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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
54/145

54.責任

 中にはすばしっこいものもいるが、スライムは大半の種が鈍足だ。


『モンロー右や右右!』


 だから甘く見ていた。

 ペルーシャが指示を出しながら、必死に手綱を握る。


――鳥にでもならへんかったらモンローには追い付かれへん。


 そう考えて、頭の中で鳥をイメージしてしまった。

 吊り橋まで戻り、湿原都市に引き返し始めたあたりで、鳥に変身したドッペルゲンガーが追い掛けて来たのだ。

 苦し紛れにナイフを投げる。最後のナイフだったが、躱されるまでもなくあらぬ方向へと飛んで行く。

 大きく揺れる不安定なモンローの上から、飛行する鳥に命中させる事は難しい。もっとも、命中させたところであまり意味は無いだろうが。


『今度は左や左!』


 ドッペルゲンガーの放つ、散弾銃のような水の弾丸を躱す。

 直線的に逃げていては格好の的になる。蛇行しながら猛スピードで走っているせいで、モンローに負担が掛かり速度が落ちていく。


『うッ!』


 身体にいくつもの小さな衝撃が走り、鮮血が舞う。とうとう弾丸を食らってしまった。

 威力はあまり無いものの、あまりもらい続けるわけにもいかない。今のは学人を庇う事ができたが、いつまでも庇い切れるものではない。

 このままではやられてしまうのは目に見えている。ずっと別の生き物を頭の中でイメージし続けているが、ドッペルゲンガーが変身を変える様子は今のところ無い。

 結局、逃げながら他の何か良い策を考えるしかない。


 右、左、右……。

 なんとか攻撃を躱すが、段々と攻撃が掠めるようになり、速度もさらに落ちていく。


……。


 しばらくの追跡劇の末、遂にモンローが力尽きて倒れ、ペルーシャと学人は地面に投げ出されてしまった。

 モンローは分厚い皮膚に守られているおかげで、水の銃弾による怪我は大した事無さそうだ。しかし疲労の色が濃く、今は走るどころか歩く事すらままならない状態だ。


『ガクト!』


 地面に倒れたままの学人に駆け寄る。


『ペ……ルーシャ……何が……』


 落下の衝撃で意識を取り戻したようだ。それを見たペルーシャが肩をなでおろす。

 とりあえずの止血はしておいたものの、顔色がかなり悪い。このままでは湿原都市までは持たないかもしれない。


『ええから寝とき。すぐ治療したるから』


 言いながら、空のドッペルゲンガーを睨む。

 大きく旋回をして地上に降り立ち、ドッペルゲンガーが本来の粘液姿に戻った。

 魔力をかなり消費したのか、それとも先程の風の魔法で多少なりともダメージがあったのか、少し動きが鈍い。

 おそらく両方だろう。いくらスライムでも魔力を帯びた攻撃を受ければ、全くの無傷ではいられないらしい。


(イチかバチかや……)


 相手も弱っているのだ。やるなら今だ。

 ポーチから焚き火に使った火の魔法結晶を取り出す。

 火を起こす為だけの珍しくもない結晶だが、これはかなり値の張った高級な物で、普通の物よりも段違いな火力を秘めている。

 その結晶を手に、風の詠唱を始めた。

 ペルーシャの魔力含有量は多くない。あと一発、中程度の魔法を生成すれば、体への負担で気を失ってしまう恐れがある。無茶も承知だ。

 風の魔法だけでは倒せないだろう。だからと言って、結晶の炎だけでも多分無理だ。ならば――。


 ペルーシャが詠唱を始めてから、遅れてドッペルゲンガーも青く光り、水の塊が出現した。塊は少しずつ膨れていく。

 向こうもここで一気に方を付けるつもりらしい。


 風の魔法を生成しながら、結晶にも魔力を注ぐ。魔力の同時操作は、かなりの集中力を必要とする。

 まるで酸欠にでもなったかの様に頭が真っ白になって、意識が飛びそうになる。試した事は無いが、今を切り抜けるにはやってみるしかない。

 生成する魔法は竜巻。それに結晶が持つ最大火力の炎を乗せる。混合魔法だ。

 ウィザードでも混合魔法を使える人間はそうそういない。

 上手くいくとはあまり思えないが、やらないよりはいいだろう。ノットから教わった事のある、“魔力の流れ”を意識して詠唱を進める。

 詠唱の息継ぎのついでに血が滲むまで唇を噛み、痛みでなんとか意識を保つ。


『――怒りのうねりを上げろ! 怒りの猫旋風(ペルーシャ・ラビア)!』


 魔法を放つと同時に結晶の魔力を解放すると、炎が竜巻に巻かれて火災旋風が発生した。まぐれだが、成功だ。

 熱風に煽られて朦朧とする意識の中、ペルーシャがかろうじて確認できたのは、炎の竜巻で焼かれるドッペルゲンガーの姿だった。



…………。



 ヒリヒリとした手の痛みに導かれるかのように、ペルーシャが目を覚ました。

 上下に揺れる感覚があるところをみると、どうやらモンローに乗せられているらしい。ゆっくりと、歩く速度で進んでいる。


(なんや……)


 痛みを感じる手に目をやると、火傷を負っていた。手に持ったまま炎の結晶を解放したのだから当然だ。

 だが、その痛みのおかげで意識を取り戻す事ができた。

 魔法を放って気を失った後、モンローが運んでくれていたようだ。学人と並んで背中にのし掛かっている。


『モンロー、ありがとお。助かったわ』


 ペルーシャの声に、モンローが小さく吠えて返事をする。

 起き上がって跨りたいところだが、体を気怠さが支配していて動くのが億劫だ。それに、火傷をした両手では手綱を握れそうにない。

 後方に視線を向けると、少し明るくなっている。あれはペルーシャがやった炎の光だ。眠っていたのは、ほんの少しの時間だったようだ。


 くの字になった体勢のまま、進む。

 ふと頭を上げると、闇の中に小さく何かが見えた気がした。道を外れた先のずっと奥で、モンローに普通に乗っていては見落としていたかもしれない程の、小さな赤っぽい光だ。


『モンロー、左や!』


 多分、焚き火の明かりだ。

 モンローも言われて初めて気付いたらしく、道を外れて芝生の上を歩いて行く。


(助かった……)


 距離が近付くにつれ、明かりの正体がはっきりとしてくる。それはやはり焚き火の明かりで、見えたのは照らされた馬車だった。ホロの付いた馬車の近くに焚き火、そして男が二人座っている。

 座っていた男達がこちらに気付き、立ち上がった。

 一人は人間族(ヒト)で地味な服を着ている。しかしよく見ると肩や腰などに穴が空けられている。あれは紐を通して鎧を結び付ける為のものだ。つまり剣士の類だろう。

 もう一人は半森族(ハーフエルフ)だろうか。こちらも軽装で、弓を持っているようだ。


 見た目での判断だが、どちらも魔法に長けている様には見えない。半森族(ハーフエルフ)の方なら多少なりとも魔法を使えるかもしれないが、再生魔法はあまり期待できないだろう。

 馬車を見る。

 もっと至近距離で見てみないとはっきりしないが、あれは多分荷物の運搬を目的とした物では無く、旅に使われるタイプの物だ。馬車の中にも仲間がいるかもしれない。

 警戒されては面倒なので、先に大声を上げる。


『怪我人やねん! 助けてくれ! 礼は弾む!』


 男達は顔を見合わせ、何か言葉を交わしている。どう対応するかの相談だろうか。


『怪我の程度と人数は?』


 近くまで来ると、ペルーシャの呼び掛けに人間族(ヒト)の男が答えた。

 改めて近くで見ると馬車は思った通り旅用で、しかもそれなりに立派な高級品である事が窺える。チンピラごときが手に入れられる物ではないと思うが、念の為に警戒はしておいた方がいいだろう。

 相手が何者なのかわからないのは、こちらも同じだ。

 モンローの背中に肘をついて降り立ち、火傷をした両手を見せながら、


『二人や! 魔獣に刺されたのが一人、戦闘の怪我が一人、両手の火傷とその他諸々や!』


 簡潔に状況を説明する。

 ペルーシャの声を聞いてか、馬車から他の仲間が降りて来た。

 降りて来たのはエルフの女。その姿を見て、ペルーシャは思わず苦い表情をせずにはいられなかった。

 学人は間違いなく助かる。

 だが、ペルーシャはどうなるかわからない。最悪、殺されてもおかしくない。

 学人を同意も無しに連れ回し、こうなってしまったのは自分の責任だ。死なせるわけにはいかない。


『あら……あらあらあらあら』


 助けられるのであれば、と唾を呑み込んで腹をくくる。


『先日はお世話になりました。またお会いできて嬉しゅうございますわ』


 引きつった笑顔を浮かべて、馬車から降りて来たのはソラネだった。


(最悪や……)

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