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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
25/145

25.中継都市 2

 ドナルドと別れて都市を歩く。

 日本とリスモア、お互いの建物がぶつかり合って崩れている。

 都市がかなりの打撃を負った事がわかるが、復興作業に当たる人々の表情は、皆一様に明るい。

 学人と外見が変わらない人間族(ヒト)、ジェイクと同じ森林族(エルフ)やそれによく似た種族。獣人族(ウォルフ)族も多くいれば、灰色の肌をした人間もいる。向こうでは、鉱石族(ドワーフ)よりも大きな男が、軽々と大きな瓦礫を持ち上げていた。

 見れば、様々な種族が入り乱れていた。


「ヒイロナ、あれは?」

「あの人『戦鬼族(オウガ)』、めずらしい」


 目に付くものや人の事をひとつひとつ尋ねていく。初めて見るものが多く、質問は尽きない。

 胸を躍らせている学人とは対照的に、ヒイロナは浮かない顔をしていた。

 ヒイロナが頭を悩ませているのは今日の寝床だ。誰もお金を持ち合わせていないため、宿を取る事ができない。

 街中での野宿はなんとなく惨めだ。それだけは絶対に避けたい。


「どこに向かってるの?」


 時々、通りすがりの人に道を尋ねている。ただ都市を散歩しているというわけではなく、どこか目的地があるようだ。

 疑問に思った学人が訊くと、


「んー……」


 ヒイロナが難しい顔をした。

 言いにくい事なのか、それともまだ覚えていない言葉なのか。たぶん後者だ。

 路肩に出ている露店を指さして、何かを言いた気にしている。


(買い物かな?)


 そうとしか受け取れない。

 ふと、ヒイロナの言葉を待っていた学人の足が止まった。ある一点を見つめたまま固まっている。

 学人の視線の先には、タンクトップにジーンズ姿の男がいた。

 森林族(エルフ)とおぼしき男と一緒に、都市の復興作業をしている。


「あの、すみません」


 学人は気が付くと、その男に声をかけていた。どこかで手に入れた洋服を着た都市の人間、という可能性もある。

 しかし、雰囲気からして確信があった。日本人だ。


「お? なんだ?」


 男が日本語で応じる。

 しかも、生存者が珍しくないようで、驚く事もなく平然とした態度だ。

 訊きたい事がたくさんあるのに、言葉が出てこない。

 黙りこくってしまった学人の様子を見た男はすぐに察したようで、


「新しく来た生き残りだな? 迷子か? 地図はもらわなかったのか?」


 何かの場所を示したメモを渡した。

 大雑把な手描きの地図に、赤く目印がされている。


「日が暮れる前に行ってこい。仕事の邪魔になるから、さあ行った行った」


 しっしと追い払われるが、その男の表情からは喜びが感じられた。やはり、生存者がいた事は嬉しいのだろう。

 ヒイロナに地図を見せ、目印の場所を目指す。

 どういう事だかさっぱりわからないが、ここに行けば何かがわかるのだろう。


 露店が並ぶ、市場の様な場所に出た。

 食べ物から武器や鎧、アクセサリーまで様々な物が売られている。

 すごい混雑振りで、気を付けないとすぐに迷子になってしまいそうだ。

 売買に使われているのは、もちろん貨幣だ。

 鉱山都市ではこういったやりとりが全く見られなかった。物々交換がこの世界では主流なのだと学人は思っていた。

 不思議に思い、ヒイロナに訊いてみる。

 この世界では血の繋がっていない者たちが集まって“家族”を作る。

 学人の言う家族とは少し意味合いが違ってくる。この事はヒイロナから聞いていた。

 かなり大きな家族となると、その人数は百を超える。

 鉱山都市トロンボは、都市そのものがひとつの家族なのだそうだ。そのために、都市の中では貨幣が必要なかったのだ。


 都市そのものがひとつの家族。

 これが、学人がこの世界に来て最大のカルチャーショックだった。


 周りをよく見てみると、洋服を着た人の姿がちらほらと確認できる。そして、その誰もが何かしら働いているようだ。

 この都市の中に出てきてしまった人もいるだろう。

 そんな人たちが混乱の中で捕らえられてしまい、強制労働をさせられている。


――奴隷。


 嫌な単語が浮かんだ。

 だが、それにしては表情がおかしい。皆、生き生きとしていて、労働を強いられている風には見えなかった。


(どうなってるんだ……)


 状況が全く飲み込めない。

 地図の場所に到着すると、そこは丸い大きな建物だった。

 開放された入口はいやに大きく、人の出入りも激しい。何か公共の施設のようだ。


「ここ! さがしてた」


 ヒイロナが建物を指さす。どうやら探していたのはこの建物らしい。

 中に入ると、壁一面におびただしい数の紙が貼り出されていた。

 中央には円形のカウンターがあり、何かの窓口になっているようだ。


「行ってくる。ガクト、待ってて」


 二人はそう言って、学人を置いて行ってしまった。

 手分けをして、手当たり次第に張り出された紙に目を通していく。

 取り残された学人が、どうしていいかわからずに突っ立っていると、


『おい、邪魔だ!』


 怒られてしまった。

 それもそうだろう。今立っている場所は入口に近く、人の流れも早い。

 おずおずと建物の隅に逃げる。


 観察していると、出入りしている人間に一貫性が無い事に気が付いた。

 重い甲冑を着た屈強な男がいれば、町娘のような軽装の女性、さらには老人や明らかに成人していない青年の姿まで。

 カウンターの一部では、金銭のやりとりがされているのも見受けられた。


(ひょっとして……)


 間違いない。ハローワークだ、ここは。




…………。




「吉村さん」


 名前を呼ばれて、書類の山と格闘していた吉村小鳥が顔を上げた。


「どうかしましたか?」

「ここの所なんですけど……」


 部屋では小鳥の他にも、何人もの女性が書類と向き合っている。

 書類に書かれているのは、全てエルゼリスモア語だ。どうやら、どうしても日本語に訳せない単語が出てきたらしい。

 その度に、こうして小鳥が呼ばれる。

 問題の書類を見た小鳥も、思わず唸ってしまった。

 手元にある資料と見比べても、わからない単語だ。とりあえず、そのまま読んでみる。


「つつあえるあいでんこうと……?」


 何の事だかさっぱりわからない。

 単語だけでなく、一文全体を見てみる。こうする事で、わからない単語におおよその見当が付く事もある。それでも、意味がわからない。

 こういった事は頻繁にある。

 ここで理解できないという事は、この案件は不適切という事だ。


「これはいいわ。次に進んでください」


 不適切と判断された物は、その箇所に印を付ける。

 これは小鳥があとでまとめて処理をする。既に結構な量が積み上げられていた。

 その中から気になった物をピックアップしておく。一枚に時間が掛かり過ぎて、全部を処理するなど不可能だ。


「じゃあ、私は席を外します。適度に休憩を取ってくださいね」


 ピックアップしておいた書類を持って、部屋を後にする。

 人並みを掻き分けて出入口に向かっていると、隅で立っている男に目が留まった。

 小鳥よりも少し年下だろうか。挙動不審気味で、縮こまっている。

 向こう側の服を着ているが、日本人だ。

 外から命からがら都市に逃げ込んで来る人は、少なからずいる。

 通常ならば門を警備している人間が、小鳥の所まで案内をしてくれる。だが、今日はお昼からそんな話は耳に届いていない。

 どういった経緯でここに来たのかはわからないが、彼もその類だろう。

 誰かに教えてもらってここまで来たはいいが、どうしていいのかわからずに困惑している。

 そういう風にしか見えない。

 書類の事よりも、彼の方が優先だ。


 小鳥が進む方向を変える。

 目が合うと、男はきょとんとした顔をした。

 外から逃げて来た人は皆、酷く恐ろしい目に遭っている。その上で、言葉も通じない、映画の中の様な都市に放り込まれているのだ。

 その不安は計り知れない。

 実際、皆最初は怯えていた。

 少しでも男の不安を和らげようと、優しく微笑みかける。


「新しく来られた生存者の方ですか?」

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