25.中継都市 2
ドナルドと別れて都市を歩く。
日本とリスモア、お互いの建物がぶつかり合って崩れている。
都市がかなりの打撃を負った事がわかるが、復興作業に当たる人々の表情は、皆一様に明るい。
学人と外見が変わらない人間族、ジェイクと同じ森林族やそれによく似た種族。獣人族族も多くいれば、灰色の肌をした人間もいる。向こうでは、鉱石族よりも大きな男が、軽々と大きな瓦礫を持ち上げていた。
見れば、様々な種族が入り乱れていた。
「ヒイロナ、あれは?」
「あの人『戦鬼族』、めずらしい」
目に付くものや人の事をひとつひとつ尋ねていく。初めて見るものが多く、質問は尽きない。
胸を躍らせている学人とは対照的に、ヒイロナは浮かない顔をしていた。
ヒイロナが頭を悩ませているのは今日の寝床だ。誰もお金を持ち合わせていないため、宿を取る事ができない。
街中での野宿はなんとなく惨めだ。それだけは絶対に避けたい。
「どこに向かってるの?」
時々、通りすがりの人に道を尋ねている。ただ都市を散歩しているというわけではなく、どこか目的地があるようだ。
疑問に思った学人が訊くと、
「んー……」
ヒイロナが難しい顔をした。
言いにくい事なのか、それともまだ覚えていない言葉なのか。たぶん後者だ。
路肩に出ている露店を指さして、何かを言いた気にしている。
(買い物かな?)
そうとしか受け取れない。
ふと、ヒイロナの言葉を待っていた学人の足が止まった。ある一点を見つめたまま固まっている。
学人の視線の先には、タンクトップにジーンズ姿の男がいた。
森林族とおぼしき男と一緒に、都市の復興作業をしている。
「あの、すみません」
学人は気が付くと、その男に声をかけていた。どこかで手に入れた洋服を着た都市の人間、という可能性もある。
しかし、雰囲気からして確信があった。日本人だ。
「お? なんだ?」
男が日本語で応じる。
しかも、生存者が珍しくないようで、驚く事もなく平然とした態度だ。
訊きたい事がたくさんあるのに、言葉が出てこない。
黙りこくってしまった学人の様子を見た男はすぐに察したようで、
「新しく来た生き残りだな? 迷子か? 地図はもらわなかったのか?」
何かの場所を示したメモを渡した。
大雑把な手描きの地図に、赤く目印がされている。
「日が暮れる前に行ってこい。仕事の邪魔になるから、さあ行った行った」
しっしと追い払われるが、その男の表情からは喜びが感じられた。やはり、生存者がいた事は嬉しいのだろう。
ヒイロナに地図を見せ、目印の場所を目指す。
どういう事だかさっぱりわからないが、ここに行けば何かがわかるのだろう。
露店が並ぶ、市場の様な場所に出た。
食べ物から武器や鎧、アクセサリーまで様々な物が売られている。
すごい混雑振りで、気を付けないとすぐに迷子になってしまいそうだ。
売買に使われているのは、もちろん貨幣だ。
鉱山都市ではこういったやりとりが全く見られなかった。物々交換がこの世界では主流なのだと学人は思っていた。
不思議に思い、ヒイロナに訊いてみる。
この世界では血の繋がっていない者たちが集まって“家族”を作る。
学人の言う家族とは少し意味合いが違ってくる。この事はヒイロナから聞いていた。
かなり大きな家族となると、その人数は百を超える。
鉱山都市トロンボは、都市そのものがひとつの家族なのだそうだ。そのために、都市の中では貨幣が必要なかったのだ。
都市そのものがひとつの家族。
これが、学人がこの世界に来て最大のカルチャーショックだった。
周りをよく見てみると、洋服を着た人の姿がちらほらと確認できる。そして、その誰もが何かしら働いているようだ。
この都市の中に出てきてしまった人もいるだろう。
そんな人たちが混乱の中で捕らえられてしまい、強制労働をさせられている。
――奴隷。
嫌な単語が浮かんだ。
だが、それにしては表情がおかしい。皆、生き生きとしていて、労働を強いられている風には見えなかった。
(どうなってるんだ……)
状況が全く飲み込めない。
地図の場所に到着すると、そこは丸い大きな建物だった。
開放された入口はいやに大きく、人の出入りも激しい。何か公共の施設のようだ。
「ここ! さがしてた」
ヒイロナが建物を指さす。どうやら探していたのはこの建物らしい。
中に入ると、壁一面におびただしい数の紙が貼り出されていた。
中央には円形のカウンターがあり、何かの窓口になっているようだ。
「行ってくる。ガクト、待ってて」
二人はそう言って、学人を置いて行ってしまった。
手分けをして、手当たり次第に張り出された紙に目を通していく。
取り残された学人が、どうしていいかわからずに突っ立っていると、
『おい、邪魔だ!』
怒られてしまった。
それもそうだろう。今立っている場所は入口に近く、人の流れも早い。
おずおずと建物の隅に逃げる。
観察していると、出入りしている人間に一貫性が無い事に気が付いた。
重い甲冑を着た屈強な男がいれば、町娘のような軽装の女性、さらには老人や明らかに成人していない青年の姿まで。
カウンターの一部では、金銭のやりとりがされているのも見受けられた。
(ひょっとして……)
間違いない。ハローワークだ、ここは。
…………。
「吉村さん」
名前を呼ばれて、書類の山と格闘していた吉村小鳥が顔を上げた。
「どうかしましたか?」
「ここの所なんですけど……」
部屋では小鳥の他にも、何人もの女性が書類と向き合っている。
書類に書かれているのは、全てエルゼリスモア語だ。どうやら、どうしても日本語に訳せない単語が出てきたらしい。
その度に、こうして小鳥が呼ばれる。
問題の書類を見た小鳥も、思わず唸ってしまった。
手元にある資料と見比べても、わからない単語だ。とりあえず、そのまま読んでみる。
「つつあえるあいでんこうと……?」
何の事だかさっぱりわからない。
単語だけでなく、一文全体を見てみる。こうする事で、わからない単語におおよその見当が付く事もある。それでも、意味がわからない。
こういった事は頻繁にある。
ここで理解できないという事は、この案件は不適切という事だ。
「これはいいわ。次に進んでください」
不適切と判断された物は、その箇所に印を付ける。
これは小鳥があとでまとめて処理をする。既に結構な量が積み上げられていた。
その中から気になった物をピックアップしておく。一枚に時間が掛かり過ぎて、全部を処理するなど不可能だ。
「じゃあ、私は席を外します。適度に休憩を取ってくださいね」
ピックアップしておいた書類を持って、部屋を後にする。
人並みを掻き分けて出入口に向かっていると、隅で立っている男に目が留まった。
小鳥よりも少し年下だろうか。挙動不審気味で、縮こまっている。
向こう側の服を着ているが、日本人だ。
外から命からがら都市に逃げ込んで来る人は、少なからずいる。
通常ならば門を警備している人間が、小鳥の所まで案内をしてくれる。だが、今日はお昼からそんな話は耳に届いていない。
どういった経緯でここに来たのかはわからないが、彼もその類だろう。
誰かに教えてもらってここまで来たはいいが、どうしていいのかわからずに困惑している。
そういう風にしか見えない。
書類の事よりも、彼の方が優先だ。
小鳥が進む方向を変える。
目が合うと、男はきょとんとした顔をした。
外から逃げて来た人は皆、酷く恐ろしい目に遭っている。その上で、言葉も通じない、映画の中の様な都市に放り込まれているのだ。
その不安は計り知れない。
実際、皆最初は怯えていた。
少しでも男の不安を和らげようと、優しく微笑みかける。
「新しく来られた生存者の方ですか?」




