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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
56/145

56.一般常識

 学人はアシュレーとソラネの動きを、ただぼうっと眺めていた。

 ゲームや漫画などでよく見る魔法だと、ただ唱えるだけで傷を癒してくれる。この世界での魔法もそうなのかと思っていたが、どうやらそう簡単な話ではないらしい。以前ヒイロナに足の治療をしてもらった時の事は、ショックや痛みで学人の記憶にはほとんど残っていない。

 アシュレーは魔法の詠唱に入る前に、ペルーシャに手をかざした。手から発せられる白い光がペルーシャを包み込み、しばらくその状態から動かない。

 以前病院で急病人が出た時も、ヒイロナが同じ事をしていたのを思い出す。

たぶん怪我の種類や具合を診て、治療に使う魔法を選別しているのだろう。

 ステータス画面があって、数値や状態異常の情報が表示されているわけではないのだ。その可能性は高い。

 たとえば事故で内臓破裂の重傷を負った人に、盲腸の手術をしていては助かるものも助からない。つまりそういう事だ。

 光が消え、どうやら本格的に治療に入るようだ。アシュレーが媒体に使う種を用意し始めた。


『ガクト、その……大丈夫なのかい?』


 手を動かしながら、アシュレーが急に学人に水を向ける。学人は怪我の具合を訊かれているのかと思い、返事をした。


『うん、おかげさまで。まだ結構痛むけどね』

『そうじゃなくてさ、ドッペルゲンガーに襲われたんだろう? 誰かの姿をした』


 予想に反して落ち着いた様子の学人を見たアシュレーが、言いにくそうにしていた。錯乱すると思っていたのだ。学人の精神面を気遣って慎重になっているのがわかる。

 当の本人はペルーシャの事で頭がいっぱいで、ジェイクに刺された事などすっかり忘れていた。確かに刺された直後はショックでいっぱいだった。だが、目を覚まして、その事を思い出しても不思議と落ち着いていた。

 目覚めと共にアシュレーが説明してくれた事もあるが、それよりも心のどこかで、ジェイクがそんな事をするはずがない、何かの間違いだと信じていたのだ。

 揺らぐ事の無い、妙な信頼感だった。


『大丈夫。彼が意味も無く僕を傷付けるなんて事、絶対にありませんから』


 笑ってそう答える学人に、アシュレーも思わず安堵の笑みをこぼす。


『相当信頼できる人だったんだね』

『つまり、この猫は助け損という事ですわね』


 口を挟んだソラネはとても悔しそうにしていた。


『それからさ、君を国境まで送るのは、一旦ボク達の用事を済ませてからでもいいかい?』


 魔法を詠唱し、手当ての合間にアシュレーが申し訳無さそうに言った。

 一瞬何の事かと思い、記憶を遡る。


『ガクト?』


 変な間が空いてしまったせいで、アシュレーが治療の手を止めて学人の顔を見る。

 そういえばアシュレー達が国境まで送ってくれるという話だった。戻る必要が無くなったので、何を言われているのかすぐに判断できなかった。

 ジェイク達には目的地を伝えてあるのだ。逆に戻るわけにはいかない。

 アシュレー達がどこに向かっているのかは知らないが、次の街で降ろしてもらった方がいいのだろうか。考えが巡る。


『それが国境までは戻らなくてもよくなったんです。森林族(エルフ)の森で友達と落ち合う予定なので、どこかで適当に降ろしてもらえれば……』

森林族(エルフ)の森? 君達が?』


 アシュレーだけでなく、ソラネまで不思議そうな顔をしている。

 何か変な事を言ってしまったのだろうかと、不安になり慌てて弁明をする。


……。


『んー、そうかぁ』


 事の顛末を聞いた二人が、今度は思案顔になった。

 森林族(エルフ)の森がどこにあるのか、学人には全くわからない。それどころか、今どの方角を向いて進んでいるのかすらわかっていない。

 険しい表情で顔を見合わせる二人を見ていると、もしかすると全然違う方向に進んでいるのでは、という思いがよぎる。


『ガクト様、別の世界から来た貴方が知らないのも無理はありませんが……』


 ソラネが前置きをして、言葉を続ける。


『森には森林族(エルフ)しか入る事ができないのです。無理に入ろうとすると、命の保障はできかねますわ』


 学人が思いもしていなかった言葉が飛び出してきた。命の保障ができない。そんな事、ペルーシャは一言も言っていなかった。

 思わずペルーシャに目を向ける。さっきまでの衰弱した表情とは違い、幸せそうな顔をして眠っている。その寝顔に少しイラッとした学人が、先程の発言を撤回しようかと考えてしまったくらいだ。

 何かバリアでも張られているのか、危険な魔獣だらけなのか、とりあえずソラネの言葉を待つ。


『森は守護者と森林族(エルフ)の戦士たちによって、侵入者から守られているのです。動物やちょっとした魔獣程度であれば見逃されますけど、人となると問答無用で排除されてしまいますわ。それをこの猫が知らないはずはありませんのに……』


 そう言って、ペルーシャをギロリと睨む。


『まあ、ボク達もエルフの森へ向かってるから、一緒に連れて行ってあげるよ。ガクトはボク達と最寄の町で待つのがいいんじゃないかな。ガクトの友達にはソラネさんに伝言を頼んでさ』

『そうですわね、それが良いと思いますわ。ガクト様は“船”という乗り物をご存知ですか? ブルータスの町には海の上を走る、それはもう素晴しい乗り物がありますの。見ればきっと、ガクト様も驚かれる事と思いますわ』


 ソラネが目を輝かせながら、最寄り町の見所を教えてくれる。

 船は一隻しか存在しないとヒイロナが言っていたので、この世界では本当に珍しい乗り物なのだろう。

 海を走るどころか、潜ったり飛んだり、果ては宇宙にまで行く乗り物のある世界から来た学人にとって、船など別に珍しい物でも何でもない。あまり乗った事はないが……。

 少し申し訳なく思いながら、ソラネの話に相槌を打つ。




…………。




『ニャにメンチ切っとんねんワレ』

『ついでにその首も、切って落として差し上げましょうか?』


 学人が目覚めてから丸一日、ようやくペルーシャが起きた。起きてからずっとソラネと仲良く火花を散らせている。

 これからしばらく行動を共にするのだ。できれば仲良くしてもらいたいところだが、すっかり犬猿の仲になってしまっていて、学人は苦笑いをするしかなかった。


『うん、あと一日もすれば完全に治るよ』


 学人の包帯を取り替えたアシュレーが、傷の具合を伝える。

 まだ少し痛むものの傷はほとんど塞がっていて、多少の運動をするくらいなら問題無さそうだ。その治りの早さに、学人は目を丸くする。

 自分には魔法を使えないとわかってから興味を失っていたが、いい機会なのでアシュレーに魔法について教えてもらう事にした。

 よく考えれば、この世界での魔法は一般常識の部類に入る。使えなくても知っておいた方がいいだろう。


 アシュレーの使う、木の魔法についてだ。

 木の魔法は“マナシード”と呼ばれる、胡桃にも似た種の様な物を媒体にして使う。媒体というと本来の言葉の意味とは何か違う気もするが、他に良い言葉が見つからないのでまあいいだろう。

 ちなみにこの種は、魔法結晶の一種のようだ。

 練度の高いウィザードなら種が無くても使う事ができるが、魔力の消耗が激しいので基本的には種を使う。それに種が無いと使えないような魔法も存在する。

 ペルーシャの足に噛み付いたトラップの魔法がそうだ。

 マナシードが発見される前は、下級の魔法が使えなかったため、幻の魔法とまで呼ばれていたらしい。


 迷宮と魔法結晶についても聞く。

 魔法結晶は主に迷宮で採れる物で、どういった経緯で生成されるのかは、まだ完全には解明できていない。だが、迷宮が魔力を浄化する際の副産物として出来上がる、という説が有力らしい。これは迷宮に生息する魔獣にも同じ事が言える。

 つまり、外にいる魔獣と迷宮の魔獣は、根本的に生き物としての分類が違ってくるようだ。

 迷宮の魔力から生まれた魔獣が死ぬと、その肉体は魔力となり迷宮に還る。ラットマンの死体が消滅してしまったのはそのためだ。

 死体が必要なら、消えてしまう前に魔力を抜いてしまうか、もしくは外で殺す必要がある。

 あくまで有力な説だが。


 魔法結晶の中には魔法が封じ込められていて、無色の魔力を注ぐ事で発動する。

 発動する魔法の大きさは、注ぐ魔力の量によって変わるので、そこは使用者のさじ加減となる。

 使用できる回数は結晶によって様々だ。

 結晶には注がれる魔力の量に限界があり、それを超えると粉々に砕け散ってしまう。これは使っていくうちにだんだんと黒く濁ってくるので、それが目安になるらしい。

 風船の中に水を入れていくと、やがて割れてしまうといったイメージだろうか。

 中には注ぐ魔力の量に関わらず、一度きりしか使えない物もあるそうだ。たとえば爆発系の結晶など。

 利点としては、本来よりずっと少ない魔力で魔法が使える事。

 使用者の持つ色に左右されない事。

 もっとも、魔法を発動させるのに必要な魔力は、結晶の質にも左右される。結晶の質があまりに悪いと、逆に多くの魔力を消費する羽目になる。

 逆に質が良ければ良いほど、少ない魔力で大きな魔法を使う事ができる。

 その代わり魔法を選ぶ事はできないし、良い結晶はそれだけ高価になってくる。


 一度にあまり聞いても覚えきれなくなってしまう、この日はここまで教わって切り上げる事にした。

 急ぐ必要はない、時間はたっぷりとあるのだから。

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