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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
44/145

44.ウェイランズ地方

 アイゼル王国、ウェイランズ地方。

 ここはヒルデンノース領の最東端に位置する、水の豊かな地域だ。

 まるでフライパンの様に窪んだ地形で、平均水深四十センチほどの広大な湿原地帯が広がっている。

 湿原の地下には迷宮が迷路のように広がっていて、水に関連する魔法結晶が多く出土する。

 これまでの土の道は全て橋の木道へと姿を変える。あまり重量のある馬車は通る事ができず、危険な魔獣も出没する為、行商人が立ち入る事はほとんどない。おまけに道が曲がりくねって入り組んでいるので、観光や迷宮目当ての旅人でなければまず敬遠される道だ。

 湿原は王国を囲む山脈に沿って南に伸びており、直線距離だけを見れば最短で東のファラン領へ抜ける事ができる。

 ペルーシャと学人は、そんなウェイランズ地方へと差し掛かっていた。


『えーと、ペルーシャ?』

『ニャんや?』


 湿原を見た学人が顔を引きつらせる。

 本来であれば初めて見る巨大な湿原に感動したいところなのだが、丁度良く視界に入った魔獣を見て、それどころではない。


『本当にここを通るの? 考えなおさない? できたら国境まで戻るのが嬉しいんだけど』

『あかんニャ』


 湿原の次に目に飛び込んできたのはワニだ。

 二足歩行で、トライデントの様な木製の三つ叉の槍を手に持った、ワニの魔獣だ。

 学人の視線の先に気付き、簡単に説明をする。


『ああ、あれニャ、ウェイランズワニって言うてニャ、こっちからちょっかい出せへんかったら大人しい魔獣やねん』


 魔獣というより、ワニの獣人族(ウォルフ)と言われた方がしっくり来るように学人には思えた。このあたりの線引きもいまいちよくわからない。

 完全に腰の引けた学人をよそに、二人を乗せたモンローが静かに木道を進み始める。

 進行方向を学人が身を乗り出して覗くと、ペルーシャの背中越しに真っ直ぐに伸びる木道が見えた。行く先には水面から飛び出した背の高い水草が、まるで林の様に茂っていて、それを避けるかのように道が左右二手に分かれている。

 右に伸びる道に沿って視線を走らせる。……行き止まりだ。しかし、道の終わりに何かが浮いている事に気が付いた。


『ペルーシャ、あれは何?』


 どう見てもカヌーなのだが、指で示して尋ねる。


『舟やニャ、この辺に住んでる人のやろ』

『じゃあ、あれは……?』


 大して興味はないが、目に付く物をひとつひとつ、しつこく訊いていく。



……。



『あ、ちょっと止めて!』

『ニャんやねん、もー!』

『僕は環境研究者なんだ。ちょっとじっくり水底を調べたいんだけど……いいかな?』


 適当な嘘をでっち上げる。

 見ての通り水に囲まれた場所だ。そんな素振りは見せないが、もしかすると、ペルーシャは水が苦手なのではないかと考え付いた。三度の逃走劇では弱点らしい弱点を見つける事はできなかったが、試してみる価値はあるだろう。

 ただ逃げるのではなく、ペルーシャを捕縛しなければ、学人の代わりにまた他の誰かが誘拐されてしまう。


『はー……ほな、ちょっとだけやで』


 あれこれと質問攻めにされて、少しイライラした様子のペルーシャが手綱を引っ張り、モンローに止まるよう指示を出した。

 普段なら即答であかんニャ、と言うところなのだが、


『見たらもう大人しゅうしてや』


 これで大人しくしてくれるなら、としぶしぶ許可をする。

 学人はモンローから飛び降り、靴も脱がずに水に入った。膝のあたりまで水に浸かり、靴底からはぬるっとした感触が伝わってくる。

 水底には何がいるかわからない。裸足で入るのはやめておいた方がいいだろう。


『普通のワニとか、ヘタしたら肉食の魚もおるから気いつけや』

『マジっすか』


 濁った水をすくい、底の泥もすくい上げてふんふんと頷く。特に変わったところのない、普通の泥だ。水もかなり濁ってはいるが、何か小魚が泳いでいるのがわかる。

 水草をちぎって見てみる。蓮の葉の様な水草で、こちらも特に変わった様子はない。

 最後に木道の脚を調べる振りをして、大げさに声を上げた。


『これはッ!』


 ペルーシャは興味無さ気に学人の様子を見ている。


『ペルーシャ、ロープみたいな物持ってない?』


 鞄の中にロープが入っているのは知っていた。干し肉を出そうと中をまさぐっていた時に、チラッと見えていたのだ。


『はいはいはいはい、もー!』


 少し不機嫌な顔をしたペルーシャが、鞄からロープを取り出して学人に手を伸ばす。


(……今だ!)


 ロープを受け取ると同時に、反対側の手で手首を掴んで、全体重を後ろにかけて水の中に引き摺り込んだ。


『ニャ?!』


 急に引っ張られたペルーシャは踏ん張る事もできずにバランスを崩し、勢い良く頭から突っ込んで来た。

 ここまでは学人の思惑通りだ。あとはパニックになったペルーシャを縛りあげるだけだ。

 しかし、ペルーシャは落ち着いた様子で、何も言わずにゆっくりと立ち上がった。水を滴らせながら顔を伏せ、握り拳を作って肩が少し震えている。


『ガクト……』


 パニックになると踏んでいたのに、落ち着いているペルーシャを見て戸惑う学人。ペルーシャがゆっくりと顔を上げた。身に纏う空気が少し重い。


『ひゃ、ひゃい!』


 怒りに満ちた低い声と視線に、思わず学人の声が裏返る。

 ペルーシャはにっこりと笑みを浮かべ、学人の肩に手を乗せて、


『自分、いっぺん死ねやボケエェェッ!』


 学人の耳に怒鳴り声が響いた瞬間、強い衝撃に呼吸が止まり、浮遊感と共に天地が逆転した。

 蹴りだ。ペルーシャの蹴りが学人のみぞおちにめり込んでいた。ペルーシャの蹴りをまともに受けた学人は、水しぶきを上げながら、まるで蹴られた空き缶の様に吹っ飛んで行く。

 学人の思惑は外れた。ペルーシャは猫だが、水は全然平気らしい。


 水しぶきを上げて水面を跳ねていた学人の姿が、突然消えてしまった。

 姿の消えたあたりからは、ゆらゆらと静かに波紋が広がっている。


『ニャッ?! しもた、入り口か!』


 ペルーシャが大きく足を上げて駆け寄るが、そこに学人の姿は無い。

 水の中には地下に広がる迷宮の入口が不規則に出現し、何かを飲み込むと口を閉じてしまう。学人は運悪く、迷宮の入口に飲み込まれてしまったようだ。




…………。




『げほっ! げほっ!』


 学人が水を飲んだ上に止まった呼吸を整え、辺りを見回す。


『あれ?』


 ひんやりと冷たい空気が肌に触れ、太陽の光も届いていない。少なくとも、さっきまでいた場所ではない事は確かだ。

 状況を飲み込めず、呆然とした顔で立ち上がる。どこか洞窟のようだが暗闇ではなく、そこらじゅうに生えたバスケットボールくらいの大きさの傘を持つキノコが、ぼんやりと青白く景色を浮かび上がらせている。

 狭い通路ではなくちょっとした部屋になっていて、天井からは少し透けた氷の様な鍾乳石が、何本も垂れ下がっている。キノコとは別に、鍾乳石もぼんやりと光っている。

 床には石灰質の様な物が天井から滴る水で固まったのか、たけのこみたいな石筍(せきじゅん)がいくつも生えていた。見た感じ、鍾乳洞のイメージを受ける。


『ここは……どこ……?』


 ついでに、わたしは誰、とでも言いたい気分だ。

 キノコは二種類生えていて、茎の細いものと太いもの。どちらもぼんやり光っている。

 学人は側に生えていた、片手で掴めるくらいの茎の細いキノコを引き抜いてみた。なんとか照明代わりになりそうだ。前後に道があるが、どちらが出口に繋がっているのか。呼吸ができるという事は、出口の無い密室というわけでもないだろう。


 途方に暮れていると、洞窟の中を照らす光が僅かに揺れた。キノコが揺れた様だ。


(おかしいな……風が吹いてるわけでもないのに)


 見ると、太い茎のキノコが傘を揺らしていた。不思議に思って近付いてみると、キノコがサササっと素早く移動し始めた。


『え?!』


 くるっと回転したキノコの茎には黒くて丸い目と、笑っているかのような裂けた口が付いている。

 魔獣だ。

 根っこの部分には短い足が付いていて、傘を上下に揺らしながら歩いていた。学人に敵意は無い様子で、気に入った場所を見つけたのか、しばらく歩き回った後また動かなくなってしまった。

 動きを止めたキノコを見て、肩を撫で下ろす。

 ここは“向こう”の世界だ。今までのように機転を利かせてなんとかできる自信はない。


 ともあれ、学人の初めての迷宮探索が幕を上げた。

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