42.この世界に光を
朝、目を覚まして学校や仕事に行く。
多くの人たちが、同じ様な時間に同じような行動を取る。
内容は全く違うが、起きる。学校に行く。仕事に行く。同じ事だ。
学校や仕事が終わると、ようやくそれぞれが違う行動に出る。
学校が終わり、部活をする者。勉強をする者。遊びに出る者。
仕事が終わり、帰宅をする者。残業をする者。遊びに出る者。
その日によって、皆が取る行動は様々だ。
今日、遊びに出た者は明日、勉強をするかもしれない。
今日、勉強をした者は明日、遊びに出るかもしれない。
だが、長い目で見ると結局、皆同じ様な事をしている。それが日常だ。
その日常は、あの日を境に一変した。
時計の無いこの世界では色々な事がアバウトだ。時計という鎖で縛られて生きて来た日本人には、とても考えられない。
起きる時間、仕事に出る時間、食事の時間、寝る時間。全てが個人のさじ加減で決まる。
固定の仕事を持つ者は、“日が昇って来たから、そろそろ仕事しよう”。
こんな感じで一日が始まる。
単発の仕事で生計を立てる者は、依頼主から“日が高くなるまでに”とか“完全に日が落ちる前に”などと言われる。
曜日概念の無いこの世界では、休日も適当だ。
そう、適当。
時間だけではなく、色々な事がこの世界では適当なのだ。
よくもまあ、この適当さで都市が成り立っているものだと、吉村小鳥は関心する。
ドナルドに聞いたところ、中継都市ランダルだけではなく、どこも似たようなものだそうだ。
この適当さに、小鳥たちは未だに慣れないでいた。
“日が高くなるくらいによろしく”
日が高くなるくらいにって、一体どのくらいの高さなのか。個人差があるだろうに。
時刻を管理し、時刻で管理されてきた者たちには、一生慣れないかもしれない。
小鳥が昨日言われた言葉は、“日が高くなって、しばらく経ったくらいに会議を始めるから”だ。
それは一体どのくらいなのか。全然わからない。
不機嫌な顔を隠そうともせず、小鳥は斡旋所へ向かった。職場だ。
昼食をとって、“しばらく経った”ので会議をする部屋のある二階へと上がる。
会議室の扉を開き、部屋の様子が目に飛び込んで来ると、そこにいた全員が小鳥の方を見た。
飛んで来た第一声が“遅かったな”だ。
怒りに顔を引きつらせるが、謝罪を入れる。とりあえず何でもいいから叫びたい気分だ。
最後に来た小鳥が部屋に置かれた円卓に着席し、会議が始まる。
参加者はランダルを代表する、ハーヴィーとクラレンス。
そして日本を代表する、小鳥と自衛官の岩代。
最後に中立な立場をとる、ドナルドだ。
議題は多い。
まず都市の増築計画だ。
一気に人口が増えた事により、都市が狭くなってしまった。
いつまでも宿や広場を占拠しているわけにもいかないだろう。
計画と言っても適当だ。
長い年月を掛けて増築に増築を重ねた、この歪な形の都市を見ればわかる。
“この辺に増築しよう”、“じゃあそれで”という話し合いで、無計画に増築されて来たのが手に取るようかる。
増築には様々な問題がある。
まずランダル周辺の廃墟だ。片付けなければ増築どころの話ではない。
魔獣も危険だが、人の手に負えなくなってしまった町というのも非常に危険だ。
町には放置されている燃料や、化学物質などが膨大に存在する。
ちょっとした火が何かに引火してしまい、大火災になってしまう恐れもある。
大火災になると、ランダルもただでは済まないだろう。最悪、廃墟共々灰になってしまう。
また、人体に有毒な“何か”が垂れ流されてしまう恐れもある。
何も考えずに、魔法で破壊してしまうのは愚の骨頂だ。
ジータが爆発魔法でオークたちを殺戮したのは、かなり危険な行為だったと言える。
この危険性を訴えたのは、意外にもドナルドだった。
ドナルドは自衛隊から知識を手に入れ、周辺の廃墟がどれほど危険な物なのか、という事に気が付いた。
撤去する建築物を徹底的に調べ、少しずつ破壊していく。
ガスは残っていないか、破壊した事によって有害な物質が出て来ないか。
人類の文明知識など集合体の知識だ。
専門的な職に就いていた者でも、その全体を把握する者はいない。思いもよらぬ所から危険が迫る可能性があるのだ。
どんなに小さな物でも慎重に進めていく。
一番の問題は、やはり危険物の問題だ。
例えばガソリンスタンドの地下には、何十キロリットルというガソリンが貯蔵されている。全て合わせると何百キロリットルだ。
放っておくわけにもいかないだろう。
魔法で凍らせる? 馬鹿な。ガソリンの凝固点はマイナス90度以下だ。魔法でなんとか出来る温度ではない。
時間が掛かってでも使い切るのが一番いいのかもしれない。
使い切るにしても、どうやって取り出すのか。
例えば工場には、一般には知られていない様な危険物が存在している。
工場の人間が使っていたからといって、具体的な処分方法など知っているはずもない。
次から次に議題は増えていく。
結局、この日も議題を増やす形で会議は終わった。
夜に沈んでいく街並みを見て、小鳥が深いため息を吐いた。
疲れた体を引きずり、宿に帰る。
宿に帰ると主人に声を掛け、部屋の明かりを点けてもらう。自分では点ける事ができないのだ。
小鳥たち人類が科学で文明を築き上げたように、この世界の人類は魔法で文明を築き上げた。
小鳥たち人類が科学に頼って生きて来たように、この世界の人類は魔法に頼って生きている。
照明器具にしても、魔力を魔法結晶に注ぎ込む事で明かりを灯す。
この世界には魔法結晶という物があり、魔力を注ぎ込むと封じ込められている魔法が発動するのだ。
これならば照明魔法を使えない者でも、使う事ができる。
その他にも、火を発生させる魔法結晶に魔力を注ぎ、料理をする。
水を発生させる魔法結晶に魔力を注ぎ、体を洗う。
つまり、何をするにしても魔力を操作して、使う事が必要なのだ。
この世界から見て異人である小鳥たちにも、身体に魔力を宿してはいるらしいが、操作して扱う事はできない。
魔力に頼っている文明で生きていくには、かなりの不便を強いられてしまう。
本当に一変してしまった。
だが、生活に変化が起きたのは異人だけではない。
ランダルの人々にも変化が起き始めている。
全く異なる文明を持つ者同士が、共に暮らしているのだ。どちらか片方が変わらないというのはありえない。
変化はまず食に現れ始めた。
この世界の食事はあまり良い物とは言い難い。元々関心が無かったのか、レパートリーが少ないのだ。
主食はパンで、箸、スプーン、フォーク、ナイフといった物が無く、全て手掴みだ。
手掴みなので当然汁物の料理など無い。焼く、蒸すくらいの調理方法しかなかった。
食にうるさい日本人が当然耐えられるはずもなく、料理屋で働いている者が廃墟から調理道具や調味料を調達し、様々な料理を提供し始めた。
パンも黒く硬いものから、柔らかいものが作られるようになった。
箸などの道具が当たり前に使われるようになった。
今日また、大きな変化が訪れるかもしれない。
日が完全に落ちた頃、小鳥は広場に出掛けた。
テントが立ち並ぶ、避難民キャンプだ。
広場の中心にはテントが無く、代わりにあるのは黒っぽいパネルと大量のバッテリー、見慣れない機器と、組まれた木材に巻き付いた大量の電球だ。
そろそろだろう。
人々が見守る中でスイッチが入れられると、電球に明かりが灯り、歓声が沸いた。
太陽電池だ。廃墟から材料を集め、太陽電池を作ったのだ。
今日は太陽電池のテストをする日だった。
懐かしくも思える、人工の光に全員が見惚れる。
この日、世界に小鳥たちの光が灯された。




