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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
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47.油断大敵

『自分、アタシのガクトに手出すとか、ええ度胸してんニャ』

『あなたのような悪党に、ガクト様を渡すわけにはいきませんわ』


 学人は少し様子を見る事にした。どちらが強いのかはわからないが、上手くいけばペルーシャを捕縛できるかもしれない。


 ソラネの鞭がリズムを取る様に、地面を叩く。

 五回……六回……。

 七回目。

 小石を弾き飛ばしていた鞭はこれまでとは軌道を変え、大きいしなりを見せてペルーシャに襲い掛かった。

 手の動きを見ていたペルーシャは軌道を予測し、それを難なく躱す。

 空を切った鞭が伸びきる直前、音速を超えた先端が小さな衝撃波を生み出し、凄まじい炸裂音を放った。


『ニャろっ……!』


 鞭が地面を叩くとペルーシャは間合いを取りながら、太腿にある投げナイフに手を伸ばした。

 しなる鞭の軌道を完全に読む事などできない。今、完全に躱せたのはただ単に運が良かっただけだ。ここは射程外から牽制しつつ、一気に間合いに入るのが得策だろう。


『はっ!』


 反撃の隙を与えまいと、鞭が主の手元に帰る事なくそのままペルーシャを追う。しかし初撃よりも速度の落ちた鞭が、ペルーシャを捉える事はできなかった。鞭は風切り音だけを鳴らし、宙を泳ぐ。

 鞭の射程外に出たペルーシャが投げナイフを振りかぶるが、


『させませんわッ!』


 ソラネが素早く鞭を手元に戻し、今度は魔力を流し込んで腕を突き出す。

 紫色に光を帯びる鞭。この色は風の魔力だ。

 風の魔力を帯びた鞭は大きな衝撃波と風圧を作り、ペルーシャを後ろに弾き飛ばしてしまった。

 ペルーシャは太い柱になった鍾乳石に叩き付けられ、痛みに顔を歪める。

 ソラネが追い打ちをかけようと、華麗にステップを踏むような足取りで、大きく二歩、三歩と距離を縮める。

 前進しながら腕を垂直に伸ばし、鞭を数回回転させて横に薙いだ。


『うニャッ!』


 鞭が振るわれる寸前、ペルーシャがナイフを投擲(とうてき)して牽制した。

 ナイフを躱したせいで軌道のずれた鞭が鍾乳石を叩くが、弾かれずにそのまま鍾乳石を通り抜いてしまった。

 風の魔力を帯びた鞭はまるで鋭い刃の様になり、太い鍾乳石を真っ二つに斬ってしまったのだ。


 それを見た学人の顔色が変わる。

 鞭と鉤爪、どちらも致命傷にはなりにくいと考えていたが、とんでもない。まともに受ければ即死しかねない。

 学人の常識が通用しない事を、こんなところでも思い知らされた。

 殺してはいけない。

 どんな理由であれ、簡単に人を殺していいはずがない。

 慌てて止めに入ろうとするが、アシュレーに腕を掴まれた。


『巻き込まれたら死ぬよ! 危ないからじっとしてて!』

『でもッ……!』


 必死の表情で二人に言葉を投げる。


『ソラネさん! もういいから! 二人とも武器を収めて!』


 しかし、二人は耳に入っていないかのように、学人の言葉を無視する。

 止められない。止まらない。

 ペルーシャはゆらりと立ち上がり、凍て付く様な目でソラネを見据えた。


『自分……ええ加減にしときや』


 言うと、ペルーシャの姿が消えた。

 タンタンタンという、岩盤を蹴る音がフロアに響く。高速で移動されてしまっては、ソラネの鞭がペルーシャを捉える事は難しいだろう。振るうまでの予備動作が大きいのが鞭の欠点だ。


『……うっ!』


 ペルーシャの影がすれ違うと、ソラネのドレスのような服が切り裂かれて鮮血が舞った。

 鉤爪が薄い革のコルセットを裂いて、服を赤い血で滲ませる。

 少し大勢を崩したソラネを、息をつく間もなくペルーシャの鉤爪が襲い掛かる。


『アシュレーさん! どうにかならないんですか!』


 学人がアシュレーに必死で訴えかけるが、首を横に振る。


『ガクト、君は何故自分を攫った悪党を庇おうとするんだい?』


 今はソラネが押されている風に見えるが、その口調はソラネの勝利を確信していた。


(いった)あああああッ!!』


 ペルーシャの絶叫が耳を突いた。

 学人が目を向けると、いつの間にか撒かれていたアシュレーの種が、トラバサミのごとくペルーシャの足首に喰らいついていた。

 足首に深く喰い込んだ種から、ドクドクと血が流れ出ている。


『自分らずるいで!』


 言いながら、尻もちをついて種の罠を外そうとする。

 当然、隙だらけのペルーシャにソラネの鞭が襲い掛かった。鞭に首を絡め取られ、圧迫される。

 ソラネが力無く嘲笑うかのような微笑を浮かべた。


『ずるい? 悪党のくせに甘い事を。わたくしは決闘を申し込んだ覚えはありませんわ』


 一切の躊躇を見せる事無く、鞭に白く輝く魔力を注ぎ、首を絞める。

 なんとか振りほどこうとペルーシャが首をかきむしるが、魔力で固く巻き付いた鞭は全く緩む気配がない。

 呼吸を止められて、顔がみるみる赤く染まっていく。


『殺すつもりはありませんでしたけど、わたくしのお気に入りの服をボロボロにした罰ですわ』


 そう言うソラネの服は、何度も爪を立てられてボロボロになっていた。太い石柱を両断しておいて殺す気はなかったとは、どの口が言うのだろうか。


『ソラネさん! もうそのへんでいいから!』


 学人がアシュレーを振りほどき、止めに入ろうとしたが、それを制したのは意外にもペルーシャだった。

 首を絞められながらも学人に手を伸ばし、しっしと追い払う仕草をして見せる。

 学人に伸ばした震える手で今度はソラネの手首を掴み、口をパクパクと動かした。


『何ですの? 命乞いは聞きたくありませんわ』

『カハッ……ちゃう……わ……阿呆』


 ペルーシャが力を振り絞ってソラネを引き寄せると、天井から爆竹のような小さな爆発音が降り注いだ。

 全員が音の発生源に目を向ける。

 見上げたソラネの目に映ったのは、自分を目掛けて迫って来る、天井に垂れ下がっていた鍾乳石だった。

 反射的にソラネが飛び退き、ペルーシャの首が解放される。


『ゴホッゲホッ! ケホッケホッ!』


 涙目でむせるペルーシャが呼吸を整える。


『ぞんニ゛ャヒラヒラの格好(がっこ)で迷宮に゛入る方が悪いねん。阿呆どぢゃうか……ゲホッ!』


 ソラネが落ちて砕けた鍾乳石の残骸に目をやると、赤い宝石のような、小さな欠片が混じっているのが認められた。

 どうやらペルーシャが跳ね回っている間に何かを仕込んでいたらしい。

 ピンチは脱したが、足を封じられたペルーシャに勝ち目は薄い。ソラネの表情にも余裕の笑みが伺える。


『魔法結晶ですか……小細工を』

『どっちが小細工やねん。ケホッ』


 睨み合い、二人の動きが止まった。殺し合いを止めるチャンスだ。

 学人が二人に割って入ろうと一歩踏み出した瞬間、プシュゥゥと何かガスが噴き出すような音が鳴った。

 振り返ると、勢いよく噴射するうっすらと緑がかった煙が、アシュレーを飲み込んでいた。

 煙を吸い込んだアシュレーは、虚ろな目をした後ぱたりとその場に倒れ込む。

 甘ったるい香りが近くにいた学人の鼻にまで届き、少し意識が遠退いた。慌てて息を止める。おそらく催眠ガスか、その類のものだ。

 煙の根本を見ると、地面に転がる緑色の宝石が煙を吐き出していた。これも魔法結晶だろう。


『アシュレー様?!』


 ソラネが思わずアシュレーの方向を向いてしまった。


『はい、おやすみー』


 その隙を突いて、ペルーシャが笑いながら同じ様な緑色の宝石を、ソラネの顔に向けてかざす。

 アシュレーと同様に煙を浴びせられたソラネも力無く倒れてしまった。


『あんまりええやつちゃうけど、直に嗅ぐとイチコロニャんやで』


 足に喰い込んだ種を外しながら、勝ち誇った顔でペルーシャが言う。どうやら勝敗は決したようだ。


『行くで、ガクト。あんまり世話焼かせんといてや』


 あまりにもあっけない決着に唖然としていた学人は、ペルーシャに引っ張られてフロアの隅にある光の柱へと足を踏み込んだ。

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