29.山田学人
部屋に差し込む朝日で、吉村小鳥が目を覚ました。
働いて稼いだお金で少し上のランクの宿を取っていて、割りといい部屋で寝泊まりをしている。
護衛など傭兵がする様な仕事となると、前払いと成功報酬が常識だが、その他の仕事の給料は基本的に日払いだ。内容によっては出来高で給料が上乗せされる事もある。
昨日は山田学人、それからヒイロナと話をした。ジェイクは日本語を理解していなかったようで、口を開く事がなかった。
彼らがずっとこの街に滞在するのかどうかはわからないが、居る間に色々と協力してもらいたい。日本語の話せる現地人は貴重だ。
昨日の学人との会話を思い出す。病院に立て籠もっている人々の事だ。
助けに行きたいのは小鳥も同じだ。だが、方法が無い。
一晩考え抜いても、突破口を見つける事はできなかった。
昨日はあの後、都市に助けを求めた。予想はしていたが、色好い返事は返ってこなかった。
都市もかなりの打撃を受けている。他人の事よりも、まずは自分たちの事だ。大勢の傭兵を護衛として雇うには、都市にも余裕が無いのだろう。
(あんな話、聞かなかったらよかった……)
もちろん本心ではないが、どうしてもそう思ってしまう。このままでは多くの人を見殺しにしてしまうのだ。
知らなければ仕方ない。しかし、知ってしまった。
知っていて何もしないのは罪だ。尋常ではない自責の念に駆られる。
中継都市ランダルの朝は、何かと騒がしい昼間とは違い静かだ。
いつもなら雀にも似た、鳥の囀りが耳をつつく穏やかなものなのだが、今日は何か騒がしい。魔獣の襲撃でもあったのだろうか。
小鳥が不思議に思い、窓の外を覗いた。この宿からは広場の様子が一望できる。
広場には甲冑やローブに身を包んだ、大勢の人が集まっていた。おそらく傭兵だろう、ざっと見ただけでも二百人はいる。しかし襲撃とはまた違った様子だ。
集まった人達の視線の先、そこには木箱の上に立つ四人の姿が確認できた。
昨日話をした山田学人、ジェイク、ヒイロナ、それから白い鳥の獣人……あれは確か寄付金ランキング一位の商人、ドナルドだ。
小鳥が慌てて服を着替えて広場へと走る。
「山田さん! これは一体何事ですか?!」
……。
とりあえずの治療が終わった後、学人は足を引きずりながらもヒイロナと斡旋所の窓口へと向かった。
「ヒイロナ、どうだった?」
「んー、ドナルド、一番多い。あと、小さい」
ヒイロナがエルゼリスモア語で書かれたメモを読み上げ、学人が日本語で書き写していく。
今中継都市ランダルに滞在している、傭兵団の一覧だ。窓口で問い合わせたのだ。
ドナルドの専属契約の傭兵団は今現在、鉱山都市へのルート確保に向かっているので、滞在しているとは言えないが。
傭兵団らしい格好いい名前もあれば、なぜか可愛らしい名前の傭兵団もある。
思っていたよりはだいぶ少ないが、あくまで傭兵団の数だ。単独で動いている傭兵を含めると、人手はもっと期待できるだろう。
外で待たせていたジェイクと合流し、一旦宿に戻って打ち合わせをした後、今度は商人ドナルドのいる広場へと向かう。
『あ、ジェイク! お前に伝言が……あった、ような……あれ?』
ドナルドはジェイクの顔を見るやいなや、元気に何かを喋り始めたが、肝心の内容を忘れてしまったのだろう。すぐに首を傾げて黙ってしまった。
これは窓口で聞くまで知らなかった事だが、ドナルドは相当大きな商隊を取り仕切る富豪らしい。今この都市に滞在している本隊の他に、三つほどの商隊を持っている。
『こんにちは、ドナルド』
ヒイロナが笑顔で挨拶をし、打ち合わせ通りドナルドと交渉を始めた。
上手くいくかどうか……。ドナルドが駄目なら、他に滞在しているジェイコブという商人にも話を持って行くつもりだが、もし両方駄目だったら打てる策は無い。
祈る様な気持ちで、話し込んでいる二人を見守る。
『んー、しかしなぁ……ホントなのかそれ?』
『信じられなかったらいいよ? 他の人に話を持って行くだけだし』
交渉は思ったより難航している様子だ。パッと見でドナルドは頭が軽そうだと思っていたのだが、交渉となると鳥頭ではないらしい。
これでも複数の商隊を持つ大商人だ、それもそうだ。
交渉を一旦区切り、ヒイロナが戻ってきた。
「ガクト、ドナルド半信半疑」
聞いた話を疑っているようだ。何でも鵜呑みにせず、まずは疑ってみるのは商人にとって大事な事だろう。
実際、この世界の人間には想像も付かないような物なのだ。すぐに信じられないのも無理はない。
(……仕方ない、見せた方が手っ取り早そうだ)
今度は学人がドナルドに向き合う。
『ドナルド、はじめまして』
『ん? お前異人のくせに言葉がわかるのか?』
『少しなら。実際に見せる、ついてきて』
『おい、ジェイク! こいつ本当に信用できるのか??』
異世界の人間を簡単に信用しきれないドナルドが、ジェイクに水を向けた。
『あぁ、大丈夫だ。ガクトは鶏肉が苦手なんだそうだ』
『張り倒すぞテメエ! 何かあったらお前が俺様を守れよ!』
説得したドナルドを連れて門をくぐると、日本の町並みが広がった。爆発の後の焦げくさい臭いが、数日経った今もまだ残っている。
学人が辺りを見回し、適当に見繕う。
ガラスが割れていようが、車体が焦げていようが関係ない。キーが刺さっていて、エンジンさえ掛かれば大して走れなくてもそれで十分だ。
丁度よくキーが刺さったままの車を見つけた。フロントガラスは粉々に砕け、ボディも大きく凹んでしまっているが、問題ない。
学人が運転席に乗り、キーと回すと鈍い音と共に車体が震え出してエンジンが掛かった。
『なんだこれ?! マジか? なんだこれ?』
ドナルドは急に唸り始めた車に興味深々だ。
少し走ってみせた後、車は変な音を出したかと思うとウンともスンともいわなくなり、動かなくなってしまった。どうやら完全に壊れてしまったようだ。
『どうかしら? ドナルド』
ヒイロナが興奮を隠そうともしないドナルドに、交渉を再開する。
『わかった、いいだろう。大体三百人くらいの護衛だな? 明日の朝までに人数集めてやる』
三百人。自衛隊も含めたおおよその人数だ。きっちりとした人数がわからないので、少し鯖を読んでおいた。
ともあれ、ドナルドとの交渉は成立だ。
病院の人達の護衛をする傭兵を雇ってくれる代わりに、自衛隊の持つ武器や車両と、その知識を提供する約束を取り付けた。
本人達の同意を取っていない勝手な事だが、死ぬよりはずっといいだろう。
あとは救助が到着する前に、全滅していない事を祈るだけだ。
ガソリンは半年程で劣化してしまい、使えなくなるという話を聞いた事があるような気もするが、知らなかった事にしておこう。
車両に武器、いずれもそのうち使えなくなってしまう物なので、なにかドナルドを騙した気もするが、提供するという事に間違いはないので構わないだろう。
それに、世の中何が起こるかわからない。
もしかするとこれがきっかけで、魔力で動く自動車なんかが発明されるかもしれない。
つまり未来への投資だ。そう思ってもらおう。
翌朝、出発を待つだけとなった広場に集まった傭兵達に、ドナルドが仕事の内容を改めて説明をする。
学人、ジェイク、ヒイロナの三人もドナルドの横に並んでいた。
「山田さん! これは一体何事ですか?!」
騒ぎを聞きつけた小鳥が、息を切らせて声を上げている。
傭兵を雇うというのは小鳥がくれたヒントだ。その事に対して学人が礼を言う。
「吉村さんの言葉がヒントになりました。ありがとうございます。雇うお金が無ければ、持っている人に出してもらえばいいんです、それが僕の答えです」
集まった傭兵達を見て小鳥が絶句する。
つまりこれは、病院で籠城している人々の救助隊で、お金の出処はそう、ドナルドだ。
力は無い、金も無い。だがそんな自分でも何かできる事はあると信じて、考え抜いて、それが実を結んだ。
『野郎ども! 一人たりとも死なせるな! 傭兵の矜持を見せてやれ! 逆に死ななかったら怪我させても大丈夫だから安心しろ!!』
ドナルドが集まった傭兵に向かって檄を飛ばすと、先頭の方に立っていた傭兵の一人が手を挙げて一歩前に踏み出した。
『それはわかったが総指揮は誰が執る? ドナルドのダンナは来ないんだろ? 寄せ集めの部隊じゃ、名のある奴じゃないとまとまらねえ』
それもそうだ。
しかし、学人も流石にそこまで考えてはいなかった。ドナルドも同じだったようで、しまったという顔をしている。
『指揮は俺が執ってやる、文句ある奴は片っ端からかかってこい』
名乗りを挙げたのはジェイクだ。
病院の人たちに嫌悪感を抱いていたジェイクだ。
この件に関しては、何も手伝ってはくれないだろうと思っていただけに、予想外の人物に学人は目を瞬かせる。
ジェイクを見た傭兵は睨みを利かせるように凄んだ。
『誰だてめぇ……話聞いてたのか? 名のある奴じゃないと……』
そこまで言って言葉を止めると何かに気付いた様で、今度は不敵の笑みを浮かべた。
『お前、戦場で見た顔だ……そうだ、お前“器用貧乏”だな? 龍の血族の“器用貧乏ジェイク”』
『昔の話だ。サインが欲しかったら、仕事が終わった後にまた来てくれ』
『先の女神大戦では大活躍だったじゃないか、死んだと聞いていたが生きていたとはな! オーケーわかった。あんたが指揮を執ってくれ。あんたなら誰も文句はあるまい』
ジェイクは荒くれ者の中では結構な有名人らしい。
ヒイロナの言葉を信じるなら、仮にも女神を殺した男だ。以前から名が通っていてもなんら不思議では無い。
大体の事を高い技術でこなすが、どれも一流には一歩届かない事から付いた二つ名が“器用貧乏”だ。
「じゃあ吉村さん、ちょっと行ってきます」
笑いながらそう言う学人の口調は、まるでコンビニにでも行くかのような軽い口調だった。
松葉杖を突き、先頭を行くジェイクの横に並ぶ。
『ジェイク……よかったの? なんで……』
『お前は弱ぇんだから出てくんな、傭兵どもに囲まれてろ』
小鳥は出発した救助部隊が完全に見えなくなっても、ずっと彼等の消えた方向を見送っていた。




