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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
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26.吉村小鳥

「新しく来られた生存者の方ですか?」


 少し明るめの茶髪に縁の無い眼鏡。リスモアの服装であるにもかかわらず、迷う素振りも見せずに話しかけてきたスーツ姿の女性、吉村小鳥に学人は戸惑いながらも答える。


「えっと……はい」

「お怪我もないようですね。どうぞ、こちらへ」


 小鳥は優しい笑みを浮かべる。

 学人に怪我や異常の無い事を確認すると、奥の部屋へと案内を始めた。

 入口の丁度対面に部屋があり、木製の扉が開かれる。

 中々の広さを持つ部屋には、日本では珍しくもないオフィスデスクが何脚も置かれていた。そこでは数人の女性が事務仕事のようなものをしている。


 部屋の隅にあるソファに着席を促され、学人はわけもわからないまま腰を落とした。

 硝子のテーブルを挟んで小鳥もソファに座る。どこか、会社の応接室みたいだ。

 出されたお茶を一口すすって一息つくと、小鳥がようやく口を開いた。


「ご無事でなによりでした。私は吉村小鳥と申します」

「山田……学人です……」


 小鳥は学人の不安を少しでも取り除こうと、優しい笑顔を崩さない。


「山田学人さんですね。良いお名前です」

「あの、ここは?」

「順を追ってご説明致しましょう。その前に、あなたの事を少しお聞かせ願えますか?」


 状況が飲み込めずに混乱する学人に、ゆっくりとした口調で喋る。


「まず初めに、山田さんはどこからどうやって、ここに来られましたか?」


 学人の服装を見て、どこか別の土地から来た事を察しているようだ。

 その質問は不審に思っての事ではなく、これからの自分たちの行動の参考になれば……といったところだろうか。

 別に隠す様なやましい事もない。ありのままに説明をする。


 仕事の休憩中に異変が起きた事。

 ジェイクとヒイロナの二人に命を助けられた事。

 初めにいた町での出来事。

 ヒイロナとお互いの言葉の勉強をしている事。

 鉱山都市と竹岡淳平、北泉京子の事。


 それから、病院の事だ。


 ただ、ヒイロナの言っていた神殺しの件は伏せておいた。本当の事かどうかも疑わしい、ただの与太話だ。

 学人の話を聞き終えると、小鳥はこう答えた。


「そうですか。あなたも大変な目に遭って来たのですね」


 たったのそれだけだ。

 小鳥の言葉に、学人は憤慨を隠せそうになかった。

 この女はちゃんと話を聞いていたのか。そんな疑問さえ浮かんだ。

 病院をこのまま放っておけば、間違いなく全員死ぬ。一刻も早く助けに行かなければならない。逃げる先はここにあったのだ。


「では、この都市と私たちの事についてご説明致します」


 なのにこの女、吉村小鳥は見事に聞き流し、次の話に移ろうとしている。


(大変でしたね? そうじゃないだろう……)


 学人の声が震えた。


「病院の話、聞きましたよね?」


 学人としては、病院が今どれだけ危険な状態にあるか、きっちりと説明したつもりだ。伝わっていないはずがない。

 学人の雰囲気が変わった事に気付いたのか、小鳥から笑顔が消える。

 冷酷な目で学人を見据えていた。


「聞きました」

「なのに! 言う事はそれだけですか!」


 テーブルを叩く音が響いた。

 思わず前のめりになって、怒鳴り声を上げてしまった。それに驚いた他の女性たちが、手を止めて二人に注目する。


「今すぐみんなで助けに行きましょう。そう言えば満足ですか?」


 小鳥の呆れた声には、ため息さえ混じっていた。


「山田さん、あなたのおっしゃりたい事はわかります。でも」

「でも、なんですか?」


 小鳥の事務的な言葉からは、感情など一切見えてこない。我関せずを貫くという事だろうか。


「あなたは外から来られたのでしょう?」


 一瞬の睨み合いのあと、小鳥が静かな口調で矢継ぎ早に続けた。


「なら、私よりもあなたの方が、外の状況をよく知っているはずですよね?」

「あなたは、危険な目に遭って来たんですよね?」

「あなたは何もわかっていません」

「ここに来るまでに、一体何を見て来たのですか?」

「あなたの目には、周りの光景がどう映ったのですか?」

「少し頭を冷やされてみてはいかがですか?」


 小鳥の言葉は、途中から学人の耳に届いていない。

 何百人もの人を見捨てろと言うのか。自分たちさえ助かればそれでいいと言うのだろうか。


(何もわかっていない? 知った風な口を……)


 わかっているからこそ、すぐにでも助けに行くべきだと言っているのだ。

 小鳥の態度に対する怒りが、学人の思考を埋め尽くしていく。


「――さん、山田さん!」


 呼ばれて我に返る。


「今、この都市の説明をしていたのですが。聞いていましたか?」


 何も聞こえていなかった。

 どうやら話は進んで、いつの間にか都市の説明をされていたらしい。

 そんな学人の様子を見た小鳥は、今度は諭すような口調で、


「例えば、今この都市にいる全員で、救助に向かったとしましょう」


 話を戻した。


「今まで殺し合いもした事のない、平和な国で育った私たちがです。どうなると思いますか? 結果なんて目に見えていますよね。病院に辿り着く事も叶わずに全滅するでしょう」

「違う……力を合わせればきっと!」

「無理です。私にはここにいる人たちに死ねなんて事、とても言えません」

「でも、何か方法が!」

「どうしてもと言うのであれば、傭兵を雇うという選択肢もあるでしょう」

「……なら!」

「しかし、彼らはお金でしか動いてはくれません。当然です。同情や正義感で彼らが動く義理なんてありませんし、屈強な彼らでさえ命懸けなのです」


 学人には何も言い返せない。

 小鳥の言う事はもっともだが、だからといって、簡単に諦めてしまうのは納得がいかない。


「彼らには傭兵としての矜持というものがあります。きっと、その身を呈して守ってくれる事でしょう」


 そこまで言うと、小鳥は言葉を止めた。

 テーブルの上に一枚の銅貨が差し出される。


「これが、この世界で流通している貨幣です。鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、大判金貨の五種類」


 学人は差し出された銅貨に目を落とし、小鳥の次の言葉を待つ。


「自衛隊の方々が加わるとはいえ、およそ二百人の護衛。それだけでも難易度は上がりますが、自衛隊の方々にも疲労や怪我があるでしょう。言葉が通じないので連携も取れません。これは傭兵たちにとって、非常に厄介な依頼となります。当然、その分依頼する金額も跳ね上がります」


 傭兵にツケという言葉は通用しない。前金、そして成功報酬。どちらも耳を揃えて支払わなければならない。

 つまり、多額の金が必要だ。しかも、その金を用意する当てなどどこにも無い。


「私だって、あんな話をされて何も思わないわけがないでしょう……ッ!」


 小鳥の口から、絞り出すような声が出た。

 見れば、小鳥の目尻には少し涙が溜まっている。必死で感情を押し殺すかのように、握られた拳が小刻みに震えていた。


「宿代をお渡しします。先ほど話されていたジェイクさんとヒイロナさんの分を合わせて三人分。それに地図も。一日、頭を冷やしてからまた来てください。その時に改めてこの都市の状況と経緯をご説明します」


 話はそこで打ち切られた。

 学人は退室すると、ふらふらと外へ足を向けた。


 正論を突きつけられて何も言い返せなかった。

 それどころか、相手の気持ちも考えずに、ただ自分の感情だけをぶつけて怒鳴ってしまった。

 その事に、ただただ腹が立つ。

 だからといって納得したわけではない。きっと何か方法があるはずだ。

 すぐにでも人を集めて、何か対策を練るべきだ。



 どこをどう歩いたのかはわからない。

 気が付くと、学人は門のある広場まで戻って来ていた。

 広場に置かれているベンチに腰を下ろす。

 二人に黙って出てきてしまった。心配される前に戻らなくては。だが、今すぐに戻ろうという気にはなれない。

 必死に考えを巡らせる。それでも解決案は出ない。


 突然、都市に鐘の音が鳴り響いた。

 教会にあるような美しい音色ではなく、何か危険を知らせる警告音にも似た不快な音だ。

 周囲がざわめきだす。

 城壁の上にいた警備兵が、慌てた様子で怒鳴り声を上げた。


『門から離れろ、サイクロプスだ! 腕の立つ奴を集めて来い!』


 格子越しに見える都市の外には、警察署前で戦った、あの単眼の巨人の姿があった。

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