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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
30/145

30.災害

 金属がぶつかり合う無機質な音が廃墟に響く。甲冑を着た大勢の傭兵が歩く音だ。

 総勢約二百五十名。今回は傭兵だけでなく、冒険家族も参加している。

 この廃墟は商人にとって邪魔なものでしかないが、彼らの目には宝の山に映った。

 なにせ新しい世界が広がっているのだ。見るもの全てが真新しい。


 危険を冒して迷宮やどこか秘境の地を目指さなくても、都市を一歩出ればそこが冒険の舞台となる。

 日本が出現した直後は多くの冒険者で賑わっていた。だが、物の価値や使い道のわからない大陸の人間にとって、それらはガラクタでしかなかった。

 賑わったのも束の間、都市付近には生息していなかったはずの魔獣の出現やその多さもあり、すぐに人の気は無くなってしまった。

 それでも、外の世界に触れた経験を買われて、結構な金額で雇われる事になった。


 傭兵たちのほとんどが都市の防衛や復興作業に当たっていて、実際にこうして日本の町を歩くのは初めてだ。各々が目にした事の無い文明に目を奪われていた。

 道中で遭遇する魔獣はオークが一番多い。

 戦闘に慣れた彼らの相手ではなく、学人がその姿を認めるよりも早く駆逐されていく。


『おい、なんだこいつは……』


 傭兵たちにどよめきが走る。

 仕留めた魔獣の中に、彼らでさえ見た事のない魔獣が混じっていたのだ。

 幸い弱かったものの、正体不明の魔獣に動揺を隠せずにいた。


『サイクロプスだ!』


 伸びた隊列の中ほどから大声が上がった。

 ウォリアーの中でも特に重装備をした者たちが、すぐさま躍り出る。

 横合いから出てきたサイクロプスの足止めにかかると、その隙にウィザードが魔法を詠唱する。

 ウィザードたちが使う魔法の色には統一性が無い。各々が発する様々な色の光が混ざり合い、まるで虹の様な輝きとなる。

 足止めをするウォリアーたちは無理に攻撃には入らない。防御をする事だけに徹底して、魔法が完成するまでの時間を稼ぐ。


『散れ!』


 号令と共に足止めをしていたウォリアーが散開する。道が開かれたと同時に、一斉に魔法が放たれた。

 特に誰かが指揮したわけでもないのに、統率の取れた動きだ。

 寄せ集めの部隊で仕事をする事も少なくないのだろう。打ち合わせをせずとも基本的な戦闘方法があるようで、そうでなければ咄嗟にこうは動けない。

 個々が瞬時に状況を判断し、自分が取るべき行動を取っている。


 傭兵たちの戦いぶりを見た学人が感服する。

 さすがはプロといったところだ。サイクロプス一体程度では少しの混乱も起こる事がない。


『おい器用貧乏、どう思う?』

『あ? 何がだ』


 出発前、ジェイクに食って掛かっていた傭兵バーニィが問いかける。

 訊いているのはもちろん魔獣の事だ。

 ここは元々草原で、サイクロプスなんていなかった。どこからか迷い込んで来たという事も考えられるが、それにしては数が多すぎる。

 サイクロプスは群れる事がない。一、二体ならまだしも、ここ数日で見かけた数は優に十を超える。

 これは普通に考えてありえない事だった。


『危ねえッ!』


 バーニィが咄嗟に手にしていた鉄棍を突き出した。物陰から急に魔獣が飛び掛って来たのだ。

 小さめの魔獣で、襲ってくる割には弱い。何か特殊な動きを見せるでもなく、顔面に鉄棍を受けて息絶える。

 その死骸を見て、バーニィは息を呑んだ。


 丸っこい小さな身体にそぐわない、巨大な裂けた口。それは全体の半分以上を占めていて、その他の部分は人間のような目玉が覆い尽くしている。

 腕は退化したのか申し訳程度のものが付いていて、その代わりに異常なまでに発達した脚で体重を支えている。

 こんなおぞましい姿をした魔獣は見た事がなければ、聞いた事もない。生息していない魔獣に加えてこれだ。


『異人の世界には魔獣なんていなかったらしい。なら、こいつらは一体どこから来たんだ?』

『知るかよ。お茶にでも誘って訊いてみろよ』




 崩れた町並みも少し落ち着いたものになってきた。

 ジェイクがウィザードの一人に何かを伝えると、ウィザードは小さく頷いて詠唱を始めた。

 魔法が放たれると、隊列を舐めるかのように風が吹き抜ける。

 通信機器の無いこの世界では、風に言葉を乗せて伝令される事が多い。魔力を帯びた風が、長く伸びた後列にまで伝えていく。

 もっとも、風の進行上にいれば誰にでも聞こえてしまうものなので、使える場面は限られてくるが。


 これまで談笑をしながら歩く者もちらほらと見られたが、伝令を受けてから無駄話をする者がいなくなってしまった。

 無駄話をするなという伝令ではない。ジェイク本人もこれまで散歩でもするかのように、談笑しながら歩いていた。

 笑いながら、目を向ける事もなくオークを射抜く姿は、何か笑えない冗談にも見えた。


――これより、襲撃の激化が予想される。


 病院が近い。

 奇妙な事に、オークの姿をほとんど見かけなくなっていた。病院付近は数が多かったのに。

 ジェイクが目を向けると、遠くから様子を窺っていたオークが逃げ出してしまった。

 恐れをなしたのか。いいや、ありえない。オークらしからぬ不可解な行動に懐疑心が膨らむ。


『おい、器用貧乏! まずいかもしれん』


 バーニィが声を上げた。それに釣られて、学人がその視線を追う。


 距離はかなり離れている。具体的にはわからないが、五キロほどはあるのだろうか。そびえる建物の隙間から山が見えた。

 綺麗な弧を描いた、不自然な山だ。学人たちがこの道を通って中継都市に向かっていた時には、山なんて見かけた記憶が無い。


『“災害”か、どっちに向かってる?』

『わからん。偵察を出すか?』

『いや、いい。どっちにしても、あいつと進路が被らない事を祈るしかない』


 他の傭兵たちも山の存在に気付き、どよめき始めた。その声からは恐怖が滲み出ている。

 すぐに伝令が出されると、どよめきはあっという間に全体へ広がった。

 状況を呑み込めない学人は山を観察する。目の錯覚か、山が動いたように見えた。

 ふと、目の前の建物が切れて視界が開けると、山の全貌が明らかになった。

 強い朝日を背負って、そこにある“それ”は山ではなかった。


 亀だ。


 途轍もない大きさの亀。甲羅には草木が茂り、山と見間違えるほどの大きさを持つ亀だった。


 亀の名前はアイアントータス。エルゼリスモア大陸の災害のひとつ。

 まだ鉄よりも硬い物は無いとされた、大昔に付けられた名前で、ありとあらゆる攻撃に耐える事からその名が付いた。

 ユニークな種で、あの亀はこの世に一体しか存在していない。

 その姿はアイゼル王国の歴史が始まるよりもずっと前から確認されている。どのくらいの年齢を重ねてきたのか、それは誰にも見当がつかない。

 穏やかな性格で、何者に対しても敵意を持つ事がない。ただし、目の前に何があろうとも決して止まらない。全てを踏み潰しながら進むのだ。

 あれを止める術は無い。誰もが竜巻のように、通り過ぎてくれるのをただじっと祈りながら待つだけだ。


 亀と部隊は一見、並行に進んでいるように見える。

 だが、部隊はこのまま真っ直ぐに進むわけではない。問題は亀の前方。進む先には病院の頭が見えていた。

 亀の進む速度はあまり速くないので、病院に到達するまでにまだ時間がある。落ち着いて行動すれば問題無いはずだ。


 納得がいった。オークたちはアイアントータスを避けたのかもしれない。

 さすがに相手が災害ともなると、恐怖を覚えるのだろう。

 襲って来ないのであれば好都合だ。部隊が進む速度を上げる。


『ガクト、先行するぞ』


 風のウィザードが魔法を生成する。すると、ジェイクとヒイロナの脚に風が纏わり付いた。

 ジェイクが学人をおぶさる。ぶつかる風で、たまらず涙が出てくるほどの速度で走り出した。まるでバイクにでも乗っている感覚だ。

 いきなり甲冑姿の軍団が現れればパニックになるかもしれない。学人が先に行って説明しておく必要があるだろう。

 時折、行く手を阻むゾンビの頭を斬り飛ばしながら病院へと走った。



 病院に到着すると、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 自衛隊員が慌しく逃げ出す準備をしている。姿が見えるのは隊員たちだけで、民間人はまだ病院の中にいるようだ。

 何人もの隊員が小銃を構えて入口の警戒を固めている。付近の安全を確保してから出発をするのだろう。

 その中に、見知った顔があった。青木だ。


「青木さん!」

「君は……、戻って来たのか、しかし」


 苦い顔で亀を見やる。

 まだ少し距離はあるが、確実に病院に迫っている。踏み潰されるのは時間の問題だろう。


「もうすぐ救助隊が来ます! 荷物なんかいいので、すぐに出る準備をしてください!」

「救助隊? 政府からの救援か!」

「いえ、傭兵です。みんな甲冑を着てますけど、驚かないで落ち着いて行動してください!」

「何を言って――」


 青木の言葉が途切れた。

 青木の目に飛び込んできたのは、病院の右方向から近付いて来る、甲冑姿の集団だ。銀色の鎧が太陽の光を反射させて、眩しく輝いて見える。

 映画のワンシーンのようなその光景は、美しいとさえ思えた。


「青木さん!」


 呆気に取られる青木が我に返る。


「よ、よし、わかった! お前達、警戒を続けておけ!」


 そう言い残して、青木は病院の中へ踵を返した。

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