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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
21/145

21.追憶の欠片

――ジェイクとヒイロナは幼馴染だ。

 ジェイク・エイルヴィス・イーストウッド。

 ヒイロナ・エイルヴィス・アルタニア。

 シノ・エイルヴィス・マーガレット。

 三人は何をするにも、いつも一緒だった。


 ジェイクはよくイタズラし、シノは呆れながらもそれを手伝う。ヒイロナの役目は、そんな二人をいつも咎める事だった。

 三人とも同じ歳なのに、ヒイロナは二人の姉のような存在だった。


 十歳になったあたりから、ジェイクとシノは剣術と弓術の訓練を始めた。

 しばらくはヒイロナも付き合っていたが、肌に合わなかったヒイロナは魔法の勉強を始めた。

 魔法の勉強はとても面白かった。

 魔力を操作するだけで、二人にはできない事を自分ができるのだ。

 魔法の勉強をしていくうちに、ヒイロナは自分の色が水であるという事がわかった。

 水の魔法。病気や中毒など内傷の治療に長けた魔法だ。逆に、怪我など外傷の治療にはあまり向いていない。患者への負担が大きいのだ。

 それでも、かすり傷程度の治療であれば問題は無い。

 大人から訓練を受けて、毎日のように擦り傷を作る二人を治療するのが、ヒイロナの日課になった。

 なるべく負担がかからないようにと試行錯誤を繰り返す日々だった。その甲斐あって、外傷治癒の得意な水の使い手として、少し有名になるがそれはまた別の話だ。

 ただ、それはあくまで“水の魔法にしては”の範疇で、怪我の治療を得意とする木の魔法には遠く及ばない。


 ある日、グレイハウンドの群れが森に迷い込んだ。

 個体であれば大した事のない魔獣だ。だが、非常な獰猛な性格で、群れとなると非常に危険な存在となる。

 大人たちが戦闘の準備をする中で、ジェイクとシノが我先にと駆け出して行ってしまった。二人からすれば、日頃の訓練の成果を試す絶好の機会だった。

 筋が良いと賞賛されていた二人だったが、さすがにグレイハウンドの群れを相手にするのは危険だ。ヒイロナも慌てて二人の背中を追った。


 ジェイクとシノが前衛。ヒイロナが後衛。三人はかなりの怪我を負いながらも、グレイハウンドを追い払った。

 グレイハウンドの死骸に囲まれて、寝転がる三人を見た大人たちは目を丸くしていた。

 帰ってから、もちろんたっぷりと怒られる羽目になった。

 戦うのも、怒られるのも、治療を受けるのも、三人一緒だった。

 このまま歳を取っていって、その寿命を全うするまで、三人は森でずっと一緒なのだとヒイロナは信じて疑っていなかった。


 十六歳で成人した時、ジェイクとシノが森を出ると言い出した。

 田舎(エルフの森)に引きこもってないで、世界を見て回りたいと。

 ヒイロナは反対した。森を出るとアイゼル王国だ。

 厳格なルールの下で行われているとはいえ、何百年と飽きずに戦争をしている人間たちの王国だ。魔獣だけでなく、戦火に巻き込まれて命を落とす危険もある。

 このまま三人で、森で精霊たちと会話をして、鳥たちと一緒に歌声を響かせて、侵入者から森を護っていく。それがヒイロナの願いだった。

 二人の性格はヒイロナが一番よく知っている。一度言い出したら絶対に止められない。

 ヒイロナは仕方なく、二人と一緒に森を出る事にした。



 いざ森を出てみると、一番はしゃいでいたのは森を出る事に反対していたヒイロナだった。森には無いものが多すぎて、目に映るもの全てが新鮮すぎて。

 最初の目的地は竪琴の島だ。海辺の町、ブルータスから船で揺られる事半日ほどの場所にある。

 その昔、人魚族(マーメイド)の奏でる竪琴の音色が、島中に響き渡っていたと言い伝えられる。

 別名、始まりの島。

 駆け出しの冒険者や騎士の集まる場所だ。

 島にはあまり強い魔獣がいない。さらに、比較的危険の少ない迷宮も存在する。腕試しには持ってこいの島で、いつしか駆け出しのヒヨコが集まる島になっていた。


 船でキョウジという人間族(ヒト)と知り合った。

 彼は駆け出しの冒険者で、三人と同じく竪琴の島で経験を積むという事だった。

 歳が近い事もあり、キョウジとはすぐに意気投合した。

 その日、ヒイロナ達は三人から四人になった。


 竪琴の島で、四人は毎日のように魔獣を狩ったり、迷宮探索に出かけた。

 迷宮は成り立ちが謎に包まれていて、どれだけ魔獣を倒しても、その数を減らす事はなかった。

 今ならそれが説明ができる。“女神”がそういう風に創ったのだ。

 ここ最近の研究で仮説が立てられているものの、未だに多くの人間がそう信じている。

 迷宮では魔法具や魔法結晶、倒した魔獣の毛皮や肉などが採れる。

 かなり運がいいと、用途のわからない謎の物体が手に入る事がある。これは魔術研究者が高値で買い取ってくれる。

 何の役にも立たないガラクタなのにもかかわらず。


 四人は一度だけその“ガラクタ”を手に入れた事があった。

 何でできているのかわからない、薄い銀色の欠片だ。片面は光に当てると虹色に輝き、もう片面には何か文字の様なものが書かれていた。

 たしかに綺麗なものだが、ガラクタだ。

 こんな物を高値で買い取る研究者の気が知れない。


 ある日、キョウジが“家族”を作ろうと提案した。

 エルゼリスモアでは、血の繋がらない者同士が集まって“家族”を作り、協力して生きていく。

 生業は冒険から農業まで多岐に渡る。ただ、戦争を生業とする家族は騎士団や傭兵団と呼ばれる。

 キョウジが言い出したのは、冒険家族だった。


『俺は騎士団に入る』


 キョウジに賛同するヒイロナとシノに、ジェイクはそう言った。

 ヒイロナが最も恐れていた事だった。

 ジェイクの入る騎士団の“姫”が、律儀にもヒイロナ達に挨拶に来た。

 騎士団の代表は“王子”や“姫”と呼ばれる事が多い。王族というわけではないが、目指す場所がそこだからだ。戦争に行くわけでもないのに、一般の家族にもその傾向が見られる。

 挨拶に来たのは騎士団「龍の血族」二代目の姫、アリスティアだ。

 向日葵の様な笑顔を向けるアリスティアに、ヒイロナは敵意を剥き出しにした。

 戦地に赴く事になるジェイクの身を案じるよりも、アリスティアにジェイクを取られた気がして面白くなかった。

 ヒイロナ達が家族を結成した日、四人から再び三人に戻ってしまった。



 数年後、ブルータスの町でジェイクと再会した。

 元気そうな姿を見た瞬間、ヒイロナは歓喜した。戦争の情報が耳に入る度、気が気でなかった。

 ヒイロナはジェイクに駆け寄ろうとしたが、少し戸惑ってしまった。

 すっかり目つきが変わってしまっていたのだ。あれは人殺しの眼だ。

 そうしているうちに、ジェイクが気付いて声をかけてきた。困惑を示していたヒイロナだったが、久しぶりに会話をすると、それはいつの間にか消えていた。

 目つきが変わっても、ジェイクはジェイクだったのだ。

 中身が何も変わっていない事が、ヒイロナには何よりも嬉しかった。


『隊長! 姫がお呼びです』

『あー、わかった。すぐ行くからノアは先行ってろ』


 ジェイクは出世をして、部隊を率いるまでになっていた。

 そのやり取りを見て、ジェイクが少し遠い存在になった気がした。


『ロナ、ここにはまだしばらく居るのか? 明日、夜空に花を咲かせるんだ。見ていけよ』


 ジェイクの騎士団に所属する鉱石族(ドワーフ)の一人が、火薬を使って夜空に花を咲かせる技術を開発したらしい。

 それで、騎士団の祝い事で、明日の夜に花火(それ)を打ち上げると言うのだ。

 夜空に花。ヒイロナは首をかしげるしかなかった。実際に目にするまでは、意味がわからなかった。


 花火は予定通り、翌日の日没から打ち上げられた。

 夜空に一瞬だけ咲く花はとても綺麗で、それでいて儚いものだった。

 ヒイロナ達は時間を忘れて、打ち上げられる花火に見惚れていた。

 お祝い事。

 アリスティアには人を惹き付ける魅力があったらしく、ある時、一夜にして勢力を何倍にも拡大してしまった。

 次の戦争……攻城戦では間違いなく城を落とす。誰もがそう思っていた。

 結局、二代目龍の血族が大した戦果を歴史に刻む事は無かった。

 しかし、アリスティアの所業は、騎士団の間で伝説として語り継がれる事となった。たった一夜で勢力を何倍にもするなど、誰にも真似できない。

 どれだけ恵まれた魅力や才能も、使い方、使い所を誤れば身を滅ぼす。そういう事だ。

 この出来事を引き金に、まさかあんな事になるだなんて誰にも予想できなかった。できるはずがなかった。


 龍の血族が無くなったあとも、ジェイクがヒイロナ達の元に帰って来る事はなかった。


 ジェイクが姿を眩ませて数年。ヒイロナが二十四歳のある日、突然意識の中に白いドレス姿の女が現れた。

 それはヒイロナだけではなく、この世界に生きる者全員に、同時に現れた。

 皆が混乱する中で、女はこう名乗った。


『我が子らよ。わたくしが世界の創造主、創世の女神です』


 その言葉を疑う者はいなかった。

 大陸に伝わる女神のお伽噺、それが実在したのだと歓喜する者もいたくらいだ。

 そもそも、全員の意識下に姿を現す離れ業を見せられては、疑う事すらできなかった。


 この世界は自分が創造した世界であり、この世界に生きる者全員が、自分を愉しませる為の玩具である事を告げた。

 つまり、何百年と続く王国の戦争は、女神がそうさせるように決めて世界を創った。

 そして、皆が戦い、散り行く様を愉しくずっと見ていたのだ。


『でも……そろそろ見ているのにも飽きてしまいました。そこで、わたくしも参戦する事にします。死にたくなければ、その前にわたくしを殺してみなさい』


 アイゼル王国に突如として宮殿が出現し、亜空間“女神の領域”へと繋がるゲートが開放された。ゲームの始まりだ。

 真実を告げられた人間たちは怒りに満ちあふれ、誰もが剣を手に取った。歴史上で初めて、王国がひとつになった。

 アイゼル王国国王率いる連合軍と、創世の女神が率いる天使族(エンジェル)との戦いだ。


 戦渦の中で、ヒイロナはジェイクと再会する事になった。


 ジェイクはジータという少女と行動を共にしていて、彼女は魔法の天才だった。

 全ての色の魔法を自在に操り、それだけに止まらず自分だけの色を持っていた。

 ジータはジェイクの事を慕っていて、ヒイロナにはそれが面白くなかった。

 ジェイクに対する恋心があったわけでもないのに、ただただ、面白くなかった。


 連合軍と女神の戦いは一年に及んだ。

 アイゼル王国の長い戦乱の歴史から見れば、たったの一年だ。

 今までにないルール無用の激戦は、一年が何年何十年、何百年にも感じられた。


 数え切れない人間の中で、女神に辿り着く事ができたのはたったの数人だった。

 ジェイク、ジータ、シノ、シャルーモ、サンポーニャ、ヴァリハ。そして、ヒイロナ。

 迫る天使族(エンジェル)からゲート前を死守する為に、五人が残り、ジェイクとヒイロナが女神の領域に踏み込んだ。

 そして、女神と対峙した二人は見事、女神の討伐に成功した。


 女神の領域から戻ると、目の前には信じられない光景が広がっていた。

 そこは、見た事のないものであふれた廃墟だった。

 廃墟を彷徨ううちに、ジェイクが倒れた。女神との戦いで負った傷を騙しながら無理をしていたのだ。


「大丈夫ですか!」


 聞いた事のない言葉で、急に声をかけられて驚いた。

 新手の敵かと思い、危うく攻撃を加えてしまうところだった。

 ヒイロナとジェイクはこうして、学人と出会った。


(こんなはずじゃなかった……)


 世界が消滅してしまうにしろ、何にしろ、ヒイロナたちには幸せが待っているはずだった。

 もう争いを起こす事のない、女神の呪縛から開放された幸せが待っているはずだった。

 女神が死んだ事で、異世界と混ざってしまうだなんて、誰が予想できたのだろうか。

 学人たちの世界を壊してしまうなんて、一体誰が予想できたのだろうか。

 きっと、この異変は自分たちのせいだ。


(シノ……無事かな?)


 ゲート前に残ったみんなは無事だったろうか。

 シノは一対一の決闘でなら、ジェイクに負けた事がなかった。

 ジータは天才だ。“時の色”を持つ彼女が死ぬなんて考えられない。

 他の三人は、ヒイロナの知らない人間だった。

 なぜか記憶がぼんやりとしているが、見た事の無い種族だった気もする。ただ、はっきりと覚えているのは、ジェイクの古い友人だという事だ。

 ジェイクは確かにそう言っていた。

 なぜ幼馴染であるヒイロナの知らない人間が、古い友人なのだろうか。

 ジェイクに追求してみたいが、ヒイロナにはそれを訊く勇気が無かった。

 理由はわからない。本能が追求する事を拒絶していた。




…………。




『――ナ! おい、ロナ!』


 ジェイクの声でヒイロナは目を覚ました。

 どうやら夢を見ていたらしい。

 眠気まなこに日の光が差し込んで、思わず目を細める。外はすっかり朝になっていた。

 目の前には、学人の世界が広がっていた。

 昨日の日没寸前に到着し、朝を待っていたのだ。


『ヒイロナ、おはよう』


 ぎこちないエルゼリスモア語で挨拶が聞こえた。学人だ。

 準備ができたら廃墟の探索だ。自分の知らない、未知の領域への探索。

 シノとキョウジがいなくて、代わりにいるのは学人だが、ヒイロナはなんだか昔に戻ったような気分になった。


『ガクト、魔獣とかゾンビ見たら躊躇すんなよ。あと、いちいち吐くなよ』


 ジェイクはいつも通り、言葉が通じなくてもお構いなしだ。

 学人も少し言葉を覚えてきたが、さすがに今のは理解できていないだろう。ヒイロナが通訳をする。


『じゃあ、行こう』


 学人の言葉に、三人は歩き始めた。

 車はここに置いて行く。廃墟では邪魔にしかならない。

 もし必要になったら、その辺に落ちている物を使えばいい。

 どうせもう、持ち主はいないのだから。

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