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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
55/145

55.友達

『アシュ、そっちはどうだ?』


 キャンプの後始末を終え、プレートアーマーに身を包んだ、人間族(ヒト)の男が馬車に向かって声をかける。

 すると、中から言葉だけが返ってきた。


『大丈夫、出発できるよ』


 声の主はアシュレーだ。


『あんま揺らさない方がいいか?』


 言いながら、男が馬車の中を覗き込む。

 中では学人の容態を診るアシュレーと、その様子を見守るソラネの姿があった。


『んー、そうだね。できれば気を付けてほしいかな。ワッツ、悪いけどカイルにもそう伝えててくれるかな?』

『りょーかい』


 人間族(ヒト)の男、ワッツが返事をしながら、隅っこに横たわるペルーシャに目を向ける。


『そいつも連れて行くのか? チンピラなんだろ?』

『仕方ありませんわ。ドッペルゲンガーに襲われたという話が本当なら、彼女が必要になりますわ』


 ドッペルゲンガーは単に魔獣として見ても十分厄介な相手だが、本当に恐ろしいのは襲われた後の事だ。

 思考を読み取って変身したその姿は、信頼を寄せる人間である事が少なくない。

 運良く命があっても、信頼する人間に襲われた、という心の傷を残してしまう。こればかりは魔法で癒せるものではない。

 親友の姿をしたドッペルゲンガーに襲われたあと、憎悪に駆られて本物の親友を殺害してしまった、とか、人間不信に陥ってしまい、最終的に自害してしまった、などという話を耳にした事がある。

 学人がどんな姿のドッペルゲンガーに襲われたのか、それはソラネ達にはわからないが、なんにせよアフターケアが必要だ。

 そして、それができるのは現場に居合わせたペルーシャだけだろう。その場にいなかった者が、何を言ったところで説得力に欠ける。

 心底不本意である、といった表情でソラネがワッツにそう告げる。


『そうか、おい、カイル! 聞こえてたな?』

『おーう。なるべく静かに走るんだな』


 いつの間にか御者台に座っていた半森族(ハーフエルフ)、カイルが片手を挙げて応える。

 カイルが手綱を握って恐竜に合図を出すと、馬車は軽い軋みと共にゆっくりと進みだした。モンローも後を追って歩き始める。


『うおっ! なんじゃこりゃ!』


 馬車が大きく焦げた地点を通過し、カイルが驚きの声を上げた。ペルーシャの魔法で焼けた場所だ。

 馬車の中から、ソラネが焼けた場所を見下ろす。


(有り得ませんわ。あの猫がこれをやったなんて……)



…………。



 薄く目を開ける。

 小刻みな揺れと、車輪の音。そして話し声が聞こえる。


(何があったんだっけ……)


 キャンプをしていたらジェイクに刺されて、ペルーシャが魔獣と戦っていて。ある記憶はそれだけだ。

 断片的な記憶を繋ぎ合わせようとするが、ピースの足りない記憶は当然全く繋がらない。全部夢だったのでは、とさえ思えてしまう。

 しかし、腹部に残る痛みが、それが現実であった事を教えてくれる。


『アシュレー様、ガクト様が目を覚まされましたわ!』

『あ! 駄目だよ。まだあまり動かないで。傷が内臓にまで届いていたからね』


 体を起こそうとすると、慌てた声が聞こえた。

 それでも上半身だけを起こして周囲を見回す。


『……アシュレーさん? ソラネさん?』

『君はドッペルゲンガーという魔獣に襲われたんだ。姿を自在に変えてしまう魔獣さ。どんな姿で襲われたのかは知らないけど、それは決して本人じゃないからね?』


 学人の記憶がはっきり戻る前にと、アシュレーがドッペルゲンガーに関しての説明をしておく。錯乱する前に説明しておくだけでも、大分と違うだろう。

 しかし、学人はある一点に視線を注いだまま止まっていて、アシュレーの声が届いていないかのようだった。


『ペルーシャ……』


 視線の先にあったのは、両手両足を縛られて横たわるペルーシャの姿だった。

 最低限の手当てをした痕跡は認められるものの、体中を赤く腫れた線状の傷が走っており、素人目にも十分な治療が施されていない事がわかる。

 すっかり衰弱していて、このまま放っておけば命が危ないようにも感じさせた。


『チンピラ猫は縛り上げておきましたわ。ガクト様? もし、この猫の言っている事が全部嘘で、本当はこの猫にやられたのなら、正直にそうおっしゃってくださいまし』


 ソラネはよっぽどペルーシャの事を認めたくないのだろう。その問いかけは、どこか懇願のようにも聞こえる。

 ソラネの言葉を、アシュレーが補足する。


『昨日、怪我をした君を連れた彼女が、ボク達の前に現れてね。ソラネさんが問答無用で襲い掛かったんだ。鞭を受けても避ける素振りすら見せないからさ、それでボクが話を聞いたんだよ』


 学人は傷だらけのペルーシャを見つめて、黙ったままだ。

 鞭を受けても怯む事無く、必死で事情を説明して助けを求めたのだろう。ペルーシャのそんな姿が、学人の脳裏に浮かぶ。

 学人を託して逃げ出せば、ここまで酷い怪我はしなかっただろう。しかし、それでは何があったのか説明ができなくなってしまう。

 だから、ペルーシャは覚悟の上でそうしなかったのだ。

 怪我の治療だけでは駄目だ。そう判断した。


 ペルーシャを捕縛する。思いもよらぬ展開で学人の目的は達成された。

 このままどこかの警備隊にでも突き出せば、学人がペルーシャの手を離れても他の人が攫われる心配は無いだろう。

 しばらくの沈黙のあと、ようやく学人の唇から言葉が漏れた。


『ペルーシャの縄を……解いてあげてください』


 ソラネが期待とは正反対の言葉に目を見開く。

 元々は誘拐犯とその被害者の間柄だ。ペルーシャがこんなになるまで自分の身を呈して、学人を助けようとする義理など、どう考えても見つからない。

 そもそも、ドッペルゲンガーの餌にして放っておけばよかったのだ。異人はまた攫ってくればいい。自分の身の安全には変えられない。


『不躾なお願いなのはわかっています。ちゃんとした手当てもしてあげてください……』


 こうなった元凶は確かにペルーシャかもしれない。

 ただ、ペルーシャに誘拐されていなくても、遅かれ早かれ、こういった事態にはなっていただろう。今までにも何度か危ない目には遭ってきた。

 他人から見ればおかしいかもしれない。だが、学人の中ではペルーシャは命の恩人だ。


『確かに僕はペルーシャに誘拐されて、今ここにいます。でも……』


 誘拐されて数日、たった数日で色々と散々な目に遭った。

 今回に至っては危うく死んでしまうところだった。

 それでも、ペルーシャと過ごす時間はどこか楽しかった。


 理由なんてそれだけでいい。

 難しい事はどうでもいい。

 誰にどう言われても構わない。


『今は……友達なんです。お願いします。ペルーシャを助けてください』


 痛みを堪えて膝を付き、両手を付いて床まで頭を下げる。

 アシュレー達には土下座の意味などわからないだろう。だが、気持ちは伝わるはずだ。


『ソラネさん、縄を解いて治療の準備を』


 アシュレーの言葉に、学人が顔を上げる。


『ありがとうございます!』

『いいよ、そんなにかしこまらなくても。言っただろう? 困った人を助ける。当然の事だよ』


 アシュレーは苦笑いを浮かべて、ペルーシャの治療に入った。ソラネも納得のいかない顔をしながらもアシュレーを手伝う。


(友達……か)


 力無い笑いを浮かべる。

 元の世界では学人に友達はいなかった。誇張ではなく、ただの一人もだ。

 それが、わけのわからない異世界に来て初めて友達ができた。

 ジェイク、ヒイロナ、ドグ、ドナルド、小鳥、淳平、一応北泉。そしてペルーシャ。

 ペルーシャはどう思っているのかわからないが、学人から見れば友達だ。

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