だったらしく、近くには崩れて落ちた十字架が転がっていた。

 魔法の槌で叩き潰そうかとも思ったが、他のレイスとは様子が違う。

 二人は招かれるままに、教会の中へと転がり込んだ。


『いや、よかった。生きた人がここまで来たのは初めてです!』


 さすがは教会といったところだろうか。死霊たちはこの建物に手を出す事ができないらしく、攻撃の手が止まった。

 神父の亡霊は二人を見て少し驚いた様子だったが、嬉しそうにしていた。その表情は穏やかで、誰かが訪れるのを待っていたと言わんばかりだ。


『やだ、埃っぽい。けほっ!』

『ちょっと神父、しっかり掃除しなさいよ!』


 神父の言葉を無視して、二人は文句を垂れ流していた。ミクシードは咳き込み、ジータに至っては神父の亡霊に説教をし始めている。

 教会の中は埃まみれで、至る所に蜘蛛が巣を張っており、ステンドグラスも無残に割れてしまっている。

 柱や祭壇に祀られている女神像にも亀裂が入っていて、いつ崩れてもおかしくなさそうだ。

 劣化して所々剥がれている床に目を向ける。すると床には、何十もの人骨が寝かされたままになっていた。疫病の犠牲者だろうか。


『……で、なに? 何か用事でもあるんでしょ?』


 説教を終えたジータが、そう切り出す。

 わざわざ呼び止めたのだから、何かあるに違いない。

 困っている人がいたら助ける。

 自分の家族にそう教えてきたのだ。たとえそれが亡霊でも放っておくわけにはいかない。


『……ひとつ、お願いしてもよろしいでしょうか』


 ジータに正座をさせられた神父が、そのままの姿勢でそう告げた。ジータは返事をせずに、視線で続きを促す。


『実は私には一人娘がいたのですが……』

『つまり、キミの娘の骨を見つければいいんだね?』


 ミクシードが先読みをして、神父の言葉を遮った。

 最期に離ればなれになってしまった娘の遺骨を探し出し、共に安らかに眠らせてほしい。なんとなくありそうな話だ。

 しかし、彼女の読みは外れていた。


『いえ、娘は生きているはずなのです。お願いしたいのは、その事ではありません』


 そう言って、神父は女神像にかけられた首飾りに目をやった。

 それを見たミクシードが、また先読みをして口に出そうとするが、


『ミッキーは黙ってて、話の腰を折らないで』


 ジータに怒られてしまった。


『娘は都市が滅亡する直前に、ある方に託したのです。あれからどのくらいの時が経ったのかはわかりませんが、きっと元気でいてくれているはずです』

『それでお願い事は?』

『この首飾りです。娘を託した時に落として行ってしまわれて……なんとか持ち主を探して、お返しして頂けないでしょうか?』


 首飾りを見る。何かの花をモチーフにした可愛らしい首飾りだ。別段高価な物でも無さそうだし、もういいのではないか、とも思ってしまう。

 そもそも本人が覚えているかも怪しい。いや、きっともう忘れてしまっているだろう。都市滅亡の直前といえば十五年も前の話だ。


『持ち主のお名前は?』


 ジータが持ち主の名前を訊くと、神父の表情が沈んだ。


『申し訳ありません。もうそこまで記憶がはっきりとしていないのです。今や娘の名前を思い出す事すら……』


 沈痛な面持ちだ。きっと徐々に記憶が薄れ、最後には何も思い出せなくなってしまうのだろう。

 時の魔法で首飾りの記憶を辿れば見つかるかもしれないが、さすがに十五年という歳月は長すぎる。正直に言って、持ち主の元へ返す事は不可能だ。


『わかったわ。必ず返しておくから安心して』


 そう言って、首飾りに手をかける。見つけられなくてもいい、無理だ。

 だが、“引き受けた”という事に意味がある。これで神父の肩の荷も下りる事だろう。結果など、どうでもいいのだ。

 神父は頭を下げて礼を言うと、光になって消えてしまった。首飾りが気掛かりでこの場に留まっていたのだろうか。

 他に気に掛ける事があるだろうに。変わった男だ。


……。


 結局、都市を通り抜けるのに手間取ってしまい、この日は野宿をする羽目になってしまった。

 適当に食事を済ませて、夜空を見上げている。


『別に突っ切らなくても、迂回する道を行けばよかったんじゃない?』


 ふと、ミクシードがそう呟いた。


『嫌よ。あたしは道を譲る気なんて無いわ』


 この頑固な所はマコリエッタ譲りだ。結果として迂回した方が早かったのに、後悔している様子は感じられない。


『どうするの? その首飾り』


 神父から託された首飾りは今、ジータが身に着けている。手掛かりも無いのに持ち主なんて見つかりっこない。神父もそれはわかっているはずだ。

 もしかすれば奇跡が起こって持ち主が見つかるかもしれない。少なくともあそこで朽ち果てるよりはいい。そう考えていたのかもしれない。


『……首から下げてたら、いつか持ち主の目に留まるかもねー……』


 中継都市まではあと一息だ。

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