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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
35/145

35.女神の庭園

 ラッドラットは行方不明。ミクシードと会う以外に、学人に道は残されていないようだ。

 まだ推測でしかないが、山脈に阻まれて行き来できない国の人間。

 一体どうやって山脈を越える事ができたのか。ラッドラットの知る方法を彼女も知っているのかもしれない。

 たとえ南の国からの進入経路が無かったとしても、山脈を越える方法で直接向かう事ができるかもしれない。

 ジータとミクシードが中継都市に立ち寄ったのは、わずか一ヶ月前だ。運が良ければまだ近くにいるかもしれない。

 行方知れずの冒険家や、無謀な登山に比べればかなりの近道だ。


 中継都市ランダルからは鉱山都市のあるラブーン地方、煙草の産地タンバニア地方、溟海都市のあるアクレニア地方、そしてアイゼル王国へと繋がるリストレア地方へと向かう事ができる。

 学人たちが進むのはリストレア地方、アイゼル王国方面だ。

 ドナルドが二人はアイゼル王国へ向かったという情報を手に入れた。


 壊れていない車を調達して、旅に必要な物をかき集めた。

 衣類。学人は結局スーツを着ている。サラリーマンには、なんだかんだでこれが一番落ち着く。

 廃墟から漁ってきた物で、安月給の学人には到底手が届かないような、高級な物だ。さすがに着心地が全然違う。

 他にも保存食や酒、煙草などをさらってきた。


 従者の月25日目、準備した物をワゴン車に積み込む。

 ドナルドと小鳥に見送られて、学人はリストレア地方へ向けて旅立った。




 車が視界から消えるまで、ずっと見送っていたドナルドと小鳥が踵を返した。


『行ってしまいましたね。寂しくなります』


 まだたどたどしさの残る言葉で、小鳥がそう呟いた。

 本音はこの都市に残って、共に日本人の暮らしを支えてもらいたかった。しかし、彼にはやる事がある。無理に引き止めるわけにはいかない。

 小鳥は今や日本人をまとめ役になっている。自分も学人に負けないよう、自分のやるべき事をしなければならない。

 学人の無事を祈りつつ、意気込みを見せる。


『なぜリストレアなのですか? あの二人を探すのなら、私はてっきりタンバニアへ行くものだと』


 小鳥の疑問に、ドナルドが口を開けたマヌケな顔をする。


『あれ? 王国に向かったって話じゃなかったか?』

『……ッ!』


 言葉を失った。この鳥野郎は本当に商人なのだろうか。


『違いますっ! 王国から来て、タンバニアへ抜けて行ったんです! まるっきり逆方向じゃありませんか!』


 鳥野郎は間違った情報を教えていた。

 その事に気付いても、今更遅い。車の姿は既に消えた後だ。


『ま……まぁ、途中で気付いて戻って来るだろ。ハハハ』




…………。




 廃墟を抜けて、のどかな一本道に出た。

 広い街道で、時々旅人や商人の馬車とすれ違ったり、追い抜かしたりする。

 走る自動車を見て唖然とする者、警戒して武器を構える者。それぞれが違った反応を見せるので飽きない。

 だが、さすがに魔法を撃ち込まれそうになった時は肝を冷やした。


 ちなみに馬車を牽いているのは馬ではない。どこか恐竜にも似た生き物だ。

 全身が硬い鱗で覆われていて、手がとても小さい。その分脚が発達していて、物凄い馬力を発揮する。

 最新の研究では、恐竜には羽毛が生えているそうなので、一昔前の恐竜といったイメージだ。


 車窓から見える景色は海のような平原だ。それはどこまでも続いている。

 左手の奥にはずっと山脈が走っている。目的地はあの山脈の向こうだ。距離的には近いのに、おそらく大陸の中で一番遠い。

 映画に出てくるアメリカなんかでありそうな、日本ではまずお目にかかれない素晴しい風景だ。

 そんな中を学人は旅をする。

 学人は少し心躍らせていた。生まれて初めての旅。それも、幻想の世界(ファンタジー)をだ。

 これにわくわくしない人間が、果たしているのだろうか。


 たまにぽつんと佇む日本の建物が目に入る。

 転移の際に大地が引き裂かれたのだろう。“日本の欠片”が点々と出現している。中には半分に割れた建物もある。


 車にCDが積んであった事を思い出した。旅のお供に音楽は必要だ。

 この車の持ち主と学人は趣味が合うらしい。学人の好きな歌手のものが沢山積まれていた。

 ただ、その歌手の曲は切ないバラードが多い。せっかくの陽気だ、できれば明るい曲がいい。

 学人はラベルもよく見ずに、たまたま手に取ったCDを差し込む。スピーカーから音楽が流れ始めると、学人に幼い頃の記憶が蘇った。

 随分と古い、自分がまだ生まれる前のものだ。少年たちが海賊の財宝を求めて冒険する映画の主題歌。父親が好きだった映画で、学人も一緒になって何度も観たものだ。

 今日これから未知の世界を冒険する自分に、これ以上うってつけの曲があるだろうか? いや、無い。


『なにこれ? 何かの詠唱?』


 英語の歌詞に、ヒイロナが驚いてしまったので説明する。


『これはCDって言って、音楽を流すための道具なんだよ』

『しー、でぃー?』

『うん、でも僕達の世界の、違う国の音楽だから何て歌ってるのかわからないけど』


 ヒイロナがCDを手に取り、物珍しそうにまじまじと見つめる。

 ひっくり返したり、透かせてみようとしたり、日の光に当ててみたり。

 そしてしばらくそのまま固まったかと思うと、今度は首をかしげた。


『これって……』

『どうかした?』


 学人が訊くと、ヒイロナは首を振り、


『んーん。なんでもない』


 CDをケースの中にしまった。




 運転に疲れたので小休止を挟む。

 学人は車から降りて、近くにあった岩に腰を下ろす。

 煙草に火を点けると、本を開いた。あの絵本だ。

 何度も何度も読み返しているので、内容は全て暗記してしまっている。それでも、この本を開くのがいつの間にか日課になっていた。




――むかしむかし、女神様が独りである事を寂しく思いました。

 そこで、女神様は世界に生命を創りだしました。人間、魔獣、動物、植物をはじめとした、海や川、大地に至るまでの全てをです。

 人々は魔獣や動物を狩る事によって得た恵みで街を作り、繁栄していきました。

 女神様は空に浮かぶ庭園から、その様子を微笑ましく見守っていました。


 ある日、女神様は自分のお気に入りの種族を呼びました。

 自分の庭園で暮らす事を許可したのです。

 選ばれた種族の森精族(ハイエルフ)、妖魔族(タイタニア)、竜人族(ドラゴニア)は大喜びで移り住みました。


 女神様の庭園は、とても広く生命の魔力に満ちあふれ、それはそれは美しいこの世の楽園でした。

 移り住んだ人間たちは幸せな日々を送るのでした。


 しかし、やがて人間たちは暇を持て余すようになりました。

 一人の森精族(ハイエルフ)が自分の力を試したいと思い、女神様に勝負を挑みます。

 ちっぽけな森精族(ハイエルフ)にとってはまさに命懸けですが、女神様にとってはほんのお遊びです。

 可愛い我が子の挑戦を微笑ましく思った女神様は、快くその挑戦を受けました。

 もちろん森精族(ハイエルフ)はあっさりと負けてしまいました。

 しかし、その話を聞いた人々が我こそは、と次々に名乗り出たのです。


 人間たちの挑戦はだんだんとエスカレートしていき、遂には女神様との戦争へと発展してしまいました。

 女神様は荒れてしまった庭園と、殺意を抱く人間たちに心を痛めました。

 どうしてこんな事になってしまったのか、それは女神様にもわかりませんでした。

 これ以上悲しみたくない女神様は、空中庭園を地上へと落としてしまいました。


 ほとんどの人間が死にました。僅かに残った人間たちは過ちを悔い、赦しを乞いました。


 赦しを得たければ、大地に根を下ろし、世界を護り続けなさい。


 女神様がそう告げたあと、人間たちに変化が起こりました。

 足の先からどんどん木になっていったのです。

 やがて全身が木に変化すると、皆が混ざり合って大きな樹になりました。


 エルフの森にある生命の樹は、元は生き残って赦しを乞うた人間たちで、森林族(エルフ)はその子孫なのです。

 彼らは赦しをもらえるその日まで、今日も世界を見守り続けます。


――著者不明「女神の庭園」

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