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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
52/145

52.ご飯抜きは嫌だ

 これまでとは方向を変え、湿原都市が見えなくなるとペースを落とした。

 常に全速力で走り続けられる生物など存在しない。少し息を切らせ始めたモンローの休憩も兼ねて、今は歩くペースで進んでいる。

 学人が都市の方向を何度も振り返る。勢いでペルーシャと逃げて来てしまったが、二人は無事に逃げる事ができただろうか。そんな心配ばかりしていた。


『ペルーシャ……』


 訊きたい事はいくつかある。

 エルフの森はどこにあるのか。遠いのか。なぜジェイク達にあんな手紙を出したのか。ノットはどんな人物なのか。

 行き先がエルフの森になり、学人は少し警戒心を緩めていた。魔術図書館に行けばノットという研究者に人体実験でもされるものだと、勝手に思い込んでいた。

 だが、エルフの森だ。ジェイクとヒイロナの故郷だ。研究設備なんて無いだろうし、森林族(エルフ)も大勢いるはずだ。少なくとも非人道的な研究をされる可能性は薄いだろう。

 そう考えると、ノットという人物に対して少し興味が湧いた。

 それに学人たちがこの世界に来てしまった原因を知っている可能性もありそうだ。会っておいて損はないかもしれない。

 自分の名前を呼んだまま言葉を続けない学人に、ペルーシャは怪訝な目を向けた。


『ニャんやねん、きしょいニャぁ』

『あぁ、うん。ごめん。訊きたい事があるんだけどいいかな?』


 まずは手紙の事だ。目的もそうだが、いつの間に準備したのだろうか。


『あー、あれニャ。蜘蛛倒した後に一回戻って人に金掴ませてん』


 話を聞くと、どうやらノットを不審に思っていざという時の助けになればと思い、ジェイクをバアムクーヘンに向かうよう仕向けたらしい。

 ……が、まさか途中で、それもすぐに見つかってしまうとは想定外だったという事だ。

 もし見つからなければ目的地の変更を伝える事ができなかったので、結果オーライといったところだろうか。


『アタシは奴隷商人とちゃうからニャ。危険やって判断したらちゃんと逃がすつもりやってんで』


 良い笑顔でペルーシャが言う。

 そんな気を使っていたのなら、尚更誘拐以外に方法なんていくらでもあっただろう、と言いかけたがやめた。

 返って来る答えは大体想像が付く。どうせ「ついつい」とか「一番手っ取り早い」とか、そんな答えが返って来るに決まっている。


『ノットってどういう人なの?』

『んー……それがニャあ……』


 どうも歯切れが悪い。知人だと言っていたのだから、知らないわけではないだろう。


『悪い奴やニャいと思うねんけど、何考えてるかさっぱりわからん奴やねん。研究者ニャんか、みんニャそうや。変ニャ奴ばっかり』

『じゃあ、何の研究をしてる人なの?』

『んー……魔力の流れがどうとか言うてたけど……』


 ペルーシャが難しい顔で唸る。要するに難しくてよくわからない、という事だ。


『ニャあ、ガクト』

『なに?』


 ペルーシャが何かを言いかけたが言葉を止めた。

 そして肩で嘆息し、


『ニャんで器用貧乏やニャくて、アタシに付いて来たか訊こうと思ったけどやめた』


 普通なら助けに来てくれた人間に付いて行く。間違っても誘拐犯と一緒に逃げたりはしない。ペルーシャの疑問は当然だ。


『いや……それって既に訊いてるんじゃ……』

『逃げたら自分の代わりに他の人がーとか言うんやろ? どーせ』


 返事に想像が付いてしまったので、訊く気が失せてしまったようだ。

 そんなペルーシャを見て、学人は少し可笑しくなった。自分もついさっき、返事に想像が付いて訊く気が失せたところだった。ペルーシャとはまだ出会って二日ほどだが、不思議とお互いの考えている事が手に取るようにわかる気がする。


『誘拐以外にも方法はあったんじゃない?』


 試しに訊いてみる。


『んー、手っ取り早いからつい』


 想像通りだった。たまらず声を上げて笑う。どうやらペルーシャとは相性がいいらしい。


『ニャんやねん、きっしょいニャあ』



 会話も無くなり、のどかな風景を進んで行く。エルフの森まではどれだけ急いでも十日以上は掛かるそうなので、結局は少し長い道のりだ。

 商人とすれ違い、ペルーシャが何やら話し込んだ後、がっかりした様子で戻ってきた。

 今度は地図を広げて険しい顔をしている。


『どうしたの?』


 道に迷ったのか、それとも何か問題があったのだろうか。

 都市からここまでは一本道だった。迷子になったとは考えにくい。地図に目を落としたまま、ペルーシャは何かを考え込む。


『周り見てみ』


 言われて、学人が周囲を見回す。

 芝生に覆われた大地、所々に生える木と転がる岩。魔獣の姿が無ければ人の姿も無い。静かで平和な風景だ。


『食糧や。もうあらへんねん』


 見える範囲では食べる事のできそうな生き物はおろか、木の実すら見つける事ができない。

 地図にも近所に村などは示されておらず、視界いっぱいに広がっているのは大自然だけで、人工物などひとつも無かった。

 都市で食糧を調達しておけばよかったのだが、その前に逃げ出して来てしまった。


『元々湿原を行くはずやったからニャあ……。ワニとか魚捕まえるつもりやったんや』


 小さく息を吐き、地図をたたむ。


『ずーっと行ったら川が流れてるみたいや。そこで魚でも捕ろか。急いだら夕方には着けるやろ』


 速度を上げて走り出す。モンローは持久力があるらしく、ペースさえ間違わなければ息を切らせる素振りを見せなかった。

 結局、途中では何も見つける事ができず、日が傾き始めた頃に川を渡す吊り橋が見えてきた。


『マジかいニャ……』


 川を覗き込んだペルーシャが肩を落とす。

 谷になっていて、川は五メートルほど下を流れていた。さすがに降りてまた登って来るといった事はできそうにない。谷幅が狭ければ、ペルーシャなら崖を蹴ってなんとかできたかもしれないが、足を怪我している上にそこまで狭くもない。

 鞄にあったロープは学人のせいで湿原に置き去りだ。


『ご飯抜きは嫌やニャあ……』


 右を見て左を見る。降りる事ができそうな場所は見当たらない。だが、わかった事がひとつあった。どうやら右側の上流に行くにつれて崖は高くなっているようだ。

 左側、下流に視線を飛ばす。心なしか崖が低くなっている感じが見受けられる。

 地図を広げて下流をなぞると、少し遠回りになってしまうが目的地には向かえるようだ。しばらく進んだ先には森の存在も描かれている。


『しゃーない、遠回りやけど川沿いに行こか』


 晩御飯抜きは学人も嫌だ。頷いて賛成する。

 下流に沿って進むにつれて段々と崖は低くなっていき、遠くにちょっとした森が確認できた。


『今日はあの森のとこでキャンプや!』


 ペースを上げて森まで急ぐ。到着した頃には景色に夕闇が紛れ込み始めていた。

 崖は姿を消し、川原に降り立つとすぐに学人は薪を集め、ペルーシャは川の中に入って行った。

 枯れた落ち葉を敷き、拾った薪をくべてから親指でジッポーのフリントホイールを回す。擦られた石が火花を散らせるが、それだけだ。

 水に浸かって乾かしてもいないせいで火は点かない。中の綿を乾かした上で、改めてオイルの補充をしなければ使えないだろう。


「あー、やっぱりか。どうしようかな」


 学人が頭を抱えていると、早くも魚を捕まえたペルーシャが川から上がって来た。鮭のような、川魚としては大きい魚を五匹。鉤爪で刺したのだろう、等間隔で穴が空いている。


『ペルーシャ、火を点けたいんだけど』

『火? はい』


 ペルーシャは腰のポーチから取り出した、小さな紅い魔法結晶と魚を置いて再び川の中に戻って行く。

 学人は魔法結晶を手に取るが、


(いや……どうやって使うんだこれ……)


 使い方がわからない。

 手で擦ってみても、石と擦り合わせてみても火が点く気配はない。

 かざして念じてみる。ついでに唸る。


『あーあーあー、何してんねんニャ、もー』


 いつの間にか戻って来ていたペルーシャが、乱暴に組まれた薪を見て呆れた顔をしていた。

 学人の手から結晶をもぎ取り、石を円形に積んで火床を作り、その中に枯れ葉や枯れ草と一緒に結晶を放り込む。

 ペルーシャが魔力を注ぐと、焦げる臭いと共に煙が立ち昇り始めて火が点いた。通気性を考慮しつつ、細い枝から順番に少しずつ薪をくべていくと、あっという間に焚き火が完成した。


『自分、焚き火もした事無いんかいニャ? 結晶も変な風にしてたし』

『僕たちの世界で勝手に焚き火なんてしたら怒られるよ。それに、魔法なんて無かったからね。そんな物(魔法結晶)なんて見た事も無かったよ』


 それを聞いたペルーシャが首をかしげた。


『魔法具で煙出してたやん』


 蜘蛛に使ったバルサンの事を言っているのだろう。ペルーシャは魔法か何かと思い込んでいるようだ。

 この際、大事な事なのではっきりと伝えておく事にした。学人たちは魔法どころか魔力の操作もできない。

 平和な国で育ち、魔獣みたいな危険生物がいなければ、殺し合いもした事が無い。


『ふうん、ニャんか楽園みたいなとこやねんニャ』

『そんなにいい場所でもないよ』


 ペルーシャの耳には楽園に聞こえたらしい。

 楽園かと言われるとそうでもない。勉強、仕事、競争、辛い事はいくらでもある。もし楽園であるのならば。毎年三万人を超える自殺者なんて出ない。

 話をしながら、ペルーシャが食事の準備を進める。

 魚を切り開いてはらわたを取り除く。次にエラから太めの枝を刺して、背骨を巻きつけるように通すと火に当て始めた。


『こんなに食べるの……?』


 見ると、捕って来た魚が十匹以上は積まれていた。二人で食べるにしては多過ぎる。


『阿呆、モンローの分や。はい、自分のは自分で焼きや』


 串打ちされた魚を受け取る。

 焚き火で魚。学人がなんとなく憧れた事のある、ワイルドな食事だ。モンローは生のまま、咥え上げて食べている。

 薪が爆ぜて音を立てる中、味に期待を膨らませながら魚を焼いた。


 結果から言うと、魚の重みに耐え切れず途中で枝が折れてしまったり、焦げたかと思うと中身はまだ生だったりで散々だった。

 考えていた以上に難しく、素人の学人にはハードルが高かった。



……。



『ちょっとトイレ』


 食事を終え、一服しているともよおしてきた。森へ向かう。


『ん? ちょっと待ちや』


 ペルーシャが鞄からランタンを取り出し、光を放つ魔法結晶を中に入れて学人に手渡した。


『あれ? そんな物あった?』


 学人が湿原で鞄を覗いた時にはランタンなど見当たらなかった。不思議だ。あの鞄は四次元ポケットか何かだろうかと勘繰ってしまう。


『アタシは盗賊やで? 盗んだに決まってるやん』


 つまり万引きだ。おそらく煙草を買う時にくすねたのだろう。セコい上にカッコ悪い。万引きよくない。

 ため息を吐きながらランタンを手に、森の中へ分け入る。


 学人が用を足し終えると、目前の闇の中から落ち葉を踏みしめる音が聞こえてきた。

 音に怯えて光を向けると、暗闇に人影が滲んでいる。


『誰……?』


 ペルーシャではない。

 チラリと背に目を向けると、遠くの方でペルーシャの後ろ姿が焚き火に照らされているのが確認できる。

 人影は何も答えずに学人の方へ歩み寄って来る。すぐに逃げ出せるよう、腰に重心を落として警戒したが、人影の正体がはっきり映ると学人は安堵の色を浮かべた。


『ジェイク!』


 ジェイクだ。後から追い付いて、隙を伺っていたのだろうか。

 ジェイクは何も言わずに踵を返して森の奥へと進んで行く。


『ジェイク待って! ヒイロナは?』


 ヒイロナの姿は無い。林の向こう側で待っているのだろうか。

 後を追い、立ち止まったジェイクの肩を掴む。

 衝撃。

 学人の身体に小さな衝撃が走った。

 同時に腹の辺りに熱い感覚と濡れる感触。


(……え?)


 手を当てると、ぬるっとした赤い液体で汚れる。

 違和感のある腹部に目をやると、何かが突き刺さっていた。


(……あ……)


 手を汚したものが自分の血であり、自分が刺された事を認識した途端に激痛が走りだした。思考が止まって、視界も狭くなる。


『ジェ……イク……なんで……』


 ジェイクの腕に縋ろうとするが体から力が抜け、学人は膝から崩れ落ちてしまった。

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