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世界混合  作者: あふろ
第三章 王国の旅
37/145

37.誘拐

(頭が痛い……頭の中でベルが鳴り響いてるみたいだ)


 不鮮明に意識が浮上する。激しい頭痛で、今にも吐いてしまいそうだった。


(お腹も空いてるけど、今は何も口にする気になれない)


 何かを胃の中へ入れれば、五秒もかけずに全て戻す自信がある。


(……最低な気分だ。ここ、どこだ? 宿に帰って来たんだっけ?)


 一生懸命に記憶を手繰り寄せる。


(……違う、確か店の脇で吐いてたら、誰かが介抱してくれて……)




『あ、起きた?』


 学人の意識が戻ると、目の前には見た事の無い顔が大写しになっていた。


(……あ、そうか、この人が介抱してくれ……て?)


『んー! んんーっ!』


 違和感に気付いた。というか違和感しかなかった。

 椅子に座って猿ぐつわをされ、手足を縛られている。介抱してくれたにしては斬新な方法だ。

 自分がどこにいるのか確認しようと周囲を見渡すと、古びたテーブルに置かれたランタンの灯が、寂しげに荒れた小さな部屋を照らしていた。

 かなり埃っぽく、もう何年も人の手が入っていない様子だ。

 無駄だとわかっていながらも、とりあえず椅子に縛り付けられている上半身を前後させて、ガタンガタンと音を立てる。


『もー、ニャんやねんうっさいニャぁ!』


 女が息を荒くして手を挙げる。

 殴られると判断した学人が目を瞑って歯を食いしばると、意外にも女が学人の猿ぐつわを解放した。


『君は誰?! ここはどこ?』


 思わずお決まりの台詞を口にすると、女は律儀にも質問に答える。


『アタシは盗賊、ここは廃小屋、自分は戦利品、ていうか自分喋れんねんニャ』


 状況が把握できた。

 つまり誘拐されたようだ。

 女の口調は学人の習った言葉とはイントネーションが違い、やや聞き取りづらい。この世界にも方言という物があるのだろうか。


 誘拐された原因を考えてみる。

 金目当ての犯行か? 違う。

 殺して奪えば済む話だ、わざわざ誘拐する意味がわからない。


 恨みでも買ったのか? 多分違う。

 この世界に来て一ヶ月そこそこなのに、恨みを買う事をした覚えはない。

 そもそも、この都市にはまだ来たばかりだ。


 ならジェイクが恨みを買っていた。

 有り得る……。

 ジェイクは戦場に出ていたようだし、それでなくても買ってそうだ。

 もしジェイクと一緒にいる所を見られていたとすれば、腹いせに誘拐されたのだろう。

 つまり、ジェイクのせいである可能性が高い。


 今度は女をよく観察する。

 人間の顔をしているが、猫目猫耳猫尻尾。頬にはヒゲの様なものがピョンピョンと三本ずつ飛び出している。

 一見コスプレをしている人間にも見えるが、動いている耳や尻尾、身体に生えた毛を見ると、どうやら獣人族(ウォルフ)らしい。


 吸い込まれそうな猫の瞳に、オレンジ色の流れる様な輝く毛並み。

 虎を想起させる黒模様の入った身体は柔らかい曲線を描いていて、とても健康的だ。

 両腕には変わった形の、ごつい金属が付いたリストバンドをしていて、腰のベルトにはポーチ、太腿には投げナイフを何本も携えている。


 学人の視線の先に気付いたのか、女が訊いてもいない事をペラペラと喋り始めた。


『ん? ニャんや? 獣人族(ウォルフ)が珍しいん? アタシな、クォーターやねん! 自分の住んでた世界は獣人族(ウォルフ)とかおらんかったん?』


 女の口調から、学人の正体を知っている様子だ。

 誘拐されたのには間違いないが、不思議と彼女からは悪意が感じられない。

 学人に返事をさせる余地も与えず、次から次へと喋り続ける。



……。



『――でニャ、そいつがアタシに言いよんねん。いや、誰がマリリン・モンローやねんほんま』


 数十分、話は続いていた。しかも既に関係の無い話で、彼女の前回の仕事の愚痴になっている。

 ドナルドといい、獣人族(ウォルフ)には五月蝿い奴しかいないのだろうか。


(ていうか今、完全にマリリン・モンローって言ったよな? 言ったよね?!)


 心の中でそう思うも、口に出して突っ込む元気はなく、学人はウンザリした顔を隠そうともしない。


『ニャあ、自分ちゃんと聞いてる?!』

『あぁ、うん。聞いてる聞いてる……』


 適当に返事をする。

 学人の前に椅子を置いて陣取った女が、腕を組み眉間にしわを寄せた。


『えーと、どこまで喋ったっけ……ほらー! もう、わからんくニャったぁ!』


 目を瞑って唸る女に、恐る恐る訊いてみる。


『僕を誘拐して何が目的なんですか?』

『んー? ちょっと知り合いに頼まれてニャぁ……自分ら異人を誰でもええから連れて来て、言われてんねん』


 ジェイクのせいではなかったらしい。


『で、リスモアに行く途中で、丁度良く自分見つけたっちゅうわけや』


 日本人を攫いに、わざわざリスモアまで行く途中だったようだ。

 しかしここで疑問が浮上した。

 なぜわざわざリスモアまで行く必要があったのか。


『王国には僕たちいないんですか?』

『おらへんよ、おったらわざわざこんな遠くまでけーへんて』


 王国に日本人はいない。

 全員死んでしまったのか、もしくは日本が出現していないのか。


『依頼人は?』

『魔術図書館の研究者やで。丁重にって言われててんけどニャ、言葉通じひんって聞いてたしついつい、ごめんニャ!』


 話を聞いた限りでは敵意は無さそうだが、相手は研究者だ。

 異世界から来た人間は恰好の研究対象なのだろう。敵意が無くとも何をされるかわかったものではない。

 とりあえず逃げた方が良さそうだ。


『わかった、君に付いて行く。ただ……友達がいるんだ。友達も一緒でいいかな?』


 相手の話に乗るふりをしてジェイク達と合流する。

 合流さえしてしまえば、この女を撃退するなり逃げるなりできるだろう。


『あかんあかん。自分の連れって器用貧乏やろ? 揉めたらめんどくさいもん』


 即答で拒否されてしまった。

 学人の心を読み取ったかのようにそのまま喋り続ける。


『嫌ニャん? 逃げれるんやったら逃げてええよ。絶対無理やけど』


 女から向けられる視線に冷たい感情が帯びる。捕食者の眼だ。

 その鋭い眼光に思わず竦んでしまい、声を発する事ができない。

 学人が竦み上がったのを確認すると、女は腰のポーチから茶色い棒を取り出した。

 テーブルにトントンとした後、先端を少し潰してから口に咥え火を点ける。

 ゆっくりと煙を吐き出してから再び口を開いた。


『まぁ、代わりに他のん捕まえるだけやから別にええけど』


 学人が逃げ出せば、その代わりに他の誰かが捕まる事になる。

 他人を身代わりにしてまで自分が助かる道を、学人には選べないだろう。逃げ出さない様にと、暗に釘を刺された気持ちになる。

 しかし次の瞬間には、学人は別の所に意識を奪われていた。小屋が僅かに軋んだのだ。

 家鳴りではない、嫌な感覚が本能を刺激する。

 日本に住む人間なら誰でも経験する嫌な予感だ。


(――地震っ!!)


 学人がそう思った直後、地鳴りと共に小屋が大きな悲鳴を上げて揺れ始めた。

 風雨に晒されて脆くなった小屋は、揺れに耐え切れずに梁が外れて落ちて来る。


(潰れる!)


 そう悟った学人が藻掻くと、揺れと相まって椅子ごと倒れてしまった。

 すると今までに経験した事の無い浮遊感に襲われた。

 揺れは治まるどころか徐々に激しくなっていく。


『逃げるで!』


 女がナイフを使って、慌てて学人の拘束を解く。

 足をもつれさせながら、転がるように扉へ急いだ。

 間一髪、二人が出たと同時に断末魔とも取れる音を立てて、小屋は潰れてしまった。

 倒れ込んだまま、荒い呼吸で潰れた小屋を見つめる。動悸が治まらない。

 しばらくして揺れが急に止まると背後から驚愕の声があがった。


『ニャんやこれ?!』


 女が動揺を隠さずに狼狽えている。

 何事かと思い、学人は側にあった車に手を付き、立ち上がった。


(……車?)


 学人の目の前にあったのは何の変哲もない車だ。珍しくもない。

 ついでに足元は何の変哲もないコンクリートだ。珍しくもない。


 ゆっくりと目の前の車から視線を滑らせていく。

 月明かりのおかげでうっすらと周囲を確認する事ができた。

 車が停まっている。

 一台や二台ではなく、ざっと見ただけでも数十台。

 奥には入り口の様な物が見え、その上には見覚えのある大手ショッピングセンターのロゴが確認できる。


 つまり、ここはショッピングセンターの屋上駐車場だ。

 それは今この場所に、日本が出現した瞬間だった。


『自分ニャんかしたな?! ニャにをしたッ!』


 困惑を含んだ形相で学人に掴みかかる。

 急な出来事に学人も戸惑っているのだ、耳元で怒鳴られ頭に血が上ってしまい、怒鳴り返した。


『落ち着いて、僕じゃない! できたならとっくにやってたっ!』


 女はワナワナと学人を睨みつけたまま、ゆっくりと掴んだ手を離す。

 異人の存在は知っていても、その経緯までは知らなかったのだろう。


『ごめん……ちょっと、混乱してた……』


 大きく息を吸い込んで、なんとか平常心を取り戻したようだ。

 吐き出される息と一緒に率直な謝罪の言葉を口にする。

 学人も深呼吸し、気持ちを落ち着かせると改めて周囲を見回した。


 まずやるべき事は状況の把握だ。

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