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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
53/145

53.黄金の爪ペルーシャ

 父親はアルベルト・ハーネス・ニャクシー。ハーフの獣人族(ウォルフ)

 母親はプルミエール・セントレイア。人間族(ヒト)だ。


 ペルーシャ・ハーネス・セントレイア。王国暦665年、アイゼル王国ヒルデンノース領の貴族の第三子、長女としてこの世に生を受けた。

 父の代で混血となってしまったが、元々は獣人族の家系だ。獣人族は古来より父の姓と母の姓、両方の名を受け継ぐ。

 嫁いだ場合は父の名を棄てて、相手の名を名乗る事になる。

 仮に、もし仮に学人とペルーシャが結婚したとすれば、ペルーシャ・山田・セントレイアとなる。

 これからいくら獣人の血が薄くなっていこうとも、ハーネス家ではこの伝統が守られ続けていくだろう。


 貴族に生まれたペルーシャは、幼い頃から英才教育を受けて育ってきた。


 貴族とは、手となり足となり領主を支える、名誉ある職だ。民衆の前に立つ事も多く、粗相をして醜態を晒すわけにはいかない。

 貴族に生まれた者は、例外無く礼儀作法が叩き込まれる。


 貴族とは、時には相談役として領主を支える、責任ある職だ。抱えた問題を解決へ導く為に、聡明でなければならない。

 貴族に生まれた者は、例外無くあらゆる知識を叩き込まれる。


 貴族とは、暗殺という卑劣な行為が黙認される、唯一の職だ。

 愚者、悪人、善人。領主が誰であろうと、自分達の地位が揺るがなければそれで構わない。

 貴族達の地位を脅かすのであれば、如何なる善人であろうと領主は暗殺される。

 逆に、領主が貴族にだけ都合の良い政治を行うと、やはりそれも暗殺の対象となる。貴族はどういう形であれ、絶対にその地位から動いてはならないのだ。

 貴族に生まれた者は、例外無く暗殺技術が叩き込まれる。


 全てを完璧にこなせる人間などそうはいない。貴族は十歳まで全体的な教育を受け、何に向いているのかを見極められる。

 全てが苦手な愚鈍な子供は、この時点で家から追放されてしまう。


 勉強と作法は苦手だったが、暗殺術に長けていたペルーシャは、十歳になったその日から暗殺術だけを磨いてきた。

 他の事は、それが得意な兄弟に任せればいい。適材適所というやつだ。

 勉強と作法がからっきしだったペルーシャは跡継ぎの候補から除外された。

 いずれは他領の貴族の元へ嫁ぐ事になるだろう。


 毎日が授業で、自由な時間など少しも無い。ペルーシャもそれが当たり前だと思っていた。

 そんなペルーシャの唯一の楽しみは、寝る前に母のしてくれる昔話だった。

 昔話といってもお伽話や英雄譚ではなく、母の婚前の話。実体験だ。

 母親は若かりし頃、迷宮探索者専門の傭兵をしていた。

 母の自由気ままに生きる話。ペルーシャはいつしか、“自由”というものに憧れを抱くようになっていった。


 ペルーシャが十八歳の時、暗殺術の最終試験としてある課題が出された。

 あくまで試験だ。良いタイミングでターゲットが出るはずもなく、だからと言って適当に誰かを殺すわけにもいかない。

 領内に根を張る貴族の息がかかった商人達は、必ず貴族のエンブレムを大切に持っている。

 ちなみにこのエンブレムには何の価値も無く、何かの証明になるわけでも無い。暗殺術の試験に使う為だけの物だ。

 最終試験に挑んだ者を捕らえる事ができれば報奨金が出る。なので厳重な警備の元で保管されている。

 ペルーシャの最終試験も、ランダムに選ばれた商人から、誰にも気付かれる事無くエンブレムを盗み出す事だった。

 期限は十日間。

 しかし、ペルーシャはたったの二日間で課題をクリアしてしまった。決して簡単な課題ではなかった。


 優秀な成績を残した事で、ペルーシャには望むままの褒美が与えられた。

 望んだものはもちろん“自由”だ。

 跡継ぎではないペルーシャは必要な時に、必要な場所に居ればそれでいい。ペルーシャは自由を許可された。

 これまで自由な時間など無かった。ずっと夢に見ていた自由だ。

 自由といっても、家から呼び出されればすぐに戻らないとならないし、定期的に自分の居場所を連絡しなければならない。

 もし帰還命令が出るとすれば、有事の際か縁談が決まった時だ。


 何か任務があれば、斡旋所に伝言が届く。だが、縁談が決まった時は、何の連絡も無くお迎えが来る。

 結婚を嫌がって逃げ出さない為の措置だろう。仮にも貴族だ。結婚相手を自分で選ぶ事などできない。

 迎えに来るのは執事であり、暗殺術の師でもあるジーニアスだ。

 ペルーシャは自らを盗賊と名乗り自由気ままな日々を送りながらも、今日にもジーニアスが自分を迎えに来るのではないかと、怯えながら毎日を送っていた。

 縁談が決まって嫁いでしまえば自由が無くなってしまう。そんなのは嫌だ。



…………。



 時折爆ぜる焚き火を眺めていたペルーシャが、ふと学人の帰りが遅い事に気が付いた。

 自分から付いて来たのだ。今更逃げ出すとも思えない。何かあったのだろうか。


(さてはでっかい方かッ!)


 悠長な事を考えながら、学人が入って行った林の中に目を向けると、奥に小さく人影が見えた。

 小便にしてはかなり奥まで行っている。


(……女子かっ!)


 ツッコミを入れたが、何か違和感を感じ取った。なぜだかはわからないが、直感だ。

 目を凝らしてよく見てみる。


 違う。

 あれは学人ではない。

 そして学人の影が見当たらない。

 背筋を冷たいものが走り抜ける。ペルーシャは気が付くと駆け出していた。

 足の痛みもかえりみず、全速力で人影の元に向かうと、遠目に学人が倒れているのが見えた。

 人影が何者がどうかも確認せずにナイフを投擲する。


 手応えは確かにあった。

 だが、人影はナイフを受けたにもかかわらず、何のアクションも見せない。まるで、ナイフが素通りしてしまったかのようだ。

 手前まで近付き、人影の正体が明らかになった瞬間、ペルーシャの心臓が大きく波打った。

 覚悟はしていたつもりだったが、いざ目の前に現すと動揺を隠せない。


 初老の兆しが見られる猫の獣人。

 人影の正体はハーネス家の執事、ジーニアスだった。


 結婚、自由。一瞬で色々な事が脳裏をよぎるが、その場に漂う匂いに思考を塗り替えられた。

 いちいち確認しなくてもわかる。血の匂いだ。学人が血を流して倒れている。

 家に逆らうつもりは無かった。迎えが来れば素直に従うつもりだった。


『ジーニアス! これはどういう事やッ!』


 だが、友達(・・)を傷付けられたとなれば、話は別だ。

 怒りで全身の毛が逆立つ様な感覚に包まれ、感情が沸騰する。


(……友達?)


 最初は戦利品として見ていた。

 今でもそう見ていたはずだった。だが、心の底では知らずの内に、学人の事を友人として見ていたようだ。咄嗟の時、頭に血が上った時ほど本音が表面に浮上する。


 ペルーシャの、そんな雑念が混じったのはほんの一瞬だったが、隙を生み出すには十分な一瞬だった。

 全くのノーモーションで、手に取って投げる動作など無かった。

 ジーニアスの顔面から湧き出るように、皮膚を突き破ってペルーシャの投げたナイフが発射された。

 反射的に身を捻ってナイフから逃れようとするが、躱しきれずに頬を掠める。


『ニャんや?!』


 横に回転して後ろに倒れ込んだペルーシャが、理解の追い付かない攻撃に困惑する。

 有り得ない。ジーニアスが攻撃して来る事もそうだが、問題はその攻撃方法だ。体内から飛び出すナイフなど聞いた事が無い。ジーニアスもそんな攻撃方法は持ち合わせていなかったはずだ。

 ペルーシャは後転して立ち上がると鉤爪を出し、重心を低くして戦闘態勢を取る。


 ジーニアスの凶行の理由は、今はどうでもいい。

 学人はピクリとも動かない。出血も多いようだ。

 すぐに手当てをしなければならないが、おそらく応急手当て程度では駄目だろう。再生魔法を使える人間に診せなければならない。

 対峙しているのは自分の師だ。だからわかる。学人を抱えて逃げ切る事は不可能だ。

 戦って殺すにしても時間が掛かり過ぎる。それどころか、下手をすればペルーシャ自身が敗北しかねない。


 ……突破口が見つからない。


 ジーニアスは無表情でペルーシャを見つめたまま、呆けていて動かない。

 おかしい。

 初撃を躱して体勢を崩したペルーシャに、追撃を加えなかった。本人がその気であれば、既に決着は着いていたかもしれない。

 動く様子の無いジーニアスを警戒したまま、大きく息を吸い込んで指笛を鳴らす。

 モンローはとても利口だ。学人を託して、どこか人のいる場所まで連れて行かせるしかない。自分はここでジーニアスの相手をする。


 指笛が鳴ると、それに反応したかのように、ジーニアスの肌が波打ち始めた。


(……なんや?)


 幻覚か。ペルーシャが目をこすり、波打つ肌に注目する。

 やがて全身がうねり始めて、肌や着ている服など、全てのものから色が抜け落ちたかと思うと、ドロドロになって溶け出した。

 唖然とする。

 ジーニアスの姿はモンローになってしまった。

 実際に目にするのは初めてだが、有名な魔獣だ。

 ドッペルゲンガー。スライム科の珍しい魔獣で、人の思考を読み取って様々な姿に形を変える。

 おそらく学人も、知っている人間の姿をしたドッペルゲンガーにやられたのだろう。

 驚きはしたが、安堵が込み上げる。ジーニアスに比べればかわいいものだ。


『アタシや。自分ら()の支配者、ペルーシャの名の下に命令や! 誰にも縛られへん大気――』


 モンローの到着と同時に詠唱を始めた。ペルーシャは魔法は得意ではないが、全く使えないというわけでもない。

 いざという時の為の、奥の手だ。

 ペルーシャの前に風が渦巻き、空気が圧縮される。


『――ぶっ飛ばせ! 風の乱レベリオン・デ・ビエント!』


 魔力を帯びた空気の塊は、標的に向かって一直線に爆風を巻き起こす。風の大砲だ。

 爆風を直撃したモンロー姿のスライムは、一瞬にしてその液体の身体を飛び散らせた。

 学人を担ぎ上げ、モンローに乗る。所詮はスライムだ。鳥にでもならない限り、モンローには追い付けない。


『行くで!』


 飛び散ったスライムは放っておき、急いでその場を離れた。

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