28.二人の少女
集まったウィザードたちによって、サンドゴーレムは撃退されたものの、広場はまだ喧騒に満ちていた。
かなりの死傷者が出てしまったのだ。まだしばらくは鎮まりそうにない。
「かってに一人、歩かない!」
足を骨折しただけで、命に別状はない。その事に安堵しながらも、ヒイロナが学人に怒っていた。
骨折ともなると、水の魔法で治療するには数日ほどかかる。せめて止血と痛みだけでもと、魔法の詠唱をする。
本格的な治療はこの場を離れてからだ。骨を元通りにするためには、添え木などが必要になってくる。
「ごめんなさい……」
学人は項垂れて謝罪の言葉を口にした。
反省しているだけにしては、どこか様子がおかしい。反省というよりも落ち込んでいるといった感じだ。
近くで煙草を吸っていたジェイクが歩み寄り、
『ロナ、ガクトも男だ。好みの女を見かけたら、そりゃあ思わず付いてっちまうさ、勘弁してやれ』
ヒイロナの肩に手を置いて、茶化すように言った。
鬼の形相で睨まれたジェイクがさっと目を逸らす。
ヒイロナは別にその気があるわけでもないくせに嫉妬深い。男女を問わず、自分の身近にいる人間を誰かに取られると、烈火のごとく嫉妬の炎を燃やす。
ジェイクはそんな性格を十分にわかって上で、反応を見て楽しんでいた。
「ヒイロナ、これ」
応急処置を終え、学人が小鳥からもらった宿代銀貨三枚を渡した。
いきなり渡された銀貨を目に、キョトンとしている。
「これ、どうしたの?」
「ハロ……さっきの建物でもらったんだ。宿代だって」
「そう」
おそらく建物の中にスーツ姿の人がいたのを、二人も見たのだろう。ヒイロナは相槌をうっただけで、追求はしなかった。
銀貨と一緒にメモももらっていて、折り畳まれたメモを開いてみると、宿までの地図の他に何か紋章が描かれていた。
『ジェイク、ガクトをおんぶしてあげて。脛のところ折れてるから優しくね』
ジェイクが学人をおぶさり、まだ喧騒の収まる気配が無い門に背を向け、地図に従い宿を目指した。
『ジェイクもごめん』
『あんまり心配かけんな馬鹿。何かあったら俺がロナにどやされる』
前を歩いていたヒイロナが二人のやりとりを聞いていて、思わず笑みを浮かべた。
『ほんとにそうなのかなー?』
『あ? なんか言ったかロナ?』
『べつにぃ』
地図にあった宿は、お世辞にも良いとは言えない、下級の宿だった。
別に建物がボロいというわけではないが、一部屋がかなり狭い。一応食堂らしきものもあり、多少の食事も出るが、鉱山都市の宿とは比べ物にならない粗末な物だろう。
ヒイロナがカウンターにいる、宿の主人に声を掛けた。背の低い白髪の人間族だ。
『こんにちは。部屋は空いてるかしら?』
主人はエルフのヒイロナを見た瞬間、あからさまに面倒臭そうな顔をした。
『悪いな、今は異人しか泊めてねーんだ。他を当たってくれ』
『異人?』
『外で変な格好の奴らを見なかったか? そいつらだ。斡旋所からの依頼でな、今はそいつらしか泊めれない事になってるんだ』
変な格好。その言葉でピンときた。
ここでは学人達、日本人の事は“異人”よ呼ばれているらしい。
『それならガクトがそうよ』
『あ? 全然そうは見えねーぞ。斡旋所で何か貰わなかったか?』
『え? 銀貨とー……あとこれ?』
『三人で銀貨三枚、メシは朝と夜だ。食堂にいる俺の女房に言えば出してくれる。食堂がいっぱいだったら部屋で食え。少し狭いが三人で使ってくれ』
紋章の入ったメモを見せると、宿の簡単な説明の後、部屋の鍵を渡された。
どうやらハローワークからの依頼で、日本人専用の宿になっているらしい。そのあたりの事も明日、吉村小鳥から改めて聞いてみる必要があるだろう。
『せまっ!』
何事にもあまり動じないジェイクが、部屋を見た瞬間声をあげた。部屋は四畳程の本当に“寝るだけ”の部屋だ。
『俺、外で寝るわ。お前らが一晩で結婚式挙げる様な事態になったら、是非招待状送ってくれ』
…………。
翌朝、今度は三人で吉村小鳥と対面した。
添え木で固定されている足と、充血して少し腫れぼったい目をした学人を見て、小鳥が眉間にしわを寄せた。
「山田さん……昨日何かあったのですか?」
「ちょっと門の騒ぎに巻き込まれてしまったのと、あと寝不足で……」
「そうですか、たまに強い魔獣が襲撃してくるので、街の中だからといって気を抜かないようにしてくださいね」
昨日ジェイクは本当に外に出て行ってしまい、あの狭い部屋の中でヒイロナと二人で取り残された。
さらに寝惚けたヒイロナに抱きつかれていたのだ。寝れるはずもない。
「吉村さん、昨日は本当にすみませんでした」
学人が昨日の非礼を詫び、頭を下げると小鳥は静かに目を閉じて小さく頷いた。
「構いません、気にしていませんよ。ちゃんと落ち着いたみたいですね」
小鳥はジェイクとヒイロナの二人を見て続ける。
「……それから、あなた方がジェイクさんとヒイロナさんですね。はじめまして、吉村小鳥です。昨日山田さんからお話は伺っています。どのくらいの単語を理解できるのかしら」
小鳥が敵意の無い笑顔で挨拶をすると、ヒイロナは敵意剥き出しの笑顔で返した。こめかみに怒りのマークが見えてもおかしくない。
昨日のジェイクの言葉を真に受けてしまっているようだ。
「はじめまして、うちのガクト、お世話でした」
敵意のある笑顔よりも、日本語で挨拶を返された事に、小鳥が驚いた様子で学人に目を向ける。
勉強会を始めてまだ一週間ほどなのに、簡単な会話であればできる様にまでなっていた。ヒイロナの飲み込みの早さは異常だ。
飲み込みだけでなく教え方も上手で、学人のエルゼリスモア語の上達にも目を見張るものがある。
「この街はなんなんですか?」
挨拶もそこそこに、学人がいきなり本題に切り込んだ。
「そうですね、まず異変直後の事からご説明致します。私達はこの中継都市ランダルの中に出てきてしまい、囚えられました。侵略者だと誤解されてしまったのです」
それは何となく予想できる事だ。学人は頷くだけで話を聞く。
「日本人と彼等、双方が混乱する中で、幸い戦闘による死傷者はあまり出ませんでした。崩れた建物に押し潰されたりと、“災害”による死傷者はかなり出ましたが……」
この中継都市は日本の街に埋もれてしまっている。中継都市が日本を貫いている様だが、倒壊した家屋は相当数にのぼっただろう。
ここまで聞いただけでも、誤解が解けて現状の共存の形を取っていると読み取れた。しかしどうやって誤解を解いたのか、という疑問が浮上する。
学人がそんな疑問を抱いたのを察したかの様に、説明が続けられた。
「どのくらいの時間囚われていたのかはわかりませんが、七日程前に、外からこの都市に二人の少女が訪れました。一人は黒髪で踊り子衣装の様な姿で、もう一人はマスケット銃を持った銀髪の二人です」
銃。魔法のあるこの世界では銃などあまり必要のないように思えるが、一応存在はするのだろうか。
「この都市の地下に閉じ込められていた私達の元に二人が来て、銀髪で耳の尖った種族の少女が、日本語でこう尋ねてきました。“あなた達は何者?”と……」
「日本語で?」
思わず学人が聞き返す。
すると、今まで黙って話を聞いていたヒイロナが口を挟んできた。
「ますけっとじゅう……。ますけっとじゅう、何?」
学人がジェスチャーで銃を撃つ真似をすると、自衛隊が使っていた銃を思い出したようで、声をあげて手を叩いた。
「あれすごい。見た事ない!」
ヒイロナの言葉に、学人と小鳥が面食らってしまう。
見た事がない……。あの性能の銃の事を言っているのか、それとも銃そのものの事を言っているのか。
「ヒイロナ、見た事がないって銃を……?」
「うん! あんなの、この大陸ない!」
一応確認してみると、銃そのものがこの大陸には存在していないらしい。
マスケット銃の絵を描いて見せても首を横に振るばかりだ。
この大陸には存在しない銃を持ち、日本語を喋る少女。一体何者だろうか。
耳か尖っていたという時点で、日本人である事はまずないだろう。
日本と混合した世界だ、どこかで偶然銃を手に入れた可能性も否定出来ないが、流石にマスケット銃が手に入るとは考えにくい。
「話が逸れてしまいました。とにかくその銀髪の少女が誤解を解いてくれたのです」
咳払いをし、小鳥が話を戻した。
「少女のおかげで誤解が解け、私たちは開放されました。そこで初めて自分たちの現状を把握したのです」
「僕達の世界が他の世界と混ざってしまっていた……」
「はい、正直考えられない事です。この都市ランダルは様々な種族が共存する、誰であろうと歓迎される自由な都市です。誤解の解けた私達も例外ではありませんでした」
見た感じ、確かに迫害される事もなく、みんな受け入れられている様子だった。誤解でした、はいそうですかで順応してしまうのは、都市としてはどうなのだろうか。
首をかしげる学人に構わず、小鳥が話を続ける。
「この都市はここ、斡旋所が取り仕切っていて、市長や王といった代表者が存在していません。警備隊も都市……斡旋所が雇っているフリーの傭兵たちです」
話をまとめるとこうだ。
ここ中継都市ランダルは、交易が行き交う内にいつの間にかできた街で、代表者は存在しない。
街を仕切るのは斡旋所で、仕事を紹介する手数料と定住した人間の税金で、都市の維持費が賄われている。街が無くなってしまうと困るので、商人たちからの寄付もあるそうだ。寄付の多い商人にはその分、何かと融通が利かせてもらえる。
銀髪の少女が都市と交渉してくれ、誤解のお詫びにと、日本人専用の格安宿の手配と、当面の資金援助をしてくれている。
外から逃げてきた避難民の受け入れも行ってくれているらしい。
少女が書き残してくれた文字や文章を元に、仕事の依頼書を日本語に翻訳し、言葉が通じなくてもできそうな仕事を日本人に斡旋している。どこの世界でも、生きていくには金がいるというわけだ。
事務仕事をしている女性達はその翻訳作業員だ。
「その銀髪の少女の正体は、何か聞かなかったんですか?」
「それが……都市には長居されなかったので、お礼を言う事すら……」
肝心の少女の事については何も聞けなかったらしい。
もう一人の黒髪の少女についても尋ねるが、日本語を喋れなかったようだ。
「あ、でもお名前だけは伺っています。ミクシード・オー・ランタンと名乗っていました」
ちなみにどこへ行ってしまったのかもわからないらしい。
実際に会ってみたいが難しそうだ。
「本当、信じられませんね。こんな映画みたいな事が現実に起こるなんて……。何か他国から最新の兵器で攻撃を受けて集団催眠にかかっている、と言われた方がまだ現実味があります」
小鳥が遠い目をしながら、話を締めくくる。
人類は今までに、自分達の想像を超えた物を作り上げてきた。小鳥の言う通り、生物兵器か何かによる集団催眠という線も有り得ない話ではない。
仮に集団催眠だとすると、この世界で死んだ人達はどうなるのだろうか。
ジェイクやヒイロナ達は、本当は実在していないのだろうか。
(……まあ、僕が今それを考えてみても仕方ないか……)




