表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
45/145

45.鍾乳迷宮

 ぼんやりと青白く照らされる洞窟の中を、二人の男女が進んで行く。

 他の仲間達と共に旅をしていたが、資金が心許なくなり、金策に走っているのだ。

 二人の役割は迷宮探索による、一攫千金。他の仲間は斡旋所の依頼をコツコツとこなしている。あわよくば大金が転がり込むといいな、程度の賭けの部分が大きい。たとえ成果が無くても、元々皆期待しているわけでもないので文句を言われる事もない。

 もし仮に迷宮をランク付けするとすれば、この鍾乳迷宮は中級といったところだ。迷宮探索に慣れたこの二人なら、あまり危険な目にも遭わないだろう。


『んー。やっぱりこれといった物は手に入らないなぁ』


 男が手に持った革袋の中を覗き込み、肩を落とした。

 迷宮に潜ったからといって、必ず大金になる様な物が手に入るわけではない。運悪く、手ぶらで帰る羽目になる事も少なくない。


『大丈夫です。そもそも誰も期待などしておりませんわ』


 にっこりとした笑顔で、女が言う。

 男の名はアシュレー。一見気弱そうに見える人間族(ヒト)だが、その瞳の奥にはどこか力強さが宿っている。


『いや、そうなんだけどさ……それでもこれじゃあ、なんだか皆に申し訳ないよ』


 女の名はソラネ。ふわふわとした雰囲気を持つ森林族(エルフ)で、仕草のひとつひとつが、とてもたおやかだ。

 どう見ても迷宮探索には向いていない、ヒラヒラとした服装をしている。


『姫の代行だからといって、いつも力み過ぎなのでございますよ、アシュレー様は。もっと肩の力を抜いて、こう……適当でようございますのよ』


 彼らは家族で、姫は長らく不在だ。

 女神大戦の最中に逸れてしまって以来、顔を見ていない。しかし都市の斡旋所に伝言依頼が出ていたので、生きてはいるようだ。

 ちなみに伝言には「しばらく帰らないから、アシュちゃん適当にやってて。よろしくー」とだけ書かれていた。


 しばらく進むと、小さな部屋に出た。鍾乳石とキノコが生えているだけの、何も無い空間だ。

 それでも何か無いかと、アシュレーが部屋をくまなく調べる。すると、今までに見た事のない、奇妙な物が落ちている事に気が付いた。


『なんだこれ?』


 すべすべとした手触りの紙の入れ物を、透明な何かが包み込んでいて、中には少し茶色に染まった白い棒が何本も入っている。

 アシュレーの背中から、ソラネもそれを覗き込む。


『なんですの? キータム?』


 迷宮で稀に発見される、何でできているのかわからない、用途不明のガラクタの事をキータムと呼ぶ。魔術研究者が高値で買い取ってくれるので、もしキータムを発見できたのなら、今回の探索は大当たりだと言える。

 しかし、アシュレーは中に入っている棒を一本取り出して、首を横に振った。


『キータムにしては綺麗過ぎるよ。それに見て、棒の中に乾燥させた葉っぱが詰まってる。確かに不思議な物だけど、これは煙草か何かじゃないかな?』


 冷静に分析をする。他にも何かが落ちていないかと周囲を調べるが、これといった物は無い。

 しかし、すぐ側にキノコが引き抜かれた形跡があるのを見つけた。掘り返された土にはまだ水分が含まれていて、その痕跡はまだ新しいようだ。


『さっきまで誰かがいたみたいだね』




――……少し前。


 とりあえず学人が落ち着こうと、煙草に手を伸ばした。


「うわ……駄目だなこれは」


 ペルーシャに蹴り飛ばされて水に浸かってしまい、溶けた葉の成分が茶色く滲んでしまっている。ジッポーもしばらく乾かさなければ使えそうにない。

 煙草を諦め、ここがどこなのか考えてみる。

 おそらくヒイロナから話に聞いていた、迷宮というものだろう。

 迷宮の入口には二種類あり、普通に口を開けているもの、まるで吸い込むかのように転移させるもの。気が付いたらここにいたのだ。すぐに後者である事がわかる。


「どうしようかな……」


 出口を探すべきか、ここで助けを待つべきか。学人が逡巡する。

 ペルーシャがすぐに追い掛けて来ないところを見ると、必ずしも同じ場所に出るわけではないのかもしれない。そもそも助けに来る保証もない。

 そう考え、迷った時の為の目印にと濡れた煙草をその場に置き、キノコの明かりを頼りに狭い道を進み始めた。

 ジータとミクシードを探しに王国へ入ったのに、それどころではなくなってしまった。どうしてこうなってしまったのか。

 学人の重いため息が、冷たい迷宮を木霊した。



 恐る恐る、進んで行く。すると、さっきよりも広い空間に出た。

 岩陰から用心深く中の様子を窺う。魔獣と出会ってしまうと命は無い。

 天井から伸びる鍾乳石が地面まで到達し、柱となって何本もそびえている。

 右手奥には先に繋がる通路。

 左手奥には水が溜まっていて、そこには学人も見た事のある、四つん這いのワニが何匹かいた。

 静かに歩けば進めそうだ。


 抜き足、差し足で慎重に歩を進める。ワニはこちらを気にも留めていない。行ける。

 ふと、学人が視線を感じた。

 ワニのものではない。

 足を止めて周囲を見渡すが、ワニの他には鍾乳石の柱とキノコがあるだけだ。


(気のせいか……)


 そう思いつつ視線を天井に向けると、目が合った。

 天井に張り付いていた。

 体のほとんどの部分が大きな目玉の、生物学を無視した様な魔獣だ。面積の少ない体からは何本も触手が伸びていて、天井に根を下ろしている。

 目が合ったままの姿勢で凍り付く。重要なのは、危険な魔獣なのか、そうでないのかだ。

 時間にして数秒、学人には数分にも感じられた数秒だ。学人と見つめ合ったままの魔獣が動きを見せた。大きな目玉がぼんやりと青く光る。


(まずい!)


 直感でそう感じた学人が身を引くと同時に、目玉からまるで涙の様に湧き出した小さな水の塊が、弾丸の如く発射された。

 地面に着弾した水の弾丸は、あまり大きな音も立てずに、岩に小さな亀裂を作ってしまった。それを見た学人の血の気が引いた。当たったら痛いでは済まない。

 そのまま目玉の魔獣から目を離さずに後退りをする。通るのは無理だ。

 一歩、二歩、三歩……魔獣はその場から動く事なく、後退りする学人を目で追う。

 五歩、下がった所で後ろを振り返り、駆け出す。

 駆け出した途端に何かとぶつかってしまい、たたらを踏んだ。


「す、すみません!」


 思わず謝ってしまった。日本語で。

 ぶつかったのはネズミだった。二足歩行で槍の様な細い鍾乳石を持った、ネズミ。赤い眼を光らせ、背丈は学人と同じくらいある。


「うわあああああああ!」


 絶叫して、来た道を全速力で駆け抜ける。

 大人しくしておけばよかった。学人はそう後悔した。


「うわッ!」


 鍾乳石の槍が飛んで来て、学人の脇腹をかすめた。投げられた槍は、曲がった道の壁にぶつかり、音を立てて砕ける。

 後ろを確認する余裕など無いが、ネズミが追って来ているらしい。




……。




『さっきまで誰かがいたみたいだね』


 拾った煙草をとりあえず革袋に入れ、アシュレーが立ち上がった。

 ここまで来る途中にすれ違わなかったという事は、この先に何者かがいる可能性が高い。自分達と同じく迷宮探索の人間ならいいが、盗賊の可能性もある。

 進行方向の通路を覗き込んだアシュレーとソラネの耳に、学人の悲鳴が響いた。


『アシュレー様』

『うん、誰かがピンチみたいだね。行こう』


 二人は顔を見合わせて頷き、声のした方へと進みだした。

 足音が近付き、大きく揺れるキノコの光が見えると、アシュレーは詠唱を始めた。ソラネは腰に下げていた鞭を手に取る。


『怪しい男が一人、ラットマンから逃げていますわ』


 キノコの生えていない暗い通路の奥を見通し、ソラネが状況を説明する。


「うわっ!」


 学人が岩に足を取られて転んでしまった。鋭い爪を立てたラットマンが大きく腕を振り上げる。


(――殺されるッ!)


 学人が目を見開いた瞬間、両脇の壁から突然蔦が有り得ない速度で生え、振り上げられたラットマンの腕に絡みついた。


『はっ!!』


 掛け声と共に、今度は白く輝く鞭がラットマンの首に巻き付く。

 巻き付いた鞭が乱暴に引っ張られると、ラットマンが蔦を引きちぎって回転し、その首がもげた。

 荒い息で、首を落としたラットマンを見る学人に声がかかる。


『お怪我はありませんか?』


 差し伸べられた手を取り、立ち上がる。転んだ際に手を擦りむいたくらいで、他に怪我は無い。


『だ……大丈夫です。ありがとう』


 荒い息をしたまま、助けてもらった事にお礼を言うと、スーツ姿の学人に怪訝の目を向けたアシュレーが口を開く。


『んー、見るからに怪しい格好だけど、君は誰だい?』


 この世界の人間は、怪しい人間に面と向かって怪しいと言うのが常識なのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ