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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
31/145

31.愚王

 救助隊が出発したあと、小鳥は奔走していた。

 病院の人々を受け入れる態勢を整えなければならない。

 都市の主要人物たちに掛け合ってみるが、言葉が話せないせいで言いたい事が中々伝わらない。

 全員を収容する場所は、広場でも強引に占拠してしまえばいい。そもそも、二百人以上も収容できるような建物は存在しない。


 病院の状況をもっとよく聞いておけばよかったと後悔する。何が必要で、何が不要なのかがわからない。

 病院で籠城していたのだ、医者や医療品は十分にあるのだろうか。

 いや、医者もかなり疲労が溜まっているはずだ。それに、避難の途中で怪我をする人も出るだろう。

 最優先は医者の確保だ。


 この世界に医者という職業は無い。それに代わるのが、再生魔法を扱うウィザード、クレリックである。

 別に明確な分類や資格があるわけではない。普段はウィザードと一括りにされていて、便宜上そう名乗る事があるというだけだ。


 身振り手振り、絵も描いて必死に説明する。

 焦りだけが募っていく。

 必死な形相の小鳥に圧されてか、主要人物の一人が首を縦に振った。本当に伝わっているのか疑わしいが、こちらにばかり時間を割いているわけにもいかない。


 伝わったと信じて、今度は斡旋所へ走る。

 次に必要な物、それは食料だろう。

 向こうにどれだけの量が確保されているのかわからない。節約の為に十分な食事をしていない事も考えられる。もしかすると、持ち出す余裕なんて無いかもしれない。

 どうにせよ、用意しないよりはしておいた方がいいに決まっている。


 大勢の傭兵が出払っているためか、斡旋所はいつもより人が少ない。

 都市に頼っているばかりでは駄目だ。自分たちも最大限に動く必要がある。食料くらいは準備したい。

 今、都市から借りている補助金を全て使う。それだけではなく、都市にいる日本人にも片っ端から協力を仰ぐ。


 占拠した広場には続々と食料や、その他必要と思われる物資が運ばれた。

 小鳥が忙しなく指示を飛ばす。布と木の棒を使って簡単なテントを建てていき、石畳一面には布が敷かれた。

 柔らかい毛布などは無いが、直に座ったり寝転んだりするよりはマシだろう。


 ウィザードたちがやって来た。

 彼らを引き連れているのはドナルドだ。他にも、物資を持った部下たちがいる。


『おう、ねーちゃん! これは俺様からのサービスだ!』


 商人にとってイメージは大切だ。今のうちに日本人からの好感度を上げておけば、後々に有利だという打算的な部分が大きいだろう。ドナルドの他にも、協力を名乗り出る商人が後を絶たない。

 有難い事には変わりない。ドナルドたち商人に感謝をしつつ、着々と準備が進められていく。




…………。




 学人が自衛隊員を集めて、避難先である都市の説明を簡単にする。時間があまり無いので、最低限の説明だ。

 その傍らでは、民間人の避難準備が進められていた。

 病人、子供、老人を優先的にトラックへ乗せていく。三台あるトラックのうち、二台がすぐに満員になってしまった。

 残りの一台は医療品や食料などの物資が積まれている。全てを持ち出す事ができないので、あるのはごく一部だ。


 門のすぐ外では傭兵たちが作戦を練っていた。

 本当なら付近の魔獣を殲滅してから、万全の態勢で出発をしたかった。迫る亀のせいでそんな暇は無い。


『予定通り複縦で行く。陣形の中にあいつらを匿う形だ。万が一に備えて中央にはウィザードを挟め。魚鱗を先頭に進む』


 作戦が決まると、傭兵が二つの列になって道を作った。

 十数人程度のグループに分けた民間人をこの間に通らせる。先頭まで来たら、両脇から挟むようにして傭兵たちも歩き始める。

 グループとグループの隙間はウィザードで埋める。こうする事で、前後左右の護りを固める事にした。

 最前列は重装備のウォリアーとアーチャー、自衛隊員、そして装甲車二台が務める。


 甲冑姿の傭兵を見た人々の反応は様々だった。

 目を丸くする者、自分の頬をつねってみる者、頼もしい姿に感激する者。子供たちは大はしゃぎだ。

 巨大な亀を目の前にしても、意外な事にパニックに陥る事態には至らなかった。現実味に欠けるのか、誰もが唖然として見上げるだけだった。



 病院を発ってしばらく、後方から建物が崩壊する音が耳に届く。

 わざわざ振り返って確認するまでもない。病院が亀に踏み潰されたのだ。

 もう少し到着が遅れていれば、もっと大混乱の中での脱出になっていただろう。

 亀をはほぼ直角の対角線状になっている。追いかけられて踏み潰される心配は無いが、しばらくは何が起きても後退する事ができない。


『どうした、器用貧乏?』


 何かを考え込むジェイクに、バーニィが声をかけた。

 気掛かりだったのはオークの挙動だ。ジェイク達が廃墟に入った時は、少数部隊を組んで町を巡回していた。

 病院の手前では、こちらの様子を窺っていた。知能の低いオークが取る行動とはどうしても思えない。

 つまり……。


『防壁を張れ!』


 オークたちを指揮している者がいる。

 ジェイクが叫んだのとほぼ同時だった。

 両脇の建物からオークの大群が一斉に姿を現した。屋根からは、矢と岩石が降り注ぐ。

 待ち伏せだ。


 “荷物”を抱えてまた戻って来ると踏んでいたのだろう。亀の事も計算に入れていたとすれば中々のものだ。

 読みは大当たりで、ジェイクたちはまんまと罠に飛び込んでしまった形となる。

 不自然な点はいくつもあった。もっと早くに気が付くべきだった。

 ウィザードたちが無色の魔法で引き剥がしたアスファルトで壁を作る。ウォリアーは盾を掲げて頭上からの攻撃を弾いた。


 一瞬早い指示が功を制して、被害は無いに等しい。問題はここからだ。

 待ち伏せ、それも大集団による遠距離攻撃は想定していなかった。

 アーチャーと自衛隊が応戦しているものの、オークはすぐに身を隠してしまう。遠距離から牽制しつつ、敵の懐に飛び込んでしまいたいところだが駄目だ。

 オークたちは広範囲に広がっている。何の障害物もなければなんとかなったかもしれない。だが、生憎ここは廃墟のど真ん中、むしろ障害物しかない。

 一番の目的は護衛だ。散り散りに迎えに行って、陣形が崩れてしまう事は避けたかった。


「ヒイロナ、そこの蓋を開けて!」


 学人が地面を指さす。

 すぐさま開かれた蓋の中から出てきたのは、地下式の消火栓だ。

 こんな事もあろうかと、学人はヒイロナと事前に打ち合わせをしていた。この世界の常識から考えると、今の状況を想定する者はいない。

 常識をあまり知らない学人であるからこそ、頭の片隅にあった事だと言えるだろう。


 水の魔法は周りの環境の影響を受けやすい。

 別に水の無い場所で空気中に含まれる水分を集めて、ある程度の魔法を生成する事ができる。砂漠などの乾燥しきった場所では、一切使う事ができない。

 なら、水の多い場所ではどうか。

 有り余る水を直接使う事ができるので、魔力の消耗を抑えられる上に、詠唱も大幅に削減する事ができ、驚異的な力を発揮する。嵐の中での魔法は誰にも手を付けられないほどだ。

 水道管に水が残っているかどうかは賭けだったが、栓を開くと勢い良く水が噴き出した。


 ヒイロナを中心にして、水のウィザードたちの詠唱が開始される。

 噴き出した水は地面に降る事なく、空中で一ヵ所に集まり始めた。みるみるうちに巨大な塊になっていく。

 ウィザードたちが水を一ヵ所に固め、ヒイロナはまた別の詠唱をしている。中心から凍り付き、それはとうとう氷塊へと変貌した。


『もう少しで魔法が完成する! 降雹に備えろ!』


 氷塊を見たジェイクがその意図を汲み取る。

 盾を構えたウォリアーが隙間を無くし、自らの肉体をも盾とする。

 そこへさらに、ウィザードが魔法を載せて、護りはより強固なものとなった。

 しばらくして、魔法の名前が呼ばれる。


『――全てを瓦解せよ! 氷河の星屑エンハンブレ・グレイシャ!』


 氷の隕石。そう呼ぶに相応しい。

 内部から破裂した氷が、受ける太陽の光で輝きを放ちながら飛散する。

 その美しさとは裏腹に、凄まじい破壊音を轟かせた。

 一瞬のうちに大量のオークを蹂躙する。


 音が止んで辺りが静けさを取り戻すと、視界には瓦礫と化した町並みが広がっていた。

 氷はもちろん部隊にも降り注いだ。

 ウォリアーとウィザードのおかげで、民間人に被害は無い。しかし、盾となったウォリアーたちはそうはいかなかった。

 鉄壁にも思えたガードを破り、怪我をした者が多く出てしまったのだ。魔法の圧倒的な破壊力が窺える。


 魔法を生成し終えたヒイロナとウィザードたちは、線が切れたかのように意識を失ってしまった。


「ヒイロナッ!」


 学人が慌てて駆け寄る。

 手を伸ばそうとした刹那、ヒイロナの身体が宙に浮いた。


『魔力を使い切ったんだ。寝かせてやれ』


 バーニィだ。気絶したヒイロナを丁寧に担ぎ上げる。

 戦意を失ってしまったのか、運良く生き残ったオークたちに動きは無い。

 ジェイクが注意深く周囲を見渡す。探していたそれ(・・)は、少し離れた低いビルの屋上にいた。

 他のオークと比べて一回り大きい。わかりやすい貫禄を身に纏い、身を乗り出していた。

 ご丁寧に護衛と思われるオークの姿も見える。さすがにどんな阿呆でもわかるだろう。あれがオークの指揮官、王だ。


 待ち伏せまでは良い線をいっていた。だが、敵前にその身を晒すとは、結局のところ馬鹿なのだろう。

 ジェイクが矢をつがえる。

 距離があるが、風はほとんどなく見晴らしもいいので、ジェイクにとって何の問題も無い。


『ごくろーさん』


 馬鹿に仕えるオークに同情を禁じえない。小さくため息を吐き、ジェイクは矢から指を離した。

 空を切って矢が目標に向かう。

 王は躱す素振りも見せずに、額に矢を突き立てていた。

 前のめりに崩れて、ビルの上から落下を始める。


 ジェイクは興味も無さ気に、その様子を見届けた。

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