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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
32/145

32.伝言

『滅茶苦茶な森林族(エルフ)だな……しかしおかげで助かった』

『怒らすと怖えんだ、ロナは。変なとこ触ったら後で血祭りにされるぞ』

『ハハ、気を付けよう。氷漬けにでもされたらたまらん』


 ジェイクに脅かされ、ヒイロナを背負ったバーニィが苦笑いをする。

 オークの姿は既に無い。王が死んだとなると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。

 部隊は怪我を物ともせず、都市に向かって進行を再開する。転がる死骸に悲鳴が上がるものの、もはや脅威となるものはない。

 都市が見えると、お伽噺に登場しそうなその風貌に驚嘆の声が漏れた。


 出迎えてくれたのはドナルド、そして小鳥たち日本人だ。

 広場には沢山のテントが張られていて、炊き出しの準備もされていた。ウィザードの集団も見える。それはちょっとした村のようにも見えた。


『うおおお! なんだこれ、すげえなおい!』


 装甲車を前に大はしゃぎのドナルド。その姿を見た学人はひとつ大切な事を思い出した。

 時間が無かったために、ドナルドとの契約の事を話してなかったのだ。

 青木と岩代の姿を探す。

 周りでは既に怪我をした者の治療や、炊き出しの配給が行われていた。


「青木さん、岩代さん、ちょっとお話が……」


 学人が声をかけると、二人が笑顔を向けた。


「山田さん、あなたのおかげで我々は生き延びる事ができた。皆を代表してお礼を申し上げます。ありがとう」

「実は、その事でちょっと……」


 学人がドナルドの事を説明すると、二人はこだわりもなく笑い、


「なるほど、そういう事か」

「すみません。勝手な約束をしてしまって」

「君が謝る事はない。逆に我々が感謝してもしきれないくらいなのだ。そのくらい、お安い御用だ」


 話を終えて、少し離れた場所に腰を落ち着ける。

 笑顔になった避難民たちを見て、自然と笑みがこぼれる。


「山田さん、あなたは……」


 気が付くと、いつの間にか小鳥が側に立っていた。


「これは吉村さんが? ありがとうございます」


 救出に向かう事ばかりに気が取られていて、その後の事を何も考えていなかった。もっとも、後の事を考えている余裕なんて無かったのだが。

 完璧なフォローをしてくれた小鳥に感謝を示す。


「そんな、私なんて」

「諦めなかったら……なんとかなるものですよ。吉村さん」


 ドナルドとの契約には、自衛隊との間の通訳も入っている。

 本当なら妹と両親を探しに、すぐにでも出発したいところだ。しかし、そういう約束をしてしまったし、なにより足を怪我している。仕方ない。

 この都市にはしばらく滞在する事になるのだ。つまり、小鳥にはしばらく世話になる。仲良くしておいた方がよさそうだ。

 二人は会話を交わすでもなく、ただじっと避難して来た人々を眺めていた。



『おい、ジェイク! お前に伝言だ、また忘れる前に伝えといてやる!』


 ヒイロナを宿に寝かせて戻って来たジェイクに、ドナルドが元気に絡み始めた。


『なんだ、うるせえ鳥野郎だな』


 ジェイクが顔をしかめる。ジェイクでなくとも、たぶん誰でも同じ反応を見せるだろう。

 それだけこの鳥野郎は五月蝿い。


『ジータって奴がお前の事探してたぞ!』

『ジータが? 生きてたか』

『見た事ねえ種族の女と一緒にな! ジータっていやあオメェ、どういう関係だよ!』

『どこ行ったかわかるか?』

『それが行き先も言わずに出て行きやがってよぅ』

『阿呆か、あいつは』


 行き先も言わずに出て行かれては、伝言を聞いたところでどうしようもない。

 ジータは魔法に関しては天才だが、残念な事に思考回路が少しマヌケだ。天は二物を与えなかったらしい。

 となると、都市周辺を丸焦げにしたのは、彼女の爆発魔法によるものだろう。


『で、見た事ねえ種族の女ってのは?』

『ミクシードって異人の言葉を喋れる奴だ。お前も何も知らないのかよ!』

『知るわけねえだろ。二人だけでか? あいつ、家族はどうした?』

『それこそ知らねえよッ!』


 ジータには家族がいた。先の女神大戦でジェイクと行動を一緒にしていたが、途中で逸れてしまった。もしかすると、皆死んでしまったのかもしれない。


『見た事のない種族……か』


 正体不明の魔獣の出現と何か関係があるのだろうか。ジェイクがぽつりと独り言を呟く。

 ジータが一緒に行動しているのだ。変な心配は無いと思うが、どうしても勘ぐってしまう。


『お、いたいた。器用貧乏、酒場に繰り出そうぜ! 打ち上げだ!』


 鳥野郎の次はバーニィだ。打ち上げも何も、既に酒臭い。

 少し面倒だとも思うが、疲れを酒で癒すのもいいだろう。久しぶりの酒だ。


『もちろん奢りだろうな?』


 ジェイクが傭兵たちと街中へ消えて行く。

 追いかけるでもなく、学人はその背中を見送った。

 空を仰ぐと、大きな鳥が都市を旋回していた。




…………。




 夕暮れ。

 ヒイロナはぐっすりと眠っていて、起きる気配がない。

 暇を持て余した学人は、ぶらりと市場を見て回る事にした。

 金が無いのでウィンドウショッピングになる。この世界に流通している物、それらの相場を調べておくのは必要だろう。

 じっくりと見て回る。

 幻想の世界(ファンタジー)なのだ。色々と期待していたのに、これと言ってあまり珍しい物は無く、なんとなく想像のできる物ばかりだった。


 何かと物々交換でもできれば、と絵本を持ち出していたのに、この調子では出番がなさそうだ。

 市場を見ていて気が付いた事がひとつあった。

 どこにも本が売られていない。

 製本技術が発達していないのだろう。ただ、図書館でのヒイロナの反応から、全く存在しないというわけでもなさそうだ。

 おそらく、本は高級品だ。

 会話に加えて文字の勉強もしたいと思っていた学人には、大変残念な事だった。

 その代わり、この絵本は高く売れるかもしれない。


「あれ?」


 露店のひとつに目が留まった。

 色々とよくわからない物や宝石のような物に混じって、一冊だけ本が売られていた。

 かなり薄く、穴を開けた紙に紐を通して閉じただけの簡素な本だ。一応扉もある。

 店主に声をかける。


『これ、見ていい?』

『好きにしな。汚すんじゃねーぞ』


 無愛想な店主に許可をもらい、手に取ってみる。

 羊皮紙というのだろうか。ざらついていて、紙にしては厚みがある。

 表紙には、何か島の絵が描かれていた。ただし、海に浮かぶ島ではなくて、天空に浮かんでいる島だ。

 この世界には大空を浮遊する島でもあるのだろうか。開く前から興味を刺激される。


 はやる気持ちを抑えて、一頁目をめくる。これは絵本だ。

 左の頁は挿絵、右には文字が書かれていた。


『交換、できる?』


 言いながら、日本の絵本を見せる。

 廃墟を漁ればこんな物、いくらでも手に入るだろう。

 なんとなく騙している気にもなるが、今時点では、日本の本が都市に持ち込まれた形跡は無い。

 彼らにとって、これが珍しい本である事には違いはない。


『好きにしろ』


 学人の差し出す絵本を一瞥し、考える素振りもなく即答した。

 店主にお礼を言い、大陸の絵本を手にその場を後にする。

 ヒイロナが起きたら、この絵本を読んでもらおう。そう考えた学人は一人、苦笑いを浮かべた。

 これではまるで子供みたいだ。

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