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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
23/145

23.罪

 青木は拳銃を収めると、ジェイクとヒイロナに怪訝な目を向けた。

 助けてもらったと頭ではわかっていても、どうしても警戒心を緩める事ができないようだ。


「彼らは……」

「あ、人間とは少し違いますけど大丈夫です。僕はあの二人に助けられてここまで来ました」


 学人が味方だとはっきり言い切ると、青木の表情が少し和らぐ。

 何かを尋ねたい様子だったが、出てきたのは感謝の言葉だった。


「そうか、そちらの二人にもお礼を言う。ありがとう」

「自衛隊の方ですか?」

「そうだ。近くに駐屯地があった。元々はそこの航空隊だったが、今は食料調達の任務に就いている」


 食料調達部隊。トラックを見ると、荷台には確かに食料が詰めれるだけ詰め込んであった。


「君のその格好、そこの二人。訊きたい事は山ほどあるが……」


 トラックをちらりと見る。

 青木は少し逡巡した様子で、


「行く宛てはあるのか? 無ければ一緒に来るといい。我々の任務は食料の調達と、生存者の保護だ」

「保護……駐屯地ですか?」

「いや、あそこは既に放棄された。今は病院に立て籠もっている」


 口振りから、病院には多くの生存者がいるようだ。

 そこでの状況を見ておきたいと思い、学人は同行を決めた。

 青木は無精髭を生やし、目の隈が酷い状態だ。かなりの疲労が見て取れるが、その目にはまだ力強さが残っている。

 青木の号令と共に隊員達が遺体を隅に寄せると、トラックが前進を始めた。

 運転席に一人、助手席にも一人、トラックの前方に四人と後方には二人。小銃を構えながら警戒をする。


「病院には何人くらいいるんですか?」

「一般人が二百人、隊員が五十人ほどだ」

「ヘリを見ましたけど、あれもあなたたちですか?」


 先日見たヘリの事を尋ねる。青木は元航空隊だと言っていたので、おそらくここから来たのだろう。

 学人はそう確信していたのだが、返ってきたのは予想に反したものだった。


「ヘリを見たのか……」


 青木の声が沈む。


「あのヘリは混乱の中で奪われた物だ。武器も搭載している。近付かない方がいいだろう」


 多くは語らないが、苦虫を噛み潰した様な顔で青木が言った。

 一体何があったのかは、学人に知る由もない。ただ、その表情から、良くない事があったであろう事が読み取れた。

 ヘリの操縦をできるのだ。乗っているのはおそらく自衛隊員だろう。

 何となく察した学人は、それ以上追求する事はしなかった。隊員とはいえ、人間なのだ。そういう事だろう。

 気まずい空気を変えるかのように、今度は青木が質問をした。


「君はどこにいたんだ?」

「もっと北の市にいた時に地震に遭って……そこで彼らと出会いました」


 そう言ってジェイクとヒイロナを目で示すと、青木は少し嬉しそうにする。


「そうか。言葉は通じなくても、彼らは敵ではないのだな」

「どういう事ですか?」

「病院から少し行った場所に、中世を想起させる街がある。地震の直後に接触した者がいたのだが、言葉が通じず逃げて来たらしい」


 中世を想起させる街。

 それがたぶん、キャラバンのいる都市だろう。

 学人はその都市が目的地である事を伝える。同時に、都市の住人が味方である保証がない事も。

 学人は今まで深く考えなかったのだが、向こうが友好的であるとは限らない。

 青木と会話をした事で、いかに自分が楽観的であるかという事に気付かされた。


「病院が近い! 全員気を引き締めろ!」


 青木が隊員達に檄を飛ばすと、部隊の緊張が一層高まった。


「病院の近くは奴らが多い。大半はあの街に引き付けられているようだが、油断はできないのだ」

「そうですか、彼らにも伝えておきます」


 そう言って、学人は後ろを歩く二人に、青木と話した事を全て説明した。

 部隊の進む先に白い建物が見えてきた。病院だ。




 病院は思っていたよりもずっと小さな建物だった。

 門には砲塔を搭載した装甲車が二台配備されていて、数名の隊員が警戒をしている。敬礼をする隊員を横目に、トラックが敷地内へと入って行く。

 一応塀で囲まれてはいるが、もちろん襲撃に備えた物ではない。低く、薄い壁だ。

 所々が度重なる襲撃で崩れてしまっており、その穴を補完するかのように、トラックや車などが配置されている。

 三階にあるテラスが建物をぐるっと一周回っていて、敷地の周囲を見渡せるようになっている。小銃を持った隊員たちが歩哨に当たっていた。

 どう見てもあまり籠城に向いているとは思えない。だが、他に場所が無かったのだろう。


 建物の入口はロータリーになっていて、脇にはタクシーが待機できるスペースもある。今はテントが建てられ、中の長机には通信機器の様な物が並んでいた。

 食料を積んだトラックは入口の前に停められ、荷物が手際よく中に運ばれて行く。

 どこを見ても、働いているのは隊員たちだけだ。怪我を負った体に鞭を打って働いている者も少なくない。

 誰もが疲労の色が濃く、もうあまり長くは持たないように感じられた。

 そんな事を考える学人を見透かしたかのように、青木が自嘲の笑みを浮かべた。


「見ての通り、状況は良くない。民間人も隊員も毎日死んでいく。あまり長くは持たないだろう。だが、どうする事もできない」


 重々しく、沈痛な言葉だ。

 民間人を守りながらの移動は無理だ。そもそも、行く宛ても無い。


「こっちだ」


 それ以上何も言わなくなった青木に続いて、病院の中に足を踏み入れた。

 入るとすぐに通路が二手に分かれていて、左がロビー、右はよくわからないが薬剤室があるようだ。調達した物資はそちらに運ばれていた。

 ロビーを横切り、そのまま奥にある階段へと向かう。

 ロビーは避難をしてきた民間人であふれていた。

 皆生気の感じられない虚ろな目をしていて、誰一人として口を開く者はいない。

 新しく来た学人達を目で追うが、すぐに興味を失くして俯いてしまう。

 外から聞こえる隊員たちの声だけが、陰鬱な空間に響いていた。


「ここで待っていてくれ」


 青木はそう言い残し、階段を昇って行ってしまった。


『チッ! 辛気臭せえ』


 ロビーの様子を見たジェイクが、汚い物でも見るかのような目でぼやいた。目の前の光景に苛立ちを覚えているようだ。

 しばらく待たされていると、静かなロビーにざわめきが広がった。人のひしめく中で、一点だけぽっかりと円形に空間が生まれていた。

 円の中心では老婆が胸を押さえて、痙攣を起こしている。


「医者を! 誰か先生呼んで来い!」


 静かだったロビーにざわめきが充満すると、ヒイロナが群がる人を押しのけて行った。

 険しい顔をしたヒイロナが手をかざす。老婆が優しい光に包まれると、それを見た群集のざわめきが増した。

 ヒイロナが詠唱を始めた。

 白い光が消えると、代わりにヒイロナの手が青い光を帯びる。

 心臓の辺りで集束した光が、老婆に吸い込まれるようにして消えていった。


「もう、だいじょぶ」


 小さく息を吐いたヒイロナが顔を上げる。

 老婆の痙攣は止まっていて、血色も先ほどより良くなって落ち着いていた。

 遅れてやってきた看護師たちに運ばれて行くのを見送って、こちらに戻って来る。


『ロナ、ほっとけ』

『でも……』


 ジェイクの口調は冷たいものだった。

 それは、友人の危機を知ると躊躇無く鉱山に飛び込んで行く、なんだかんだで学人に世話を焼いてくれる、人情に厚い男の言葉とは思えなかった。


「待たせた、こっちへ」


 ロビーが落ち着きを取り戻し、再び静寂が訪れた頃、ようやく青木が戻って来た。

 上官に話を通していたのだろうか。二階へと案内される。

 階段を上がると、そこは小児科の待合室のようだった。広々とした廊下に机や資料などが置かれている。長椅子をどけて、今は司令部として使っているのだろう。

 そこにいた年かさの自衛官が立ち上がった。


「ようこそ。私がここの責任者の岩代だ。青木から少し話を聞いた。君達の事を詳しく話して欲しい」


 責任者を名乗る岩代に、学人が今までの経緯を話す。

 ジェイクとヒイロナは退屈そうに欠伸をしていた。


……。


 話を聞き終えた岩代が瞑目する。

 おそらく町に埋もれた都市の事を考えているのだろう。逃げるならそこしかない。

 しかし、現状では無理だ。今の状態で向かえば多くの死傷者を出してしまう。そもそも、都市が受け入れてくれるかどうかもわからない。

 少しの沈黙が流れると、ジェイクが口を開いた。


『おい』


 その場にいた全員がジェイクに目を向ける。


『下にいた連中はなんだ? なんで何もせずにじっとしてるんだ? お前らがあいつらを守っているみたいだが……自分達の命を張ってまで守るようなもんなのか?』


 言葉が通じないのはジェイクも百も承知だ。それでも、お構い無しに喋り続ける。


『弱いのは仕方ねえ。だがな、他人を危険に晒しておいて、あれはどうなんだ? 自分達は守られて当然って顔をしてやがる。たとえ弱くても、何かできる事はあるんじゃあねえのか?』


 ジェイクの声は静かだが、怒気を孕んでいる。

 青木と岩代が戸惑いを隠せずにいた。


『お前らは馬鹿だ。あんな荷物どもがいなけりゃ、もっと自由に動けてなんとでもできるはずだ。反吐が出るぜ』


 ジェイクの苛立ちの原因はこれだ。

 他人を盾にしてのうのうとしている人間が許せなかった。

 そして、それを良しとしている自衛官に怒りを感じていたのだ。


『弱いのは罪じゃあねえ。だがな、それを理由に何もしねえのは罪だ。こいつ(ガクト)も弱えが、いざって時には恐怖を乗り越えて、自分にできる事を必死でやろうとする。助けてやる価値がある奴だ』


 ジェイクは踵を返し、


『ロナ、ガクト、行くぞ。こいつらがどうなろうと知ったこっちゃねえ』


 学人をここに置いて行くという選択肢は無いらしい。


「彼は今なんと?」


 岩代が不安気に尋ねる。言葉がわからなくても、ジェイクが怒りを露わにしている事くらいはわかる。


「ヒイロナ?」


 学人が通訳を促すと、ヒイロナは困った顔を浮かべた。

 視線が宙を泳ぎ、うんと頷く。


「あなたたち、おろか。どうぞ死ね、クソヤロー。そう言った」


 美しい顔立ちをした女の子の口から飛び出した、下品な物言いに開いた口が塞がらない。


「弱い、しかたない。でも、何もしない。それはしかたない、ちがう。ジェイク、怒ってた」


 岩代と青木が唇を噛んだ。


「あなたたち、あの人たち守る、必要ない。あなたたちだけ、なら、生きれる」


 ヒイロナは言い終わると、お辞儀をしてジェイクの後を追って行ってしまった。

 二人の姿が消えたあと、視線を落とした岩代がぽつりと呟く。


「……国民を守る事が我々の使命だ」


 国がもはや機能していない状況でも、自分達の身を挺して国民を守る。

 彼らの揺ぎ無い志には頭が下がる。


「あの……すみません! 本当に」


 岩代と青木に謝罪し、学人も慌てて二人を追いかけた。


『まって! 放っておくの?』

「ガクト、ここ残る?」

『そうじゃなくて!』


 学人が引き止めるのも虚しく、ヒイロナが顔を横に振る。


『さっさと行くぞ。日没までには都市に着きたい』


 学人が病院を振り返ると、二階の窓から岩代がこちらの様子を窺っていた。

 学人としてはここの人たちを助けたい。しかし、今ここで二人と別れるわけにもいかない。


「どうして……」


 学人だけの力ではどうする事もできない。

 自分の無力さを呪い、学人は病院に背を向けた。

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