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世界混合  作者: あふろ
第一章 幻想の現実
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2.怪物

 喧騒で包まれる町の中を、青年の手を引っ張って走り続ける。

 ずっと放心したままの青年は全身に力が無く、何度も転ぶ。こんな状態で怪物に追い掛けられたら、逃げる事など到底できない。


「ちょっと! しっかりして!」


 青年の肩を揺らして大きな声で呼びかけても、虚ろな目をしていて反応は無い。

 今進んでいる路地よりもさらに細い路地を見つけ、怪物がいない事を確認してから腰を落ち着ける。

 恋人だったのだろうか。青年の目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。

 学人にはかける言葉を見つける事ができなかった。

 すぐにでも安全な場所を見つけて避難したいところだが、青年をこのまま放っておくわけにもいかない。


(少しくらいなら……)


 青年が落ち着くまで、少し待つしかないだろう。

 幸い、入り組んだ住宅街の狭いこの路地には何者の気配も無く、背を向けた住宅の合間を走っていて見通しも悪い。地元の人間が裏道にでも使っているのだろうか。

 こちらから周囲を確認する事ができない分、他所からもこちらの様子は見えない。大通りにいるよりも遥かに安全に思えた。

 学人も息を切らせていたので、小休止を入れるには丁度いい。

 家の塀に背中を預け、前後を見回しながら呼吸を整える。青年はうずくまり、嗚咽を上げていた。


(安全な場所なんて……)


 逃げ込む先を考える。理解できない事を今考える必要は無い。

 最も重要な事は、死なない為にどう行動するかだ。

 数時間……数日、どのくらいになるかはわからないが、必ず救助が来るはずだ。

 今に自衛隊や他国からの救援が来て、きっとあんな怪物などやっつけてくれるはずだ。

 今はとにかく、生き長らえる事のできる安全な場所だ。


 考えを張り巡らせても、安全な場所など思い当たらない。警察署にでも逃げ込めればいいのだが、どこにあるのかわからない。

 そもそもこの土地には仕事で初めて来た。警察署どころか、どこに何があるのか全くわからない。

 この状況下での土地勘の無さは、致命的だと言える。


(そうか……地図!)


 学人は携帯を取り出すとロックを解除し、プリインストールされていたマップアプリを起動した。


(あれ……?)


 アプリを起動したまではよかった。しかしグレーの背景のまま、地図が表示されない。

 何度か起動し直してみても結果は同じだった。

 ダメ元で検索バーをタップしてみると、マップはオフラインです、という警告文が表示された。どうやらオフラインでは使用できないらしい。


「――ます」


 学人が考え込んでいると、うずくまっていた青年がようやく言葉を発した。

 目を真っ赤に腫らし、少し上擦った声で何かを言っている。


「すみ……ません……ありがとうございます」


 学人を見上げる青年の目には、少しばかり力が戻って来ていた。


「あの女の子は残念だったけど……今は行動しなきゃ駄目だ。彼女の分も君は生きるんだ。歩けそう?」


 なるべく優しく声をかけようと努めるが、やはりあまり良い慰めの言葉は浮かんで来ない。


「はい……大丈夫です……」


 青年は涙を拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。


「近くに警察署とか無いかな? 逃げ込むならそこしか無いと思う」

「警察署……ですか。ここから少し離れた場所になりますけど、大きな国道沿いにあります」

「そうか、ありがとう。僕は山田……山田学人。君の名前は?」

風峰(かざみね)……龍太郎です」

「よし、風峰君、行こう! 悪いけど案内してくれるかな。なるべく大通りは避けた方がいいと思う」


 風峰は地元の人間らしく、地図も無しに入り組んだ狭い道をどんどん進んで行く。

 民家からは人の気配が感じられない。完全に倒壊してしまった家屋もあり、所々では見た事の無い木が突き出ていた。

 住人達は既に指定避難区域にでも避難したのだろうか。今は平日の昼間だ。留守にしている家も多かったのだろう。


 生け垣のある民家を横目に、片側一車線の車道に差し掛かろうかという所で、風峰が足を止めた。

 視線は少し上を向いている。先にあるのは道路反射鏡だ。


「山田さん、あれ」


 風峰が鏡を指さす。鏡に映っているのは、さっき喫茶店で見たのと同じ怪物だ。棍棒を持って、二匹並んでこちらに向かって歩いている。

 警察署まではまだ距離がありそうだ。ここで見つかって追い掛けられるのは避けたい。


「他に道は?」

「駄目です。他の道でも、結局はここを横断しないと行けません」


 こうしている内にも怪物はのろのろと近付いて来る。どこかその辺の民家にでも隠れてやり過ごすか、それとも戦うか。

 隠れるのはあまり良い判断だとは、学人には思えなかった。また地震が起きるかもしれない。そうなれば家屋が倒壊する危険だってある。

 それに、隠れている間に数が増えてしまうとも限らないのだ。

 相手は二匹で、しかも小柄だ。何か武器になる物さえあれば、奇襲を掛けてなんとかなるかもしれない。

 崩れた家屋の木材でも何でもいい。


 アルミの門扉を押し開けて、生け垣の家の敷地に入る。明らかに不法侵入だが、事態が事態なのだ、気にしてなんかいられない。

 家屋には大きな亀裂が縦に走っており、玄関脇には置かれていた傘立てがひっくり返っている。さすがに傘なんかでは武器として頼りない。

 何か無いかと周囲に目を走らせると、植木の所に大きなシャベルが転がっていた。花壇があるところを見ると、園芸にでも使ってそのままにしてあったのだろう。

 金属バットかゴルフクラブでも、とは思っていたが、シャベルとは心強い。


 シャベルを拾おうと庭を歩くと、割れた掃出し窓から屋内の様子が見えた。

 誰かいないかと、中を覗く。

 部屋はリビングキッチンで、壁と床を破り、家具をなぎ倒して巨大な岩が占拠していた。住人の姿は無い。


(なんなんだ……この岩は……)


 あの雑木林同様、元からそこにありました、とでも言わんばかりに佇んでいる。

 シャベルを拾ったら、今度は窓からリビングキッチンに侵入する。

 オープンキッチンを回り込み、シンク下の扉に刺さってあるセラミック製の白い包丁を二本、拝借した。


 学人がシャベルと包丁を一本持ち、風峰にも包丁を一本持たせた。

 準備を整え、さっきの場所まで戻ると、緑の怪物はすぐ近くにまで来ていた。息を潜めてタイミングを計る。

 何かに殺意を向けるなど初めての経験だ。心臓が高鳴り、手に汗が滲む。


「うあああああッ!」


 学人が意を決して、怪物にシャベルを振るった。ブレードを横に、頭を狙う。

 シャベルから衝撃が伝わり、硬い音が鳴った。

 怪物の手にしていた木の棍棒で受け止められてしまったのだ。

 慌ててシャベルを引っ込めようとしたが、シャフトを掴まれて、物凄い力で奪われてしまった。

 引っ張られた力でバランスを崩し、倒れ込んでしまう。


(殺されるっ!)


 死を覚悟した。怪物が棍棒を振り上げる。

 それと同時に動いたのは風峰だった。

 風峰は叫びながら、横あいから怪物の首に包丁を突き立てていた。排水溝の詰まったような声が漏れ、どす黒い血を吐き出す。


「危ないッ!」


 風峰に襲い掛かろうとしていた、残ったもう片方の怪物に向かって包丁を突き出す。

 肉を裂く、嫌な感触があった。

 怯んだ怪物を蹴り倒して馬乗りになり、逆手に持ち直した包丁を何度も何度も振り下ろす。

 必死だった。

 怪物の悲鳴が聞こえなくなったところで我に返り、手を止めた。


「あぁ……ああああ……」


 返り血に染まった両手を見る。

 震えが止まらない。

 今までに生き物を殺したといえば、昆虫くらいのものだ。

 怪物とはいえ、人に似た形をしたものの命を奪ったのだ。何とも言えない、妙な罪悪感が込み上げて来る。

 風峰の方も同じようだ。怪物の首に刺さったままの包丁から手を放し、息を荒くしたまま動かない。


「……行こう」


 学人は震える足でなんとか立ち上がり、そう言葉を漏らした。

 このまま呆けていて、別の怪物が現れてしまっては意味がない。

 転がるシャベルを拾い、刺さった包丁を抜いて、二人は警察署を目指した。

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