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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
22/145

22.襲撃者

 あの独特な死の臭いが町を充満している。たとえ何十回嗅ごうとも、この臭いに慣れる事はないだろう。

 込み上げる胃液を抑えて、足を進める。

 ここもやはり大惨事だ。生きた人間の気配は感じられない。

 闇夜に沈んでも明かりが一切無く、静かだった事から町が機能していないのはわかっていた。

 それでも実際に目の当たりにすると、こたえるものがある。

 以前の町とは違うところがあった。

 ここは地震の被害というよりも、何者かに荒らされた印象が強い。

 アスファルトは案外しっかりとしていて、建物にも破損が少ない。道さえ塞がっていなければ、車での移動も簡単そうだ。


 かつては店だった建物を覗いてみる。

 中は強盗にでも遭ったかのような荒れ具合だ。明らかに襲撃を受けた形跡が残っている。

 ドグからの前情報だと、この辺りは草原で、オークが群れを成していたらしい。ホワイトピッグという種で、白く太った外見をしていて知能は可哀想なくらいに低い。

 情報通りの死骸がいくつか転がっているところを見ると、町はオークが荒らして回ったのだろう。


 アスファルトやコンクリートには、赤黒く乾いた血痕が多く付着している。その割には、持ち主の数が少ない。

 きっと動き出して、町を徘徊しているのだろう。

 何か強い力で叩き割られたアスファルトがあった。オークやゾンビ以外にも別の魔獣がいるようだ。


 時折オークが襲って来るが、あまりまとまった数ではない。当然ジェイクとヒイロナの敵ではなく、今のところ大きな戦闘には発展していない。

 気になったのは、人の死体だ。

 何もなくても気になるものだがそうではなく、二度殺されているのだ。

 頭の潰されたものが多く転がっていて、一緒にオークの死骸が転がっている。喰いちぎられた傷を見ると、ゾンビと争ったであろう事は明らかだ。

 つまり、誰彼構わず襲い掛かるゾンビを、オークが駆逐していると見て間違いないだろう。

 少数部隊を組んで町を巡回している。知能の低いオークが、統制された動きを見せている事に、ジェイクは懸念を感じていた。


「あれ? ここは」


 学人の記憶にある景色が出てきた。

 ここは学人が学生時代にアルバイトをしていた町だ。

 大きな郊外の町で、私鉄に地下鉄、さらにJRも走っていたはずだ。自衛隊の駐屯地と小さな空港まであった気がする。

 駐屯地に行けば生き残っている人々がいるかもしれない。そう考え、かすかな記憶を辿って駐屯地を目指す。


 上を高速が走る道路に出た。

 これは環状線で多くの市を跨いでいる。今はどこまで続いているのだろうか。

 高速に沿って歩くと、死臭に混じって不快な別の臭いが漂ってきた。

 臭いの根源は、ぽっかりと口を空けた地下鉄の入口だ。

 近付いて見てみると完全に水没してしまっていて、強烈な悪臭を放っていた。これは地下水だけではなく、下水も逆流してしまったのだろう。

 中がどうなっているかなんて想像したくもない。

 これにはさすがのジェイクとヒイロナも顔をしかめている。


『くせえな、何の臭いだ? これにガクトのゲロも混じったら俺も吐けそうだ。ガクト、正しいゲロの吐き方教えてくれ』


 言葉はわからなかったが、なんとなく茶化されているのだなと学人は思った。その証拠に、ヒイロナのチョップがジェイクの額にめり込んでいる。


『伏せろ!』


 学人がため息を吐いていると、ジェイクが叫んだ。頭を押さえ付けられて

、無理矢理に屈まされる。

 次の瞬間、頭の上を猛スピードで何かが通過した。

 それは地下鉄の入口の壁に激突し、重い音を立てて砕けた。バスケットボール大の、アスファルトの塊だ。

 砕けた塊は水面に散らばり、汚水と悪臭を舞い上がらせる。

 見れば、木の杖を構えたオークがそこにいた。ウィザードだ。


『――撃ち抜け、白露の射撃(ティーロ・ロシーオ)!』


 ヒイロナがすぐさま一言だけの詠唱をした。

 地下に溜まった汚水が独りでに波打ち、弾丸となってオークを撃ち抜く。

 ジェイクも矢を放って一体仕留めたが、まだあと一体残っている。オークの杖が緑色の光を帯び、足元アスファルトがめくれ上がる。


「やあああああッ!」


 学人が宙に浮かんだ塊にシャベルを叩き込んだ。せめて敵の攻撃を妨害するくらいは、という考えでの行動だった。

 だが、塊を叩き落す事はできず、標的が学人に向けられる。


魔力妨害(ラ・ファルタ・マヒカ)!』


 魔法が放たれる寸前、塊に纏わり付いていた光が弾けた。

 塊が地面に落下するよりも早く、ジェイクがオークに剣を突き立てる。


「危なかった……」


 思わずその場にへたり込む。

 やはり魔法よりも本体を狙うべきだったか。ヒイロナが咄嗟に対応してくれていなければ死んでいたかもしれない。

 呆然と死骸を見つめる学人を、ジェイクが軽く小突く。

 余計な事をするな、と言われたのかと思ったが、その表情には笑みが浮かんでいた。怒られたというわけではないようだ。


 ほっとしたのも束の間、今度は銃声が鳴り響いた。

 ジェイクとヒイロナが聞いた事のない音に警戒を見せる。

 耳を澄ませると、乱射音の中に怒声があった。かなり近いようだ。


「ヒイロナ、仲間!」


 聞こえたのは日本語、間違いなく生き残りだ。

 それも、連射できる銃を所持している人間が複数。自衛隊が魔獣と戦う光景が目に浮かんだ。

 音のする方向へ走り出す。

 ファーストフード店のある交差点を左に曲がって、そのまま真っ直ぐ。二つ目の信号を右だ。


「村田! 西森を連れて下がれ!」

「木下はあの棒の奴だ!」


 怒号がかなり近くなった。すぐそこだ。

 目の前の丁字路から、バックの警告音を鳴らす、ホロの付いた深緑のトラックがゆっくりと姿を現した。

 それを見た学人がヒイロナに指示を出す。


「ヒイロナ、あれは味方だ! 助けよう!」

『ジェイク! ガクトの仲間だって、助けるよ!』


 三人が駆け付けると、そこでは迷彩服姿の男がオークを銃撃しており、二人が血を流して倒れていた。

 自衛官が突然背後に現れた学人達に戸惑いの声を上げた。


「誰だ? 生き残り?!」

「助けに来ました! あの二人は味方です!」


 自衛官はジェイクとヒイロナを一瞥し、


「全員、彼らの援護に回れ!」


 すぐさま指示を飛ばした。

 オークはアスファルトで防壁を作り、銃撃から身を守っている。隙を窺って魔法を飛ばしてきている様子だ。


『ロナ、あの壁なんとかしろ!』

『もー! またそうやって簡単に言う!』


 飛び交う銃弾とアスファルトで、飛び込んで行くのは無謀だ。だからといって急に銃撃を止めると、一斉に魔法が飛んでくるだろう。

 オークが顔を覗かせる事なく、出鱈目に魔法を放つ。


『――侵せ! 水蝕(アーグワ・エロシオン)!』


 ヒイロナが詠唱のあと、魔法の名前を呼ぶ。

 防壁が帯びている緑色の光に、水色の斑点が浮かび上がった。

 斑点は爆発的にその数を増やして、眩しい光を放つ。刹那、光からは緑色が失われ、防壁が一瞬のうちに崩れてしまった。

 身を守る物が無くなったオークに、銃弾の嵐が浴びせられる。

 地に伏せていくオークの中で、一体だけ平然と立っているものがいた。全身が白く発光していて、銃弾の軌道を逸らしているようだ。


『無駄だ、止めさせろ』

「みんな、とまる!」


 ヒイロナの言葉で銃撃が止んだ。

 周囲に静寂が戻ると、ジェイクの姿が無かった。


「ゴボッ」


 オークから呻き声が漏れる。

 いつの間にか躍り出たジェイクの剣が、オークの喉を貫いていた。

 血の泡を噴いて、ゆっくりと背中から倒れる。


「助かった……のか?」


 自衛官の呟きを皮切りに、悲痛な叫びが木霊した。


「あああああ、西森、坂下!」

「畜生っ!」


 倒れた二人の隊員に男達が駆け寄る。皆が顔を伏せる中で、リーダーとおぼしき自衛官が怒声を上げた。


「全員警戒を怠るな! 他にまだいるかもしれん!」


 その声に涙を飲み込んだ隊員達が、警戒態勢を取る。


「ありがとう、助かった」

「山田学人です。こんな格好をしていますけど、日本人です」


 リスモアの服を着た学人を見て、眉をひそめる自衛官に慌てて自己紹介をする。

 日本の服とこちらの服、両方用意しておいた方がよさそうだ。


「私はこの小隊を指揮している青木だ」


 青木が倒れた隊員に目をやる。一人は割れたヘルメットから脳が露出し、もう一人は顔面が原型を留めていない。

 医者でなくとも、一目でわかった。死んでいる。


「勇敢な隊員に、最後の慈悲を……」


 青木が顔面の潰れた隊員の頭に拳銃を向ける。

 少し躊躇いを見せたあと、一発の銃声が廃墟の奥に吸い込まれていった。

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