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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
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19.竹岡淳平

 昼下がり。

 鉱山が閉鎖されていても、鍛冶の手は休まらない。都市の至る所から、金属を叩く音が鳴り響いている。

 学人が都市を散歩していると、金属音に混じって日本語が聞こえた。この声は淳平だ。

 学人の歩く道の先から、「すげー」という弾んだ声が上がっている。

 声を辿って行くと、一階の半分がガレージのような工房になった建物で、淳平が目を輝かせていた。


「淳平、何してんの?」

「あ、学人! 鍛冶を見学させてもらってるんすよ。すげーっすね! オレ鍛冶なんて初めて見ましたよ!」


 興奮を隠そうともせず、少年のような目をしていた。

 確かに日本で普通に生活していると縁のないものだ。

 見ると、ゲームなどで見た事のあるような道具に囲まれて、数人の鉱石族(ドワーフ)が作業をしていた。

 炉があるところを見ると、この場所は主に精錬を行っているようだ。他の建物と比べて少し大きめのこの建物は、完全に工房であるようだ。中から金属の音がしている。

 タイミング良くこれから何かを作るらしく、せっかくなので学人も見学に加わる事にした。


 穴の空いた棒状の焼き粘土を、長い筒の中に真っ直ぐ入れる。中の隙間に砂で満たして固定すると、準備が整った。

 真っ赤に溶けた金属を焼き粘土の中に流し込み、いっぱいになったら筒から引き抜いて水に浸けた。ジュウウという音を立てて湯気が立ち昇り、石桶の水が沸騰を始める。

 まだ高温の熱を保った状態ですぐに取り出し、今度はのみで丁寧に粘土を割っていく。すると、中からはまだ湯気立つ剣が姿を現した。

 あとは仕上げを少し残すだけで、これでほぼ完成のようだ。


 何かをする度に感嘆の声を上げる淳平とは対照的に、学人は少し拍子抜けだった。金床で何度も叩いて作るイメージをしていたら、流し込んで、冷やしてあっという間に終わりだったのだ。

 刃の無いその剣は、斬るのではなく叩き斬る事を目的とした、安物の量産型の物なのだろう。


 日本語で褒めちぎる淳平に、白髭を蓄えた鉱石族(ドワーフ)も満更ではない様子で、なぜか握手まで交わしていた。

 気を良くした鉱石族(ドワーフ)が手招きをして、建物の中へ入って行った。淳平と学人も後に続く。

 建物の中は仕上げをする場所らしく、仕上げ台や砥石といった物が目に入る。

 鉱石族(ドワーフ)はそれらの道具に目もくれず、奥にある階段へと向かう。


 二階は倉庫になっており、剣だけではなく槍やメイス、金属製のクロスボウなど、完成した様々な武器がずらりと並んでいた。

 武器しか無いところを見ると、ここは武器専門の工房のようだった。

 それを見た淳平が、また感嘆の声を漏らす。さっきからずっと「すげー」としか言っていないが。

 鉱石族(ドワーフ)が淳平に何かを喋ると、淳平は「え? いいんすか?」と言い出し、なにやら品定めを始めた。


「じゃあ、これで!」


 そう言うと、高そうなナイフを一振り、手にしていた。ありがとうとお礼を言いながら、また握手を交わしている。

 学人は目の前で何が起こっているのかわからないも、その様子を見守っていた。


 工房を背に、二人並んで歩く。淳平の腰には、先ほどのナイフが下げられていた。かなりご機嫌の淳平に対し、学人は開いた口が塞がらない。

 淳平は言葉が全く通じないにもかかわらず、高価そうなナイフをもらってしまったのだ。これは彼の持つ、社交的な性格の成せる業だろう。

 今までずっとボッチだった学人には、到底真似できそうになかった。

 必死にエルゼリスモア語を勉強するのが馬鹿馬鹿しく思えたほどだ。



 二人が都市を散策していると、この世界には似合わない、大きな音が響き渡った。

 鉱石族(ドワーフ)たちが慌てふためく中で、二人だけが空を見上げて目を離せずにいた。


「学人……あれって」


 淳平の声が轟音にかき消される。

 二人の目に映った物は、迷彩柄のヘリコプターだった。脇には弾頭のような物が搭載され、機関銃らしき物も確認できる。


「自衛隊の……ヘリ?」


 あんなに物騒な物が民間のヘリなはずがない。

 唖然として見ていると、ヘリは都市を旋回したあと、遠くの空に消えて行ってしまった。


 その後、二人はヘリの事で頭がいっぱいで、都市の散策どころではなかった。

 あのヘリはどこから来て、どこへ向かったのだろうか。

 どこかで自衛隊が機能していて、日本人を保護している場所でもあるのだろうか。


 二人が会話もなく宿の前まで帰って来ると、何か言い争う声が聞こえた。

 何事かと扉を開けると、そこには北泉の腕を引っ張るヒイロナの姿があった。


「あ、ガクト!」


 学人を見た瞬間、ヒイロナは丁度いいところにと言わんばかりの声を弾ませた。

 その間も、北泉は必死でヒイロナを振りほどこうとしている。


「二人ともどうしたの?」

「どうもこうもありません! 私は帰ります! 離して!」


 興奮した北泉が乱暴に腕を振りほどく。学人を押しのけて出て行こうとするが、淳平がそれを止めた。


「ちょっと待って、帰るって、どうやって?」

「ヘリよ! あなた達も見たでしょう?」

「都市の外は危険です。それに、ヘリはもういません。とりあえず落ち着いて!」

「またすぐに戻って来るわよ! そこをどいて頂戴!」


 学人は出掛ける前、オサの伝言を北泉の為に残していた。手にはそれが握られている。状況を把握しているはずだ。

 大体ヘリと言っても、正体不明のヘリだ。とてもではないが、救助のヘリには見えなかった。

 北泉が涙をこらえ、うつむき加減で震える声を絞り出す。


「あれは……救助のヘリよ……」

「京子ちゃん、今は無理っす。あれが何の、どこのヘリかもわかんないし、右も左もわからない状態だと命を捨てるようなもんっす」


 淳平が優しく、肩を抱いて宥めると、北泉は力無くその場に座り込んだ。

 嗚咽を漏らしながら、壊れた玩具のように同じ言葉を繰り返す。



 北泉京子の事は淳平に任せて、学人は再び外に出た。ヘリの音はもう聞こえない。


「どうしたものかな……」


 ヘリの正体が気になるが、ジェイクが帰って来ない事には身動きも取れない。

 仮にあれが自衛隊のヘリだとして、避難民を集めたキャンプがあったとしよう。果たして、合流するのが正しいのだろうか。

 外は魔獣がいて危険だ。どのくらい守り続ける事ができるのだろうか。食料はともかく、弾丸などの物資にも限りがあるだろう。

 魔獣だけでなく、この世界の住人とトラブルになる可能性もある。

 そう考えれば、この都市に留まる方が安全に思えた。

 考えを巡らせるが、身動きの取れない現状ではどうしようもない。急に馬鹿馬鹿しくなった学人は考えるのをやめた。


 学人が煙草をふかせていると、疲れた顔をした淳平が出てきた。


「どうだった?」

「なんとか説得はできたっす。今はまだ動く時じゃないと、オレは思うっすね」


 それには学人も同意見だ。


「とりあえず、京子ちゃんも鉱山の調査には参加するって、あの人に伝えててください」

「うん、すぐに伝えておくよ。偵察隊と一緒に行った仲間が帰ったら、ヘリの正体を探って来るから。それまで北泉さんの事をお願いしてていいかな?」

「もちろんっす! あ、それから紙とペン。オレに貸してくれないっすか?」

「いいけど、限りがあるから大事に使ってね」


 学人が紙とペンを渡し、そのままヒイロナの部屋へ向かう。


「ヒイロナ、大丈夫?」

「うん、ちょっと。だいじょぶ」


 ヒイロナはさっき北泉京子と揉み合った際に、腕に付けられた傷の手当てをしていた。白く綺麗な肌には、何本もの赤く腫れた引っ掻き傷が走っている。

 なぜか魔法を使わずに、薬草と包帯を使っている。


「魔法使わないの?」

「うん、まほう、ふたん」

「負担?」


 患者に負担がかかるから、使わないで済むならそれに越した事はない、という事だろうか。どうやら魔法も万能ではないようだ。

 学人はヒイロナにオサへの伝言を頼むと、外へ出た。

 またヘリが戻って来ないかと、日が沈むまで空を眺めていたが、結局ヘリが戻って来る事はなかった。

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