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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
33/145

33.あしたも晴れるように

――酒の席での話だ。

 世界中の戦士が決闘をして、一番を決めるとしたら誰に賭ける?


 大穴では器用貧乏ジェイク、鉄拳のアルガン、黄金の爪ペルーシャ、偽りのサンドラ。

 ジェイクは乱戦の中で真価を発揮する。決闘となれば分が悪い。

 アルガンは魔法にめっぽう弱い。たぶんウィザードに瞬殺される。

 ペルーシャ、目にも留まらぬ俊敏性を持つが、攻撃力に欠ける。

 サンドラは奇抜な手を使う。もしかするかもしれない。


 じゃあ、有力候補は?

 紅風のアタマガ、竜騎士ユージーン、赤蠍ディアナ、恐怖の象徴レオン、迷宮のノット、悪魔の右腕ルアージュ、探索王ラッドラット。

 様々な名前が挙がる。

 だが、結局は賭けにならないだろう。

 大本命は虹姫だ。おそらく九割以上の人間が彼女に賭ける。


 虹姫ジータ。


 魔法の天才で、何種類もの色を扱う事ができ、さらには彼女だけの“時の色”を自在に操る。


 ジータ・クルーエルは戦場に出ていたわけではないので、戦士と呼んでいいのかは微妙なところだ。しかしそれを言ってしまうと、結構な数の候補が外れてしまう。

 ジータの名前が知れ渡るきっかけになったのは、王国暦682年に起きたパンプキンフォーセスの決戦である。


 ジータは両親を亡くし、幼い頃から三本の指に入る大きな家族に所属していた。

 戦争とは無縁の平和な家族で、姫の名をマコリエッタ・フローラリアという。

 迷宮探索で生計を立てる事が主だったが、他にも農業、交易と幅広く活動していて、アイゼル王国西部のルーレンシア領に拠点を置いていた。

 とても温かみのある家族で、ボランティア活動も精力的に行っていた。ジータは聖女と呼ばれるほど慈愛に満ちたマコリエッタを崇拝していた。


 そんな家族から独立して、三つの家族ができた。

 ひとつは騎士リーザが率いる騎士団。

 ひとつは策士サイレントが率いる騎士団。

 ひとつは幼いながらもジータが率いる家族、パンプキンフォース。可愛らしいカボチャのお化けを紋章とした家族だ。


 マコリエッタは争いを好まないため、二つの騎士団については表向き独立して全く別の家族、という形だったが、実質は分家だ。

 ジータの目標は、本家よりも暖かい家族を作る事だった。


 ある日、本家の姫マコリエッタが何者かの手によって暗殺された。

 ジータは怒り狂って犯人を捜すも、手掛かりすら掴む事ができなかった。

 時の魔法を使えば簡単に割り出せたのではないか、という疑問が残るが、まだまだ幼かった上に、怒りに我を忘れて思いつかなかったのだろう。


 そんな中で、パンプキンフォースの一人が偶然にも犯人を突き止めてしまう。

 当然口封じに始末されてしまったが、死ぬ間際にメッセージを残した。

 犯人は同じ分家として分かれた、姉妹家族である騎士団のサイレント。

 騎士団としては中堅クラスで、その割に人数が多い事で知られていた騎士団だ。


 なぜ暗殺などと馬鹿な事をしたのか、真相は今となっては闇の中だ。その話は瞬く間に王国全土に広まった。

 何百年と戦争ばかりしているアイゼル王国だが、時と場所を全く選ばないというわけではない。初代国王によってルールが定められ、その厳格なルールの下で行われている。

 真実が明るみに出なければよかったのだが、暗殺はご法度だ。その罪は万死に値する。


 慕っていた姫と家族の一人を失い、ジータはサイレントに宣戦布告を突きつけた。

 十人にも満たない小さな家族が、何百人といる大きな騎士団に、だ。

 結果なんて目に見えている。それこそ象が蟻を踏み潰すようなものだった。


 運命の日。

 ジータとサイレント。両者はルガンダ高原で相対する。

 開戦の狼煙が上げられる直前、噂を聞きつけた騎士団が続々とカボチャの旗を掲げて、ルガンダ高原に集結した。

 ジータに心打たれた騎士団が、パンプキンフォースに加勢をするという大義名分で。

 理由なんてそれらしいものであれば何でもよかった。本音は“掟破りの卑怯者を野放しにはできない”といったところだ。

 見て見ぬふりをしてしまうと、ルール自体が意味を成さなくなってしまう。そうなれば秩序が崩壊して、王国建国前の無法状態になる。

 建国前のエルゼリック大陸は酷い有り様で、人類は戦争による滅亡の道を突っ走っていた。再びそうなれば、今度こそ大陸は滅亡してしまうだろう。

 だから、放っておくわけにはいかなかった。


 カボチャの旗を掲げる騎士団は瞬く間に膨れ上がった。後に、それは“カボチャの軍隊(パンプキンフォーセス)”と呼ばれる事になる。

 最終的には何千人という大軍隊となり、サイレントの騎士団は一瞬のうちに壊滅へ追い込まれると思われた。

 しかし開戦間もなく、カボチャの軍隊(パンプキンフォーセス)の全員が足を止めてしまった。


 ジータだ。

 虹色に輝き、舞うようにして戦っていた。

 無、光、火、水、風、木、大地、時。七色の魔法を駆使し、怒りの限り踊り狂う。

 その美しさに誰もが目を奪われて、知らずのうちに足を止めてしまっていた。

 ジータは火の魔法を好んでいて、普段は火の魔法しか使っていなかった。そのために、複数の色を自在に操るなど、この時まで家族ですら知らない事だったのだ。

 その美しい戦いぶりを見た多くの騎士団によって、“虹姫”という名が付けられた。


 サイレントは結局、抵抗も虚しくジータの手によって一瞬で消し炭にされてしまった。

 戦士たちはその凄惨な死体を見て、口を揃えてこう言った。


『あの娘だけは、絶対に敵に回してはならない』


 おそらく決闘で、ジータに勝てる人間など存在しないだろう。




…………。




 見渡す限りの田園風景。広大なリスモアの大地を埋め尽くして、一メートルほどの背丈がある植物が生えている。

 規則正しく植えられたこの植物は、天辺にピンク色の花を咲かせている。この風景は、ここタンバニア地方でしか見る事ができない。


『わー、すごく綺麗! これなあに?』


 田園を裂いて伸びる道から、弾んだ声が上がる。

 白銀の髪を揺らして、ミクシードが軽快なステップを踏む。初めて見るタンバニアの景色が、かなり気に入った様子だ。

 その背には、銀に輝くマスケット銃が掛けられていた。


『煙草の葉だよ。これ全部』


 抑揚の無い口調で、ジータがそう教えてあげる。

 刺繍の入った黒いヴェールのスリットスカートに、黄金の装飾があしらわれたヒップスカーフ。肩とヘソを放り出したトップスの胸元には、淡く青の宝石でできたフリンジが垂れ下がっていて、動く度に服全体がシャランシャランと澄んだ音色を奏でている。

 露出度が高く、酒場にいれば踊り子と間違えられて、リクエストのひとつでもされそうな格好だ。


 春先のような暖かい風の流れる。のどかな田園風景に囲まれて、二人は散歩でもしているように歩き続ける。


『ここに居そうなの?』

『んー、たぶん? “俺は煙草と結婚する”とか言ってたから』

『へ、へぇ……変わった趣味の持ち主なんだね』

『ほんとにね。煙草なんかよりあたしの――』

『わーわーわーわー!』

『急になに? どうしたの?』

『ジータってさ、すごいのになんかネジ外れてるよね……』

『そうかな?』


 油断するとすぐに危ない発言をするジータに、ミクシードはげっそりとした顔をした。

 最後まで聞かなかったので、何を言おうとしたのかはわからない。でも、直感で最後まで言わせてはいけない気がした。


『なにあれ?』


 ジータが空を見上げる。

 この大陸には似つかわしくない轟音を撒き散らして、空を何かが飛んでいる。鳥や魔獣ではない。

 それは大きく旋回したかと思うと、徐々に高度を下げ始めた。

 栽培されている煙草の葉を薙ぎ倒して、呆然と見つめる二人の前に、それは着陸した。

 金属でできた、見た事のない奇怪な何かだ。

 上で高速回転をする棒状の物が停止して、中から痩せた男が顔を出した。二人はそこでようやく、これが乗り物であると理解した。

 二人を舐めるように見た男が、卑猥な笑みを浮かべる。


「おいおいおいおい、踊り子かよ? こんな所に?」


 男は二人組で両方とも同じ格好をしている。

 見た事のない乗り物に、見た事のない服装。中継都市にいた異人の仲間に違いない。

 降りて来た痩せた男が二人に近付いて来る。


「お前ら空は飛んだ事あるか? どこにでも送って行ってやるよ」


 しかし、弾頭や機関銃を搭載したヘリだ。コックピットの中は前席と後席の二人乗りで、どうやってもこれ以上誰かを乗せる事はできない。

 言葉のわからないジータが首をかしげた。


『ミッキー、なんて言ってるかわかる?』

『んー……』


 ミクシードが露骨に不機嫌な顔をして言葉を選ぶ。


『早い話が、やらせろって』

『ふーん、じゃあ殺してもいいかな? いいよね』

『爆発はナシね! せっかくの景色が台無しになっちゃう』


 ジータが両腕を広げて、男の首に指を這わせる。すると男は鼻の下を伸ばしたまま、微動だにしなくなってしまった。

 その首には、いつの間にか赤い細い線がぐるっと一周している。


「おい、どうした?」


 動きを見せない相棒を不審に思ったもう一人も、こちらへ近付いて来た。


「おい!」


 相棒の肩を掴んで揺する。ぽろっと簡単に落ちた。

 首が。


「……え?」


 ショックのあまり息が止まる。


 男が動けずにいると、額にひやりとした冷たい感触があった。落ちた相棒の首から視線を上げる。

 銃口を向けられていた。

 目の合ったミクシードはにっこりと笑い、


「さようなら」


 銃声と共に、脳漿が飛び散った。





 煙草の産地、タンバニア地方サザザ村に到着したのは日が暮れてからだった。

 なんとか宿を確保し、部屋でくつろぐ。宿といっても藁葺き小屋で、一目ではそれが宿とはわからない粗末なものだ。小さな村なのでそのくらいは我慢をするしかない。情報収集は夜が明けてからだ。


 ジータは二年前から毎日、寝る前に祈りを欠かさない。

 今日もいつもと同じ、跪いて祈りを捧げる。


『ねえ、ジータ』


 足をパタつかせてベッドに寝転ぶミクシードが声をかけた。熱心に祈るジータは返事をしない。

 構わずにミクシードが続ける。


『疑問だったんだけど、何に祈ってるの? まさか女神様っていうわけじゃないでしょ?』


 やはり返事はなく、心地好い沈黙が部屋に流れる。

 しばらくして祈りを終えたジータが、うっすらと目を開いた。


『ジェイクに……』


 ぽつりと呟くように、先ほどの答えを返す。


『あしたも晴れるように』

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