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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
24/145

24.中継都市 1

――一体どのくらいの時間が経ったのだろう。


 少しのような気もするし、もう何週間も経ったような気もする。

 太陽の届かない地下では、時間の感覚がまるで無い。

 捕らえられた人々でひしめくこの場所に、いつまで閉じ込められるのだろうか。


(生きてここから出られるの……?)


 あまり考えたくもない、最悪の結末が何度も何度も思考をよぎる。

 この中で状況を理解している人間は、誰一人としていない。

 突然だった。

 視界が揺れたかと思うと、地震が起きた。

 気が付いたら甲冑姿の人間に捕らえられていた。

 誰もが抵抗する暇もなく、捕らえられていった。

 逆にそれがよかったのかもしれない。地震で死んだ人は大勢いたが、知っている範囲では、彼らに殺された人はいない。

 もし抵抗を見せていたらもっと人が死んでいただろう。


 生きてさえいれば、きっと状況が好転する時が来る。そう信じるしかない。

 諦めてしまって、絶望の中で死ぬのは嫌だ。どうせなら最期まで希望を持ったまま死を迎えたい。


 地上に続く階段の奥から、鉄の扉の開く音がした。食事だろうか。

 自分たちをすぐに殺す気はないようで、ちゃんと食事が与えられる。

 だが、言葉が通じないので、交渉する事も目的を聞き出す事もできない。


 もし反乱を起こすとすればこのタイミングしかない。実際、そういった話が何度か持ち上がった。

 その度に、吉村小鳥(ことり)は必死で彼らを説得した。

 そんな事をしてしまえば、間違いなく全員殺されてしまう。

 食事を運んで来る者たちの剣を奪えたとしよう。それは何本? 十本程度が精々だ。

 たった十本の剣で、甲冑を着込んだ何百人を相手にしようというのか。殺し合いもした事のない自分たちが。

 結果なんて目に見えている。

 今はまだ、そういった行動に出る時ではない。それは本当に最期の手段だ。


 きっと助けが来てくれる。


 しかし、待てど暮らせど、助けは一向に来ない。国は一体何をしているのか。

 ただただ時間だけが過ぎていく。衰弱していく人々を見て、小鳥は不安に押し潰されそうになっていた。

 本当はあの時、死ぬのを覚悟で反乱を起こすべきだったのではないか。

 自分の判断は致命的に間違っていたのではないか。


 階段からランタンの灯りが差し込んだ。

 入って来たのは甲冑姿の人間と、少女が二人。食事ではなかったようだ。

 片方の少女が歩み寄ってきた。

 美しい白銀の髪は、ランタンに照らされて輝いているようにも見えた。

 初めて彼らの素顔を見た小鳥は息を飲んだ。

 少女の耳は尖っていた。

 後ろにいる黒髪の少女は自分たちと同じ容姿をしているが、顔立ちからして日本人ではない。


「代表の人はだれー?」


 少女が喋った。それも、日本語でだ。


「私です」


 誰もが呆然とする中で、真っ先に手を挙げたのは小鳥だった。

 毅然としたその姿勢に、口を出す者はいなかった。


「じゃあ、ちょっとお話しよっか」


 少女が笑顔を見せる。どうやら敵意は無いらしい。

 予想だにしていなかったチャンスが到来した。わからない事だらけだが、今やるべき事はひとつだ。

 皆の命運をその小さな背に負って、小鳥が少女と向き合った。




…………。




 青木は近くと言っていたが、かなりの距離を歩いた。

 教えられた道が通れなくなっていたり、そのせいで道に迷ったという事もあるだろう。真上にあった太陽は既に傾いて、視界に橙色が混ざり始めていた。

 ここまでは、この町にも火災の跡が見られなかった。

 すっかり頭から抜けていたのだが、行く先から漂う焦げた臭いで、その事を思い出した。

 広い道路にぶつかると、目に飛び込んできたのは焦げた町並みだった。


『なんだこりゃあ』


 当然、他の場所に比べて荒れ具合が酷い。しかし、火災の跡と言うには何か違う。

 外壁が黒焦げになっているにもかかわらず、中は燃えていないのだ。

 これはおそらく戦闘の形跡だろう。その証拠に、焦げた肉片が散らばって異臭を放っていた。

 青い顔をしながらも、学人が破壊された町並みを見渡す。まるで爆撃でも受けたかの様な印象だ。

 例のヘリの仕業だろうか。だが、たかがヘリ一機で町をここまで破壊するのは、絶対に不可能に思えた。


 道中の口数は少ない。最低限の言葉を交わすだけだ。

 学人と目の合ったヒイロナが申し訳無さそうな表情を浮かべる。

 学人も馬鹿ではない。病院の人々を冷たく突き放した二人を責める気は無い。

 二人にあの人々を助ける義理は無いのだし、たとえあそこに留まってくれたところで根本的な解決には至らない。

 全滅までの時間が少し延びるくらいが関の山だ。

 打つ手が無かった。


『おい、ガクト』


 ジェイクがガクトを呼んだ。

 視線を辿ると、そこにあったのは見るも無残なコンビニだった。缶詰はまだあるので、食料の補給はまだ必要ない。

 魔獣の襲撃に備えてジェイクとヒイロナの手を塞ぐわけにもいかず、荷物を持つのは学人の役目だった。

 ザックは図鑑などでいっぱいで、食料のストックをあまり持ち歩く余裕も無い。

 ジェイクは学人の返事を待たずに、コンビニに入って行った。


 中は全てが薙ぎ倒されていた。

 熱風に煽られたのだろう。スチールの陳列棚が大きくひしゃげてしまっている。

 ジェイクは一目散にレジを乗り越えた。煙草だ。

 最初の町から持ち出した物は、もう底を尽きかけていた。数があると少し嵩張ってしまうが、重い物でもないので多めに持って行っても大丈夫だろう。


『駄目だな、こりゃあ』


 陳列されていた物は、とても吸える状態ではなかった。スチールがひしゃげているくらいなのだ。当たり前だ。

 他の商品もほとんどが使い物にならない状態になっていた。


「どいて、多分ここに」


 学人が棚を開けると、無傷の煙草がカートンで出てきた。この際なので銘柄に関係なく、あるだけ持って行く。

 店から出ると、二人の手にした物を見て、ヒイロナが呆れた顔をしていた。




 進むにつれて、町の破壊が酷いものになっていく。かなりの激戦だったのだろう。

 次第に魔獣の襲撃も無くなり、もう目の前には城壁の様な物が見える。

 鉱山都市よりも少し大きいくらいだろうか。高くそびえる城壁には一部破壊された場所が確認できる。

 出現した日本の建物によって壊されてしまったらしい。壁から家が生えている。

 高い壁のせいで町の様子を窺う事はできないが、中からは喧騒と釘を叩く音が聞こえてくる。都市は無事のようだ。


 都市の入口に回り込むと、門は落とし格子で閉ざされていた。

 かなり大きな門だ。これは商人が多く行き来するためだろう。

 門番は三人の姿を見つけると、素性を確認するでもなく合図を送る。


『来訪者だ、開けてやれ!』


 鎖の音と共に門が開かれる。

 学人は拍子抜けしてしまった。一悶着あるどころか、これでは自動ドアだ。


 都市の中は活気に溢れていた。

 倒壊した双方の世界の建物が目立つが、急ピッチで復興作業が進められている。

 入ってすぐの広場には、キャラバンとおぼしき馬車の大群が停められていた。

 肝心の馬車を牽く馬の姿は無く、今は整備作業をしているようだ。

 学人が目を引いたのは、その整備をしている人物だ。全身が毛で覆われていて、二本の脚で立つ犬の様な人間がそこにいた。

 コスプレにしてはクオリティが高すぎる。ハリウッドの特殊メイクも顔負けだ。


「ヒイロナ、あの人は何?」

「え、何? 『獣人族(ウォルフ)』、どうかした?」


 獣人族(ウォルフ)

 その名の通り、人と獣の外見を併せ持つ、エルゼリスモアで暮らす種族のひとつだ。

 ジェイクがキャラバンに近付くと、その中にいた一人の獣人族(ウォルフ)に声をかけた。


『よー、ドナルド。景気はどうだ?』


 背中に声を受けた獣人族(ウォルフ)は振り向くと、目を見開いて跳び上がる。


『ジェイク? お前生きてたのか、久しぶりだ!』


 白い羽毛で、アヒルの様なクチバシを持つ鳥の獣人族(ウォルフ)だ。

 どうやらジェイクの知り合いらしい。


『鉱山都市に向かうキャラバンってこれか? 誰が指揮してる?』

『誰っておめえ、それはこの俺、ドナルド様よ! この都市に着いたら急に変な事になって足止めだ。商売上がったりだぜ、ったくよお!』


 ドナルドは鬱憤が溜まっているのか、ジェイクに対してマシンガントークを始めた。ジェイクは既にうんざりした顔をしていた。


『で、行けそうなのか?』

『あー、今傭兵どもがルート確保に行っている。だが、まだしばらくはかかるだろうな』

『そうか、なるべく早くしてやってくれ。腹空かせたドグが鶏肉食いたいってよ』

『マジでか! あの野郎、俺様の事をそんな目で……ぐぬぬ』


 鉱山都市に向かうキャラバンはこれで間違いない。

 ドナルドの口調からは、交易が絶対に不可能というわけでもないらしい。


『この街は何なんだ?』

『なんだお前、そんな事も知らずに来たのか? 周りをよく見てみろよ。色んな奴がいるだろ?』

『丁度俺の目の前にも、喋るアヒルがいるな』

『この都市から色んな場所に通じているんだ。つまり、ここは中継都市だ。来る者は誰でも拒まない、多種族の都市ってわけだ』

『他に情報は?』

『情報? 情報……ねえ』


 ドナルドの口が大きく開かれる。マヌケな顔で首を傾けて、視線を宙に泳がせる。


『あぁ、無かったらいいんだ。鳥の頭で無理すんな』

『あ、思い出した! ジェイクてめえ、この間の銀貨十五枚、耳揃えて払ってもらおうか!』

『おいおい……お前それ前回会った時にも言ってたろ。帳簿確認してみろ』

『あ? そうだっけ? そうだったっけ?』


 話を終えたジェイクが呆れた顔で戻って来た。


『ったく、あれでよくキャラバンの指揮が務まるぜ』

『ジェイク、何か聞けた?』

『あぁ、ここは中継都市なんだとよ。来る者拒まずの自由な都市だ』


……。


『あ、そうだ! ジータって奴がジェイクの事探してたんだった!』


 ドナルドがその事を思い出し、後ろを振り返るが、既に三人の姿は消えた後だった。


『まあいいか、別に金もらってるわけでもないし』

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