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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
43/145

43.情報伝達

『ニャあ、無理なもんは無理やて。そろそろ諦めえや』


 夜が明けて日が高くなり、周辺には林やちょっとした湖などが見える。

 道は無く、時折獣の姿をした魔獣の襲撃を受ける事もある。

 わかってはいたが、学人がペルーシャから逃げ切る事などできなかった。

 早朝に目を覚ましてから、これで三度目だ。三度目の逃走劇も一瞬で幕を下ろしてしまった。

 ペルーシャに組み敷かれた学人が、軽く悪態をつく。


『くそ……』


 学人は猫に詳しいわけでは無いが、以前に野菜ジュースで酔わせる事ができると聞いた事があった。

 ペルーシャが何かを言いかけた事や、誘拐の首謀者の事を聞き出したら試すつもりでいた。あわよくば捕縛してやろうと。

 だが先手を打たれてしまい、このザマだ。


『アタシもニャ、手荒な真似はしたくニャいねん。仮にも熱い夜を過ごした仲やんかぁ?』


 ペルーシャがあくまで優しく、学人を宥める様に言葉をかける。

 野菜ジュースはトラックの助手席に置き去りになったままだ。正攻法で逃げる以外に、学人に手段は無い。だが結果は見ての通りである。

 学人が大人しくなると、ペルーシャは押さえ付けた手を離して立ち上がった。

 学人は特に束縛などされていない。逃げ出してもペルーシャなら簡単に捕まえられるからだ。

 解放された学人がその場に座り直し、ペルーシャに鋭く尖った視線を向ける。


『僕は行かない。帰らせてほしい』


 朝からそれしか言っていない。流石にペルーシャもウンザリした顔を隠せないでいた。

 二人は既にアイゼル王国、ヒルデンノース領に入っていた。

 ショートカットの為、道を外れて南のバアムクーヘン領を目指して進んでいる。

 ペルーシャはやれやれといった顔で、肩で嘆息した。


『とりあえず、一旦休憩にしよか。そこの湖でちょっと話でもしよや』


 湖の畔、木陰を見つけて昼食にする。

 昼食といってもゴザが無ければ、腕によりをかけたお弁当も無い。ペルーシャの持っている干し肉を噛るだけだ。

 ペルーシャがモンローの身に着けた鞄から、干し肉とコップを用意する。


『だいじょーぶ? はい、水や』


 学人がこの台詞を聞くのはこれで三度目だ。

 差し出された水を受け取ろうとしない学人に、ペルーシャが表情を落とした。


『大丈夫やから。そこの湖の水やから……』


 干し肉を受け取り、まじまじと見つめる。

 見た目は豚肉っぽい。豚に近い生き物の肉なのだろうか。褐色に近い肉と白い脂肪が縞模様になっている。


『これは何のお肉?』

『動物の肉や。変な物ちゃうから安心しい』


 動物……魔獣と動物、どう違うのだろうか。学人にはその線引きがいまいちよくわからない。


 首を傾けて、奥歯で噛んでみる。

 しょっぱい。

 しかも、ありえないくらい硬い。前歯で噛もうものなら、歯が簡単に折れてしまいそうだ。


 しょっぱいだけの干し肉を噛り終え、学人は煙草を取り出す。ペルーシャも腰のポーチから、フィルタの無い茶色の煙草を取り出した。


『ペルーシャの依頼主って誰?』


 煙を二度、三度ほど吐き出し、ぽつりと言葉を口にする。

 学人を横目で見たペルーシャは、淡々とした声で返答した。


『ノットっちゅう魔術研究者や。昔はニャんとかっていう騎士団の参謀やったらしいけど』


 二人揃って遠い目で青い空を見上げ、ゆっくりと言葉を交わし始めた。


『で、そのノットさんは僕たちに何の用事なの?』

『さあ、そこまでは聞いてへん』

『僕が今、何考えてるのかわかる?』

『ノットのとこ行ったら、あんな事やこんな事されるんちゃうかーって、そう思ってるやろ?』


 会話が途切れ、心地好い風が二人を吹き抜ける。もしこれがピクニックだったら、最高のロケーションだっただろう。

 少しの沈黙の後、今度はペルーシャが学人に質問を投げ掛けた。


『自分ら、いつ来たんや?』


 もうこの世界に来てからどのくらい経ったのか、もはや正確な日にちなどわからない。

 おおよそで答える。


『一ヶ月半くらい前じゃないかな。よくわからないけど。どうして?』


 その答えにペルーシャが少し考え込み、尻尾を右に左にパタつかせる。

 学人も急かそうとはせず、静かに言葉を待った。


『妙やねん……』


 湖の一点を見つめたまま、ようやく喋り始める。


『ガクトたち、異人の話聞くようになったん、ヒルデンノースに入ってしばらくしてからやねん。ホンマについ最近や』


 通信機器の無いこの世界では、情報の伝達には時間が掛かる。

 現時点で異人の話は、まだヒルデンノースの一部までしか到達していない。

 異世界から街が出現した混乱の中で、正しい情報を……となると更に時間を要するだろう。

 つまり、彼女が言いたいのは、


『ニャんでノットは、自分らの事知ってたんやろニャ?』


 ペルーシャがノットから依頼を受けたのは一ヶ月ほど前だ。

 現時点ですらヒルデンノース止まりの情報を、ノットはどうやって知り得たのか。

 怪しすぎる。もしかすると、この異変に深く関わっているのではないかと邪推してしまうほどに。


『じゃあ、尚更一緒には行けない。怪しすぎる。それにジェイク達もきっと心配してる』


 ペルーシャが喉の奥で笑い、学人を見る目付きを冷たく変えた。

 廃小屋で見せた、捕食者の眼だ。


『だーかーらー、言うてるやん。逃げたかったら逃げてもええでって。それができたらの話やけど』


 学人は何か苦い物でも噛み潰した様な顔で、視線を落とす。

 そして気が付いた。今まで逃げ出す事に必死で気が付かなかった。服が血で真っ赤に染まっていた。

 もちろん学人の血ではなく、ショッピングセンターで転んだ時に染み込んだ、死体の血だ。

 着替えは持っていたが車の中に置いたままだ。仕方なくジャケットを脱ぎ、ワイシャツも脱ぐ。


『なんや? 逃げ出す方法でも思いついた?』

『服洗って来る……』


 洗って取れるものでもないとは思ったが、それでもだ。






――“国境都市、バタフライゲート”


『どう? 見つかった?』


 二手に分かれて学人を探し回っていた、ヒイロナとジェイクが合流した。

 ヒイロナは息を切らせ、表情には焦りが滲み出ている。ずっと走り回っていたのだろう。


『いや……本当に煙みたいに消えちまった』


 迷子なら何かしら目撃情報があるはずだ。しかし、そんな話は一向に出て来ず、宿にも帰って来た様子はない。

 となると、何か面倒事に巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。


『やっぱりわたしが付いてたら……』


 涙声で、ヒイロナが自分を責める様に呟く。


 ヒイロナに責任は無い。あるとすれば、きつい酒を飲ませたジェイクだろうが、学人もいい大人だ。結局、自己責任という事になる。


『ロナ……』


 ジェイクがヒイロナの耳元に顔を近付け、落とした声で囁いた。


『お前、誰かに尾けられてるな』

『えっ?!』


 ジェイクが視線を感じた建物の屋根を睨み付けると、何者かが姿を翻した。すぐさま脇にあった小さな路地に飛び込み、後を追う。

 屋根と屋根を伝う一瞬、頭上に姿を見せた人影に向かって矢を放った。

 矢を受けた人影は小さく呻き、屋根から転がり落ちて樽をひっくり返し、大きな音を路地に響かせた。

 腰を打ち付け、それでも尚立ち上がろうとするが、それよりも早くジェイクが喉元に剣を光らせる。

 

『おっと、動くな。胴体とさよならはしたくないだろ?』

『ヒ……ッ!』


 仕留めた獲物の胸ぐらを掴み上げ、声を低くする。


『てめえ、誰だ!』

『み、見逃してくれ! おれは金で頼まれただけなんだ!』


 尾行していたのは灰色の肌をした森林族(エルフ)暗闇族(ダークエルフ)の男だった。

 ジェイクにひとつ心当たりがあった。

 龍の血族の元分家、“龍の影”だ。しかしヒルデンノースであればともかく、ここバタフライゲートの街で接触してくるとはあまり考えられない。


『“龍の影”じゃあねえだろうな?』


 怯える男に向かって、そう質問する。

 しかし男は勢い良く首を振り、懐から紙切れを取り出した。


『これを……あんたらに見つかるまで尾行して、見つかったら渡せって言われたんだ。まさかこんなに早く見つかるとは思ってなかった』


 紙に書かれた文字を見て、ジェイクが顔を強張らせる。


『ロナ、すぐに乗り物を二頭買って来い! 出発する!』

『え、どこに? ガクトは?!』


 ジェイクが何も言わずに紙切れを見せると、ヒイロナは顔色を変えて乗り物の調達に向かった。

 ヒイロナの背中を見送り、ジェイクは倉庫街へと走る。


『チッ……めんどくせえ』

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