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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
41/145

41.ただ黙って殺されるのはごめんだ

 やはり蜘蛛は死んでいないらしい。

 静寂の闇の奥から、もがく音がまだ聞こえる。


(おかしいな……)


 店内にいるのは、あの蜘蛛一匹だけ。

 そこまで足が速いわけでもない蜘蛛が、既に糸を張り巡らせているのにもかかわらず、他に魔獣の姿を見かけない。

 もっと機動力のある魔獣など、いくらでもいるだろうに。


(あの蜘蛛は一体どこから来たんだろうか)


 そう、まるで最初からこの店内に居たかのようだ。もがく音を聞き、学人がそんな疑問を抱いた。

 だが今優先するべきは、店内からの脱出だ。浮かんできたクエスチョンマークを意識の底へと沈める。

 直進するか、エスカレーターを登って二階へ戻るか。


 トイレを案内するマークのある、通路に光を向ける。トイレに繋がるだけの通路としてはやけに幅が広い。

 確認してみると壁に男性、女性用と並んで入口が口を空けている。通路はそこで終わりではなく、まだ奥へと続いていた。

 倒れている看板の様な物に視線を落とすと、何と書かれているかまでは判別できないが、赤い文字が書かれている。


『ガクト、ヤバい』


 もがく音がしなくなり、代わりにまた、カタカタカタという音がこちらに近付いて来ている。

 蜘蛛がワックス地獄から脱け出してしまったらしい。

 最悪、トイレにでも逃げ込めばいい。狭い入口のトイレには入って来れないだろう。

 そう考えた学人は通路を行く事に決めた。フロアとは違い死体も転がっていないので全力で走る。


 トイレを横目に通路を走り抜けると、何も置かれていない、少し広い空間に出た。

 あるのは幅のある階段、幅のあるエレベーター、そして幅のある鉄の扉だ。


『来た来た来た来た来た来た来た来た!』


 蜘蛛が追い掛けて通路に入って来たらしく、ペルーシャが慌てた声を出す。

 迷う事なく、学人はドアノブに手を掛けた。

 カチャリと何の抵抗もなく開いた扉の先はバックヤードだ。


『ペルーシャ、こっちだ!』


 怒り心頭なのか、思いの外早く迫って来る蜘蛛のせいで扉を閉める余裕は無い。

 殺風景に変わった通路を、とにかく走る。

 走りながら通路の脇に置かれている、搬入出用の背が高いカゴ台車を掴み、少し真ん中へずらしつつ進んで行く。

 蜘蛛が道を塞いだカゴ台車に勢い良く激突し、大きな音が背後から学人達を追い抜いていった。

 どうやら利口だがマヌケらしい。


 通路の終着点にある両開きの扉を開けると、空間が広がってエンジン音が耳に入った。

 プラットホームになった搬入口だ。

 丁度搬入する所だったのか、それとも終わった所だったのかはわからない。大きなコンテナを連結させたトラックが、エンジンの掛かったまま尻を向けてホームに着けられていた。

 学人が一度振り返った後コンテナの上を指差し、ペルーシャに声をかけた。


『ペルーシャ、あの上に乗って蜘蛛の注意を引き付けて! できる?』


 言いながら、扉の下に黒い三角のストッパーを挟み込んでドアを開放する。


『ニャにする気や?!』

『いいから僕を信じて!』


 目的の見えない言葉にペルーシャが質問するが、必死の表情で怒鳴る学人に圧されて素直に従った。

 学人が運転席に乗り込もうとドアを開けると、そこには作業着姿の死体が座っていた。


『すみません、どいて下さい!』


 舌打ちをして、思わず大陸の言葉でそう言い放ち、死体の腕を掴み体重をかけて引き摺り降ろした。

 なりふり構ってなんかいられない。

 引っ張られた死体は、成人した男性とは思えぬ軽さで、飛んで行くようにして転がる。

 先に野菜ジュースを放り込み、続いて運転席に乗り込んだ学人はブレーキとクラッチを踏み込み、ギアをセカンドに入れてトラックを発進させた。

 エンストしてしまわないよう、慎重に少し進んだらまたクラッチとブレーキを踏み込み、今度はバックギアを入れる。

 警告を促す、愛想のない女性の声でアナウンスが流れ始め、助手席と運転席の間に設置されたモニターには、背後の様子が映し出された。


 学人がモニターを凝視していると、画面の上から蜘蛛が姿を現した。

 ペルーシャに気を引かれて、トラックとホームの段差の間にすっぽりと収まる。


(今だッ!)


 クラッチを少し浮かせてアクセルを沈めていく。

 少し動き始めたらクラッチから足を離して、力の限りアクセルを踏み込んだ。


『ぶっつぶれろおおおおおおッッ!』


 アドレナリンが過剰に分泌されているのか、普段の大人しい学人は見る影もない。

 トラックと段差に挟まれた蜘蛛が、ミシミシと悲鳴のような音を立て始めた。

 対照的に腹部にある、無数の顔からは歓喜とも取れる悲鳴が上がる。


 重いエンジンの唸り声と共に、トラックが少しずつ後方に沈んで行き、とうとうパキンという音を響かせて蜘蛛は押し潰された。

 脚をヒクつかせて蜘蛛が動かなくなったのを確認し、そのままエンジンを切って、大きく息を吐いた。


 治まらない動悸、思い出したかのように襲ってくる頭痛。

 アルコールに水分を奪われていて、喉もカラカラだ。

 助手席に転がる、野菜ジュースに手を伸ばす。今すぐ飲み干したいが、まだ口を開けるわけにはいかない。

 学人はすぐに動こうとする気にもなれず、ハンドルに身を委ね、突っ伏していた。


 コンコンと、ペルーシャがドアをノックするので開けてやる。


『すごいニャー、これもガクトの言う乗り物か?』


 返事をするのも億劫で、ペルーシャを一瞥した後、また元の体勢に戻る。

 水も持ってくればよかったと後悔する。取りに戻れば済む話だが、できれば戻りたくはない。


 学人がぐったりしていると、ピィーッ! というペルーシャの指笛が鳴り、程なく恐竜が姿を見せた。

 鞍とハミを身に付けていて、鞄の様な物も下げている。


『モンロー! 無事やったか!』


 ペルーシャが小走りで駆け寄ると、恐竜も嬉しそうに鳴き声を上げる。


『その子は……?』

『モンローや! マリリンモンロー!』


 その恐竜が何なのか聞くと、名前を教えてくれた。

 名前を聞いた学人が苦笑いをする。


(小屋で言ってたモンローって、恐竜の事か)


 ペルーシャが鞄の中をまさぐり、革でできた水筒とコップを取り出すと、学人に持って来た。


『だいじょーぶ? はい、水や』


 やけに気が利く。

 笑顔のペルーシャを見ていると、どうしても悪い人間には見えない。これが吊り橋効果というものなのか、何か友情さえ感じさせた。

 学人が礼を言い水を飲み干した後も、ペルーシャはずっとニコニコしたままだ。


『どうしたの?』


 少し不気味に思った学人が尋ねると、とんでもない返事が返って来た。


『いや、そう何べんも同じ手にかかるんやニャーって思て』


 ペルーシャが言い終わるのが先か後か、学人の視界がぐにゃりと歪んだ。

 なるほど、と学人は理解した。

 街で飲まされたのも、今飲んだのも、睡眠薬入りの水だ。


『ほな行こか』


 ペルーシャは笑みを浮かべて、眠った学人をモンローに乗せ、闇夜の中に溶けて行った。

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