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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
38/145

38.屋上駐車場

 以前、鉱山都市の時にも感じた事だった。日本の出現に時間のズレがある。

 何か法則性があるのかどうかはわからないが、王国方面には出現していないらしい。

 点々と確認できた建物が、ここまで来る途中でいつの間にか見かけなくなったのも、多分そのせいだろう。

 そして今、この場所に出現した。

 という事は、王国にはこれから出現してくる可能性が高い。


 駐車場の隅から周辺を確認する。

 月明かりがあるとはいえ、流石に暗くてどの程度の範囲が出現したのかはわからない。

 遥か遠くに小さく灯りが見えた。おそらくあれは学人が攫われた時にいた都市の灯りだろう。

 随分と遠くまで連れて来られてしまったようだ。

 地震が治まった直後までは、車が何かに激突する事故の音がしていた。今はそれも聞こえなくなり、しんと静まり返っている。


 ……妙だ。

 屋上の駐車場がほとんど埋まっているという事は、日本はまだ昼間か夕方あたりだったはずだ。

 なのに悲鳴はおろか、物音ひとつすらしない。

 以前に廃墟の中で感じた嫌な静けさだ。まさか物質だけが送られてきたのだろうか。


 獣人族(ウォルフ)の女に顔を向ける。


『とりあえずここを出よう』


 もしかしたら魔獣が集まって来るかもしれない。

 それに、いつまでもここにいても仕方ないだろう。


『しゃ、しゃーニャいニャあ……』


 女は少し目を泳がせ気味に頬を掻く。

 耳も伏せていて、自分の見た事のない奇妙な物に囲まれて、不安を隠しきれずにいるようだった。


 学人が小屋の残骸を拾い上げ、車の窓ガラスを目掛けて振り下ろした。

 殴打されたガラスは少し快感を覚えてしまいそうな、ガシャンという爽快な音を鳴らして粉々に砕け散る。

 車上荒しでもしているかのような気分になるが非常事態だ。持ち主には悪いが目を瞑ってもらおう。

 ドアを開けてダッシュボードに手を伸ばすと、目当ての物はすぐに見つかった。懐中電灯だ。

 電気の無いこの世界では夜になると、一寸先も見えない真っ暗闇になってしまう。ヒイロナの魔法のおかげで頭になかったが、これからは懐中電灯は常に身に付けておいた方がいいかもしれない。


 ライトを点けて、店内入口の脇にあるスロープに向かって一直線に歩く。

 わざわざ暗い店内に入る必要はない。スロープを降りて一目散にこの場から離れれば済む話だ。


『待って! ニャんかおる!』


 突然、肩を掴まれて足を止めた。

 慌てて周囲にライトを向けるが、闇の中に浮かび上がるのは静かに主人の帰りを待つ車たちだけだ。

 それでも女は何かを感じ取り、ある一点を見つめたまま視線を外そうとはしない。

 全身が緊張で強張り、ライトを持った手に汗が滲む。


 二人の視線の先から微かに何かが聞こえた。

 それは蚊の鳴く様な、今にも闇の中に消えて行ってしまいそうな、掠れた声だ。


 女が両腕に着けたリストバンドの金属部分を弄ると、鉤爪が飛び出した。

 どうやらこの爪が彼女の得物らしい。

 爪を構えて全神経を声のした方向へ集中させ、一歩、また一歩と歩みを進める。


 前方に見える白い軽乗用車のタイヤの陰、そこから少し何かが顔を出している。

 ライトで照らし、注意深く観察するとそれは靴だった。

 一瞬痙攣したかのようなピクっという動きを見せ、二人はそこに生きた人間が倒れている事を認識した。

 学人が急いで駆け寄ろうとするが、女に手で制される。


『自分阿呆ニャん?! 魔獣の罠やったらどニャいすんねん!』


 どう見ても靴を履いた人間の足だ。

 だがこの世界で生きてきた人間の言う事だ。人だと思って不用意に近付いたら魔獣だった、という経験をしたのかもしれない。

 特に彼女にとっては未知の領域にいるのだ。いつも以上に慎重になっているのだろう。

 今出現したばかりのこのショッピングセンターで、魔獣がいるとは学人には思えなかったが、黙って従う事にした。


 警戒したまま、歩みを再開させる。

 一歩進むごとにその姿が露わになってきた。


 結果としては魔獣ではなかった。やはり彼女の取り越し苦労だ。

 しかしだからといって、それは五体満足な人間でもなかった。

 “痩せ細った”どころの話ではない、骨格が浮き彫りになっている人間。

 ライトを当てると皮膚の下には、無数に張り巡らされた血管と骨が透けて見える、肉という肉が全く無い男性だった。


 衝撃的な姿に二人とも絶句し、目を背ける事も声を出す事もできなかった。

 仰向けに倒れているその男性は、焦点の定まらない虚ろな目を力無く泳がせながら、掠れたうめき声をあげる。


「……けて……た……て……」


 学人が恐怖に震えてカチカチを奥歯を鳴らす。

 少し怪我をしてしまった。

 体調が悪くなって動けなくなってしまった。

 その程度なら、学人でも救いの手を差し伸べる事ができただろう。

 だが生憎、肉を全て失った人間を助ける方法など学人は知らない。


 結局、二人にはどうする事もできず、男性はしばらくうめき声をあげ続けた後、そのまま眠る様に息を引き取ってしまった。


『ニャ……ニャんやねんこれ……どニャ、どニャいニャってんねん』

『し、知らないよ。僕が訊きたいくらいだ……』


 震える声でなんとか言葉を交わす。

 学人は膝をついて男性に手を合わせ、背中を向けた。


 再びスロープの方向へ進む。


『しかし……ニャんやこのでっかい箱』


 女はまじまじと車を見て、コンコンとノックでもする様に叩きながら首をかしげた。

 今どういう状況なのか説明してあげた方がいいだろう。


『これは僕たちの世界の乗り物だよ。僕たちはこういう風に、突然町ごとこの世界に連れて来られたんだ』

『そーニャん?』

『そういう話は聞いてないの?』


 女は尻尾をくねらせながら、少し何かを考えてから言葉を口にする。


『アタシは南のバアムクーヘンから来たんや』


 全く話の繋がらない返事が返ってきた。

 南のバアムクーヘン領。

 どのくらいの距離があるのかはわからないが、北からでしか行き来できないリスモアとの位置関係を考えると、一番距離がありそうだ。


『……まあええわ、とりあえずこっから出てからにしよ』


 そう言って女は肩で嘆息をして、話を切り上げてしまった。

 結局何が言いたかったのだろうか。




『マジか……』


 スロープを見下ろし、学人が天を仰いだ。

 墜ちていた。

 スロープが墜ちてしまうほどの揺れではなかったはずなのに、見事に崩れてしまっている。外に出るには結局、店内に入るしか道は無い。

 仕方なく入口に光を向ける。


 目の前にはエレベーター、奥には階段が見える。

 置かれていた大量のカートが散乱していて、階段まで進むのに少し手間取りそうだ。


『奥に階段がある、ちょっとカート……これ退けるの手伝って』


 大陸に存在しない物には当然、単語が存在しない。

 その部分だけ日本語で喋るが通じるはずもないので、何かを伝える時に少し不便だ。

 ガチャガチャと音を立てながら、道を塞いでいるカートを退けていく。


 時間を掛けて階段まで辿り着き、二人並んで真っ暗な先を見下ろした。

 今ならまだ魔獣が彷徨いている心配もないだろう。一気に駆け抜けてしまいたいところだ。

 しかし、もしさっきの様な人が大勢倒れていたら……。

 学人は嫌な想像をかき消そうとするように、自分の両頬を叩いた。


 その時だ、内部から何か重い物が倒れた様な、大きな音が鳴り響いてきた。

 何か陳列棚でも倒れたのだろう。今更自然に倒れるとはあまり考えられない。

 なら誰か動ける人がいて、ひっくり返したのだろうか。わざわざ重い棚をひっくり返す必要性は感じられないが、中は見ての通り真っ暗だ。ぶつかって倒してしまったのかもしれない。

 大声を出して呼び掛けてみたい衝動に駆られるが、ぐっとこらえる。

 ジェイクがここにいたら間違いなく怒られる行為だ。


 常識的に考えて内部に、既に魔獣がいるとは考えられないだろう。

 だが、この世界に来てはや一ヶ月以上。

 常識は通用しない。さすがに学んだ。

 声が聞こえて来ないところをみると、多分すでに何かいる。そう考えるべきだ。


『ここから出たら、僕はもちろん逃げるんだけど……』


 何を言っているのだろうか、自分で言って、自分でつっこみを入れてしまいそうになる。。

 学人が誘拐犯に、自分のこれからの予定を前置きしてから提案をする。


『とりあえず……無事に出れるまで協力しない……?』


 女も引きつらせた顔をしながら、苦笑いを浮かべて返事をした。


『奇遇やニャ……アタシも丁度同じ事考えとってん』


 交渉はあっさりと成立した。


『よろしく……僕は山田学人。ガクトって呼んで。えーと』

『ペルーシャや。ペルーシャ・ハーネス・セントレイア』

『そっか、よろしくペルーシャ』

『こちらこそニャ、ガクト』


 握り拳を作り、どちらともなくぶつけ合う。

 学人と誘拐犯との間に協力協定が結ばれた。

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